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2012年 05月 27日
![]() 看板は隅っこの『湖月』と染め抜いた青ノレンだけですから、見過ごしてしまいそうなお店です。 昨夜はその小さなスタンド割烹の客となった。 綺麗に、可愛く、一品いっぴんが出てくるミシュラン星(ふたつ)のお店です。ミシュラン星、初めての体験でしたからカメラ構えてすべてを写すつもりでいましたが、芋焼酎が進むにつれて忘れた。 背中合わせみたいな場所に釣り仲間がチーフシェフを務める四川飯店『蓬莱』があるので、タバコを吸いに外に出たついで、駄弁りに出掛けたり・・・・・。 『湖月』から捜しにこられるなど、大層迷惑を掛けましたが、美味しい料理の数々でした。 素材を吟味し、出汁を丁寧に漉してイチから作られてて、全てが繊細、まずは目で味わって下さいの料理です。 日本料理とソースで食わせるフランス料理ほかの料理との違い、ハッキリ感じてきました。 昨今、濃い味付けに慣らされちゃってます。 素材の味を大切にした料理を忘れてましたね。 京ナス、この時期にどうやって仕入れるのだろう? ![]() ![]()
2012年 05月 26日
スターンを見て、「ンン?」、右舷を眺めてさらに「コノ船は・・・・・?」。三年前に長崎・大村湾に嫁いだ42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』で海を楽しんだクルーの皆さん、「ンン?」は正解です。 千葉・木更津港に浮かんで、いま、『ごくらくとんぼ』と名前を変えていますが、初代の『Hinano』、オネ~サンです。 とっても元気でした。 元気なだけじゃないですよ、先の『KENNOSUKE CUP』で、『KoKoLo』のセールトリマーを務めてくれたのが『ごくらくとんぼ』のオーナー・早川クンなんです。 メインセールもジブも早川クンがセットしてくれて「ジブを5センチ出せ」とか、「メインを3センチ引け」とか、細かい指示を出してFifth Home、五番手でゴールを切りました。 「凄いね、早川クン」と、レースを主催者する林賢之輔先生がたった一度の紹介で名前を覚えました。 同じ匂い(呑ん平)を嗅ぎ取ったらしい。 ![]() 2012年 05月 25日
![]() 釣り師の端くれなのでサカナの名前は世間様より知ってる筈ですが判らない。 『トドのつまり』の語源となった出世魚のひとつ、『オボコ~イナッコ~スバシリ~イナ~ボラ~トド』のオボコじゃないかと思ってましたが、頭の形、違いますよね~。 「土用の丑の日が消えちゃうかも知れない」などと言われ、ウナギ屋さんや養殖業者さんの廃業がニュースになってます。 彼らにとっては喉から手の光景でしょう。 マリアナ海溝の深海で生まれ、黒潮に乗って日本に到着するシラスウナギ、今年は丸っきり獲れない。 ガキ時代は日本手拭を広げてすくえた。 小田急線の多摩川鉄橋下流、四、五百メートル程の所に魚道付きの堰(せき)がある。 札幌五輪の数年後でしたか、住宅を押し流す決壊事故を起こした堰です。 透き通った白い体をくねくね動かしながら上流を目指すシラスウナギ、コノ堰でさえ見られたものでしたが・・・・・。 KENNOSUKE CUPを終えて翌朝(二十日)ホームポート・木更津へ。 向かい潮(進行方向から流れて来る潮)のために2ノットほどスピードを食われつつも、本船の往来も少なくノ~ンビリと。 ひねもすのたりのたりの海です。 ![]() 2012年 05月 24日
![]() 今年は『翔鴎』とか、『美如佳』とか、『あうん』とか、常連組が六、七艇も欠場して、レースは少々寂しかった。 スタート直前のコース短縮(三角コースからソーセージへ)などもありましたし・・・・・。 でも、パーティーは逆に盛り上がりました。 何故の理由、そのスタート直前のコース短縮にあった。 無風によるノーレースを心配した変更だったのに、風があがって全艇二時間強でゴールです。 懇親会までの時間が余っちゃって、各ヨット上では真っ昼間から酒盛りの始まり、始まり。 「それではしばし、フラダンスなどお楽しみください。踊るは〇〇スキッパーの奥方です」となった宴たけなわには・・・・・。 よく判らないヒトのために、二葉の写真を用意しました。 ![]() ![]() 懇親パーティーが二次会になって、またヨット上に場所を替えて三次会。 「先生、もう、何時死んでもいいですよ。KENNOSUKE CUPの後ろに『MEMORY』と付けりゃあいいんだから」 な~んてキツ~イ冗談が飛び出したのは六年ほども前のことですが、今度もやはり、厳しいのが飛んでました。 ご自身設計の新艇に乗り込んで、成績はたしか最下位だったような・・・・・。 コレ以上の標的はありませんもの! 個人の名を冠した日本唯一のヨットレース、御大はヨットマンから愛されてます。 ![]() 2012年 05月 23日
長崎に嫁いだ『Hinano 』(Hayashi42Custam)、かつて房総半島の先端部・富浦湾から参戦して『遠かったで賞』を頂いたことがあります。 レース会場は神子元島を回る下田での開催、六、七年も前の記憶です。 今回、その特別賞を獲得した遠来艇には、床にひれ伏して「恐れいりやした~」と叫ばなければなりません。 『EmiTan』(Degero35=フィンランド艇)、ナナ、ナント、島原湾に突き出した三角半島の付け根からの参戦でした。熊本は安城市の波多マリーナから乗り込んできたのです! 「ドッヒャ~ッ」と沸いたパーティー兼表彰会場、紹介が続くにつれて更なるどよめきに包まれました。 波多マリーナから種子島経由で小笠原を目指し、孀婦(そうふ)岩~八丈島~三宅島等々、伊豆の島々を伝ってのKENNOSUKE CUP参戦です。 もやい綱を解いてからほぼ一ヶ月も海に居たことになる。 左手のヨットが『EmiTan』です ![]() レースを目的の遠路はるばるじゃあなかったのだけど、浜坂浩スキッパーはうれしそうでした。 賞品のリトグラフは久我道世女史の作品、飛び抜けて高価な賞品(セロハン紙でヨ~ク見えませんが・・・・・)です。 豪華だけじゃあないんです。 浜坂スキッパーと久我女史、奄美の海で九十年代半ばに互いのヨットでミートているんで話は弾んだ。 互いに孀婦岩を拝んでもいますし。 熊本への回航要員をお捜しでしたので、コチラもHinanoの宮沢セクレタリーがお世話しました。 宮沢セクレタリーの弟さんが大役を勤めます。 海仲間の横のつながり、KENNOSUKE CUPで広がりますネ~。 2012年 05月 22日
![]() スタート、三番手で飛び出しました。 前を行く一艇は『あらいぶ』、国内外の外洋レース界に名を轟かせた『第一花丸』が旧名の猛者です。 もう一艇は延期されることになった日本最長の種子島ー東京レースに、いち早くエントリーした『Son of Bacchus』でした。 「してやったり!」ですよね~。 一度だけならマグレでも二年続きのジャスト・スタート、レース艇二艇に次いでまたもや飛び出したのですから。 北極から吹きつのる寒風を考慮にいれたコックピットの頑丈なこと!『KoKoLo』は重たいヨットです。 食料どっさり、ビールもどっさり! 自画自賛ですが凄い! レースはスタート直前になって三角コース(13マイル)から、第一マークの網代崎沖灯浮標(通称・紅白ブイ)を回って引き返すソーセージコースへと短縮された。 ノーレースになりかねない快晴無風の夜明け。 スタート時間が迫っても、メインセールが膨らんでくれないほど弱かった。 その風がスタートに合わせる様に吹き抜け始めた。 「シメタ」ばかりの風じゃあありませんが。 上り性能を試す様に、ほぼ真正面から吹いて来ます。 三艇による上り性能の競い合い 『Son of Bacchus』と『あらいぶ』には、すぐ様置いてけ堀を食わされ、他艇にも並ばれ、抜かれを繰り返して七位まで順位を落として網代崎の沖浮標を回った。 でも、セールトリマーの早川君はあきらめません。ジブを3 センチ引けとか、メインを5 センチ出せとか、細かい指示を出してセールに風を流し、後方へと風が変わった復路は艇速を7 ノット強まで伸ばして二艇を抜き返した。 フィニッシュ順では総合五位、立派にレースをやりました。 「林先生、KoKoLoのハンデキャップ、こんなにも重いのですか!?」 今回のレースを最後に『KoKoLo』はホームポートを神戸に移すので、今回が最後のKENNOSUKE CUPでした。 「コレ、考慮に入れてくれましたか?」な~んてネ。 先頭艇(Son of Bacchus)はスピンランに移った ▼KENNOSUKE CLAS 順 艇 到着 着 位 名 時刻 順 ① あらいぶ(Hayashi34Custam) 11時48分31秒 2 ② Aqua(Oceanblue990-OB) 11時58分56秒 4 ③ PolerWind(Trekker32C) 12時06分17秒 ④ おおすけ(OKAZAKI H-H30) 12時07分20秒 ⑤ HERAⅢ(Trekker34DS) 12時23分31秒 ▼FELLOW CLAS ① しゃわーぼーい(Yamaha-24Festa) 12時06分51秒 ② Son of Bacchus(アーシャンボー40) 11時40分16秒 1 ③ Bornfree Ⅱ(ハリスクリスチャン32) 12時08分45秒 ④ LATICIA Ⅲ(デュフォー39) 11時53分00秒 3 ⑤ KoKoLo(ホルベルグラッシー31) 12時04分27秒 5 Poler Windを抜き返したぞ(↓ ↓) ![]() 2012年 05月 21日
![]() ♪ 桟橋に立つ 君の肩から海鳥たちが 飛び立ってゆく ラットを握る 俺を見つめて 涙で何か話しかける 出航前のあわただしさに そこだけ時が止まったようだ 心ひとつの海の仲間が 艫綱(ともづな)といて船に乗る 江ノ島、三崎、大島越えて 新島、式根、三宅島まで Sail On! 光進丸よ 俺を銀色の海へ誘え! Sail On! 光進丸よ 俺の夢乗せて海へ羽ばたけ! ワカ~ッ!(75歳です)、そしてデッカ~ッ!(乗艇は30メートルを超えます) KENNOSUKE CUPに参加したクルーの皆さん、多くは加山雄三の『若大将シリーズ』で青春を送った海の男です。 『♪海、その愛』や『♪光進丸』を大声でがなったりする男たちです。 初対面にもかかわらず、すぐさま挨拶を交わし、独占するようにして話し込んでたんですが・・・・・。 観光客に見つかっちゃいましたね。 携帯カメラの放列、握手・・・・、鯉幟りならぬマグロ幟りのひるがえる三崎港・『うらりポンツーン』はアッと言う間に黒山でした。 ![]() 2012年 05月 18日
![]() 「見える筈の丹沢山塊が見えないな~、全体的にモヤってやがる」と思っていたら、真夜中から雨になった。 福井原発辺りにあった雨雲、箱根の山を越えるのはムリだろうと見てましたけど・・・・・。 でも、梅雨前線のハシリはまだ沖縄本島から小笠原諸島北方海上に横たわっている。 玄界灘にも日本海にも、他に低気圧のタマゴはないし、真っ赤な夕日に逆らいやがったコノ低気圧が抜ければ、今週末の三浦半島・小網代湾沖、紫外線対策を心配しなければならないほどの陽気になるに違いない。 海上から陸へと、安定した風が心地よく吹き抜けて行くSea-Breezeの季節も丁度今頃です。 十九日のKENNOSUKE CUP、"天下御免の晴れオトコ"の出番など必要なしのレース日和になるでしょう。 本日から、イザ出陣です。 2012年 05月 17日
![]() ![]() UkuleleのStradivari に対抗するManbowvari を作ろうと、数年前、伊豆大島のお土産屋さんで買った。 値段は六百円ほどだったと思います。 長さ35センチ、本物だってオモチャに見える楽器ですから、とってもチャチです。 「下さいな~」の動機は、塗装を落としてサウンドホールの周りに手持ちの屑象牙を使って象嵌(ぞうがん)を施してみようと。 でも、行動力が伴いません。 数年間、放り投げてあって、昨日ようやく、庭に椅子など持ち出して塗装を落としの紙ヤスリを掛け始めた。 Manbowvariへの変身初日はこんなもの(右側)。 意外にしつこくい塗装がしてあるし、手持ちの紙ヤスリの目も細か過ぎて、きれいに落とせません。 薄いサウンド板に彫刻を施し、その中に象牙をはめ込む! 「そんなことが出来るかな~」と、思い始めちゃいましたね。 頭の中からは「着手したからにはやり遂げろ」な~んて声もするんですが・・・・・。 「アンサン、やってまっか~?」 「ハ~、ボチボチでんな~」の始まりです。 2012年 05月 16日
熟年オトコがたったひとり、カウンターの隅っこで静かに飲んでるだけの時刻に祖師ヶ谷大蔵の居酒屋・『きなり』の客となった。 ご主人の真ん前、居酒屋なのにお寿司も握ってくれるガラスケースのネタの前にドッコイショ。 手持ち無沙汰だから話し掛ける。 「ウツボを捌いたことあるかい?教えてほしいんだ」 ![]() ![]() 皮を剥ぐだけに10分とか15分の格闘をしなくちゃあならない。 三枚おろし、これだって中骨の関節毎に菱形の隆起があってスイ~ッとは包丁を通してくれない。 ギュ~ッと握り締めても他の魚の様にミンチ状になどならない弾力もあります。 「ハモやウナギとは違いますか?、ウツボはありませんね~。食べたこともございません」 三枚おろしの悪戦苦闘を手ぶりを交えて話して、肉のおいしさを語ると、イタク興味を引いたようです。 「今度、一匹頂けませんか、捌いてみたい、食してみたい」 「お安い御用だ」と即答です。 アノ面相はサカナたちも怖いんでしょう。 周辺のウツボを掃除しちゃわないと磯の王者・石鯛は食らいついてこない。 『底モノ釣りはウツボから』なんて格言さえありますもの。 しばらく休止してた底モノ釣り、今度のGWで目覚めちゃいましたのでウツボのお土産なら間違いなしです。 日本酒で溶いた味噌を塗り込んでジップロックの中に一晩、ソイツを一口大に切ってバターとニンニクで炒めるだけ。 癖のないおいしい一品が出来上がります。 黙って出したら、誰一人魚だとは思わないでしょうね。 何食ってもおいしいお店のマスターです。 大変身の料理になるかもしれないから、是非持参して初めての包丁捌きも見なくては。 |
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