2016年 09月 27日

  栗拾い

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晴れ間を待った三日ほどを、「遅れをとったか~」と反省した。
パッカ~ンと口を開けたイガイガばかりが目について、「肝心の栗は拾われちゃった後」と言うのが第一印象だったものでして。
旧の住まい、世田谷の経堂町にも必殺仕掛け人が居て、何時も先周りされていたもので、「ココでもか~」が先に来た。
経堂の場合は零余子、高校のグラウンドを囲む金網製のヤマイモ畑があって、ひと回りすれば一升、二升は朝飯前の大量収穫を見込んだのに、何時出掛けても先を越された後だった。
一粒残さずだもの。
比べて真鶴の仕掛け人は心がデカかったね。
「ココでも先を越されたか~」と近づくと、そこここに拾い残しです。
「これからもタ~クサン落とすよ~」の栗爆弾も、頭上で口を開いて待っていて、次の栗拾い人のための準備をしてます。
拾い残しだけでもこんな(⇩ ⇩)になったもの。
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# by molamola-manbow | 2016-09-27 10:17 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 26日

  忠実に季節を守る花ですよね~

「歌えるのは何故だろう?」と、不思議でならないのは次の曲、一番だけですが歌詞もスラスラッと口から出ます。

    赤い花なら 曼珠沙華
       阿蘭陀屋敷に 雨が降る
    濡れて泣いてる じゃがたらお春
       未練な出船の あゝ鐘が鳴る ララ鐘が鳴る

昭和 1 3 年( 1 9 3 8 年)に出来た歌、 m a n b o w の誕生前だし、 T V から流れ出ることもないのに何故か歌えるんです。

もうひとつ、遥か彼方の山裾まで一直線に畦道が続いていて、その畔を赤く彩る光景を車窓から眺めた記憶があるのにどこの光景だったのかが分からない。
畦道を真っ赤な列で彩っていたのも曼珠沙華のナガ~イ列でした。
黄金色には少々早いものの、首を垂れた稲穂とのコントラストを美しいと思って眺めた。
でも、コチラの記憶も至極曖昧で、何処で眺めた光景なのか?、鉄路は何線だったのか?、大雑把な地方さえも出て来ません。

「毒があるから喰らっちゃあならね~」とガキ時代に注意されたポキ~ンと折れる真っ直ぐな茎部分にも「本当かな~」の未練がある。
「アノ口当たりはサラダにしたら抜群の旨さに違いない」。
忠告を忠実に守って、一度も口にしたことは御座いませんが・・・・・。

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# by molamola-manbow | 2016-09-26 09:45 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 25日

  『 残したい技、ひき継ぎたい心 』展

三年前に亡くなった宮崎の竹細工師・廣島一夫の遺品展( 1 0 月 6 日~ 1 1 月

d0007653_6445155.jpg 1 3 日)のお知らせ。

農作業用の道具として、或いは米とぎ用の笊や入れ物としての日常品として求め

たものの、出来ばえが見事過ぎて使用を止めちゃったり、大切に扱ってきた氏の

作品 3 0 余点に、廣島さんを師と仰いだ地元西臼杵郡日之影(現岩井川村)の竹


細工師の作品も合わせて展示するようです。

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m a n b o w が幼児期を過ごしたのは鹿児島の伊佐市、その田舎に「帰って来たい」と申しますと、お袋が小遣い付きで旅費を出してくれることを知った。
高校一年であったのか、二年の時だったのか?
次の年からは夏休みの行事となっちゃって、田舎には一日だけ顔を出して九州一円を回って過ごすようになった。
そうした九州旅行での決まり事は、別府港からの大阪までの帰途の船旅。
狙いは「瀬戸内の島々を堪能する」ことにありましたが、船旅の大部分は真っ暗闇です。
瀬戸内の島々堪能はコノ時までお預けとなりましたが・・・・・。
別府での決まり事には温泉と、もう一つは竹細工博物館?訪問があった。
己では気付いておりませんでしたが、籠や笊、竹細工製品が当時から大好きだったらしい。
購入したものの用途が見つからないザルはいまだに家中にゴロゴロしてる。
名人・廣島一夫作は見当たりませんが・・・・・。
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# by molamola-manbow | 2016-09-25 10:19 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 20日

  久々の籠清さん

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天守閣へと続く高台にはトンネルが穿たれて、東海道線は城内を突きりながら西へと走って行きます。
そんな訳で、小田原城は車窓からもヨ~ク見える。

d0007653_9543088.jpg小田原カマボコの老舗・『籠清』の今月の飾り付けの主役はその小田原城でした。
デーンと据えた天守閣でショーウインドー全体を飾って、商品のカマボコは申しわけ程度に隅っこにチョコンと。
「コノ窓のファン」だと吹聴しながら、前を通るのは久し振りでした。
その久し振りの窓で、最初に思ったことは「少々デビューが遅いんじゃあないかい」でした。
耐震補強を終えた小田原城がリニューアルオープンしたのは 4 月の 3 0 日です。
そんな訳で「ゴールデンウイークに飾り付けた方がベストじゃあなかったのかい?」と。
b l o g を遡ってそのゴールデンウイーク当時の飾り付けを調べてみましたが、何一つ書いていなかった。
帯状疱疹を発病して、外出もままならなかったのがゴールデンウイークの直後、ファンとしては「何をテーマにしていたのだろう?」が気になっております。
飾りが変わる度にパシャリとやっていたものですから。
その N O 1 は三年前の月見

東海道線が潜るトンネルの一番手 は、小田原城内だとばかり思っておりましたが、"闇の最初"は東戸塚駅に滑り込む直前に口を開けているらしい。

  










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# by molamola-manbow | 2016-09-20 10:27 | 今度は地元真鶴 | Comments(0)
2016年 09月 19日

  三年もたず・・・・・

小田原駅前に『 H a R u N e 小田原』なる地下街があります。
名前を公募で選んだ地下街です。
前身の『小田原駅前地下街』( ’ 7 6 年~ 2 0 0 2 年)の閉鎖、次の『ラスカ小田原』( 2 0 0 3 年~ 2 0 0 7 年)も閑古鳥が鳴き始めてまた潰れた。
そんなこんなで、ネーミングには「小田原の地下に深く根を張って、繁栄を続けてもらいたい」の願いが込もります。
再、再、再オープン( 2 0 1 4 年 1 1 月)の地下街ですもの。

しかしです。
早くもコンナお店(⇩ ⇩)が現れました。
駅へと続くエスカレーターの直ぐ横のスペイン料理店がシャッターを下ろしてしまったのです。
地下街ではコレが二店目の閉店、最初にシャッターを下ろした"小田原の小物店"は、すぐに立ち飲みコーヒー店に変わりましたが、今度の代わりはなかなか見つからないようです。
「模様替えでもするのかな~」と思いつつ前を通っていたのに、工事が始める訳でもないしに間もなく一カ月ですもの。
何時もお客さんで賑わうお店もない訳じゃあない。
でも、「次の閉店候補はココかも、イヤイヤ、あちらかも」のお店の方が目に付く。
ロータリーをグルリと回らずとも、駅の向こうへと渡れるので、「通路として利用しておいでの方が多いのですが~」の地下、小田原では一等地にあるのに・・・・・?
今回つぶれたスペイン料理店は、オイラが入ったことのある地下で唯一の店なんです。
味に不満があった訳じゃあ無いし、価格にも問題はなかった。
でも、二度目の入店をしなかったのはなぜだろう?
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# by molamola-manbow | 2016-09-19 10:07 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 17日

  真夜中の侵入者

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目覚めと同時にドアを開けて解放廊下を熱心に見回って歩く。
そんな情熱はかなり落ちましたが、一日の始まりはコイツで盛って夏は過ぎました。
見えないままの仲秋の名月も( 9 / 1 0 )も終わって、秋の忍び寄りを日々感じ始めます。
同時に早朝の見回りにも飽きがきた。
夜ごと解放廊下に忍び寄る侵入者の数は、真夏も今も変わらないのですが、写真を張り出して W A N T E D ! とやるほどの大物は居なくなったのです。
大物感が漂うイカツイ野郎であるとか、妖艶が売りの女盗賊は活動を止めちゃって、昨今の侵入者は見るからに小物ばかり。


そんな小物だらけの中で、今朝は思いもよらない益虫と出合った。
昨夜の帰宅時間( 1 0 時前)、解放廊下で嫌われ者のヤマトゴキブリと出会いましてね。
急いでドアを開けて座敷箒と共に取って返し、「エイヤッ」とやった。
気味が悪いでしょうがヨ~クご覧を。
脇っ腹に喰らい付いてる地味なヤツが居るでしょ。
嫌われ者・ゴキブリ退治の天敵かも知れません。
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# by molamola-manbow | 2016-09-17 09:55 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 16日

  初  物

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パックリと口が開いて茶色の実が覗いたならば、拾いに出掛けようと思っています。
去年の状況から、「放置されちゃったな」と考えている栗の木、デッカイ幹が二本あって、どちらもたわわに実っている。

そんな事を考えていた矢先です。
連れ合いがザル一杯分の栗の実を持ち帰った。
お隣り小田原の知人宅で栗拾いがあって頂いた獲物。
その日のうちに渋皮煮となって食卓に並んだ。
「初物はアノ栗」と決めていたためでしょうか。
栗の味がしないのです。
連れ合いの反応も「若すぎるのかしら?」
育ちきった形(⇩ ⇩)はしていますが、確かに味が物足りない。

最後に栗を喰らったのは何時だったろう?
その記憶すら定かには思い出せぬほど昔の栗の味・・・・・。
もう一度、「アノ栗」で確かめなければ!
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# by molamola-manbow | 2016-09-16 09:22 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 15日

  台風の季節・・・・・

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相模湾の西の端にチョコンと突き出した真鶴岬の根っ子に住まいを移して三年、街に川の流れが無いことに気付きました。
台風の直撃で大き被害を出した東北、北海道の河川の氾濫引きが引き金だったのでしょう。
周辺の地形を眺めやって、「この街には海へと雨水を排出する道が無い」と。
小田原を過ぎて早川の鉄橋を渡ると、東海道線の車窓は様変わりしてくる。
弓状のナガ~イ相模湾の砂浜が尽きて、列車は連続するトンネルを潜り抜けつつ岩礁帯を眼下に西へと走る。
日本で長さ二番目の丹那トンネルを抜けるのはその先で、列車は伊豆半島の付け根を潜って東海地方へと入る。
この間の地形は山襞が直接海へと落ち込み、その山襞をトンネルで縫いつつ東海道線は走ります。
つまり、山と山の間に降った雨水を海へと流す川の数は、「トンネルの数だけあるべきだ」と考えるのですが、その流れがない。

  ♪ 箱根の山は天下の険 へと続く真鶴の山に降った雨は、何処に消えるのでしょう?
昨今の雨の降り方は半端じゃございません。
坂だらけのこの街に、たった一日で一カ月分とか二か月分の雨が降ったら、坂の町真鶴の舗装道路は、「濁流がウサイン・ボルドのスピードで駆け下ることになりかねないのじゃあないの?」などと考えちゃう。
道路脇の側溝の蓋など、吹き飛ばして走り下るでしょう。
小田原寄りの街の端っこにある小さな浜の両側に、河口でさえも飛び越えられる小さな小川が流れているだけなのです。
雨水は何処に消えるのでしょう?
小川から水が溢れた話を聞いたことがないのも不思議。
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# by molamola-manbow | 2016-09-15 10:12 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 08日

  竹細工師の遺品展

"痴報"と謳っておりますが、書かれていることは極々まじめ。
’ 8 5 年から手描きのガリ版刷りで発行を続け、今回が 4 0 号になる籠屋さんの新聞(千葉県鴨川市)です。
最新40号では竹細工一途の生涯を送り、三年前に 9 8 歳で亡くなられた廣島一夫翁の遺作展を取り上げて一面を埋めた。

遺 作 展 日 程

▼会 場  ギャラリー K E I A N 東京都文京区白山 4 - 8 - 1 1 ( 0 3 - 3 9 4 1 - 0 0 2 2 )
▼会 期  10月6日~11月13日
▼トークショー  1 0 月 9 日と 1 1 月 5 日 ( 双方 P M 1 6 時~ )
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廣島翁、名工などと言われることを、極端に嫌った人であったらしい。
宮崎県西臼杵郡岩井川村の山中で育った竹大工師、晩年は職人の創意工夫が次代に継承されないことを「悲しいのう」と嘆いた。
何故か?
廣島翁作の作る笊、籠、その他の日常道具の仕上がりが、あまりにも見事で美しいために使用を止めて飾っちゃうんだと。
「道具は使われてなんぼのものじゃ。美しく仕上げるこた~なか(ことはない)」と言い切ったらしいのですが・・・・・。
そんな訳で今回の遺作展は、持ち主が今も使い続けている品よりも、使用者から譲り受けた人が大切に保管していた作品が多いらしい。
九州ではカルイカゴで通る背負子などは、注文主の背中のカーブに合わせて竹を編んだといいます。
つまり、一籠一籠仕上がりの形が違うということ。

伊豆七島には磯釣りの定宿毎に m a n b o w も竹の背負子を置いている。
道具を手荒く出し入れ出来るので愛用しているのですが、背負子の正面も後ろも同じようなカーブでピタリとはしない。
体型に合わせて竹を編む・・・・・「知っていればな~」の思いを強くします。
観に行かなければの思いを強くする展示会です。
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# by molamola-manbow | 2016-09-08 10:31 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 07日

  ひなの会

「観に行くんだろう?、それなら集まろうよ」の一言で決まりました。
「その日は都合が悪い」ヒトもおいででしたが、彼等は除け者です。
オイラも 乗船の都合がつかずにこんなシーンを見損なったことがある。
「観に行くんだろう?」の問い掛けはリトグラファー久我通世女史の個展であり、ついでの集まりは『ひなの会』開催の呼び掛けです。
4 2 f t クルーザー『 H i n a n o 』で海を楽しんできたクルーの集まりが『ひなの会』、久我女史は『 H i n a n o 』のオーナー夫人と言う間柄ですので、個展の会期中にクルーが集まるのは理に適った催しなんだ。
クルージングだって都合がつかずに"置いてけ堀"を喰らうクルーは何時だって現れるものね。
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オーナーの急死以来、『 H i n a n o 』のクルーは漂流状態で広大な海を漂い続けています。
ヨットとの縁は『 O m O O 』とか、 K E N N O S U K E C U P の常連艇・『 L E A T I C I A Ⅲ 』などのクルーとなって、相変わらず楽しんではいます。
『 H i n a n o 』の新オーナーからも、西国・長崎から「オーイ、乗りに来ないか~」とお呼びが掛かって、五島や甑島クルーズに誘ってくれますし。
しかし、顔を合わせる機会は少なくなって、半減上陸ならぬ全舷上陸となると・・・・・。
そんな訳で久し振りのクルーの会は盛り上がって「年寄りばかりになったから、 2 0 時をおひらきのメドにしよう」の決め事などはどこ吹く風でした。
盛り上がった勢いで、二次会へと消えた一団まで出ましたもの。

4 2 ft 艇『 H i n a n o 』の船名の謂われ、ハワイに到着する頃には『真っ白な可愛い花を付ける植物の名前』に変化しますが、ミクロネシアでは『可愛い女』の事を指していた。

久我通世女史の今回のリトグラファー展(銀座・伊東屋=15日まで)は、題材を海に取った『 M y   O c e a n  W o r l d 』。
その作品の中に浜辺に横たわる『タヒチの女』(⇩ ⇩)がありました。
これこそが「ひなのチャン」、ヨットの名前の大元です。
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# by molamola-manbow | 2016-09-07 10:48 | ヨット | Trackback | Comments(0)