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2009年 08月 20日

  HINANOの旅 嫁入りクルーズを終えて ②『赤い糸』

西伊豆・安良里のヨット『あうん』(Hayashi35ft)のオーナーやっちゃんがコメントを入れて呉れてます(十八日の項)。
「こんな嫁入りはニ度と体験できないと思う」と。

写真右手、ラット(舵)の後に立っている九里(くのり)保彦さんのメッセージである。
この言葉には少し説明が要る。
スタボー・サイドに腰掛けてラットを握る神奈川は葉山のヨット『Jacky』(Hayashi39ft Custom)のスキッパー村松哲太郎 さんと、その後方に立つ新オーナー岡元俊一さんと、『HInano』(Hayashi42ft Custom)とを結ぶ不思議な糸のことだ。
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                        小豆島を経て因島へ、瀬戸内の島々を縫う(十一日)
ニュージーランド・マオリが『白く長い雲の流れる地』と名付けたAotearoaのリガード造船所(オークランド)で『HINANO』は一九九六年三月に産声をあげた。
誕生三年後にはグアム・レースにエントリーして、『あうん』のやっちゃんはクルーとして乗り込み、同じく助っ人役を買って出た『HINANO』の生みの親・林賢之輔先生の薫陶を受けてヨットに取り付かれて行く。
それが乗艇『あうん』、林先生の作である。

この当時、遠く離れた長崎・大村湾には、船長・岡元さんと村松さんが居た。
ヨットレースの国際審判資格を持つ村松さん、赴任先で行われている出鱈目レースを見かねて口を挟んだのが切っ掛けで、深く結びつく仲になります。
やっちゃんとHinano対岡元船長と村松さん間の接点は、この時点ではまだゼロに等しい。

太いパイプが繋がるのは今年の五月二十九日。
三ヶ月を掛けたシングルハンドの九州一周に出たやっちゃん、予定外の挙に出て大村湾に『あうん』を乗り入れた。
コイツを目敏く見付けた岡元船長、「きっと林艇に違いない」と、遠くに浮かぶシルエットを見て、桟橋に出迎えることになる。
ここでの立ち話の中で『HINANO』が嫁入り先を探している事を初めて知ります。
でも、急遽スペインへと飛ばねばならない指令がでて、岡元船長は詳しい話を聞けぬまま機上の人へ。


実物を一度も見ないで心動かされた岡元船長、以後の交渉を親友・村松さんに任せて大西洋からパナマ運河に入り、韓国・釜山を経て帰国する本船の航行業務に入ります。
帰国するのは先月の下旬。

「桟橋で立ち話をした程度でしたけど、久里さんが乗り心地の良さを称えてました。村松さんも"買え"のひとこと」
で、「買っちゃって呉れ~」と村松さんに打電することになる。
HINANO』のことはヨット専門誌『舵』で紹介されたので進水当時から知っていて「いい船だな~、こんな舟を持ちたいものだ」と考えていたと言うから、隠れ林ファン、ここにも居たことになりますね~。

絶海の孤島、北緯294735秒、東経1402007秒の南海上に浮かぶ『孀婦岩』(そうふいわ)まで、三人のアルピニストを運んだニ〇〇三年春の『Hinano』の冒険行のことも知っていて、回航が終わって岡元邸に招待された時には、応接間のテーブルの上に『舵』誌の掲載号が乗っかっていましたもの・・・・・。

42ft艇といえば、日本ではデカイ部類に入るヨットです。
d0007653_119029.jpgそいつを一見もしないで、買っちまうとは、大層な太っ腹だし、信用仕切って交渉を任せた親友の存在にも、舌巻く思いになります。
「怖い怖い大蔵大臣がそんなに惚れた船なら買っちゃいなさい。この一言がなければ買えませんよ!」

トンボ帰りの様な強行軍にもかかわらず西国回航に付き合った久里さんと交渉を買って出た村松さん。
二人は安心仕切って尾道で下船して行きました。
赤い糸で結ばれた可愛い娘『HINANO』と、岡元船長と、久里さんと、村松さん。
船の上ではかつての『HINANO』のボースン峰島を交え、それはもう和気藹々の丁々発止が続いてました。                 
ドラマチックな嫁入りです
末永く可愛がって貰える嫁入りです                          

                                                                         鳴門橋の橋桁・大毛島の海の駅(十日)
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by molamola-manbow | 2009-08-20 11:08 | ヨット


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