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2009年 11月 28日

何羨録(かせんろく)にちょっぴり触れる

「これは如何で御座ろう、お気に召しませぬかな?」
「拝見つかまつる。どれどれ・・・・・」
「・・・・・・・」
「ムムッ、コレ、例のヤツでは御座らぬか、何処から手に入れ申した
な~んて会話を交わした訳ではないけれど、「読みたい」と望んでいた"ニッポンの釣魚大全"を探し出して呉れた御仁がいる。
全九巻と二冊の別巻からなる『日本の釣り文学』(一九九七年、作品社発行)の別冊のひとつ。
その巻頭に日本最古の釣本、津軽采女(つがるうねめ)作の『何羨録』(一七七三年(享保八年)が収録されていたのです。
『抄』ですから内容の極々一部、江戸一円の鱚(鱠残魚の字を充てている)釣り場を紹介しているに過ぎなくて、読みたい項目(釣り道具)はありませんでしたが、丸一日、『何羨録』と遊んじゃいました。

曰く、佃の角を南へ松平安芸守浜屋敷前までの内に上洲ありて並みよりは食うことあり。
曰く、松平甲斐守屋敷前泥にて鯊食えり、御厩川岸(現・御厩橋近辺)の渡し編に砂場有りて鰈、鯊場多く、稀に鱠残魚の立ち込み手釣り。
東京湾は西も東も、埋め立てられて江戸の面影皆無だけど、手持ちの古地図など持ち出して「ここら辺りだな、キスも川を上るんだ~」などと。
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右写真中央 の橋は佃島と越中島を結ぶ相生橋。現スポーツニッポン新聞社辺りが松平安芸守の浜屋敷
     作者の津軽采女は陸奥の国・黒石藩四千石のお殿さまです。
     生類哀れみの令で釣りさえも禁じた徳川綱吉が死んで六十年ほど。
d0007653_15583935.jpg     ウズウズしてた釣り好きが一斉に釣竿引っ張り出した時期の作。
     写本が国会図書館、岐阜図書館ほか数箇所にあるらしい。

          嗚呼、釣徒の楽しみは一に釣糸の外なり。
          利名は軽く一に釣艇の内なり。
          生涯淡括、しずかに無心、しばしば塵世を避くる。
          すなわち仁者は静を、智者は水を楽しむ。
          あにその他に有らんか

     お抱えの絵師に難問を出します。
     「世の中に愚なるモノは数多い。ではその頂点に立つは何か、絵にしてみよ」
     しばらく考えて絵師はサラサラと筆を進めて釣りの図を描きます。
     「ウム~、釣りのう。その上は無いか」
     天井仰いで考えて、絵師は釣りの図に筆を加えました。
     加筆したのは釣りする人を眺めるひと。
     「ウワッハッハ
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by molamola-manbow | 2009-11-28 08:26 | 潜り・磯釣り・海


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