2010年 03月 16日

  ♪ 春の小川

テレビの『地井散歩』から聞こえてきた「小田急線・代々木八幡駅の付近」に耳が反応した。
 春の小川はサラサラ行くよ の唱歌作った人が「この辺りに住んでいた」ことを紹介して、ドギツイ原色の魚のモザイクを埋めた壁面なんかを映していた。
「歌詞のイメージにはそぐわネ~、小鮒にメダカだぞ~」な~んて思いつつ、渋谷の街を縦断する渋谷川に流れ込む宇田川が代々木八幡神社の小高い丘を取り囲んで流れているから、「フ~ン、そうだったんだ~」などと、その場はそれで終わったのですが、数日してから「待てよ」と疑問が生じた。
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先日、一面サンイエローに染まった房総の野を眺めたのがきっかけでしょう。

  菜の花畑に 入日薄れ
   見渡す山の端 霞ふかし

『朧月夜』を思い出して、 兎追いしかの山とか、 秋の夕日に照る山紅葉とか その他イロイロ、「キミ達が一度は口ずさんだ唱歌、ほとんどはココで生まれた」と、スキー場の主人が話して呉れたことを思い出した。
その中に  春の小川はサラサラ行くよ(流る)も、あったような・・・・・。

調べてみると、正解でした。
信州・斑尾高原から流れ出る斑川で育った少年時代を懐かしみ、 春が来た春が来た なども作っている高野辰之の作。
「記念館や歌碑も斑尾にある」と述べていて、『春の小川』も『朧月夜』も作っていた。
代々木八幡に建つ歌碑にも、宇田川の支流、河骨川(こうほねがわ)の情景を謳った詩だと書いてあります。
正しいのはどっちでしょう?

小田急線の開通は昭和二年、代々木の森はNHKとか岸体育会館の方まで伸びた近衛師団の練兵場だったし、近くには古代人の住居跡(八幡神社境内)もあります。
今とは比べ物にならない環境だったのでしょうが、manbowが挙げるとしたら、軍配は斑尾だね。
ガキの時代から、宇田川はすでに暗渠だったし、河骨川は上をコンクリートの板で覆ったドブでしかなかった。
もう少しのどかな小川であって欲しいもの。

           斑 尾                          代々木八幡
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by molamola-manbow | 2010-03-16 07:24 | 自転車 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 梟通信~ホンの戯言 at 2010-03-16 09:14
タイトル : 「うさぎおいし~そばもおいし~かのやま」 高野辰之記念館..
二日目は飯山方面へ。天気予報よ!よくぞ外れてくれました。北斎の小布施がめきめき売り出し(過ぎ?)ているが横目で見て通り過ぎる。現町長は年間来訪者を増やしすぎないようにしつつ町全体が果実の分配が受けられるようにしていきたいと考える”まっとうな”人。 途中に芍薬の畑が見事だ。なんで?分かった。芍薬は漢方薬の主役なのだ。 野を渡る風のうまさ。 「高野辰之記念館」。ここも想定外(そも想定がないのだが)の寄り道。永江村(現中野市)に生まれた国...... more
Commented by saheizi-inokori at 2010-03-16 09:07
高野の記念館は中野、わが故郷の近く、にあるのを見ました。マダラオにもあるのかな。
Commented by molamola-manbow at 2010-03-16 09:30
saheiziさん、失礼しました。
所在地は斑尾の下流、『替佐』という駅から行くらしい。
きっと地名は中野かも知れません。

小布施には菅平から下って、畳に寝転んで天井眺めました。
昼寝してても、だ~れも訪れない時代。


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