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2010年 04月 29日

リベンジの島

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伊豆七島を北から順に数えると、大島、利島、新島、式根、神津、三宅、御蔵、八丈と、有人島が八つ並ぶ。
「七つじゃなくて八つあるじゃん」の問い、度々受けるらしく、東海汽船の皆さんはスラスラッと説明してくれる。
「昔々はひとつだった新島と式根島が地震による陥没で二つに分かれたためです。行政区分では、いまでも"東京都新島村式根"となっています。式根島は新島の属島なのです」

地続きだったとされる新島と式根島、地質学的には陥没で分かれたことなど一度も無くて、有史以前から別々の島だったってことは証明されている。
では何故・・・・・?
『伊豆八島』であったって末広がり、ラッキーセブンに劣らず縁起はいいし・・・・・。

式根島丸ごと一島を、「買いたい」と明治政府に申し出た人がいました。
ドサクサまぎれに大もうけした某財閥の前身だったのかもしれません。
明治政府もアメリカにアラスカを売っちゃったロシアと余り考えは変わらなかった。
いまでも新島から海底伝って水を引いている島です。
これが致命傷の無人島だったから、「売っちゃえ、売っちゃえ」に傾いた。

何度となく入植を試みながら、飲み水に窮して退却を余儀なくされ続けていた島ですが、新島の漁師さんたちは猛反対のムシロ旗を振った。
島周辺の海を魚の『養殖場』として大切に扱い、入れる漁場を季節ごとに決めたりして守っていたから「余所者に荒らされてはたまらね~」。
そんな歴史から知恵を絞ってでっちあげたのが、『昔は地続きの属島説』です。
「あそこにはご先祖さんも眠ってる。お盆にはジッちゃん、バッちゃん、苦労して船で渡って供養してるんだ」と、嘆願し続けることになるのです。
先祖代々には、まだ弱い時代です。
「そうか~、お墓のある属島だったのか~」と、島の売却話は沙汰止みとなった。
「ひとつの島で御座いましたので、伊豆八島とは言わずに伊豆七島と申すのであって、私たち新島村の持ち物なので御座ります」が、効いたのでしょうね~。

「売られなくてよかった~、頭のいい漁師さんに感謝だ~」の伊豆七島の属島に、昨夜は釣具一式を送り出した。
島の目の前まで行きながら、接岸出来ずに引き返した正月元旦の初釣行のリベンジです。
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by molamola-manbow | 2010-04-29 09:46 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
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