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2010年 05月 05日

荒磯の釣

磯の先端にたって、三間を越える太くて長い竹の延べ竿を使う釣り。
磯釣りの元祖は山形・庄内藩の武士によって江戸時代に始まったと言われます。
ちょん髷頭は七三に分けられ、蓑合羽はオーバーへと変わりましたが、磯釣り師のスタイルは江戸時代とさしたる変化はありません。
松崎明治が昭和十四年(一九三九年)に著した写真による釣り指南の本、『日本の釣』(岩波書店)を見ても、竿は『庄内竿』を使っています(↓↓)。
場所は伊豆半島の突端・石廊崎の磯、ハバノリによるメジナ、ブダイがターゲットの釣りです。
両受け軸のベイトリールの普及で磯釣りの獲物に石鯛が加わるのは昭和も三十年代に入ってから。
伊豆急の開通(昭和三十六年)で荒磯の石鯛釣りは八幡野の磯から火がつき、瞬く間に全国に普及しますが、それまでは伊豆半島の突端まで足を運ぶに丸一日を要していた。
石廊崎の磯に立てるなんて、写真の時代には限られたヒトにしか出来ない贅沢な遊びだった筈です。
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軽量のカーボンロッドと性能のいいリールの普及、それに交通網の発達は釣り人口を増やし、船釣り愛好者を加えると二千万人を超えるまでに膨れ上がっている。
随分道具立ても変化し、竿一本分の範囲の釣りから、驚くほど広範囲の魚を探れるようになった。
でも、写真で見る限り釣りのスタイルに変化を感じない。
コチラ(↓↓)、Gwに式根島まで出掛けた釣り同好会・新宿魚連のメンバー達。
両者の間には七十余年の開きがあるのに・・・・・。
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by molamola-manbow | 2010-05-05 23:01 | 潜り・磯釣り・海


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