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2010年 06月 22日

復元・遣唐使船のナゾ

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ボストン美術館に納められているコノ画、七世紀に海を渡った遣唐使船を描いたものだといわれている。
瀬戸内海を経由して畿内から北九州に出て五島列島の青方とか福江まで行き、春の東北風を待って東支那海を渡っていたとされている。
渡航した回数、十数回から多くて二十回ほど、と言うのが定説。
平城遷都千三百年記念事業に遣唐使船の復元事業があって、奈良・東大寺の展示お披露目式は大々的に報じられた。
コノ東大寺の復元・遣唐使船と、上海万博のジャパン・ウイークに合わせ、往時と同じコースを辿って上海で披露された復元・遣唐使船は同じものなのでしょうか?
それとも、それぞれは別の船なのか・・・・・。
どうもよく判らないところに持ってきて、「間もなく完成・遣唐使船」なる中国・江蘇省発のニュースを図書館で見つけたのです。
となると三隻・・・・・? 
d0007653_7274375.jpg真実は半分だけ判った。
上海万博のジャパンウイークで披露された復元・遣唐使船は、中国の江蘇省で建造された後に日本に運ばれ、大阪港で盛大な出発式(五月八日)を行って瀬戸内ー北九州ー五島を経て上海に旅立って船だったのです。
鋼鉄で作って上に板張ったまがいモノ、中国製だとはハッキリ判らないよう曖昧な表現も使われていた。
「ニッポンで何故作らね~んだ。鉄船が登場するのは大航海時代の後だぞ
疑問は賃金その他の建造費が、一度日本に持ってくる運搬費を含めても安上がりなんでしょうね~。
鉄船だということを含めて、少しガックリです。

いまも奈良・東大寺に船が飾られてあれば、建造されたのは二隻、無ければただ今『遣中使』の最中の一隻だけということになる。
電話掛ければ一発で判ることだけど・・・・・。

東大寺で陳列準備中に撮られた遣唐使船のショット(↑↑)。
舷側に竹の束(?)がくくられているのが判る。
張り出してはいないけど、一種のアウトリガーを持っていたんですね。
ボストン美術館の画からは窺えないけど、面白い
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by molamola-manbow | 2010-06-22 09:10 | ヨット | Trackback | Comments(0)
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