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2010年 06月 30日

投げ釣り発祥の地

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d0007653_1152051.jpg 画面の向こうっ側、酒匂川を経由して国府津~二ノ宮~大磯と続いてゆく。
シェパードと散歩中のご婦人側は、通称の『山王川』でも通っちゃう、正式名『久野川』を越えれば小田原城下の御幸ヶ浜と名を変える。

日本の投げ釣りの歴史、二つの川に囲まれたコノ海岸線、一キロ半ほどの山王海岸と大磯海岸から広がったと言われている。
『車』と呼ばれた『太鼓リール』しか無かった時代(昭和十年~三十年代半ば)、遠くまで仕掛けを飛ばすにはフライ・キャスト同様に一度リールから投げる分だけ糸をほどいておかなければならなかったので、釣竿とは別にもう一本竿を使った。
ドーナツ型のオモリを竹竿に通して、コイツ振り抜いて仕掛けを遠くまで飛ばしていたのです。

思い切って竿を振り抜いても、糸が絡まないで投げられる木製の『小田原リール』を、箱根細工師が完成さるのは昭和三十年代の半ば過ぎでしょうか・・・・・。
太鼓リールの軸が90度回転する横転リール(↓↓)です。
国産のスピニングリールが普及する昭和四十年代の頭までの投げ釣りは、コノ小田原リールとともに山王海岸から広がった。
外国製のスピニングリール、給料の一ヶ月分もしていた時代があったようです。

いつもなら五メートル間隔で投げ竿林立の山王海岸なのに、今年のキスは遅れている。
百二十メートル投げてもとどかないほど沖目を遊泳していて、釣人は近場に寄って来るのを待っているようです。

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by molamola-manbow | 2010-06-30 10:22 | 潜り・磯釣り・海


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