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2010年 07月 20日

明治の江の島

小田急の『片瀬江ノ島』駅も、『江ノ島電鉄』の社名も、駅名も、カタカナの『ノ』の字で表示してるけど、『江の島』とひらがなの『の』の字使うのが正しいと、土地のおばあちゃんに教えられた。
そのおばあちゃんも「明治時代の江の島だよ」ぐらいのことしか知らなかった写真です。
「いいよ、いいよ、好きなだけ撮ってきな

島に渡るとすぐのところ、鳥居の脇に左に曲がる道がある。
両側から軒の迫る細い路地だから、ほとんどだ~れも通らない江の島一静かな道。
島民のための雑貨屋さんとか、魚屋さんなどはあるものの、観光客を相手にする店は民宿が数軒看板を出しているぐらい。
観光客は滅多に入って行かない。
"明治の江の島"は、この道の突端近くの某所で見つけた。
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いまでは歩行者用と自動車専用の立派な橋が平行して建っていますが、関東大震災(一九ニ三年)で崩落してからは「台風のたんびに流されるチャチな橋しかなかったらしい。
「島には小学校の分校があってね、中学校には船で通ってた」んだとおばあちゃん。
橋脚がコンクリート製になって、台風でも流されない橋が出来るのは、戦後しばらくしてから。
満潮時には砂嘴(さし)も消えるので観光客は長らく写真のように馬の背に揺られたり、漁船に乗って渡っていたようです。
「橋渡るのにお金必要だったんだヨ、だからズボンまくって歩いて渡るヒトも多かったネ。帰りはタダだったから、観光客は干潮調べて来てた」
東京五輪のヨット競技のために橋が二本架かるまで、渡し賃は取ってたようです。

コチラ、葛飾北斎の『富岳三十六景』(↓↓)には、『相州・江之嶌』とあります。
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by molamola-manbow | 2010-07-20 09:50 | 潜り・磯釣り・海


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