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2011年 12月 14日

名器・章魚(たこ)釣りの壷

d0007653_834015.jpg広島の尾道市から瀬戸内海を越えて愛媛・今治市に到る『しまなみ海道』、その最後の橋桁が立つ半島の蔭に、古くから潮待ち港、風待ち港として利用されてきた自然の良港がある。
『波止浜』と書いて『はしはま』と読ませる、深く深く切れ込んだ入り江、地図で眺めても「なるほどな~」の形をしています。
『しまなみ海道』の橋桁の下は、潮が濁流となって流れる来島海峡、村上水軍、来島水軍はココで待ち構えていて海賊行為を働いていた。
その来島水軍の本拠地があったのが波止浜港の入口を塞ぐ形の小島、ここ待ち構えていたんだといいます。
耳そばだてて聞き入った面白話、この波止浜が舞台です。
今秋、佐賀の伊万里沖で見つかった元寇の船、先の西国旅行の際に教えられた島津藩の軍船・白鳳丸、天佑丸、青鷹丸の沈没場所・・・・・。
波止浜をめぐるお話も、海好き、潜り好き、トレジャーハンターの血をかきたてる種類、お宝満載の船が波止浜沖に沈んでる。
d0007653_9394130.jpg諸大名を集めて盛大な『醍醐の花見』などをやった豊臣秀吉、死は得意の絶頂期にあった慶長三年八月十八日に訪れる。
西暦に直すと台風上陸の特異日、二百十日と二百二十日の真っ最中、九月十八日のことになる。
「天下の名器を一同に集めよ」と、信長の実弟・織田有楽齋に命じて秀吉が集めさせた伊万里、有田、薩摩など西国の陶磁器、これらを満載してた船が波止浜沖で難破した。
ただの難破じゃありません。
秀吉の死を知って早馬飛ばして聚楽台に戻った船奉行の留守をいいことに、船頭さんが船ごと持ち逃げを図るんです。
そして、嵐を突いて波止浜から船を出した直後にひっくり返る。

秀吉死後の世界、再び乱れて船一隻の探索などには手間も時間も割けなくなるのだから、船頭さんの頭、回転は速かった。
台風さえ乗り切っていればの話ですけど・・・・・。

時たま漁師の網に掛かる持ち逃げ陶磁器、『章魚(たこ)釣りの壷』などと呼ばれて珍重されてるんだそうですよ。
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by molamola-manbow | 2011-12-14 09:57 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
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