Hey! Manbow

heymanbow.exblog.jp
ブログトップ
2012年 03月 13日

  セアカゴケグモ、覚えてます?

名前の由来、背中の赤い模様でした。
日本には棲息してるはずのない致死量の毒を持つ蜘蛛が見つかって、TV 画面を賑わせたのだいぶ前です。
『セアカゴケグモ』、漢字表記は『背赤後家蜘蛛』、関西発のニュースでした。
勘違いしてた。
古本屋で見つけた『一寸の虫にも十分の毒』(川合述史著・講談社)を読むまで、『背赤苔蜘蛛』と書くのだろうと。
墓石の隙間とか道路傍の側溝、それも蓋の裏側などに潜んでいる棲息場所から、苔につなげてしまったのでしょう。
日本庭園を飾る苔たちは、ヒノキゴケ、スナゴケ、モウセンゴケなどと濁って発音するし・・・・・。
d0007653_23431128.jpg
最初に『セアカゴケグモ』を見つけたヒト、名前までは述べられていませんでしたが市井の一般人だったようです。
「見慣れぬ蜘蛛だな~。豪州に良く似た毒蜘蛛が居るってこと、何処かで読んだぞ・・・・・?」などと。
後家蜘蛛を苔蜘蛛と勘違いしてたmanbowとは大違いです。
すぐに研究機関に持ち込んで大騒ぎ(一九九五年)になった。
棲息範囲と個体数の多さから推察し、著者は「発見される以前から、数世代に渡って日本で繁殖を繰り返していたに違いない」と推論してる。
d0007653_9513125.jpgニュースが流れた途端に数千匹の固体がみつかった。
摘み上げたりしない限りは「噛まない」おとなしく臆病な性格、被害もでていませんが、コワ~イ外来生物は住み続けていたんです。
きっと棲息範囲はニュース時点より広がったでしょう。
あれから、十年ほどの時間が流れてます。

市井の人の大発見で頭に浮かぶのは、石器時代の『岩宿遺蹟』(群馬県笠懸町)を見つけた相沢忠洋さんですね。
相沢さんが発見したヤジリを研究機関に持ち込むまで、日本に石器時代は存在しなかったのです。
学説では「日本列島の歴史は渡来人による縄文、弥生時から始まった。それまで人類は居ない」で通っていた。
「おかしいじゃん。コレ、立派な石器だぞ」と考えた相沢さんのヤジリ、学説を覆す大発見となりました。
以来、「ここにも」、「あそこにも」と、石器時代の遺跡は出るはでるは。
ヤジリ発見後、三年ほど経った昭和二十四年(一九四九年)、学会は日本の旧石器時代の存在をようやく認めた。
日本の学者さんは教室に籠もるのが仕事で、フィールドワークに出たがらない。
生物学も考古学も、教室は外だよね~。
[PR]

by molamola-manbow | 2012-03-13 09:18 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://heymanbow.exblog.jp/tb/15559885
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 食いっぱぐれた        喜寿を過ぎて、なお現役! >>