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2012年 08月 21日

  三十年も通う海

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伊豆急下田駅から西海岸回りの国道・136号線に乗って二十分ほど、入田(いりた)の辺りで脇道にそれ、海岸際に穿ったトンネルを抜けること四個目のドン詰まりに田牛(とうじ)の集落はある。
その四個目のトンネル際に『この道ありて田牛あり』と刻んだ石碑を見つけた。
「こんな石碑あったっけ?」
「初めて見るよな~。注意してはいなかったけど、去年までは無かったと思うヨ」
「初めて田牛に来た時、開通したばかりの道だと言ってたじゃない。あれから三十年は経つわヨ、三十周年記念事業ヨ。小学校に通ってたこの子が三十ン才に成るんだもの」
d0007653_6512331.jpgお盆を過ぎて海辺からお客さんがガク~ンと減るこの時期に、manbowが通い始めてからでも四半世紀、その前から数えると今年の田牛は丁度三十回目に当たるらしい。

何が気に入って通い続けるのかは周囲が岩礁帯であるため。
数えるほどにしか海水客が居ないため。
貸切状態の民宿で好き勝手に過ごせるため、ETC
理由はイロイロですが、東京からほぼ半日掛かりの辺鄙な土地に、今年も総勢七人が集結した。
最盛期には三十数名、三十ン才のオノコが小学生集団の餓鬼大将を勤めてた時代もあったのに、近年は目減りして、餓鬼共は「親と一緒に海水浴なんて」と思うようになって、大人達も潜って魚追い掛けるのに飽きて、一人減り、二人減り・・・・・。
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伊東から下田まで、伊豆急が開通したのは去年が五十周年目の記念の年でした。
伊豆半島の東海岸を走る135号線と下田の駅前で名前を136号線と変えて西海岸を走る二つの国道が手を繋いだのは伊豆急の開通より遅いはず。
奥石廊の人間(いるま)や中木地区には漁船でしか入れない、陸伝いには行けない天国の様な浜が未だに残っている。
田牛もそんな集落のひとつでした。
来年は是が非でも仲間を増やして、昔の賑わいを取り戻さなくてはなりません。



(↑ ↑)灯台が目印の神子元島を真ん中に手前・石取根、奥・神津島
                          (↓ ↓)潮溜りで憩うコチラ真っ白な新種のトド
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by molamola-manbow | 2012-08-21 07:32 | 潜り・磯釣り・海


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