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2012年 12月 08日

土地の名士・土肥実平

真鶴に移り住んで、それはもう、そこここで名前とぶつかる土地の有名人がいらっしゃる。
いらっしゃるといっても、遠い昔にお亡くなりになった方、土肥実平公のお名前です。
真鶴の一駅先、湯河原に降り立って、初めてその土肥実平公と対面することができた。
駅前ロータリーに妻を従えてたたずんでおいでなのです。
逆光になって、どの様なお方なのか、さ~っぱりですが、銅像を作った人も顔を存じ上げてた訳じゃない。
で、「ま、いいか~」の真っ黒。
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d0007653_922720.jpg実平さんと言う人、小田原近郊、石橋山で挙兵した源頼朝に付き従い、以降、壇ノ浦の戦いまで東奔西走した武将、真鶴・湯河原辺りを治めていたんだといいます。
それはもう、あちこちに土地の名産、小松石製の碑文が立ってます。
石橋山の戦いに敗れ、房総半島へと船で逃げる際に隠れていた岩屋(真鶴港=しとどの岩屋)にひとつ。
船を出した岩港にも、そしてその途中の『謡坂』にもある。
すべて、土肥実平公なかりせば、鎌倉幕府の成立はなかったかもの内容ですね。

対して、とっても同情しちゃうのはひざまずいてる奥方です。
石橋山の戦いに敗れ、わずか七騎で房総へと逃げ出す間、源頼朝は箱根・伊豆の山中を散り散りになって七日間も逃げ惑う。
その逃走先に農民に変装し、炭焼き姿に身を変えて、情報を伝え、食料を運んだ糟糠の妻だと述べているのですが、名前がないんだ。
名無しの妻なのです。
土居会』という顕彰団体も活動してるようなので、必死で調べたのでしょうが、見つからなかったらしい。
追っ手から逃れ、山中を逃げ惑う落ち武者に「食料など届けられるのかな~?」も疑問ですが、良妻であったのは確かなようです。
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by molamola-manbow | 2012-12-08 09:46 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
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