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2013年 06月 04日

小松石の隙間・・・・・

彼方は江ノ島、突き出た陸地は稲村ガ崎、満潮を迎えるとこんな感じの海になる。
ほとんど水没しちゃって石碑だけになってるのが『和賀江(わがえ)島』、鎌倉・材木座海岸の東端にあって、逗子マリーナの真南に位置する人口の島です。
鎌倉幕府の海の玄関口として栄えた日本最古の築港遺跡、1232年(貞永元年)に完成した。
周囲はウインドサーファー達のメッカ、国の史跡指定を受けているものの、港とも、島とも見えない。
遠浅の海に築かれた低い石積みの港。
風波に弱く難破を繰り返して見捨てられた歴史を持つてる。
今も海底から遺物が引き揚げられるのはコノ軟弱港のお陰、何が幸いするのやら。
考古学者にとってですが・・・・・。
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相模湾を挟む西端・真鶴半島と、鎌倉幕府は結構縁が深い。
石橋山の戦いに敗れた源頼朝が主従たった七騎で房総へと逃げたのが真鶴半島付け根の岩海岸。
海の玄関口造りにも真鶴半島産の小松石が使われた。

d0007653_9124532.jpgいきなり気味の悪い写真じゃあ気が引けたんです。
で、我が国最古の築港遺跡の話など。
真鶴の町はいまでもブロック塀やセメントで塗る固める仕切りより特産の自然石造りが多く、駐車場も農地の境も小松石で区切られている。
その岩肌と隙間などを何時も眺めて通り、「居ないはずないんだがな~」と探し続けているんですが見つからない。
まだ影すら捕えていない蜥蜴、絶好の棲家はそこら中にあるんですけど。
その副産物はコレ、昨日は横に写っているヤスデの親玉みたいなヤツとも遭遇した。
気味が悪いだけじゃあなくて、噛まれると幹部は腫上がり、激痛に襲われて三日間は唸ることになる猛毒の持ち主。
でも、社会面のトップを飾ったのは怖い百足よりヤスデの方でした。
大量発生したヤツを踏み潰した車輪の空回りで列車がストップ。
度々起こる話じゃあありませんが、蒸気機関車の時代にはそれなりの頻度で発生した。
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by molamola-manbow | 2013-06-04 09:48 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
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