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2015年 08月 22日

  双胴船・KaimiLoa

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「こんなの買ったよ~」と、数行だけ紹介したことがある。
その古本屋さんで見付けて即買いした『カイミロア』(エリック・ド・ビショップ著=法政大学出版)を、ヤフオフ徘徊中にもう一冊見つけて、こちらも即買いしちゃいました。
昭和 2 8 年発刊の書、製本も紙の質もとっても悪い。
ベッド脇から滑り落としただけで背表紙との接合部分が割れて、ページ毎にバラバラになりかねない状態になっちゃいました。
「コイツ、面白いから読め」とか、「蔵書に加えたら」などと、キャビンの一角を船関係の本で埋めているヨットマンに差し上げる訳には、これじゃあいけません。
最初の一冊をひどい状況にしちゃった理由は、他にもあります。

d0007653_9444893.jpg総航海日数を 2 5 0 日と計算したイラスト図(➡)、 1 9 3 7 (昭和 1 2 年)年 3 月 7 日にホノルルを出て、母国フランスの地中海の港町・カンヌに帰着したのが 1 9 3 8 年(同 1 3 年) 5 月 2 0 日ですので、 1 4 か月も波に揺られていたことになるのです。
「何処から割り出した 2 5 0 日なんだろう?!」などと。
最初の寄港地・フトゥナが何処だかも判らないままですし・・・・・。
そんなこんな、時代背景とかを調べ回っていて壊れても行きました。

ハーケンクロイツがドイツ国旗となり、ユダヤ人の公民権をはく奪するのが 1 9 3 5 年(昭和1 1 年)です。
1 9 3 7 年(昭和 1 3 年)には日本軍と中国軍が衝突する盧溝橋事件が起こります。
欧州でもアジアでも第二次世界大戦への軍靴の音が高まり始めたそんな時代に、古代ポリネシアンの遠洋カヌーに類似した双胴船で地球を半周してみせたのが著者です。

ノルウェーの人類学者ヘイエルダールの「ポリネシア人は南米から西に向かった」説(コン・ティキ号の冒険で有名)を覆す為に、竹で作った筏「タヒチヌイ」でタヒチからチリへの実験航海中に著者は遭難死( 1 9 5 6 年だったかな)します。
若き日のフランシス・コーワンの師匠であり、『 K a i m i L o a 』はその後の双胴カヌー『 T a h i t i N u i』、『 H o k u l e a 's 』に繋がって行く。

双胴船のハワイ語『 K a i m i L o a 』を分解すると K A は冠詞で I M I は探すを意味する動詞で、 L O A は遠くを意味する。
古代のポリネシアンが海洋に船を出した志と同じくする、「水平線の向こうには何があるんだろう?、探しちゃえ」号、つまり『探検家』。

                       ホノルル・ビショップ博物館所蔵の双胴カヌー
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by molamola-manbow | 2015-08-22 10:54 | ヨット | Comments(0)


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