2006年 02月 24日
トリノ五輪のアルペン競技を観戦していると、脳裏に突然、Toni Sailer (オーストリア)の姿が浮かんできた。 南チロル・ドロミテ山塊のスキーリゾート、同じイタリアのコルチナ・ダンペッツオで開かれた7回大会で、回転、大回転、滑降を制した五輪史上初のアルペン三冠王である。 指折り数えてみると、Sailerの三冠獲得は半世紀も前のことになる。 俳優に転身し、『白銀は招くよ』、『黒い稲妻』、『銀嶺の王者』、『白銀に踊る』などの映画に主演して一世を風靡したスターだといっても、現代の若者にとっては「エーッ?それってナニ?、誰のこと・・・・?」であろう。 そんな過去の人を、唐突に思い出すことになった契っ掛けは、昼間掛かった一本の電話だったと思っている。 電話の向こうでは、木更津のヨット『KoKoLo』のオーナー夫人(Mr ・ヨーコ)が、「どうです、参加できそう?」と私に決断を迫っていた。 去年初めて参加した『チーズ・フォンデューを雪山で食べるスキーツアー』(群馬・岩鞍スキー場)に、「ことしも参加しろ!」と誘っているのである。 【こちら(←←)Sailer the skier の"白銀は招くよ"】 【こちら(↓↓)Popeye the sailor-man】 わたしが『チーズ・フォンデュー・スキーツアー』に参加することになった経緯。 それは富浦のヨット『Hinano 』のキャビンで鮟鱇鍋(KoKoLo のオーナーが吊るし切りを披露しました)を突っついた折りでした。 酔っ払った勢いで大言壮語しちゃったのです。 「俺はあのSailer と、蔵王で一緒に滑ったんだぞ!」と。 全部が全部、大法螺だと言う訳ではない。 『黒い稲妻』の封切り(1958 年か、59 年)に合わせて来日したSailer が、「蔵王でデモるらしい」という情報を聞きつけ、待ち構えていて追っかけたのだから。 山形・蔵王はスキー仲間のホームグラウンドだったから、ロープウエーの上駅で待っていて「来たぞ、来たぞ、ソレーッ!」とばかりにです。 Sailer のスガタは見る見るうちに遠ざかり、我々は置いてけぼりをくいましたけど、当時は実にノンビリしたものでした。 物々しいガードなんかを引き連れていませんから、腕さえ確かなら一緒に下まで滑り降りることも可能だったのです。 もう一度、腕さえ確かであれば・・・・・。 そんなことはおくびにも出さない大言壮語でしたから、引っ込みがつかなくなって、私はサッポロ五輪の前年に履いて以来のスキーを、三十四年振りに足にすることになったのです。 怖かったですね~。 斜面が怖い、スピードが怖い、転ぶのが怖い、すべて怖い・・・・・・。 皆さんに「フン!」と鼻で笑われました。 ゴロン、ゴロン転ぶ。 しかも、体力が無くなっているし、体も硬くなっていますから、一度転ぶと起き上がるのにも四苦八苦、それでも足りずに七転八倒です。 「こんな筈じゃない」と思うのは頭の中だけ。 勘を取り戻すまでに、ほぼ半日を要しました。 とまあ、こんな調子でしたから、ことしのお誘いにはどうしようかと大いに迷っていました。 あんなブザマな姿を、もう一度見せることはあるまい、などと・・・・・。 でも、電話に向かって発した言葉、それは 「行きます、行きます。宜しくお願いします」。 懲りない男なのでございます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 横文字でsailer と綴られてトニー・ザイラーを思い出すのは余程の変わり者、それも年配のスキーマニアでしょうね。 普通はsailにerなら・・・・・・。 それにしてもerとor の違いはややこしい。 スキーヤーはer で、船乗りはor。 runner、racer、swimmer・・・・・・・。 or で思い付くのは農耕用のtractor だけだ。 船乗りは機械扱いか!、な~んちゃって。 なぜか To be to be ten made to be を思い出しました。 そう、飛べ 飛べ 天 まで 飛べ です。
by molamola-manbow
| 2006-02-24 15:08
| ヨット
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