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2006年 03月 10日

記憶の中の日々

わたしと同じ1月28日生まれの女性がいる。
友人知人はこの女性のことが大好きなので、誕生日を祝いたがる。
これはわたしにとっても大層都合がいいことだ。
「合同誕生会を開きましょう」と提案し、かれこれ十年、彼女に便乗して大勢から祝って貰っている。
ことしも寿司屋の祝宴で、「それではmanbowさんも」と、"ついでの乾杯"を受けた。

おのれの誕生日を忘れる人は居ないでしょうが、人には記憶に刻み込まれた日付、というものが幾つか有る筈である。
結婚記念日であったり、好きな人の誕生日であったり、親の命日であったり・・・・・。
d0007653_11144021.jpgわたしのその"記憶に刻み込まれた日"を、差しさわりのないところで列挙すると、
▼1973年の10月の2日と6日が浮かんでくる。
史上初の英国遠征に旅立ったラグビーの日本代表を追いかけ、一人で羽田を発った日(2日)と、対ウエールズ代表テストマッチをアームズパーク競技場で観戦した日(6日)が、この二つである。
初めての海外へ、そして黄金時代を築き始めていたウエールズ代表の強烈な印象は、ズーンと頭に突き刺さって、脳裏に刻印されることになった。
日本代表のこの時のお相手が写真(← ←)の人形たち。
右端のJ・P・R・ウイリアムス(フルバック)はその時に買い求めたもので、行く度に買い足し、一度は十五人を揃えたけれど、あげたりしていまではこれだけになっている。
2001年3月12日は思い出とは少しニュアンスが違う。
d0007653_11574923.jpg
一度記憶から消えたけれど、覚えておくとバーのカウンターなどで何かと重宝なので、半ば強引にもう一度刻み込み直した日付だ。
挑戦三度目を成功させ、いまだに続いている禁煙の開始日、一度blogにも登場させている。
なんと、すぐに祝禁煙五周年がやってくる。

記憶の日付その3は▼2003年4月21日
嫂婦岩(↑)に三人のロッククライマーを送り込むために、42ftのセーリングクルーザー『Hinano』で、油壷を出港した日である。
この時のクルーズは入院した連れ合いを放り出して出掛けたことが負い目になっている。
最初の診断は盲腸!
それが腸の癒着と判り、開腹手術をしなければならなくなった時は海の上でしたから、致し方なかったんですけどね(と言い訳)。
ともあれ、連れ合いにはいまだにチクチク言われますし、わたしの留守中に付きっ切りで看病してくれた連れ合いの後輩・イートン嬢には、ついこの間も酔って絡まれて大変でした。
「人非人!」みたいに攻撃してくるんですから、参ります。
そうそう、順序が狂いましたが、もう一つ思い出しました。
▼古い順ではこれが一番の1971年9月26日。
東京の秩父宮ラグビー場で、日本代表がイングランドに3-6と競り掛けた日です。
ラグビーの母国の代表に、「負けるかも・・・・」などと、恐怖心を抱かせながらプレーさせたことも、過去にはあったんですけどね~~~  



・・・・・・・・と、長々と綴りましたが、実のところはblogが一周年を迎える、という事を述べたかっただけなのです。
そのスタートの日付が▼2005年3月20日。
d0007653_12343081.jpgたった一年前のことですから、入院した連れ合いを放り出した様に、無視して通過してもよかったのですが、人様の一周年記念プレゼント企画に応募して、山葡萄のツルで編んだ携帯電話入れをゲットしちゃったとなると、そうも行きません。
で、写真の品(↓)を用意し、欲しい方に差し上げることにしました。

象牙の端材で作った釣り針のペンダント が左から①②③④の四点と、⑤前に置いたペーパーナイフ、そして⑥の小型のZippoです。
いずれも手作り。Zippoまでは作りませんが、カバーはFijiのタパです。
抽選(そんなに来るかなあ)して、お送りいたします。
コメント欄で御応募(〆切20日)を!!
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by molamola-manbow | 2006-03-10 13:03 | ラグビー


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