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2008年 03月 19日

稲村ジェーンの海

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伊豆半島が西側をガードして、黒潮の勢いを押さえ込んでしまっている。
東側には房総半島も張り出していてシャンパングラスの底のような格好をした相模湾、ご丁寧にもグラスの上は伊豆の大島に蓋をされた格好である。
d0007653_21494032.jpg江ノ島海岸の西の端っこ、引地川河口の橋の袂から湘南サーファーのメッカを眺めながらの昨十八日の頭の中。
一つは「辻堂目指すか腰越か・・・・・」、どちらに歩み出すかの目的地選び。
もうひとつは「随分と大波とは縁の薄い、不向きな場所を選んだものだな~」と、サーファーのメッカに対する不思議を思っていた。
「そうだ、値段の折り合いが付いたら生シラスを買って帰るんだった~」と、ここにきた目的を思い出して、コースの方は東に取って腰越漁港へ。
もちろん、真っ直ぐに腰越のシラス屋を目指した訳ではない。
先ずはサーファー見物である。

d0007653_21203229.jpg「よう、この週末、乗りに行くかい?」
「よ~ッしゃ~、じゃあ銅像前でな、なるたけ早くこいよ~」な~んて。
サーファーの間では、たったこの二言ぐらいで週末の約束が成立しちゃうんですよね~。
バイトがそれぞれ違ったりするから、約束の時間は決めない。
前夜に入って車に泊まったり、野宿したり・・・・・。
朝イチに夜勤明けで駆けつけたりと、バラバラですからね。
でも、この銅像の前に来て海に入っていれば、そのうちに「よう、何時きた?」になるんです。
日中戦争と太平洋戦争に散った御霊を弔うために、一九六五年に藤沢市民が建てた『平和の像』、こんな役の立ち方をしているのですね~。
初めてサーフィンを目撃した西洋人。
ハワイの発見者(一七七八年)キャプテン・クックの航海日誌には、すでに記述があるんだそうです。
日本では駐留米兵のお遊びが最初だったから、初めて見たのは『平和の像』の若者かも知れない。
海には背中向けて立ってる像だから、見たと言うより、気配を感じたかな。
歴史としては建立の時期あたりから若者層に浸透し始めたはずだ。
それにしてもラッコの善男善女たち、この波にはお手上げでしょう。
腰越の先、稲村ジェーンの波、あれも二十年に一度の設定でしたね~。

そうでした、目的の生シラス(十一日解禁)、「獲れね~んだよう、朝くりゃあ幾らかはあっけどよう」
あと半月ほど必要なのでしょうか。
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by molamola-manbow | 2008-03-19 08:26 | 潜り・磯釣り・海


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