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2009年 02月 12日

咸臨丸還る

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blogを彷徨していてIn the pontoon bridgeで興味深い本に出合った。
世田谷図書館を調べると、蔵書の中に一冊だけある。
すぐに手続きを取って近くの分室まで届けて貰うことにした。
副題に『蒸気方小杉雅之進の軌跡』とある『咸臨丸還る』(橋本進著 中央公論新社)。
本の主人公は、最年少(十八歳)で咸臨丸に参加し、その後幕府海軍のトップ榎本武揚と行動をともにして行くひと。
著者は帆装練習船『日本丸』の船長などを務めた東京商船大の教授、帆船知識は半端じゃありません。
読み終えたのは、まだその序に等しい本の前段部分、咸臨丸がどのような経緯でオランダに発注され、太平洋を渡ることになったのか。
つまり背景を読んだだけなのに、「こりゃあ勝海舟像を見直さなければならない」とか。
「ブルック船長(大尉)以下十一人のアメリカ水兵が乗船して居なかったら、咸臨丸は幽霊船になって太平洋を漂うことになっていたろう」とか。
教えられてきた歴史とは随分違う『史実と真実』付き付けられて、ただただ驚くばかりなのです。

d0007653_1212483.jpg「江戸からこちら、明治に掛けては余りにも資料が膨大過ぎてね、生涯掛けても読み終われない量だから困るのヨ」
そんな話を枕に振って本題に移った『恋忘れ草』(九十三年)の直木賞作家、北原亜以子女史の『江戸城無血開城前後』を講演で聴いたのは一昨年の暮れ。
頭の中は江戸の街を火の海から救った立役者と、艦の指揮どころか終始厄介なお荷物でしかなく、信望地に落ちた無能な指揮官、二人の勝海舟が出たり入ったりです。

年号その他は面倒なのではぶきますが、浦賀を出航した咸臨丸の乗員は勝海舟艦長以下九十六名と、アメリカ水兵の助っ人。
出航してすぐの大時化によって、使える勝海舟の部下は、十四歳で鳥島に漂流したところを捕鯨船に救助され、アメリカで教育を受けた通訳の中浜(ジョン)万次郎ら数人となってしまう。
勝海舟の船酔いはことさらひどく、サンフランシスコ到着まで指揮を放棄しただけではない。
自室に閉じこもり甲板に出ることすらなくなり、「今すぐボートを下せ、オレは日本に帰る」と言い出すのだから、ひどい指揮官、艦長である。
徐々に起き出してきた洋式海軍伝習生を当直業務に立たせ、操船を教え込み、啓蒙し、太平洋を横断させたのは、私利無欲、公正なブルック大尉におんぶに抱っこの咸臨丸だったのです。

d0007653_1075594.jpg歴史に「だったらとか、もしも」の仮定は禁句だけど、時化の試練に出合うのが『往路』じゃなくて『復路』で起こっていたら・・・・・。
本を読み進むと、そうした思いに駆られてならない。
「毛頭の助けなど要らん」と見得切って出掛けた井の中の蛙だ。
ブルック大尉に素直に教えを請うこともなかったろうから、時化を乗り切る技術など会得できようがない。
幽霊船になることなく無事帰国できたとしても、勝海舟が重用されるようなことにはならなかったろうし、随行した福沢諭吉のその後もありません。
江戸城無血開城はなく江戸は火の海、慶應義塾の設立もなく一万円札の肖像もない。
歴史は別な道を作っていたでしょう。

d0007653_14335898.jpg伝修生が「衆人皆死色、亜(米)人乃輩冷笑す」などの日記を残す咸臨丸を十一人で操船し、十六枚もの帆を、たたみ、揚げ、縮帆し、復路に備えては万全の船の修理と改良に尽力したジョン・マーサー・ブルック大尉は、もう少し知られていい人物だと。
勝海舟が後年、「外国人の手は少しも借りないでアメリカに行ったのは、おれが初めて」と自慢しているのに対し、ブルックは簡潔な報告書を提出しているのみ。
航海日記ではあきれ果てているけれど、他人に内情を明かしていないどころか、公式書類では称えておいでだ。

助っ人の大半、ブルック大尉も下船した『復路』はおおむね安泰。
ホノルル入港の際の夜明けを待つヒーブツー(船を一箇所に留める操船ワーク)が唯一の大慌て。
機関の火を落とし、帆の大半を下してしまうポカをやり、船をダイヤモンドヘッドに吸い寄せる沿岸流と夜通し戦っている。
『復路』も勝海舟は役に立たず、『往路』で学習した小野友五郎らが合議で操船して帰った。

  ▼一八六〇年(安政七年)二月九日浦賀港出航ー三月十七日サンフランシスコ到着。
  ▼同五月八日サンフランシスコ出航ー六月二十三日浦賀帰港
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by molamola-manbow | 2009-02-12 08:04 | ヨット | Trackback | Comments(2)
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Commented by antsuan at 2009-02-10 20:11
面白そうですね。「咸臨丸帰る」ですか、図書館で探してみます。
福沢諭吉は勝海舟を貶していますが何故なんでしょうね。
Commented by molamola-manbow at 2009-02-12 08:28
antsuanさん、勝海舟も福沢諭吉も曲者のようです。
曲者同士、よ~く腹の中が判るのでしょう。

乗員の記述に勝海舟を指して
「細心なのに剛毅をてらい、名誉心に焦がれ、反対者を威服させ懐柔する手腕が有り、筆に口に自己を宣伝する・・・・・」
などというのがあります。



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