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2009年 03月 10日

  久我耕一は海に還った

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十二人のクルーの手を離れた花びらは、弧を描く『Hinano』の航跡に乗って、マル~イ円を作っていた。
一周した舳先が花びらを左右に分かち、新たな航跡にはまた花びらが投じられて輪は広がりながら漂い、折からの強風と高波の中に散り散りに漂おうとする。
d0007653_1154660.jpgその輪の外側を、『 H i n a n o 』は油壺の『第一花丸』、三崎の『 L e a t i c i a Ⅲ 』、葉山の『バレリーナ Ⅱ 』の、ヨット三艇を付き従えて幾度となく回った。
中腰になってセーフティーラインに上体を預け、舷側から突き出した右手の掌(たなごころ)には、清浄の極みのような色をした骨片が握られている。
H i n a n o 』の吹き鳴らす法螺の音が長く長く尾を引いて海上を流れ、呼応する三艇のフォグフォーンがこれに和し、ふたつの音は混ざり合い、溶け合って海上を渡って行った。
曇天の空から、止んでいた筈の涙雨がきた。
また法螺がなり、フォグフォーンが呼応する。
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和紙に薄墨をサ~ツと流した様な淡い白色の小さなカケラに変わった久我耕一は、己の意志でそうするように、風に舞って掌を離れた。
藍色に染まる海面に落ちたカケラは、揺らぎながら一呼吸を置いて、スターンへと流れて深い藍だけを残して掻き消えた。
「アイツ、サヨナラ言って消えやがった」と、海面に浮かんだ一呼吸に感情移入しちまっちゃったから、もういけね~。
スターンに並ぶクルーを押し分けてパルピットにつかまると、ニュージーランド・マオリの別れの歌『 P o A t a r a u 』をがなりたてちまった。
d0007653_12174123.jpg切なる旋律なんて、あったもんじゃない。
H i n a n o 』のオーナースキッパー久我耕一は、吼え声の中を八日午後、大勢で楽しんだ鏡が浦の海へと還った。

オイラは歌い終わると同時に、海面にノートをブン投げた。
最後の遊びだ。
一ページ目には文字を持たなかったマオリの歌詞を綴った、チンプンカンプンのローマ字の羅列が記されている。
耕ちゃんにとっては、「何だコレ?」の代物だ。
もう、焚き木の中に放り込んじまったのなら、それでいいんだ。
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もったいなく思ってメモ帳代わりに使っていたら、そのうち中間辺りで書きなぐりを見つけることになるだろう。
長歌にプラスアルファーを付けた程度の短い手紙に、内容はない。
読もうと読むまいと、大差はない。
炊き付けにしちまってから、「何が書いてあったんだろう?」と気掛かりを起こさせる。
そんな狙いのオイラ最後の悪戯だ。
耕ちゃんよ、引っ掛かってくれたかい?
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悪戯に関しては、お天気オトコ・耕ちゃんもやってくれた。
午前中は二十メートルもの北風を吹かせた。
降雨まで連れて来て、三浦半島から駆けつけた三艇のヨットは往生したんだぜ。
全員に勇ましい完全武装をさせやがった。
あうん』で参加する時間的余裕のなかった西伊豆・安良里の九里さんは、福田さんの『第一花丸』に便乗して来てくれた。
木更津・『KoKoLo』のアキちゃんと M r . Y o k o は、関西からとんぼ返りしてやはり花丸に乗って追悼式に参加した。
V O I C E 』の久保田さんも来た。
d0007653_154525.jpg昨年の K E N N O S U K E C U P に『しおかぜ』で初参加した新しい友・あんつあんさんも新艇『バレリーナ』を駆って来て呉れた。
富浦のヨット仲間、崖観音の木工所の親分、他にも大勢だ。
富浦港を離岸する時は、まるで世界一周に旅立つような雰囲気の中を、法螺貝の音と、半旗の"見返り美人の大漁旗"で出航したんだ。
みんなみんな、耕ちゃんの人徳だ。
人を喜ばすことだけに精力を費やした耕ちゃんとの別れを惜しんで駆け付けたんだ。
献杯の音頭は林賢之輔先生がとってくれた。
ワガママ一杯の設計を引き受け、オークランド(ニュージーランド)での進水式にまで脚を運んで頂いた『 H i n a n o 』の生みの親に、最後の面倒まで見させたんだ。
脚を向けたままでは決して眠るんじゃね~よ。
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by molamola-manbow | 2009-03-10 12:58 | ヨット


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