ロータリー地下の『 H a R u N e 小田原 』からバス乗り場へと行ける道はあるようだ。
しかし、神奈川県の西部に住んで5年以上が経つオイラにもわかりずらい。
二度も廃墟と化した地下街の再、再、再オープンは明確化のチャンスだったのに。
首都圏の奥座敷へと続く神奈川県の西の玄関口、見た目はきれいに整備されたかに見えるのに・・・・・。
15両編成の車両が発着する東海道線のホームから改札口への連絡階段がひとつしかないために朝夕のラッシュ時に殺人的大混乱が起きる小田原駅にも問題がある。
]]> 新 宿 二 丁 目 の T ’ s B e rhttp://heymanbow.exblog.jp/24111062/2017-04-22T11:07:00+09:002017-04-22T17:16:50+09:002017-04-22T07:58:55+09:00molamola-manbow潜り・磯釣り・海
寺ちゃんが切り盛りする『 T ' s B e r 』、サックスの演奏家になる夢を描いて上京してきた東北海道の出、店には小さなピアノが置いてあって、時折り四重奏の演奏会を開いていた。
その『 T ' s B e r 』に神奈川県の西の外れから二週連続で通っている。
住いを移した真鶴に、まだ友は居ないから、「飲もうぜ」のお呼びがかかるとホイホイと出掛ける。
その行き先がたまたま『 T ' s B e r 』であったに過ぎないのだけど、あと一カ月で終わる店だから、焼酎のお湯割りからシングルモルトの G l e n L i v e t に切り替えて飲んだ。
「 2 5 度の焼酎をお湯で割った 1 5 度クラスから、 4 0 度への切り替え。
たった 2 時間で気持ち良くなっちゃって、カメラを取る出すのも忘れちゃいました。
つぎの機会には寺ちゃんを是非カメラに収めねば !
オカマバーだらけの新宿二丁目に初めて足を踏み入れたのは、札幌五輪の直後から。
「面白い飲み屋を見つけた」と、一年間を札幌で過ごした T V カメラマンから電話が入って、オカマバーに連れて行かれたのが最初でした。
以来 4 0 ン年もの新宿二丁目との付き合い。
釣り場での転倒がもとで包丁を握れなくなった高級スタンド割烹・『越路』のご主人の後を継いで、三年間引き継ぐことにまでなっちゃいましたもの。
その高級スタンド割烹があった路地がコチラ( ⇩ ⇨ )、照明赤々の右隣りにm a n b o w が"立て板として腕を振るった"お店はあった。
照明赤々のお店は当時はヌードスタジオでした。
トイレは越路と共同でしたので、出会いを期待して客どもは足しげくトイレ通いをしておりました。
客どもは全員が m a n b o w の友人知人の類い。
フラリと入店のフリー客はいなかった。
高級スタンド割烹だもの !
]]> C O F F E E 道場http://heymanbow.exblog.jp/24106046/2017-04-20T10:22:00+09:002024-01-03T18:23:52+09:002017-04-20T06:44:56+09:00molamola-manbow酒・宴会・料理
注いでいるのは沸騰間際で止めたお湯、抽出容器の中は空っぽです。
そこに少しずつ、と言うよりは最初は一滴、一滴落として行って、注ぐ量をゆっくりと増やして行きます。
修行中は彼だけじゃなくて、ココでは 4 人ほどの若者と顔を合わせている。
つい先日はマスターから免許皆伝のお墨付きを頂いたのでしょう。
2 0 代の若い女性が淹れて呉れました。
「旨っ!、マスターが出す一杯よりも !」
思わず「もう一杯」と追加を出しちゃいましたもの。
カウンター席が 5 脚と、向かい合わせの 2 脚テーブルが三つだけの c o f f e e 専門店、駅前ロータリー脇のおしゃれ横丁、北条家の"ニセ墓地"の前にあります。
旨い C o f f e e 屋さんの一杯は、鼻もちならないマスターの蘊蓄が付いて回るモノだったけど、ココの親玉は修業中の若者にもな~にも言わない。
「オレの淹れ方を見て覚えろ !」派だね。
越える弟子が生まれたコト、知ってるかな~。
]]> 文 字 を 持 た な い 民 『 モ ン の 民 話 』http://heymanbow.exblog.jp/24090451/2017-04-18T10:10:00+09:002017-04-19T08:31:03+09:002017-04-15T10:01:01+09:00molamola-manbow読書ラオスの北部に住まう山と森の民・モン族に伝わる民話を集めた本を読んだ。
N G O の『シャンティ国際ボランティア』スタッフの一員としてラオスに赴き、モン族の子供たちのための図書館作りに携わる安井清子さんが収録した民話 1 1 編が内容です。
]]> 凄 っげ~!、そしてンン?http://heymanbow.exblog.jp/24053367/2017-04-10T09:10:00+09:002024-01-03T18:40:32+09:002017-04-05T08:55:41+09:00molamola-manbowカテゴリー外東海道線の車内を切り取って、コンナ b l o g に仕上げたことがありましたので、ドッカと座った目の前の編棚( ⇧ ⇧ )に目を見張った。
「これ以上を望むのはムリ」と思えるほどの整然さを保って手荷物が並んでいるではないですか。
「使わない」、「使ったことが無い」のが昨今の網棚でしょ。
データもコレを示してる。
いまじゃ読み終わった新聞、週刊誌の捨て場だもの。
]]> 久 々 に H i n a n o 回想 ・・・・・http://heymanbow.exblog.jp/24058526/2017-04-09T09:09:00+09:002017-04-14T22:57:19+09:002017-04-07T07:39:56+09:00molamola-manbowヨット
’ 9 9 年 1 2 月 2 6 日、三浦半島西岸・油壷湾沖のスタートラインに並んだ H i n a n o は、コンナ(⇧ ⇧)であったろうと想像している。
通常のレースに見られる「イの一番に飛び出してやる」みたいな緊迫感も、権利を主張する「スタボー(スターボード)」の怒声も響かない。
どんなに見事なスタートを切ったとしてもだ。
ゴールは遥か 1, 400 マイルも彼方なんだもの。
ナガ~イ、スタートラインに参加艇はたった三隻、何処からでも、争うことなくスタートできる。
それよりも何よりも、無風に近いコンデション下のヨーイドンだったんだ。
観覧艇に取材陣、見送りヨット多数からは歓声と声援が飛び交いましたが・・・・・。
H i n a n o のデッキ上ではケンちゃんがロープをさばいておりました。
H i n a n o の生みの親であられるヨットデザイナーの大御所、林賢之輔さん、それがケンちゃんです。
他にもコウちゃん、カツちゃん、ヨツちゃん、フウちゃん、アキちゃん、ヤっちゃん、ツウセの合計八人。
そんなクルー仲間の一人が世を去りまして、先週の水曜日は大勢の仲間が集まった。
『カツちゃんこと清水勝彦を偲ぶ会』、と言うよりお互いの悪口の言い合い・・・・・?
当時の我が国最長の外洋レース、それが『グアムレース』の愛称で呼ばれた 2 , 5 0 0 k mの 争いです。
スキッパー・コウちゃん( 久 我 畊 一 )は、ケンちゃんの名を持ち出すまでもなく、ベストクルーを選んで挑んだ。
それなのにです。
荷造りを奥さんに任せたために何処に仕舞ったのかが判らなくなって、海上からの長距離電話となったヨッちゃんなるクルーのお話。
ニュージーランドでの進水式、舵の利き具合を確かめようと、身を乗り出してバウから真下を覗き込んだ途端にジャボーンとなった H i n a n o の落水者第一号がナナナント!!
m a n b o w もコノ言い合いには身を乗り出して参加した。
「荷物運びはオレに任せろ」と、クルーの手荷物を山と積んでテンダーを漕ぎだしたフウちゃんの悪口です。
「アアア~ッ」と叫んで落水したのですがね。
荷物の天辺に置いていたオイラのバックを意図的につかんで落ちたんだ。
しかもです。
すぐさまテンダーにバッグを戻さずに、ズブズブッと水面下に押し込む格好でナガ~イ時間突っ立っていやがった。
気まずそうに照れ笑いを見せてたのも意図的だね。
「荷物の天辺にオイラのバッグを置いた時に何やら不穏な空気を感じたんだ」と暴露した。
肝心の再開グアムレースでの H i n a n o の成績は・・・・・DNF ( D o N o t F i n i s h )。
クルーにはサラリーマンが三人居ました。
無風のスタートはそのままレースを物語っていて、「三日経っても三宅島が視認できた」ほど風がなかった。
八丈島を抜け、青ヶ島~ベヨネーズ列岩~須美寿島~青島~孀 婦 岩を横目に南下して、小笠原諸島を左舷にするまでになっても、依然として微風しか吹きません。
サラリーマン三人の冬季休暇内にゴール出来るか、出来ないかの・・・・・・。
とうとう、その制限時間が迫って、スキッパーは判断を下した。
大会本部への 途中棄権通告。
「エンジンを回した途端に風が吹き出した」レースだったのです。
「棄権して呉れ」とはダ~レも言い出しませんでしたが・・・・・、解るんですよね~。
m a n b o w だって荷物の天辺にオイラのバックを発見して、「何かある!」と感じたほどだもの。
『カッちゃんを偲ぶ会』、長崎に嫁いだ H i n a n o の新オーナーも電話参加して、にぎやかに罵詈雑言を浴びせ合って更けました。
]]> H a p p y B e r s d e y ・ ・ ・ ・ ・ , & http://heymanbow.exblog.jp/24045783/2017-04-03T11:17:00+09:002017-04-04T00:39:23+09:002017-04-02T10:16:29+09:00molamola-manbow酒・宴会・料理 宴の連荘でした。
甲州街道沿いの幡ヶ谷に店を構えるチャイニーズ料理のお店・『名菜館』に、一昨日集まったのは"誕生日仲間"(左側)だね。
B u r t h d a y は 1 、 4 、6 、 9 、 1 2 月とバラバラなのだけど、これは集まる口実、 m a n b o w と誕生日が一緒の女性がいて、「それなら合同で祝おう」となったのがそもそもの始まりで、祝って呉れるその他も加えるようになって、かれこれ四半世紀は集まっている。
「おめでとう~」より、「カンパ~イ」の集い。
満開の桜を愛でる?宴が右側、何処を探したって一輪の花びらも御座いませんが~、チャ~ンと花見はしたんですよ。
尾張徳川家の下屋敷跡、新宿区戸山公園の築山だった箱根山(標高45mほど)で花見をして、花見のメイン会場へとさっさと移ったのです。
近場にお住いの個人宅へ。
m a n b o w が本物の箱根の外輪山直下(真鶴)から 駆けつけた時には、もう第一会場はもぬけの殻の素早さ。
コチラの宴は伊豆半島の突端、下田郊外の田牛(とうじ)に集った海仲間です。
どちらも知り合ったきっかけは新宿のスナック、左が『スガンさん』、右は『銚盛館』の仲間です。
花見をした証拠として、今が見頃の櫻を一枚だけ切り取ったのが精いっぱい!!