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2012年 05月 01日
![]() 伊豆大島の最南端に『トーシキ』(↑ ↑)と呼ばれる磯があります。低い釣り座とダラダラ落ち込む浅い海に囲まれた釣り場ばかりの大島にあって、唯一足元から深くえぐられた地域、『キャンプ下』、『ヨコブチ』などの名前が付けられて結構長く西側へと続いて行く。 丁度、コチラの岩(→ →)ぐらいはあったでしょう。 海の底からドッカ~ン! トーシキの磯に台風の大波によって打ち上げられたのはこんな岩でした。 磯釣りにハマリはじめた頃だから昭和四十年代の半ば、少なく見積もっても海底から15メートルは飛んでます。 そのトーシキの磯から北に6、70キロほど。 釣友が乗っかってる岩は、波打ち際にあるのに、知る限り一度も動いていない。 変わらぬ姿で何時見ても同じ場所に鎮座してます。 伊豆半島と房総半島に囲まれた相模湾の最奥、小田原の西に位置する根府川海岸のゴロタの浜では一番でかい。 周囲のゴロタ石は台風一過でガラリと配列を変えちゃうんですけどね~。 伊豆半島と房総半島の丁度中間、相模湾に蓋をする形で鎮座してる大島のお陰ですね。 大波をガードしてくれて、海底からドッカ~ンのエネルギーを削いでくれてる。 ゴールデンウイーク後半のお天気、ダメかもしれない。 大島と同じ役目果たして異名燦然、"天下御免の晴れオトコ"で通っているんだけど・・・・・。 ![]() 2012年 04月 30日
昔々の古い記憶です。 民俗学者・柳田国夫博士の著書に、面白い記述があったことを思い出しました。 いわく、犬を評して「カメと呼び習わす風習があった」 何処から来たのでしょう? 古い呼び名じゃないですね。 渡来した外国人が腰をかがめつつ「come on」と呼んだ『カメン』が語源であろうと。 トンボの古語(秋津)を沖縄では現代にまで伝えていて、『アーゲーシュ』と呼ぶんだとも。 ![]() 樹木や花、動物や昆虫の地方名はほとんど消えちゃいましたが、魚だけはしぶとく生き残っている。 地方地方に独特の名前が今でもタ~クサン。 昨日頂いたコメント欄にも『ハゲ』の二字。 『新釈・魚名考』(榮川省造著=青銅企画出版)を参考に、ピンポ~ンの正解を引き出しましたが、では、次のヒントから引き出されるお魚の正体は? ▼釣り上げられて水中から顔を出した瞬間とか、ムンズと掴まれた際の様子から名付けられてます。 鳴くんです、ピュ~ッと水を吐くんです。 『チュウコウ』(山陰)、『ポンプ』(長崎・大村湾) ▼俎板(まないた)に乗せられて、料理を開始する瞬間がヒント。 丸ハダカにされちゃうんだ。 『バクチウチ』(和歌山、静岡)、『カワズッポ(り)』(隠岐島) ▼見た目の姿そのまま、鬼の様に怖くはないけど・・・・・。 『ツノコ』(鹿児島) ▼答えの魚は昨日のコメント欄に記した『ハゲ』と同じ。 2012年 04月 05日
正午をかなり回った辺りの房総半島。 潮はヒタヒタと押し寄せ始めていましたが、流石に春の大潮(四日)です。 海底は「エエッ、こんなに岩があったっけ~」みたいな遠くまで露出してて、クッキリと波紋の跡を残してた。 突き出ている遠景は館山湾と富浦湾を分かつ大房岬、こちらの海は富浦湾です。 42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』は大房岬に守られた富浦新港に係留されてたし、中学時代の臨海学校もココだから勝手知ったる海岸です。 ![]() 「これがアサリの空気口だったら凄いかも」みたいな、線香が一本立つような穴が波紋跡の間に無数です。 試してみる価値有りの穴、ダ~レモ居ない広々とした浜ですから、ばら撒かれたアサリじゃあない天然物がザックザクかも。 こちらの用件はアオサでしたが、陸上同様に遅れています。 普段ならもう終了間際、白く変色し始めている時期なのに、むしり取れるほどには成長していない。 青々と変わっている筈の岩々、まだ真っ黒なままです。 ソメイヨシノより一足早く、三月中旬には満開期を迎える赤葉桜(花スモモ)も、今年は花の時期抜きで葉っぱと花が同時にきた。 "寒い冬"だけで済ませていいのか、地震の後だけに地球規模の異変にまで考えは及ぶ。 ![]() 2012年 04月 03日
![]() 長崎は大村湾へと嫁いだ42フィートのクルーザー『Hinano』で、千葉・富浦湾を根城に海を楽しんでたクルーの集まりです。 ビッグゲストは『Hinano』の生みの親、ヨットデザイナー林賢之輔先生一人の筈だったのですけど・・・・・。 はるばる長崎から『Hinano』のオーナーさんも電話参加して盛り上がっちゃいました。 二次会、カラオケ屋さんなんかに繰り出すなんて初めてです。 聴かされちゃいました。 加山雄三さんの『海、その愛』、歌い手じゃなくて、ガナリ手は林先生。 次の集まりは『KENNOSUKE CUP』(五月十九日)のレース会場、三浦半島の先っぽ・三崎でしょうか。 ![]()
2012年 03月 08日
氷雨の啓蟄から一転、昨日の寒暖計はグングンあがった。頬に心地よく風を感じるの、ことし初です。 その途中のショット、「ついに切り倒されちゃったか~」と、レンズを向けた。 違いましたね。 地上に這い出した大蛇さながらの梅ノ木は近くで健在、これば別の古株でした。 お隣り千歳船橋の、距離的に百メートルと離れていない小さな街角公園・AとB、ヨ~クみると明らかに違うんですけど・・・・・。 その切り株写真、パソコンに取り込んですぐに違いには気づきましたが、再び「ンン?」です。 頭に『啓蟄』の二字もあったのでしょう。 切り株から一本、孫木が生えてきてる! 真実のほど、写真からは判らないのですが・・・・・。 ![]() 2012年 01月 08日
引き込まれたウキに合わせて、グイッと竿を立てた途端です。 重量感もパワーも感じられぬままに仕掛けごと持って行かれた。 合わせ切れ、道糸とハリスを繋ぐ寄り戻しのところで切られた。 カミソリみたいな歯を持つイシダイ、カワハギ、フグのたぐい、合わせが遅れて針を飲み込まれると糸は簡単に切る。 合わせた途端にプッツンだって起こりえるけど、4号ハリスを寄り戻しの部分で切っちゃう魚、巨大であると同時に猛烈なスピードで走れる回遊魚でしょう。 その同じ経験を二度、釣友も同じ目に合わされたから、都合三度も引き味を楽しむ間もなくお魚さんに遊ばれたことになる。 海の釣り、離島の釣りは何が食いつくかわからない。撒き餌もコマセも全てオキアミに変わって、磯の魚全般の食性も変わってきている。 イシダイだってオキアミに食らいつくようになりましたもの。 巨大魚に対抗する手段、ハリスを太くする以外にないのだけど、4号以上の太いのは使いたくない。 対象魚は視力のいいメジナ、2キロクラスだってなかなか釣れないから、ハリスも2号で充分なのに、島の魚に敬意を表して4号にしてるんだし・・・・・。 どんな魚にしてやられたのでしょう? 仲間内で論議の的です。 イシダイの老成・クチジロ 2011年 12月 28日
板切れ切り刻んだ餌箱についで、ペアーの吸殻入れを作った。 キャンデーの入ってた小瓶に、同じ和紙を貼り付けただけですが・・・・・。 一向に消し込んでくれないウキ、退屈この上ない時間が磯に流れると、イロイロなコトが起こる。餌を付け替えるとか、流す場所を微妙に変えるとか、ウキ下の調整にも飽きて、放り出してた竿を久し振りに揚げると何やらズシリ。 でも、重みはあるけど引き込んだりしないから、「流れ藻でも引っ掛けたか~」と思いつつリールを巻くと、それはもう、タマゲルような伊勢海老! 釣友の竿に実際に起こったお話しです。 沈み込む前に餌をさらわれ、仕掛けを宙に舞わせたカモメ釣りのお話しとか・・・・・。 ただし、何ひとつ起こらない時間が長いから退屈するんであって、ついつい手はポケットに伸びる。 吸い終わって目の前の波間にポイ。 コレすると「罰金千円」て~の、長らくお世話になったセーリングクルーザー『Hinano』のルールでした。 ルール定めた艇長の存命中、こちとらは禁煙してた。 罰金支払う恐れはまったく無くて、一番ルールに抵触しそうだったのは超の字が付くチェーンスモーカーの艇長でしたけど、一度もポイはしなかった。 もみ消した吸殻、そのままポケットに仕舞い込んだりして・・・・・。 ヤロウの好きだったタバコ、禁煙止めて吸ってやってるんだから(な~んちゃって)、罰金千円は続けないとね。 海を汚したくないし、コーヒーの空き缶利用、あれって微糖クンの製品も、尾藤クンの製品も、加糖クンのも加藤クンのも、買うたびに後悔する代物だし・・・・・。 2011年 12月 21日
最高学府の応接室に入ってきた。 十四、五畳はある大きな部屋が大、中、小みたいに衝立で区切られてて、それぞれにソファーとテーブルが置かれてる。 壁、窓、その他は事務所と似たり寄ったりです。 初めての体験だから、大学の全てが同じ造りかどうかは判りませんが、極めて簡素、豪華さはない。 ここだけのコトかもしれませんけど・・・・・。 ![]() サッカーの試合前の儀式、握手交わして交換されるペナントのようなものから、貝殻細工の絵画とか、マトリョーシカみたいな民芸品とか、賞状とか、楯とか、優勝旗とか・・・・・。 ココを訪れた世界中の大学から手渡される記念品などでギッシリです。 玉石混合の陳列棚、さながら観光地のお土産屋さんでしたけど・・・・・。 そんな中で「ン?、チョット面白い」と思ったのが写真です。 ウツボでしょうか、オオカミウオでしょうか、参考になったもので。 一般の人様以上には海に行きます。 砂浜じゃあなくて、岩場とか、ゴロタの浜とか、離島とか、釣りが主だけどよく散策もする。 それはもう、いろんな物がタ~クサン打ち上げられております。 拾い上げずにはおれない流木、あるんですよね~。 いまは物置の隅に押し込まれちゃってる水槽の中にも、岩場に打ち上げられてた代物が鎮座してます。 何処から見ても犬コロだったり、鰐だったりするヤツもあるから、拾って帰って差し上げたら喜ぶ だろうな~みたいなのが、角などステキに削られて・・・・・。 2011年 11月 03日
「何を食いましょうか」ときたから、「北海道にきたら蕎麦だろう。戸隠、更級が束になったって敵わない。何処に入っても当たり外れなく旨い」と答えて日本蕎麦にした。 「今日は何にしましょう」と次の日。 「そりゃあもう、札幌ときたらスープカレーだね、コレも絶対に旨い」と断言して、『Caviesta』なる行き当たりばったりのお店に入った。 二泊三日の札幌で、喰らったのはたったコレだけ。 旅行目的は焼き鳥屋・『とり長』で飲むことだったから、二日間ともメニューほぼ総ざらえで食らったけれど、お店がオープンするまで時間はたっぷり。 何処にだって行けたのに、肉も魚もお野菜も、おいし~い土地に身を置いていたと云うのに・・・・・。 ![]() まだ少し旬には早いかも知れないけど、毛蟹を食いたかったに違いない。 全国的に名が通ってるジンギスカン鍋屋、回転寿司だってビックリするほどおいしいし、鹿肉のステーキも食っとくべき一品だ。 後悔先にたたずを実践しちゃった旅。 ヒョットすると「じゃね~、またあした」と別れてから、宿抜け出してラーメンぐらいはすすりに行ったかも知れない。 スープカレー、初めて喰らったのはブーム発祥のお店『木多郎』の野菜カレーでした。 地下鉄南北線の終点・真駒内の三つ手前、澄川駅から徒歩二十分ほど、それも地吹雪逆巻く中を歩かされて、ガラーンとしてダ~レも居ないお店にたどり着いた。 「オメ~さんの誕生日、札幌でやろう」と提案され、ゴチになった旅行だから文句云わなかったけど、八甲田死の行軍には参ったし、ダ~レも居ない店内眺めて、期待感も薄れた。 そんなお店に、正午が来るとドドド~ッと客が来て、でっかいジャガイモとかトマトが丸ごと入ってるお皿にビックリして、一口すすってそのおいしさに感激して・・・・・。 今、『木多郎』はどうなってるのでしょう? ブームのピーク、二〇〇四年頃には薄野だけでも二百店が林立してたスープカレー店、お客さんだってバカじゃないから、看板掲げていりゃあ向こうから押しかけて来た時代は終わり、おいしいお店だけが今は残ってる。 『Caviesta』も『木多郎』に引けをとらないぐらいおいしいんだ。 八甲田死の行軍抜きで食えるようになったからな~。 ![]() 2011年 07月 22日
天ツユの他に、ピンク色した岩塩も添えてくれた。 コノ形、ラッキョウです。 「メニューには眼を通すものだな~」と、心底感じた一品でしたね。 何時もの呑み仲間であったなら、キット喰いっぱぐれていたでしょう。 昨夜は丹念にメニューに眼を通して酒のお供を選び出す女性が加わってて、「アラ、こんなものがあるワ」 ![]() でも、話に夢中になってて、アツアツをご相伴できなかったのは失敗です。 だからと云って、次に訪れた時にはもう市場から消えているはずの極々限られた季節もの。 七月も半ばを過ぎたこの時期に喰えたのですら奇跡に近いから、アツアツを試すとなると来年まで待たなければならない。 祖師谷大蔵の『魚店(いおだな)きなり』は昨夜も盛況。 四人で訪れて一度は「ごめんなさい」と断わられそうになった席、詰めてもらいかろうじて座れたのがまだ薄暮の時間の七時です。 いいお店は皆さん知ってる! < 前のページ次のページ >
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