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2012年 05月 12日
歯医者さんの待合室で世田谷区に特化した雑誌が在ることを知った。季刊誌なのか、月刊誌なのか・・・・・。 二〇一〇年六月の時点ですでに第三十三号も出している枻(えい)出版の『世田谷ライフ』、ご覧のようなAB版誌です。 「manbowさ~ん、診察室にお入りくださ~い」などと、三回も呼ばれたのに気づかなかった。 小田急線に三つ並んだ経堂、千歳船橋、祖師ヶ谷大蔵駅近辺の特集号、住んでる経堂も気になるし、足繁く通うようになった居酒屋・『魚店・きなり』のお膝元、祖師谷大蔵の街も知っておきたい。 興味津々で読みふけってたと言う訳じゃない。 「な~んだ、お前さんもかい」みたいな気持ちだったのですが、とりあえずは知らない街情報に熱中していました。 取り上げるお店、どんな基準で選んだのでしょう? 小田急線の線路をはさんで右と左、直線距離にして百メートル強の飲み屋さん二店を取り上げて、店主に「路上をビヤーガーデンにしたい。お店とお店の間をジョッキ片手に行き来して、道行く人にカンパーイと掲げる。そんな街に」などと言わせてます。 野蛮なアメリカだって、路上でお酒飲んでたら逮捕される。 アル中でさえ酒瓶を紙袋に隠して持ち歩きますよ。 街中を酔っ払い天国にしたくはないネ。 ショーウインドウにずらりと並べた一升瓶に、新聞紙を巻いてる酒屋さんも取り上げてた。 「ウチはお酒を大切にしてるんだよ~」みたいなゼスチャーが鼻持ちならないお店です。 日のあたるショーウィンドウに並べた酒ビン、「お前さんのところでは生を使ってるのか~?、太陽光を馬鹿にするんじゃあね~。何処だって空瓶並べてら~」でしょう。 manbowと同じ考えのヒト、大勢いらしったのだと思います。 『世田谷ライフ』の特集号発売から今日までの間(約二年)に、コノお店は潰れちゃいましたもの。 その逆、近辺一の居酒屋さんだと思ってる祖師ヶ谷大蔵の『魚店・きなり』は取り上げられてません。 ご夫婦ふたりで自然食にこだわったメニューを用意してくれる『楽屋(ささや)』とか、廉価でおいし料理を出す『蓮(れん)』(ともに経堂)とか、"街の一番"は何処にもありません。 TVも、活字媒体も、パソコンのグルメ情報もやらせでは、どうやっておいしいお店を探せばいいんでしょう? 二度目の足は向かないお店ばかりが取り上げられてる。 2012年 04月 19日
久し振りのパチンコ屋さん、暇つぶしに出掛けて「疑ったりしてすまん」 景品交換の際の余り玉を募金箱に入れ、Tunami被害の復興に使って貰う。 『経堂レジャー』なるコノお店、いち早くカウンターに募金箱を設けたのに、あれから一年、何時まで経ってもその後どうなったのか、幾ら集まったのか、なしのつぶて状態が続いていたので心配するやら、疑っちゃうやら。文面からすると、今月の頭に張り出したらしい。 パチンカーの丸一年間の浄財は九十五万円也。 「赤十字を通じて役立てて貰うことに致します」とあります。 「募金はこれからも続けます」とも書かれてる。 Tunamiからたった三ヶ月ほどで姿を消しちゃったコンビニその他の募金箱、早過ぎちゃって言葉も出ない。 『経堂レジャー』さんは偉い、だからと言って、毎日は通えないし・・・・・。 手軽に続けられる街角の募金箱、復活を望みます。 2012年 04月 12日
![]() 世田谷区を横断して流れ、渋谷区の西端・大橋で目黒川に落ちる烏山川、今じゃあ暗渠になっちゃってますが、かつての川筋は桜並木の緑道ですので、水面は花筏(はないかだ)を通り越してビッシリ覆い尽くされてた。 これでも花筏と呼べるのかどうか。 噴水池、楕円形をしてて、一応は流れるプールみたいに反時計回りの緩やかな流れがある。 しばらく眺めていると、「筏流しかも」みたいな縞模様に見えなくもなくなってきた。 アハハ、無理強いしてます。 切り出したばかりの原木を組み連ねて下流まで流した筏、その上に乗って原木の連なりを操った筏師、両方とも死語ですね。 葉っぱの真ん中に花を付ける落葉低木の花筏、コチラの方の名前、発想は筏師からに違いない。 ![]() 2012年 04月 02日
![]() 中国人が春を祝う清明節もあさってから 三連休にしたいがための、こんなblog(北京発)がありました 春の到来を喜び、外に繰り出すんですよね~、日本も同じだけど 列島にツバメが飛来する日とされている 空を注意して歩まねば 2012年 03月 26日
![]() 首からぶら下げてるの、「オイラと同じ機種の携帯電話だ~」と気づいたのが切っ掛け。 小田急線の車内で出会った塾帰りとおぼしき小学生児童の四人組です。 混み合う時間は終わってて、四人が並んで座れる座席はそこかしこ。 聞こえてくる会話の端はしから「ちょっと、ソコ空けて」のひと言で、真ん中にだって割り込めるであろう仲のいい間柄のようです。 でも、女の子は座らない、次の駅でも降りない。 「美容中で、体重減らそうとしてるのかな~」 「サッカー少女で、足腰鍛えるために座らないのかな~」 「気配りかな~、仲良しだから真ん中に座ったとしても不公平が一人でるな~」 おとなの考えは不純、第一、余計な詮索だね。 2012年 03月 23日
お亡くなりになって四年になる森繁久弥さん、こんなところに健在でした。小田急線の千歳船橋駅からほぼ真北へと伸びる一本の道路、対向車とすれ違うには互いに技術を要しそうな道で見つけた『森繁通り』です。 道路標識の先、烏山川とぶつかる手前に確かに森繁さんのお家はありました。 ある日ある時、立ち入り禁止の看板が立って、雑木林がつぶされて出来たお家です。 烏山川の対岸、経堂小学校を学区とする児童たちには「ひどい事しやがる」遊び場消滅でしたので、猛反発のお家でしたネ。 月日は流れて、いまじゃあ道路標識にも、「ホホウ」。 2012年 03月 22日
![]() 今まさに中に入ろうとしてる方とは別人、もって若いご婦人です。 一服吸い終わってもくだんのご婦人、出てきません。 人通りはまばらになってて、電車が到着した時以外はほぼ無人、夜の九時を回った時刻です。 心配になって、一服し終わった後も"勝手にSECOM"、十分ほどは見守ってたでしょうか。 人を疑わない、悪い性格じゃあないんですけどね~。 バックの引ったくりは絶えないし、災害募金の箱持って逃げたコンビニ強盗だっていましたヨ。 治安状況世界一の国、だとは思いますが、どんなに治安が良くたって犯罪を誘発するような行為は慎むべきなんだよな~。 「オマエ、ソレってスカートかよ」みたいな女の子だってネ。 置き引き、現れなくて"勝手SECOM”完了ではありましたが・・・・・。 2012年 03月 01日
![]() 小田急線・狛江駅の南口に店を構える果物屋さん『あすなろや』、横に『フジキ』と読めるのは鶏肉屋さんでした。 二店舗にどんな関係があるのかは知りませんが、見回したところ店先の除雪はここだけ。 きっと商品は新鮮、かつ美味しいに違いない。 比べてコチラ(↓ ↓)は小田急線で狛江まで乗った出発点の経堂駅前、完成してまだ一年経たない前方の商業施設・『CORTY』の正面エントランスもまったく同じでした。 近辺では昇降客の多い駅だから圧雪はすぐに進んで怖い、怖い状態です。 「もう少し、お客さんを大切にすべきじゃあね~のかい。オメ~サンたち、客商売だろう」みたいな気持ち。 何気の思いやり、随分希薄な国になっちゃいました。 普段よりも早く、ランドセル鳴らして登校した雪の日の小学校、校門前の鮮やかな箒目を思い出します。 商店街もこぞって雪かきをしてた。 犬っコロと同じだから、雪を踏みしめるのが楽しくて、わざわざ裏道を抜けて登校したりした時代、その裏道でさえ小学生には「余計なことをしする」お家が多くって、雪の上を選んで歩いたものでしたけど・・・・・。 ![]() 2012年 02月 05日
![]() 冬季は特に、空気が澄んでほぼ毎日見られるから、「マ~ッ、きれい」な~んて感嘆の声をホームで聞いたりもする。 富士見坂に不二見橋、富士見町に富士見稲荷・・・・・。 都内をチャリンコ・クルーズしていると、それはもう、そこここで出くわす今はもう、ビル群に隠れちゃったかつての名所。 現代の富士見の名所は国立崖線の上に位置する豪徳寺~経堂~千歳船橋~祖師谷大蔵~成城(アッ、地下に潜っちゃったんだ)間のホームですね。 昨日の夕日はことのほか見事でした。 千歳船橋のホームで気付いて、駅ビルの上(経堂)からシャッター押そうと、急ぎ戻った一駅間の間に、お目当ては山の端に隠れちゃいましたけど・・・・・。 日々変わらずに昇って、日々変わらずに沈むはずなのに、立春だということで特別な感情が働いたのかも知れません。 でっかくて、真ん丸で、ギラギラ光って、それはもう見事! フィルターを持たないのを悔やみました。 こちらは成城の富士見橋から写した二日の夕焼け ![]() 2012年 02月 02日
![]() 烏山川を越えた向こうっ側で、「オイ、これって珍しいんじゃあないかい」みたいな狛犬と出合った。 「何処がだい?」と聞くので説明したのだが、「フ~ン」と気のない返事。 「何かを抑えてる狛犬なら他でもみてる」と、おっかぶせてきた。 サッカーボール程度の蹴毬(?)に片足置いてるポーズ、確かに無い訳じゃあない。 でも、千歳船橋の『村社 天祖神社』のヤツは、『阿』も『吽』の方も蹴鞠の他に子犬を抱え込んで周囲を睨んでるんだ。 餓鬼連れの狛犬、これだってさほど見掛けない"珍狛"の部類だと思うのに、毬まで押さえてるんだぞ! と思うんですけどね~、一緒に歩いてた友は何の興味も示さない。 サッカーボールで子犬を遊ばせる親犬、居たって不思議じゃないから、欲張りじゃなくてほほえましい狛犬とも言えるんだが、蹴鞠プラス餓鬼連れは初めてお眼にかかった。 ま、全国の狛犬を見て回った訳じゃないのだけど・・・・・。 突然、兄弟の誰かが戦時中に使ってた小学校の教科書を思い出した。 コマイヌサン『ア』、コマイヌサン『ン』 そんなページでした。 己が用いてた一年生の国語の教科書、浮かんでこないのに・・・・・。 ![]() ![]() こちらは片割れ『吽』の方 < 前のページ次のページ >
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