2012年 05月 26日
スターンを見て、「ンン?」、右舷を眺めてさらに「コノ船は・・・・・?」。三年前に長崎・大村湾に嫁いだ42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』で海を楽しんだクルーの皆さん、「ンン?」は正解です。 千葉・木更津港に浮かんで、いま、『ごくらくとんぼ』と名前を変えていますが、初代の『Hinano』、オネ~サンです。 とっても元気でした。 元気なだけじゃないですよ、先の『KENNOSUKE CUP』で、『KoKoLo』のセールトリマーを務めてくれたのが『ごくらくとんぼ』のオーナー・早川クンなんです。 メインセールもジブも早川クンがセットしてくれて「ジブを5センチ出せ」とか、「メインを3センチ引け」とか、細かい指示を出してFifth Home、五番手でゴールを切りました。 「凄いね、早川クン」と、レースを主催者する林賢之輔先生がたった一度の紹介で名前を覚えました。 同じ匂い(呑ん平)を嗅ぎ取ったらしい。 ![]() 2012年 05月 24日
![]() 今年は『翔鴎』とか、『美如佳』とか、『あうん』とか、常連組が六、七艇も欠場して、レースは少々寂しかった。 スタート直前のコース短縮(三角コースからソーセージへ)などもありましたし・・・・・。 でも、パーティーは逆に盛り上がりました。 何故の理由、そのスタート直前のコース短縮にあった。 無風によるノーレースを心配した変更だったのに、風があがって全艇二時間強でゴールです。 懇親会までの時間が余っちゃって、各ヨット上では真っ昼間から酒盛りの始まり、始まり。 「それではしばし、フラダンスなどお楽しみください。踊るは〇〇スキッパーの奥方です」となった宴たけなわには・・・・・。 よく判らないヒトのために、二葉の写真を用意しました。 ![]() ![]() 懇親パーティーが二次会になって、またヨット上に場所を替えて三次会。 「先生、もう、何時死んでもいいですよ。KENNOSUKE CUPの後ろに『MEMORY』と付けりゃあいいんだから」 な~んてキツ~イ冗談が飛び出したのは六年ほども前のことですが、今度もやはり、厳しいのが飛んでました。 ご自身設計の新艇に乗り込んで、成績はたしか最下位だったような・・・・・。 コレ以上の標的はありませんもの! 個人の名を冠した日本唯一のヨットレース、御大はヨットマンから愛されてます。 ![]() 2012年 05月 23日
長崎に嫁いだ『Hinano 』(Hayashi42Custam)、かつて房総半島の先端部・富浦湾から参戦して『遠かったで賞』を頂いたことがあります。 レース会場は神子元島を回る下田での開催、六、七年も前の記憶です。 今回、その特別賞を獲得した遠来艇には、床にひれ伏して「恐れいりやした~」と叫ばなければなりません。 『EmiTan』(Degero35=フィンランド艇)、ナナ、ナント、島原湾に突き出した三角半島の付け根からの参戦でした。熊本は安城市の波多マリーナから乗り込んできたのです! 「ドッヒャ~ッ」と沸いたパーティー兼表彰会場、紹介が続くにつれて更なるどよめきに包まれました。 波多マリーナから種子島経由で小笠原を目指し、孀婦(そうふ)岩~八丈島~三宅島等々、伊豆の島々を伝ってのKENNOSUKE CUP参戦です。 もやい綱を解いてからほぼ一ヶ月も海に居たことになる。 左手のヨットが『EmiTan』です ![]() レースを目的の遠路はるばるじゃあなかったのだけど、浜坂浩スキッパーはうれしそうでした。 賞品のリトグラフは久我道世女史の作品、飛び抜けて高価な賞品(セロハン紙でヨ~ク見えませんが・・・・・)です。 豪華だけじゃあないんです。 浜坂スキッパーと久我女史、奄美の海で九十年代半ばに互いのヨットでミートているんで話は弾んだ。 互いに孀婦岩を拝んでもいますし。 熊本への回航要員をお捜しでしたので、コチラもHinanoの宮沢セクレタリーがお世話しました。 宮沢セクレタリーの弟さんが大役を勤めます。 海仲間の横のつながり、KENNOSUKE CUPで広がりますネ~。 2012年 05月 22日
![]() スタート、三番手で飛び出しました。 前を行く一艇は『あらいぶ』、国内外の外洋レース界に名を轟かせた『第一花丸』が旧名の猛者です。 もう一艇は延期されることになった日本最長の種子島ー東京レースに、いち早くエントリーした『Son of Bacchus』でした。 「してやったり!」ですよね~。 一度だけならマグレでも二年続きのジャスト・スタート、レース艇二艇に次いでまたもや飛び出したのですから。 北極から吹きつのる寒風を考慮にいれたコックピットの頑丈なこと!『KoKoLo』は重たいヨットです。 食料どっさり、ビールもどっさり! 自画自賛ですが凄い! レースはスタート直前になって三角コース(13マイル)から、第一マークの網代崎沖灯浮標(通称・紅白ブイ)を回って引き返すソーセージコースへと短縮された。 ノーレースになりかねない快晴無風の夜明け。 スタート時間が迫っても、メインセールが膨らんでくれないほど弱かった。 その風がスタートに合わせる様に吹き抜け始めた。 「シメタ」ばかりの風じゃあありませんが。 上り性能を試す様に、ほぼ真正面から吹いて来ます。 三艇による上り性能の競い合い 『Son of Bacchus』と『あらいぶ』には、すぐ様置いてけ堀を食わされ、他艇にも並ばれ、抜かれを繰り返して七位まで順位を落として網代崎の沖浮標を回った。 でも、セールトリマーの早川君はあきらめません。ジブを3 センチ引けとか、メインを5 センチ出せとか、細かい指示を出してセールに風を流し、後方へと風が変わった復路は艇速を7 ノット強まで伸ばして二艇を抜き返した。 フィニッシュ順では総合五位、立派にレースをやりました。 「林先生、KoKoLoのハンデキャップ、こんなにも重いのですか!?」 今回のレースを最後に『KoKoLo』はホームポートを神戸に移すので、今回が最後のKENNOSUKE CUPでした。 「コレ、考慮に入れてくれましたか?」な~んてネ。 先頭艇(Son of Bacchus)はスピンランに移った ▼KENNOSUKE CLAS 順 艇 到着 着 位 名 時刻 順 ① あらいぶ(Hayashi34Custam) 11時48分31秒 2 ② Aqua(Oceanblue990-OB) 11時58分56秒 4 ③ PolerWind(Trekker32C) 12時06分17秒 ④ おおすけ(OKAZAKI H-H30) 12時07分20秒 ⑤ HERAⅢ(Trekker34DS) 12時23分31秒 ▼FELLOW CLAS ① しゃわーぼーい(Yamaha-24Festa) 12時06分51秒 ② Son of Bacchus(アーシャンボー40) 11時40分16秒 1 ③ Bornfree Ⅱ(ハリスクリスチャン32) 12時08分45秒 ④ LATICIA Ⅲ(デュフォー39) 11時53分00秒 3 ⑤ KoKoLo(ホルベルグラッシー31) 12時04分27秒 5 Poler Windを抜き返したぞ(↓ ↓) ![]() 2012年 05月 21日
![]() ♪ 桟橋に立つ 君の肩から海鳥たちが 飛び立ってゆく ラットを握る 俺を見つめて 涙で何か話しかける 出航前のあわただしさに そこだけ時が止まったようだ 心ひとつの海の仲間が 艫綱(ともづな)といて船に乗る 江ノ島、三崎、大島越えて 新島、式根、三宅島まで Sail On! 光進丸よ 俺を銀色の海へ誘え! Sail On! 光進丸よ 俺の夢乗せて海へ羽ばたけ! ワカ~ッ!(75歳です)、そしてデッカ~ッ!(乗艇は30メートルを超えます) KENNOSUKE CUPに参加したクルーの皆さん、多くは加山雄三の『若大将シリーズ』で青春を送った海の男です。 『♪海、その愛』や『♪光進丸』を大声でがなったりする男たちです。 初対面にもかかわらず、すぐさま挨拶を交わし、独占するようにして話し込んでたんですが・・・・・。 観光客に見つかっちゃいましたね。 携帯カメラの放列、握手・・・・、鯉幟りならぬマグロ幟りのひるがえる三崎港・『うらりポンツーン』はアッと言う間に黒山でした。 ![]() 2012年 05月 18日
![]() 「見える筈の丹沢山塊が見えないな~、全体的にモヤってやがる」と思っていたら、真夜中から雨になった。 福井原発辺りにあった雨雲、箱根の山を越えるのはムリだろうと見てましたけど・・・・・。 でも、梅雨前線のハシリはまだ沖縄本島から小笠原諸島北方海上に横たわっている。 玄界灘にも日本海にも、他に低気圧のタマゴはないし、真っ赤な夕日に逆らいやがったコノ低気圧が抜ければ、今週末の三浦半島・小網代湾沖、紫外線対策を心配しなければならないほどの陽気になるに違いない。 海上から陸へと、安定した風が心地よく吹き抜けて行くSea-Breezeの季節も丁度今頃です。 十九日のKENNOSUKE CUP、"天下御免の晴れオトコ"の出番など必要なしのレース日和になるでしょう。 本日から、イザ出陣です。 2012年 05月 15日
「ソコラ辺に転がってるタダの天気オトコじゃ~ネ~ヨ、アタマに"天下御免の"と、形容詞が付くお天気オトコだ!」などと。 生憎の雨に出くわしたりすると、知らん顔して口つぐんでて、太陽燦燦の時にだけシャシャリ出ます。 「今日のお日様、オイラのお陰」みたいな顔で。 ![]() 大陸の奥深くに生まれた低気圧の赤ちゃん、日本列島には玄界灘の湿気をお腹にたっぷり詰め込んでやってくる。 太平洋を渡る飛行機だって、西から東へは早くって、東から西への所要時間に比べると三時間強の違いを生む。 お天気もまた、コノ偏西風に流されつつ、西から東へと移動するのだから、NHKのお天気番組には何時もいつもイチャモンです。 東から西へと、崩れる方向に向かって報道しやがるんだ。 ズ~ツと以前は西から報道してましたよ。 西から順に報じて繰れりゃあ、大まかな明日、明後日程度の予測はできるのに・・・・・。 衛星写真で久し振りに低気圧のタマゴなどチェックし始めはのは、今週末、三浦半島・網代沖に『KENNOSUKE CUP』参加艇が集うから。レースの常連、『Polar Wind』の馬場正彦スキッパーは著名な海のお天気オジサン、海外に出掛けるヨットマンは一様に頼りに致します。 "敵に塩"のお方でもありますので、前日にチョチョイと尋ねれば時間単位の風向さえもはじき出してくれるでしょう。 でも、manbowは痩せても枯れても天下御免の晴れオトコ、塩など貰わずに「雨はない。レース日和だ」の予想をたてて突入です。 風向と風速、「ウム~?、訊くかも知れない」 2012年 05月 02日
[動力機関なしのヨット「好友」号を一人で操って、鴨緑江から世界一周航海に旅立つ遼寧省丹東の劉俊成さん(54歳)] 中国初の単独世界一周クルーズになる筈だったかも~のキャプション(↓ ↓)、二〇〇九年十月十八日のショットです。 ![]() それが中国の『好友』号(全長10m、総重量5,3tn)です。 救助活動中にマストを損傷したのはオメ~ラだ。 損害賠償として760万円を支払え! 『好友』・劉俊成さんの提訴理由、まとめると以下のようになる。 ①風と波の影響で曳航(えいこう)作業中にヨットと救助艇が接触してマストを折った。 ②救助作業を中断し、風と波が弱まるのを待ってから再開してくれれば、マストなど折れずにすんだんだ。 事故は八丈島で風速49メートルを記録した二〇一〇年十月三十一日の台風14号の真っ最中に八丈島の南150kmで起こった。 衛星電話で救助を求める『好友』の電波を在阪の友人がキャッチし、海上保安庁に要請がきた。 救助活動、台風14号の嵐を突いて行われました。 当然のことながら第一回口頭弁論(先月半ば)での裁判長は「訴えを取り下げてはいかが・・・・・」 コチラのヨット(↓ ↓)、長崎・出島で隣り合わせた韓国艇です。 「これから三年掛けて世界を一周してくる」などと話しておりましたし、出合った時期が二〇〇九年の十月下旬と微妙に合致しますし・・・・・。 山猿さんたちを訴えたの、当初は「アイツかあ!」などと。 失礼しました、国名も、艇名も、丸っきり違いました。 ![]() 2012年 04月 11日
海棠の枝を手折ろうとして、改めて間抜け顔に見入った。 花と一緒に写り込んでる腕時計、文字盤の周りには反時計周りに数字を刻み込んだベゼルがありました。 潜水時間の大雑把な目安をセットしてから海に入る。 圧力計とかダイブコンピュータなどの無かった時代、ベゼルは重宝を通り越す、無くてはならない防水時計の必需品でした。 久し振りにベゼルの無い間抜け顔を眺めて、「装飾品でもあったんだな~」とつくづく。 文字盤に散りばめた高級時計のダイヤモンド、「アレと同じ役目を担ってたんだ」と思い知らされた。 黒いベゼルがはまっているだけで精悍に見えましたもの。 ![]() ヨットのセールでは追っ手の軽風に使う一番軽い帆、艇の最前方に張り出して使います。 練習海上は鏡ヶ浦の別名を持つ千葉・館山湾、風もお誂えの軽風でしたが、何故か時計の上をスピンシートが走った。 調べてみると、二〇〇八年の出来事です。 修理にも出しましたけどね。 ベゼルを取り付けるだけでいいのに、分解掃除とか、ガラス、文字盤、痛んだベルトの取替えその他、ゼ~ンブを見積もると代理店のお兄さんも申し訳なさそうな顔してた十七万円也。 「馬鹿ヤロウ~!」でしょ、で、修理はやめた。 秒単位まで正確かどうかはさて置き、立派に時を刻んでるんです。 スイスまでベゼルのために海を渡った十七万円也のアチラさんの言い分、「なんたらかんたらの数字が一桁台の貴重な品」、つまりは古時計だから完璧に修理しろ。 渡航費用は修理見積もりを含めて千五十円。 (左・スピンネーカー、右・小型スピンのジェネカー) ![]()
2012年 04月 06日
セーリングクルーザーの世界選手権が来年、三浦半島の先っぽ諸磯沖で開かれます。 ただのヨットレースじゃあありません。 スキッパーを含めたクルー四人の内、ヘルムス(舵取り役)とメインセール・トリマー(主帆操作)を担当するのは眼の不自由な視覚障害者、『ブラインドセーラー』の世界選手権です。 ![]() 海面遥かに二箇所ブイを打ち、スタートラインから三角定規の三辺をたどる格好でグルリと回って戻る。 レースは主に三角コースで行われますが、すべての参加艇がブイへの最短コースを進むとは限りません。 海面を渡る風は一方方向には吹いてくれないし、強弱も違うから、ヘルムスはヨリ強い風を求めて舵を取る。 トリマーは風に合わせて帆の角度を微調整し、艇のスピードアップに努力する。 艇をジグザグに走らせる風上コースでは、帆の向きを右から左へ、左から右へと変えるタックも必要です。 トリマーのスムーズな主帆操作がないと、艇はタックの度に行き足を失っちゃう。 巧く風を捉えて艇速をどこまで上げられるか、クルーの腕の見せ所です。 視覚障害者二人がこれをやるんです。 スキッパーとジブセールトリマーは二人の補助役に回るレースです。 健常者ならば帆に付いてるテルテールなる紐の流れ具合、海面を渡る風道を眼で捉えることが出来ますが、ブラインドデーラーは五感を研ぎ澄まし、カラダ全体で風向き、風力を感じてセールを出し入れしなきゃあならない。 ![]() ブラインドセーリングの世界選手権は、一九九二年にオークランド(ニュージーランド)で始まった。 これまでにウェイマス(英国)、フロリダ、ニューポート(米国)、ガルーダ(イタリア)等々で不定期的に開催され、来年の三浦大会は八回目、四カ国目の開催地です。 ブラインドセーラーの日本でも活動拠点は東京湾奥の夢の島、浜名湖、そして八回大会会場になる三浦市諸磯・シーボニアマリーナと、たった三箇所だけ。 開催母体もNPO法人の『日本視覚障害者セーリング協会』(045-423-0385)ですから、多くの理解者、支援を必要とする大会です。 全日本選手権の一週前、五月十九日には同じ海域でヨットデザイナー林賢之輔氏のポリシーに賛同する仲間が集う『KENNOSUKE CUP』、ここでも支援の手は伸びるでしょう。 < 前のページ次のページ >
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