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カテゴリ:ラグビー( 48 )


2016年 02月 12日

  驚くほど長壽な二枚

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洗濯し直してハンガーに吊るしつつ「スゲーッ」と改めて舌を巻いた。
乱暴に羽織るし、ジャガジャガ洗濯するから肘の部分に穴を開けたり、何処かがすり切れたり、寿命は至って短いのがトレーナーの運命です。
その短命なトレーナーが四半世紀を越えてなお健在だなんて奇跡です。
濃紺のスコットランド・カラーはすっかり色落ちしちゃっていますが、穴も無ければささくれさえも何処にも見当たりません。
1 9 9 1 年に英仏二か国で開かれたワールドカップ・ラグビーの非公式スーベニール。
街の “ 洋品屋さん ” が勝手に売りに出したお土産品です。
箪笥の隅っこに押し込まれていたとはいえ、春先には何時も着ていて 2 5 年ですもの。

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箪笥の中の住人にはこのトレーナーよりも更なるお年寄りもおいで。
コチラ( ⇧ ⇧ )だって公式かどうかは分からない。
第一回ワールドカップ・ラグビー( 1 9 8 7 年)の際にニュージーランドの有名ジャージー・メーカーが発売したお土産品です。
こちらはジャガジャガとは着て居なかった。
硝子の蓋付き箱などこさえて壁に掛けていた時代もありましたものでして。
箱から出したのは「公式スーベニールにしては 5 0 0 着限定とは少な過ぎる」でしたね。
そして「ヨ~シ、着ちゃえ」となって 1 0 年ほどでしょうか。
参加国のエンブレムが派手すぎて、その後も上に何か羽織らないと外出出来ないから、着るのは秋が深まってからに限られてた。
それでも 1 0 年強は着ていますから驚くほどの長寿には違いない。
袖はぶった切って七分袖になっちゃってますが、オールブラックス・カラーはなお健在です。
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by molamola-manbow | 2016-02-12 10:35 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 20日

  ロイターは世紀の番狂わせと報じた。

「もう 3 時かよ~」が T V の前を離れて寝に就いた切っ掛けでした。
前半を終わった時点での日本代表のスコアは 1 0 - 1 2 の 2 点ビハインド。
相手は過去に二度も W 杯を制している世界のトップで、今回も優勝候補に挙げられている南アフリカです。
「エディーさん、ここまでやってくれればもう十分です、どうもありがとう」と、満足し切って寝についたのでした。
目覚めて真っ先にパソコンを開いて、「畜生、ちくしょう、チックショウ!」
世紀の大金星を観戦するチャンスを逃したのです。
チームを指揮するエディー・ジョーンズさん(豪州)には、母親が2/1ハーフの日本人と言う血が混ざってる。
ぶつかり合いに終始する 9 0 分間の中で、キラリと光ったのは日本人の特性を生かしたプレーでした。
機敏性、巧緻性、そして我慢強さ!、前半を観戦しただけですが・・・・・。

ゲームは▼スコットランド( 2 3 日 )▼サモア( 1 0 月 3 日 )▼米国( 同 1 2 日 )と続きます。
しばらく眠れませんね。
W 杯での勝利、ジンバブエ戦( 1 9 9 1 年 )のたった 1 勝だけですもの。

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by molamola-manbow | 2015-09-20 10:34 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 08日

  早明戦が42年振りに帰ってきた

d0007653_9411025.jpg秩父宮ラグビー場を満杯にして行われた昨日の関東大学ラグビー最終戦、早稲田vs明治はほぼ半世紀振りの本家還りでした。
キャパシティーの小さな秩父宮では観客を収容仕切れなくなって、早明戦の会場がお隣り国立競技場に移ったのは、札幌五輪の翌年でしたから、1973 年のことでした。
27,000 人から60,000 人収容の会場へ。
’80 年代の頭には国立競技場の観客動員記録・66、999人まで打ち立てた。
コノ早明戦で火がついたラグビー人気、新日鉄釜石の日本選手権 連覇へと受継がれて更に加熱の度を加えて行きました。
ただし、所詮はブームです。
一過性で過ぎ去って仕舞う現象でしたが、長くブームを保持して、アマチュアスポーツの頂点をキープして行く対策、ラグビー協会はな~にもしなかったな~。
ブームの最中に誕生した女子ラグビー、ママコ以下の扱いでしかなかったし・・・・・。
将来の日本代表の母親候補ですよ!

     〇早稲田37-24 明治◍

秩父宮ラグビー場での最後の一戦、つまり42 年前には明治が13-9 で競り勝ちました。
この一事だけで戻ってきたゲームでも、明治が意地を見せるだろう。
そんな意地も根性もなかったね。
次に打ってくるであろう相手の戦法を予測して備える。
常道的、常識的にはこう来るであろうが、もし変則的な手に出てきたら・・・・・。
明治フィフテーンにはこうした二の矢への備えなしです。

d0007653_1124388.jpg相手の作戦を自分たちで事前に決めちゃっうんだもの。
蹴って来るであろうと全員が予想して、ボールがタッチラインを割るであろう地点へと勝手にノコノコ移動を始めたりして。
その無警戒の間隙をFB 藤田に縫われた。
終盤の早稲田の決定的なトライ、自陣25 メートルライン奥からの一気呵成のランプレーでした。

な~んて文句ばかりですが、フィールドのプレーヤーが蟻ん子のに見える国立競技場と違い、身近に選手が迫って、ぶつかり合う鈍い音さえ聞こえる秩父宮での観戦はいい。
戦後まもなく、ラガーマンたちがモッコを担ぎ、手弁当で整地してイチから作り上げた秩父宮の様な施設、全国に他にはありません。
次の改装では、トイレの数を増やすことが急務でしょう。
後半開始の笛が鳴っても、通路はなお長蛇の列(⇦ ⇦))だもの。
                                                                      ラグビー協会がもう一度、な~にもしようとしなかったら・・・・・。

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by molamola-manbow | 2014-12-08 11:33 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 12日

一九五八年夏

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ダンボール箱の底から出てきたアルバムに、懐かしい写真を見つけた。
「駅舎の雰囲気、売店が反対側に移ったりしてるけど、ほとんど変わっていないな~」とか。
「フ~ン、駅前広場、砂利が敷かれていたんだ~」とか。
潜りだ釣りだと、結構足繁く通うようになった真鶴に、初めて足を踏み入れたのはこの時(一九五八年夏)、シャッター押した野郎が居たから「総勢十四人の夜逃げだったんだ~」の際のショットです。
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d0007653_9192739.jpg真鶴半島をトンネルで通して小田原から湯河原へと抜ける真鶴有料道、半島東側の漁港の真上には橋梁が走ってて『岩大橋』と名付けられてる。
周辺の地名は真鶴町岩、港の名前も岩漁港・・・・・。

青い建物(↑ ↑)、漁協の二階で一週間ほど寝泊りした際の五十ン年前の写真では『岩村漁協』の看板、駅まで送り迎えしてくれたトラックには『岩江漁場』・・・・・。
確かめようと電話した真鶴町役場の若い女性職員では要領を得ませんでした。
「話の判るヤツを出せ」などと、凄む事柄じゃあありません。

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はっきり判らぬまま電話を切りましたが、想像するところ当時の真鶴町は凄く小さな自治体であって、東京五輪の前後に合併するまで岩村は別の自治体であったらしい。
その岩村の波静かな入り江が現在の岩漁港、夏には海水浴場になります。
歴史にも登場する入り江です。
石橋山の合戦に破れた源頼朝が、たった七人で房総半島へと小船で逃げたのがこの浜、治承四年(1180年)、鎌倉幕府が設立される五年前の出来事です。

逃げ出したり、逃げ込んだりの浜ですね~。
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by molamola-manbow | 2012-11-12 10:28 | ラグビー | Trackback | Comments(2)
2012年 09月 11日

西湘の端っこ、真鶴・岩漁港の思い出

相模湾の西端にチョコンと突き出した真鶴半島には、恥ずべき学生時代の思い出ひとつ。
ラグビーの夏合宿地、今は長野の菅平高原が有名ですが、当時我々は箱根の仙石原に篭っていた。
強豪・明大も同じでしたね。
その大学一年の夏合宿です。
四年生を残して三年生以下が夜陰にまぎれて逃げ出したのです。
「小田原に下りるのはまずい。逆方向に逃げて追っ手をまこう」と芦ノ湖湖畔のキャンプ場に出て、翌日、御殿場経由で沼津から真鶴半島の付け根にある岩漁港の漁協事務所に立て篭もった。
魚網の収納倉庫などがあった二階が立て篭もり場所です。
網元の親戚か何かが部員に居たのでしょう。
「オレ達だけで合宿をしよう」な~んて言って、一週間ほど篭もりましたが、その実は連日海に潜ってましたね、水中メガネなど購入して。
その「オレ達だけの合宿場」が今も残ってて、やはり漁協の事務所として使われている。
正面の青い建物、以前の青色はもっと薄くって、白色に近かった。
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合宿からの集団脱走ですからね~。
学校に戻ってからが大騒動です。
弱いチームでしたが伝統だけは旧制高校時代から続いていますから、ことのほか五月蝿い。
そのOB 達から「集団で合宿を逃げ出すとは何事だ」と、 グ~の音も出ないほど叱責されて、退部しちゃう部員も出るし、反省を形にした丸坊主姿で、それはもう、厳しい厳しい特訓が連日続いた。
入学したての一年坊主としては、先輩達に従わざるを得なかった脱走ですが、何故にあんなバカをしたのだろうかと。
真鶴半島の小田原寄りの付け根にある岩漁港、訪れる度にほろ苦く思い出される。
アジテーターに巻き込まれて行く恐ろしさを知った最初で最後の出来事でした。

小さな真鶴半島なのに漁港はあとふたつ。
熱海寄りの反対側付け根に福浦港、JR の駅から真っ直ぐ下った半島中央部に一番大きな真鶴港。
この真鶴港はヒネハゼの穴場です。
こんなところまでハゼを狙いにくる釣り人はいないから、デカイのが結構釣れます。
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by molamola-manbow | 2012-09-11 08:18 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2012年 02月 16日

  幻の切手になるかも

「どうしたんだ、コレ?」
「ア~ラ、忘れたの?、オネ~サンに貰ったでしょ、ちゃ~んと話しましたヨ、渡してくれって預かってきたこと」
長崎国体(一九六九年)の記念切手シート、二十枚綴り。
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手紙を最後に書いたのは高校時代のラブレター辺り。
年賀状さえ出さなくなって久しいから切手は無用の長物です。
そんな訳で貰った時は爪の先ほどの興味も惹かなかったのですけど・・・・・。
「このジャージー、赤と白に見えなくもないな~。WTBの坂田好弘(当時近鉄)がイメージだ」などと、改めて眺めて結構価値のある切手に思えてきた。

長崎国体の前年、日本代表はニュージーランドに遠征(大西鉄之輔監督)して凄い記録を残します。
遠征最後のオールブラックス・ジュニア戦で記録した坂田好弘の4トライです。
ニュージーランドに衝撃の走ったゲームでした。
ラグビー王国の次代を担う自慢の若手が、変幻自在のバックスプレーに幻惑され、手玉にとられたんです。
4トライの坂田はその張本人、大金星の立役者でした。

ニュージーランドの全土に稲妻となって広がった衝撃は、欧州へと伝播します。
ラグビー発祥の地・英国(ウエールズ)からフルインビテーション(全額費用負担)の招待状が舞い込みます。
極東遠征の主要地に日本を加えるチーム(イングランド)も現れた。
「ラグビーの概念をくつがえす国が極東にあるらしい。ランニング主体の、スゲ~面白いプレーを繰り出すチーム、一度、観てやろうじゃないか」
FLYING WING SAKATA』の見出しが現地紙の一面にデカデカと躍った試合は、極東の島国・ラグビー後進国の日本を国際舞台へと登場させる第一歩となりました。
この切手が発行された前年(1968年)のことです。
d0007653_1125612.jpg切手の背景にはクライストチャーチともとれる教会が写っているしな~。
アハハ、長崎もあちこちに古い教会が残っているところですけど

いま、ラグビー場では閑古鳥が鳴いている。
七年後、二〇一九年にはW杯の開催が決まったのに一向に盛り上がらない。
盛り上がらないどころか、黄昏はひどくなる一方のようにも見えますよ。
欠かさず青山の秩父宮ラグビー場に通ってたmanbowでさえ、先シーズンは一試合も観に行かなかったし・・・・・。

つまり、ラグビーの切手が発行されるなんてことは、この先もないだろうってこと。
体格重視のFWプレーが幅を効かしてるニュージーランドから監督を招いて、どんなチームが出来ると思っていたんでしょう?
挙句の果て、六人のも外国人を加えて日本代表を編成しやがった。
こんな馬鹿をやってるんですからね~、現在の日本ラグビー協会ってところ。

エポックを刻んだ意義深い切手だってことを強調して、大切にしてくれそうなラグビー・マニヤの切手ファンに差し上げねば
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by molamola-manbow | 2012-02-16 09:24 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 26日

関東大学ラグビー『ごろしち会』

d0007653_4201829.jpg「静かに寝せとけ」とか、「動かすな」とか・・・・・。
気づくと大勢のオジンたちが覗き込んでる顔、顔、顔の輪の中に居ました。
「救急車呼べ」の声を慌てて制して、起き上がろうとするのだけど力が抜けて立ち上がれない。
ご丁寧にも、同じこともう一度やって、車椅子など持ってこられてベッドが設えられてる看護室に寝かされちゃいました。

何故、こんな区切り方をしたのかは解りません。
昭和三十年代の五、六、七年度に関東の大学でプレーしてたラガーマン達が集う『ごろしち会』への出席呼びかけがあったので、顔を連ねた立食パーティー(青山学園アイビーホール)での出来事です。
深谷ネギで作った『ねぎらい』などと云う焼酎を見つけて、グビグビと度を過したのが悪かったのか。
久し振りに背広にネクタイで首を締め付けたのが悪かったのか。
だらしないW杯ラグビーのカーワン・ジャパンに、口角泡を飛ばし過ぎたためなのか。
貧血に襲われてブザマに倒れちゃいました。
そいつも念の入ったことに、パーティー中に二度もです。

d0007653_4203582.jpgこれって家系ですかね~、六歳違いの弟も同じように大勢が聞き耳立ててる講演会の最中に、朽木が倒れるように崩れ落ちたことがある。
カメラマンを命じられ、会場を撮影してる最中でした。
記憶を辿ると、manbowもまた、トイレでオシッコ中に倒れて気づくとキン隠しが目の上にあったことがある。
まだ中学時代のことだ。
入浴中の立ちくらみなどしょっちゅうだったのに、まったく気配を見せなくなったのでもう大丈夫と思っていたのですけど・・・・・。
「会話が弾む、かつてのライバル、居るかな~」と心配だった会、向こうから声掛けて来たりして呉れ、結構愉快にやってたのに残念
心配した一年先輩にタクシーで送られたりもしちゃいました。 
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by molamola-manbow | 2011-10-26 09:38 | ラグビー | Trackback | Comments(2)
2011年 10月 06日

ラガーマン・スピリットの死

                               サモアvsナミビア戦
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ニュージーランドで開催中のW杯ラグビー、決勝戦は二十七日だからこれから佳境を迎えると云うのに、新聞各紙の記事、虫眼鏡で探さなきゃぁならなくなっちゃいました。
そんな中で、東京新聞の夕刊にコラム持ってるラグビーウォッチャー藤島大君、やっぱり取り上げてくれましたね。
W杯の統括団体・IRFB(国際ラグビーボード)がサモアに万ニュージーランドドル(約58万円)の罰金を命じたお話、スポーツ界を覆い尽くすコマーシャリズムのおぞましさ、ここに至れりみたいな嘆げかわしさ感じて、それはそれは嫌な感じ。

ボールを持って走ってるのはサモアの巨漢WTBアレサナ・ツアラギ(194cm、111kg、30歳)、彼の突進にはどこもかしこも手を焼いた選手です。
サモア協会が喰らった罰金刑、ソモソモは彼が発端。
大会公認ではないメーカーのロゴ付きマウスピースを付けて試合に出場したのが「まかりならん」の理由なんですよ。
馬鹿じゃないの、ですよね~。
大口開いたって、前歯の正面のロゴなんて、だ~れも注目しませんよ。
d0007653_930175.jpgレモン味のマウスピースなのか、カルピスなのか、グレープなのか・・・・・。
何を使おうと勝手でしょう。
ツアラギ選手、メーカーからの提供を受けて、アンダー18チームに所属してた頃から使ってるマウスピースなのです。
違反者を鵜の目鷹の目で探しまわる部署がIRFBに存在する嫌らしさ。
ラグビーはスポンサーに魂まで売っちゃいましたね。

ツアラギ選手には10 歳年下の弟(マヌー、やはりWTB)が居て、こちらは今回イングランドの初代表に選ばれた。
彼も同じマウスピースをしてて、やはりIRFBから罰金刑(イングランド協会に対して)を命じられました。
この点、一応は平等ですけど、三本線のアディダスだって、ランニングバードを図案化したミズノだって、アシックスだって、あのスパイク、マウスピースよりもずっとずっと目立ちます。
皆さんスポンサーの一員なのでしょうかね~。

d0007653_9104682.jpg皮肉ですよ、メデイアの一斉報道で『ツアラギ・マウスピース』は一躍、"最先端マウスピース"になっちゃって、売れること売れることになってるらしい。

国籍を問わずに代表になれる
コレって、ラグビーの持ってるとっても美しい寛容の精神、素晴らしいことなのだけど、日本代表はコイツ逆手にとってポリネシアン勢を十人も代表に選出しちゃった。
こんなことしてちゃあ、いけないんですよ。
日本ラグビー協会もIRFBもコマーシャリズムに毒されちゃって、美しさか消えてなくなろうとしてる!!
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by molamola-manbow | 2011-10-06 09:05 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 23日

こんなチーム、よく作るね

d0007653_994991.jpg     ●23-47フランス
     ●7-83ニュージーランド
     ●18-31トンガ
と来て、残るは二十七日のカナダ戦だけになっちゃった。
写真の真ん中で左側向いてるの、日本人のキャプテンですね。
背中向けてる18番も日本人みたい。
残る三人の国籍は・・・・・?

日本代表の初めての国際試合、昭和の初期にお船に揺られて太平洋を渡ったカナダ戦なんだよね。
当時のカナダのラグビー、コロンビア州でしか盛んじゃあなかったから、州代表がカナダ代表でした。
スコア忘れましたが、勝ちましたね。
アメリカとの対抗戦が始まって互いに切磋琢磨するようになり、力を急速に伸ばしてます。
ただし、アメリカにも云えることなのだけど、国土が広過ぎて代表を選ぶセレクション・マッチにベストメンバーが集まって来るかとなると・・・・・。
「飛行機代掛けてまで出掛ける必要があるかな~」な~んて、欠席しちゃう選手が多いんだ。
つまり、ベストのメンバーでチームがなかなか作れない。
仕事の余暇にラグビーを楽しむ純粋アマチュアの選手達ですからね。

昨夜は日本代表の唯一の白星、二回大会のジンバブエ戦(50-28)を観てる報道カメラマン氏と、コキ下ろした、コキ下ろした
実力、一番落ちるチームだけど、「次も勝てね~
意図的なショットじゃあないのに、フランス戦もニュージーランド戦も、そしてトンガ戦も、日本人がなかなか登場してこない写真ばかりを見せられてる。
勝ち負けより、こんなチーム構成で臨むこと許した協会の姿勢、羞恥心がないんだ
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by molamola-manbow | 2011-09-23 09:12 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 17日

近場にあった古本と、共通項無しのW杯ラグビー

坂道を避け、ギアも落として、残暑の中にチャリンコを出した。
ペダルを踏んでも汗のにじんでこないスピードの維持を心掛ける街乗り。
世田谷巡って立ち寄った古本屋そこここ、何ひとつ収穫を得られなかったのに、最後に寄った一番の近場、地元・経堂の『遠藤(古)書店』で二冊をゲットした。
▼左は十九世紀の終わりに39フィートほどのスクーナーでアメリカから大西洋に乗り出し、西周りの単独世界一周を成し遂げた『スプレー号』のお話し。
ヨット乗りの古典です。
▼もう一冊は終戦直前の北満州、不可侵条約を破って国境を越えてきたソ連軍と駐留・関東軍との戦闘の最中に親とはぐれ、たった一人で日本を目指して千キロの荒野に歩を踏み出す十歳の少年の実話です。
灯火親しむ季節が近づいて、探してた本を二冊も
灯台もと暮らし
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選手交代をラグビーが認めるようになったの、何時ゴロからでしょうか?
昭和の四十年代の前半までは、負傷しても交代は許されてなかった。
いまじゃあサッカーに右へ倣えしちゃって、戦略としての途中交代も認められるようになり、ゾ~ロゾロと交代する。
最初は負傷した場合に限られていたのに・・・・・。

関東大学ラグビーの名門校・明治に『戦艦大和』なる異名を持つフランカーが居ました。
168センチの身長は、重戦車・明治にあって小粒で目立った大和貞選手(現明大中野高監督)です。
そんなからだで日本代表にまで登りつめて行けたの、膝下への低くて、鋭いタックルでした。
デフェンスだけで頂点を極めたラガーマン、彼だけかも知れません。
圧巻は四年の時の早明戦、足首の骨折でフィールドから出され、明治は14人で戦わなければならなくなります。
骨折退場の大和選手、北島忠治監督に懇願します。
「ボクをコーナーフラッグ際に立たせておいて下さい。手が届く範囲に走ってきたら、絶対に止めてみせます」
大和選手、片足を引きずりながら、フィールドへと再登場して来るんですね~。
コーナーフラッグ際まで歩いて、そこから動かなくなって、自陣ゴールを守り続けてノーサイドを迎えます。

自由に選手交代が認められようになって、ラグビーは堕落しちゃったのかも知れない。
世界最強のチーム・オールブラックと、日本代表はベストメンバーで戦わなかったのですよ。
次のトンガ戦は勝てるかも知れない。
それなら、主力を温存してそちらに振り向けた方が得策だと、負ける相手には二軍で臨んだんだ。
七回連続でW杯に参加しながら、白星挙げられたのは二回大会のジンバブエ戦の1勝だけ。
2勝目がそんなに大事なのでしょうか。
主力でぶつかって、世界との差を肌で感じとらなくちゃあいけないレベルでしかない段階なんです。
日本代表を総計十人もの外国勢(帰化した選手を含みますが)で構成したチーム作り。
考え方は同じですね。
目先の2勝目より、"目指せ・なでしこ"へのプランニング、チーム率いるカーワン監督にも協会にも長期計画がありません。

ノータックル・ゲーム、一番見苦しいんですよね~。
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by molamola-manbow | 2011-09-17 08:58 | ラグビー | Trackback | Comments(1)