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2005年 07月 22日

  背負子と籠

d0007653_8364789.jpg連れ合いが夜遅くまでパソコンにしがみついていたので、「もしや・・・・」と思って朝一番に茶布"のブログを開いてみた。
案の定である。
胸騒ぎってえのは、あるんですね。
私に対する悪意に満ちた記述を見つけました。
年の功より亀の甲、伊達に長くは生きていないから、お前が書くなら、オレだって!、です。
仕返しには自信があります。
右の写真は私が40年近く使い続けている背負子。近場の釣りなどにリールその他を放り込んで持ってゆきます。
とっても軽くて、背中に吸い付くようなフィット感があり、なけなしの15,000円をはたいて買っただけのことはありました。
購入したのは鹿児島・天文館通りの古道具屋。
100年以上前のモノで、アケビのツルで編んであります。

問題は2番目の籠です。
80年代に『離島で潜る旅』ってえのを続けていた時期があって、山形の酒田市沖に浮かぶ飛島(とびしま)にも足を伸ばしました。
その際です。
酒田市内の民芸店でこいつを見つけました。
連れ合いに「欲しいのか?」と尋ねると、二つ返事で「ウン!」
しゃあないので、これまた、なけなしの大枚をはたいて買いました。
その籠が、今どうなってると思いますか!?
ほこりまみれ、塵まみれになって、文机の隅っこで引っくり返っているんですからね。
実物を目の前にし!
手に取って確かめて!!
その上で「欲しい」!!!
と、のたまいやがったのに!!!!
これですから!!!!!
携帯電話に送ってきた小さな画面で、品物を判断するのとは違うってこと。
どうだ!参ったか!!!!!!
d0007653_8385514.jpg言いたいことはまだあるぞ。
アケビのかごに紐を付けて背負子にしているようなひと、とはなんだ!
アホウ!元から背負子なんだ!
付いていたヒモが気に食わないから、手作りのヒモに付け直しただけだ、まぬけ!

▼植物のツルや樹皮で織られたカゴ物は、一晩ほど水に漬けて時折り水分を補給してやるといいそうですね。
私の背負子は4、5年に一度、刷毛で柿渋を塗ります。
水に漬け、たわしでゴシゴシ洗いますが、ビクともしません。
▼鹿児島(カゴンマ)弁でアケビのことを『ンンべ』、あるいは『ウンべ』と言います。
同じアケビ科のムベ(野木瓜)が訛ったのだと思います。
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by molamola-manbow | 2005-07-22 08:42 | ホビー
2005年 07月 21日

クレーム

                                     先日の『赤い悪魔』戦の観衆から、クレームが入った。
                                    「あたしも観に行ってたのに、写っていないのはどうして?」
                   編集権はこちらにあると思うのだけれど、喧嘩をするとあとで意地悪されるから、観客だけを再掲載することにしました。
                                                怖いなあ、女性は!!
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by molamola-manbow | 2005-07-21 08:02 | ラグビー
2005年 07月 18日

濃霧・観艇式・海の日

d0007653_21108.jpg携帯電話で撮った左の写真一枚を取り込んだまま、丸一日放り出して置いたところ、海の日の連休を共に遊んだ仲間がサッサとコメントを入れてました。
"五里霧中"の東京湾の本船航路の真っ只中を、霧笛をブーブカ鳴らしながら突っ切った連休初日のことも、大小クルーザー150艇ほどが出走した中日のレース観戦のことも、南風に乗って飛ぶように走った連休最終日のことも、み~んな書かれて仕舞っていて、参った、参ったです。
そこで、「日本野鳥の会は偉いな~」と感じたことでも描くことにします。
連休中日のヨットレース(Riviera Cup=小網代沖~長者ヶ崎沖往復9マイル)は、風下に向けてのヨーイドンとなって、スタートと同時に色とりどりのスピンが一斉に花開きました。
その、海を埋め尽くすスピンの花を目で追いながら、「およそ80」と出走艇を読んだのです。
なんの何の、帰宅して調べてみると、その倍の出走数でしたね。
海の広さに惑わされるんですね。
ひょっとすると、野鳥の会も、ヨットの数は数えられなかったりして・・・・・。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
海の日、確か以前は七月二十日でしたよね。
こいつを第三月曜日に変更したのは誰だろう?
誰だか知らないけれど、アンタも偉い!
お陰で夏休みの予行演習が出来ました。丁度梅雨明けと重なり、3連休の海を楽しんできました。
贅沢を一つ言わせて貰うと、ひどい色の海でした。
東京湾に注ぐ数多くの河川から、一斉に濁流が流れ込んだためでしょうが、海の色に青色が混ざっていないんです。
褐色というか、鉄さび色というか・・・・。潜るのが好きな私も、絶好のポイントに投錨していながら、潜る気になりませんでした。
それにしても、色に対する日本人の表現は豊かです。
アオ色一つとっても▼御納戸色(オナンドイロ)▼瓶覗(カメノゾキ)▼新橋色(シンバシイロ)▼秘色(ヒソク)▼褐返し(カチガエシ)▼青鈍(アオニビ)など、初めての色がずらり。
連れ合いの蔵書『日本の色辞典』(吉岡幸雄著、紫紅社)であてはめると、連休の海の色は、媚茶(コビチャ)と言うのかも知れません。
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by molamola-manbow | 2005-07-18 21:11 | ヨット
2005年 07月 15日

  赤い悪魔

d0007653_9323259.jpg久しぶりに青空が広がったので、少し遊びたくなった。
手持ちのラグビー人形など庭に持ち出し、国際試合の開催だ~ッ!!
スタンドを埋める観衆役をお願いしたのは、新宿二丁目の新千鳥街にあったスナック『スガンさん』で、夜な夜なオダをあげていた善男善女の皆さん。
この『スガンさん』というスナックは、客として通っていた女性がいつの間にかママに化ける。
これを三代も繰り返した不思議な店で、新日鉄釜石のラグビー日本一7連覇(1979年~)の頃には、『スガンさん』から20数人もの観戦ツアーを、度々繰り出したものでした。
最後のママは釜石の洞口孝治のフアンだったっけ・・・・。
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そうそう、国際試合でした。
ゴールポストを背にした背番号5は、私のイメージの中では日本代表のハードタックラー林敏之(同志社ー神戸製鋼)です。
林の前に立ちはだかるのは、赤い恐竜とか、赤い悪魔などと呼ばれる世界の強豪・ウエールズの代表。それも、『ゴールデン’70』の名で知られる1970年代の黄金期の精鋭です。
「林は80年代の選手じゃないか!」とおっしゃいましたか?
フル代表で来日したウエールズに、日本代表が完膚無きままに叩き潰された1975年のテストマッチ(6vs82)に、あるいはその2年前の英国遠征でやはり『ゴールデン’70』のウエールズと対戦した日本代表(14vs62)に、「林が加わっていたら・・・・」の空想を楽しんでいるのです。
林も加わった松尾雄治ジャパンのウエールズ遠征(1983年)時の成績は24vs29。
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラグビー人形を上(⇧ ⇧)の写真で説明すると、後列左端からSOのベネット、ポンティプールRFCのフロントロー3人組プライス、ウィンザー、フォークナー、そして右端がFBJ・P・R・ウィリアムス。
前列はWTBG・デイビスと林敏之。
ウエールズに出掛ける度に買い求めてきた数々の人形で、いま手元に残るのはたったこれだけ。
人にあげた中で、「しまった!」と悔やむのは松尾雄治人形。
ウエールズで作られている人形の中で、日本の選手は松尾ひとりだけ。
返して呉れ~ッ、ですね。
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by molamola-manbow | 2005-07-15 09:39 | ラグビー
2005年 07月 12日

順番整理

d0007653_126669.jpg何も考えずにBLOGを更新してフト気付くと、故人となった朋子ママの頭の上に、ガマ蛙が鎮座ましますこととなっていた。
今朝の寝覚めが悪かったのは、大きくて、良くとおる声で
「何時もいつもカウンターの隅で、居るのか居ないのか判らない様な飲み方してた癖に、私が死んだ途端、態度がでかいはねえ。あたしの頭にカエルを乗せるとは、いい度胸してるじゃない!!」
などと、一晩中、耳元でガナリ立てられたからに違いない。
d0007653_1273024.jpg新宿の二、三丁目で、『ゼエロンの朋子』を知らない人が居たら、お目に掛かりたいほどの伝説のママに、毎日毎日、化けて出られては堪らないから、1項目を立てて写真の順序を上下、引っくり返すことにしました。

朋子ママとガマ蛙の共通点、ない訳じゃあないんですよ。
店の常連なら百人が百人言い当てるに違いない、「でかい口」が類似点です。
レオ澤鬼画伯のイラスト画時代は、とっても可愛い口元をしてる。
それが、カウンターに居並ぶ客どもに向かい、機関銃のように罵詈雑言を吐き続けているうちに、次第次第に裂けたんでしょうね。
「新宿で私より口がでかいのは、越路のおかあさん」
などと、かつて二丁目にあった小料理屋の女将さんの『Big Mouth』を引き合いに出していた位だから、本人も十分自覚していたことだけど、これ以上悪口を書くと、またまた枕元で脅されて仕舞う。
ここら辺で止めにしなくては・・・・。
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by molamola-manbow | 2005-07-12 14:00 | 酒・宴会・料理
2005年 07月 11日

庭の児雷也その2

d0007653_2148270.jpgカラスの悪戯で壊れて仕舞った小鳥の餌箱を修理するために、庭下駄をつっかけた。
大型の鳥を排除することを目的に、餌箱の窓はわざと小さく作っておいた。
カラスはその小さな窓から、強引に首を突っ込んで、餌をついばもうとしたのだろう。
なんとも無残な姿になっていて、屋根の部分が柱もろとも落っこちていた。
その仰向けになって落ちている屋根の部分を、腰を屈めてヒョイと持ち上げて見たところ・・・・・。
居たんですよ、ご覧のような児雷也が・・・・。
この庭の児雷也については、2~3ヶ月ほど前に一度紹介している。
「十数匹は居るはずなのに、児雷也直伝の妖術を駆使し、姿をくらましているのだ」と。
d0007653_2150363.jpg
また姿をくらまされてはたまらないから、今度はむんずと掴んでおいてから、カメラを取りに家の中へと駆け込んだ。
イヤイヤをするようにして後ろ足で突っ張ると、結構力がある。
二度ほど落としそうになったし、ションベンも引っ掛けられたけど、この機会を逃しては次に何時写せるか判からない。記録に留めるまでは「離すもんか」と、その都度懸命に掴み直した。
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数ヶ月前に"庭の児雷也"の写真を撮りそこなった直後のことだ。
友人のホームページにガマ蛙の写真が載った。
「植木の手入れをしていたら出てきた。可愛いだろう」
悔しかったですね。なんたって、こっちが撮りそこなった直後ですから。
その時の「クヤシ~ッ」気持ちを込めて、友人が撮った写真と似たようなポーズでキメることにした。
ウーン、友人の国分寺のガマも可愛かったけど、我が家のガマはもっとカワイイ!

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by molamola-manbow | 2005-07-11 21:48 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 07月 09日

伝説のママ

d0007653_1431291.jpg谷中生まれの谷中育ち。いや?お隣り、根津の権現さまのお膝元で生まれたのだったかな・・・・。
とにかく、チャキチャキの江戸っ子で、気風の良さと、毒舌と、面倒見の良さでもって、呑ん平どもを仕切り、なぐさめ、励まし、嚇してきた。
そのSnack-Bar『ゼエロン』の朋子ママを偲ぶ会(8日)があった。
大阪万博のコンパニオンから転じ、ちょっと変わった趣向を持った人々の集う町、新宿二丁目のど真ん中で、女手ひとつで店を張ること35年。誰だって、「エ、エ、エーッ」と驚くのは、この間、一滴も飲まず、一本も吸わずにカウンターの外の呑ん平どもを手玉にとってきたことである。
その日の店の客層、雰囲気に合わせ、烏龍茶を飲みながらトコトン大騒ぎも出来たし、シンミリも出来た。
「こんな店、二度とくるかーッ!!」と大見得を切って飛び出した客が、翌日には背を丸め、カウンターの隅っこで小さくなって呑んでいるような店だった。
直木賞の候補作家(芥川賞候補も居たかなあ・・・・?)が、雑誌編集者と一緒にいまや遅しと受賞連絡を待っていたり。
有名無名の役者さんや女優さんがカウンターに座っていたり。
はたまた、ラーメン屋さんが一杯ひっかけるために岡持ち片手に立ち寄ったりと、客層はそれこそ千差万別だったが、それぞれの客に朋子ママは分け隔てなく接した。
円やかで、とても張りのある艶やかな声の持ち主だった。
美空ひばり、都はるみを歌った。
競輪、競馬、麻雀、ポーカー、チンチロリンと、賭け事に手を出した。
強くはなかった。
若い頃にはオッパイを見せたがった。
「形がよくて、とっても綺麗だった」(観賞者談)。
店を閉じたのは2年前。「お客も私もくたびれてきたから」を閉店の理由とした。
しかし、からだに変調を感じたのが真の理由で、誰にも知らせることなく先月13日、ツッパリ通した61年の生涯を終えた。
偲ぶ会に集った老若男女は百ン十人。朋子ママを偲ぶ流れは、二次会、三次会と滔々として新宿二丁目に流れ出し、行く先々で合流してはまた散じ、散じてはまた合流して明け方まで続いた。

ありがとう!朋子さん。
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by molamola-manbow | 2005-07-09 01:46 | 酒・宴会・料理
2005年 07月 07日

Seaman-ship

レーダーに映る小さな影の不自然な動きに異常を感じ、忙しい操業の手を休めて確認に向かう。
MIYA』号で起こった畑下栄さん(81)の異変は、第十八常磐丸の皆さんによる心遣いなくして発見はなかった。
この、出来そうで出来ないことを、躊躇せずにやってのけた第十八常磐丸のSeaman-shipには、畑下さんと関わりの深い今給黎教子さん、ABSの日高女史のお二人が心からの感謝を述べられておられますが、船名は私の胸にも深く刻み込まれました。
何処かの海で出会えるだろうか、出会えたら、是非、心からの【U W 旗】を揚げて安航を祈りたいと願っています。
悲しみの中での唯一の救いでした。

以下は畑下さんの悲報とは関係のないことですが、他人への気遣い、思いやりという点で、触れておきます。
熱海沖に浮かぶ初島の潜り漁の漁師さんが、千葉の館山沖まで流されて、翌日、東海汽船に救助される事件がありました。
「潮に流されて漁師不明」のニュースを知った東海汽船の船長が、「もしや」を信じ、見張りを増やす処置を執った。
これが奇跡のような発見につながったと聞いています。

海を愛するみなさん、Seaman-shipは生きています!
元気を出しましょう。


▼第十八常磐丸は静岡・焼津漁港の船です。
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by molamola-manbow | 2005-07-07 07:37 | ヨット
2005年 07月 05日

畑下さんとMIYAの悲報

早朝のmailで畑下栄さんの悲報(一報の段階ですが・・・)を知った。
すぐに検索してみる。
本当だった。

第二管区海上保安本部(塩釜)に入った連絡によると、宮城県石巻市の金華山から東南東約1400㌔の太平洋上で、漁船が漂流しているヨットを発見した。
ヨットは長さ約7㍍。『MIYA』の船名が読み取れ、マストが折れていて船上に人が一人倒れていた。漁船員の呼びかけには、全く応答がないという。
d0007653_2035240.jpg第二管区海上保安本部では、船名から、6月15日に神奈川県三崎市のシーボ二ア・マリーナを単独で出港した後、連絡が取れない日系アメリカ人の畑下栄さん(81)のヨットの可能性があるとみている。
巡視船『ざおう』の現場到着は6日未明の予定。

先月15日の畑下さんのシーボ二ア出港の模様は、同日付けの日高女史の投稿
http://aburatsubo.com/cgi/keijiban.cgi?ryear=05&rmon=06
に詳しく、他に付け足す言葉も見つけられません。

ただ、ただ、合掌するのみです。
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by molamola-manbow | 2005-07-05 11:24 | ヨット
2005年 07月 02日

Tour de France

d0007653_9501573.jpg小田急線の某経堂駅近くの住まいから間道伝いに多摩川に出て、川崎市側の土手を河口の浮島まで、自転車を飛ばした。
往復するとフルマラソンを走った距離ぐらいになるのだろうか。時間もちょうど2時間ほどだ。
シャワーで汗を流しながら、今日の深夜から始まるツールの期間中、この調子で自転車に乗り続けたならば、多少はお腹も減っ込むかも、などと考えて、せり出したお腹を撫でなでだ。
更にお腹を撫ぜなぜしながら、大胆なことも考えた。
ツールの第1ステージは19㌔の個人タイムトライアル(TT)だ。となると、少なくとも初日だけは「ツールの倍の距離を走ったことになるんだ」と。
3週間を掛けてフランス全土を走破するツールの総延長距離は、アルプス、ピレネー、中央山塊の山岳ステージを含めて3600㌔。一日平均170㌔を走らなければならないのだから、多摩川の土手を川風と走るわたしなどとは、比較してほしくないだろうけれど・・・・。
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年のツールで特徴的なのは、個人TTがたったひとつしか組み込まれていないことだろう。
それも19㌔の高低差の少ない平坦コース。これって、結構露骨なLanceのV7潰しじゃないの?と感じたのは私だけだろうか。
短距離の平坦コースでは、タイムに差が出にくい。つまりLanceは稼ぎ場をひとつ、失うことになる、と考えたわけです。
しかし、その短距離TTで始まった初日、Lance Armstrong(アメリカ)は飛び出しました。
1分前にスタートしたライバル一番手のJan Ullrich(ドイツ)を、レース途中で抜き去るという、信じ難い場面をテレビ上で演出したんです。
Lance潰しを画策した組織委員会の方々、と言うよりも、アメリカ嫌いを気質の中に持っているフランス全土でため息がもれた、と思う瞬間でしたね。
次のヤマ場は第4ステージ(5日)のチームTTLanceの所属チームは、U・S・Post ServiceからDiscovery Chanelへと変わったけれど、この日辺りで黄色いリーダージャージー姿に変わりそうな好スタートを切った、と言えるだろう。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
多摩川土手で、私の第2ステージ目(3日)も無事終了です。寝不足と降雨、多摩川ツールの私のライバルはこの二つ。つまり、梅雨では、すぐに終わるということ。
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by molamola-manbow | 2005-07-02 10:36 | 自転車