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2005年 09月 29日

永遠の謎

私の苗字には、二字目に『冨』の字が入ります。
蔵富、福富、大富、吉富、幸富、家富、etc・・・・・。
気分の問題ですから出来るだけ裕福そうな苗字を考えましたが、この中からひとつ選んで、仮の苗字を招福を兼ねて『福冨』ということにします。
トミの字は『ウ』カンムリではなくて、『ワ』カンムリ、『福冨manbow』という訳です。
にわかには信じ難い話しかも知れませんが、以前は『ウ』カンムリの『福富』を名乗っていたんです。
小中高校時代の出来の悪い通信簿も『ウ』カンムリの福富、大学の卒業証書も『ウ』カンムリの福富でした。
初めて海外旅行(仕事でしたが)に出た1973年のパスポートの記載も上に点のある『富』の字でしたから、サインは福富です。
d0007653_19161456.jpg1977年の暮れに親父が亡くなります。
親父は生まれ在所の鹿児島から本籍を移しませんでしたから、種々の書類をこの時初めて取り寄せたのですが、書類を見て兄弟5人(上に人、下に人)は叫びましたね。
「これ、何かの ま ち が い だ ろ う!!」
兄弟全員が目をひん剥きました。

生前に親父は自分の墓を東京に建て(⇨ ⇨)た。
墓参りをする度に、何時も同じ疑問が頭をもたげてきます。
「親父は己の苗字が"点なしの冨"だと言う事を承知していたのだろうか?、それとも?」という疑問です。
まさか、知らなかった筈はない!と思いつつも、墓石を見ると、「ひょっとすると・・・・」の疑いが湧きます。
だって、墓石にははっきりと"点付きの富"で苗字が刻まれているんですから。
これは、親父が死んでしまったいま、解くことの出来ない謎です。
manbowの苗字が"点無し"の冨に替わって28年。
もう違和感は無くなりましたが、偽者の苗字、"点付き"の富で過ごした年月の方が長いんです。
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by molamola-manbow | 2005-09-29 17:51 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 27日

 古 新 聞

世の中に古新聞の魅力に勝る読み物があるだろうか、と真剣に考えてしまった。
毎朝配達される新聞を、隅からすみまで熱心に読む習慣はない。
むしろ、見出しを読んだだけで、「読んだつもり」になる方だ。
古新聞になると話は違う。
一度スイッチが入ってしまうと、周囲が一切見えなくなって読みふけってしまう。
「この記事、前に読んだ」と感じる記事に出合わないのも奇妙なことで、いつも新鮮な気持ちで読むことができる。
きのうは注文しておいた焼酎のパッキングとして詰められていた古新聞に、はまった。
私だけ楽しんだのでは勿体無いから、一番興味を引いた記事を紹介すると
見出しは『長寿雑誌が示す趣味の回帰現象』(ことし1月17日の日経新聞)とあった。
活字離れやなんだかんだで、雑誌業界はいま不況の只中にあり、「休廃刊と創刊の繰り返しが続いている」と言うのが前振りの部分。
そんな中で"趣味誌"の分野だけが健闘していて、「極めて長寿な雑誌も多い」、というのである。
なぜか、をいろいろ分析していた。
固定読者がいるために、5万部も刷れば広告収入に頼らずとも採算が合う。
取材先が狭くて済み、しかも好意的なので経費もかからないし、編集スタッフも少人数で済むんだと。
さらに分析は続き
"趣味誌"は将来も有望である。なぜなら若い頃に親しんだ趣味に定年後回帰する傾向が強く、団塊の世代が定年を迎えて読者として戻ってくるから・・・・・、と述べていた。
ほかにもいろいろ書かれてあったが、一番興味深かったのは、記事に添付されていた表の方である。
そこには現在発刊されている長寿誌が並んでいて、上位に『歌劇』とか、『観世』などという、本屋でも見たことのないような雑誌の名前がランクされていた。
トップランクの『歌劇』は大正7年の創刊。ヨットの専門誌『KAZI』がベスト5に入っているのにも驚いた。
d0007653_22231348.jpgd0007653_837183.jpg
 ▼『歌  劇』       (1918年=大正7年創刊)
 ▼『アサヒカメラ』    (1926年=昭和元年創刊)
 ▼『観  世』       (1929年=昭和4年創刊)
 ▼『山と渓谷』      (1930年=昭和5年創刊)
 ▼『K A Z I』     (1932年=昭和7年創刊) 
 ▼優   駿』      (1941年=昭和16年創刊)
 ▼『CQ ham radio』 (1946年=昭和21年創刊)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       
読みふけっていた古新聞から顔を上げると、脈絡もなく、親父の姿が脳裏に浮かんだ。
暮れの大掃除の光景である。
畳を『ヘの字形』に立て掛けて干している座敷の真ん中で、熱心に古新聞に読みふける姿であった。
小学校の2年か3年の頃の光景だ。
周囲は小さい私を含め、忙しそうに立ち働いているのに、さぼっているのが不満(今なら親父の気持ちが判るけど・・・・・)で、印象に残ったに違いない。
親父はひなたぼっこの亀のように、微動だにしようとしなかった。

自転車を飛ばせば10分ほどの距離に親父の墓はある。
お彼岸にも墓参りをすっぽかした罰当たり者だから、親父を思い出すなんてことは滅多にないけれど、きょうは久しぶりに花など持って墓参りをしてこよう。
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by molamola-manbow | 2005-09-27 14:27 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 23日

ちょっと自慢  

ヨットの専門誌・『KAZI』(舵)に、コラムを持っていらっしゃる作家・鈴木光司さんの『快楽海生活』(10月号)を読んでいて、思わず頬が緩んでしまった。
それも、かなり優越感を覚えながらの頬の緩みだ。
ご本人を目の前にしたら、「そうですか、仰ぎ見ることはできませんでしたか」などと、優越感を隠そうともせずに言って仕舞うかも知れない。
d0007653_20552894.jpg
以下はコラムの抜粋である。
   日数に余裕があれば、べヨネーズ列岩、須美寿島、孀婦岩など小笠原航路ならではの
   不思議な景色を堪能しながら南下するつもりだった。特に孀婦岩は、2年前のKAZIでロ     
   ッククライミングに挑戦した記事を読んでいたので、ぜひ寄ってみたいと興味津々の場所
   だった。
   絶海にそそりたつ巨大な岩。いかなるメカニズムでこんなものが創造されたのかと、考え
   ただけで鳥肌が立つ。登頂はむりだとしても、沖にヨットを停泊させ、テンダーで渡って上
   陸してみたかった。そのために小型のゴムボートを仕入れていた。無人島を見れば上陸
   したくなる習癖の成せる技だ。
   ところが潮の流れがきつく、べヨネーズ列岩と須美寿島を遠くから眺めるのがやっとで、
   孀婦岩には見える範囲内に近づくこともできなかった。
文中にある2年前の出来事、クライマー3人を孀婦(そうふ)岩に送り込んだ船は、グラマラスな我らがヨット『ひなの』(久我耕一オーナー)である。
クルーは孀婦岩クライミング・ショーを、最初から最後まで、特等席で見学できたのだから、ちょっと自慢、いやいや、かなりの自慢である。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
間髪を入れず!とは、この様なことを言うのだろう。
書き終わってというのか、打ち終わってというのか、マウスを置いた途端に書き込みが入った。
しかもその内容は、コラムを拝借したばかりの鈴木光司さんのヨットに関わることだった。
近々『ひなの』の隣りに引っ越してくると言うのである。
孀婦岩の自慢をしようと、『ひなの』のオーナーもてぐすね引いている。

書き込みの"ひなの"をクリックすると、孀婦岩にワープします。
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by molamola-manbow | 2005-09-23 19:53 | ヨット | Trackback | Comments(1)
2005年 09月 21日

  琉球漆器    

住まいの近くに、主として大型の中古家具を扱うリサイクル・ショップがある。
天井の高い倉庫状の建物に、比較的ゆったりと商品が陳列されていて、散歩に出た時には必ず立ち寄るお気に入りの場所、犬にとってのオシッコを引っ掛ける電信柱のような存在である。
時々買い物もする。
大型家具に手を出したことはないけれど、新品同様の釣りのリールとか、竿や額縁、文箱など。
下の写真の右側の桶も、ここで買った。
d0007653_20573289.jpg
陳列棚の片隅に、こいつを見つけた時には驚きました。
これって、鹿児島の郷土料理を作るための器ですから、東京ではデパートの漆器売り場をいくら探しても(実証済み)置いてあるところはありません。
そんな訳で、「こんなところでお目に掛かれるなんて・・・・・」と、即買い(1、500円)でした。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本題はここからなのですが
これって、何を作る器なのか、ご存知でしょうか?
大きさを測る目安に、携帯電話を置いてみましたけど、器の直径は24センチほどです。
ただ、大きさは大中小といろいろあって、これは小の部類、大きいのになると、直径が40センチを超えるものもあります。
ヒントは「大きさはいろいろでも、深さはどれも12~3センチと同じ」だということでしょう。
「蓋がスポッと内側に落ちるように出来ている」のもヒントです。
つまり、蓋は重しの役割も兼ねている訳です。
鹿児島でこれを使うのは、錦港湾に鯛が乗っ込んで来る"サクラダイの季節"、これもヒントになるかも知れません。
もっとも、氷を浮かべてソウメンを泳がせ、真夏の暑い盛りにスルスルッとすする。こんなまったく別の使い方をしたって、一向に構わない訳ですけど・・・・・。

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by molamola-manbow | 2005-09-21 21:01 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 19日

  セイゴ(三日月)⇒フッコ(半月)⇒スズキ(満月)

                                          秋 も 秋
                                          こ よ い も こ よ い
                                          月 も 月
                                          と こ ろ も と こ ろ
                                          見 る 君 も 君
                                               と覚源法師(後拾違和歌集)は詠みました。

美しくて、聡明な女性とデートして、中秋の名月を愛でつつそっとささやく。
下の句の最後の一行の『君』を、"愛しのキミ"と解釈しても、何の不都合もない。
そう考えて、何時か使ってやろうと思いつつ、チャンスは無いまま幾年月、使う機会はもうないだろうなあ。

和歌なんぞを冒頭に持ってきて、ちょっと気取ってみましたが、中秋の名月煌々の半夜を、海の上で、極めて無粋に過ごしてきました。
そよ風が海を渡たり、優しい漣(さざなみ)が海面を覆う度に、銀粉を撒き散らした豪勢な海がサーッと広がります。
感受性の豊かな人なら、息を呑んで涙ぐんだっておかしくない美しさでした。
そんな美しい海で、罰当たりにも、無粋にも、名月の月明かりを集魚灯代わりにした、出世魚の半夜釣りです。
成長するにつれて名前を変えて行く、セイゴ→フッコ→スズキの、鱸(スズキ)が狙い。
d0007653_19184585.jpgd0007653_19192445.jpg釣り人は新宿魚業協同組合連合会(新魚連)の3人と、千葉・本八幡魚協?の3人。
新魚連の釣りのフィールドは荒磯なので、船の釣りには縁遠い。
だからでしょうか。
「魚探で魚の居場所を探るなんて、魚に対してフェアーじゃない」と、船の釣りを攻撃します。
ルアーなどの疑似餌も使いません。
「魚をニセの餌で騙すなんて、魚にアンフェアーである」と、これまた無理やりの屁理屈です。
そんな訳でルアーを、ボートから投げるスズキ釣りなどは、新魚連のメンバーには初体験。
我々を釣らせるために乗り込んで呉れた本八魚漁協?の面々にとっては、吹き出したくなったに違いない釣りが展開されることとなった。
係留中の貨物船を釣ったりした珍技の数々は、割愛(恥ずかしいから)するけれど、技量の違いには完全脱帽!でした。
何しろ、10本ほどのフッコが揚がった中での新魚連の獲物は、3人で僅か2本です。
何度キャストしても我々には引き出せない獲物を、「釣れませんか?おかしいなあ、魚はいますよ」と言って、ちょっと投げた1投目に「フィッシュ オン!」と叫ばれるのだから、ガックリ。

                          月 読 み の
                          光 を 清 み
                          神 島 の
                          磯 間 の 浦 ゆ
                                                舟 出 す 我 れ は
                                                    (万葉集・詠み人知らず)

                     と月夜の海へと勇んで漕ぎ出しては見ましたが、真ん丸お月さんに笑われただけの新魚連でした。
                     ひとり運河に落っこちて、ずぶぬれにもなっちゃったし・・・・。 

  
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by molamola-manbow | 2005-09-19 15:52 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(1)
2005年 09月 16日

Karjalanpiirakka

「ねえ!ねえ!ねえ
とパソコンの前で連れ合いが呼んでいる。
億劫だから、寝転んだ姿勢そのままで無視していると
今度は「みて!みて!みて」の三連発がきた。d0007653_12262541.jpg
これ以上の無視は得策ではない。
機嫌を損ねられて、ブスッとした顔のまま夕食の支度をされては、メシが不味くなる。
そんなことは堪らないから、ドッコラショと腰を上げて、背後から面倒くさそうに覗き込んでみた。
画面には何処やらのホームパーテーのテーブルが写っていて、ご馳走の中にこの写真(→)があった。
添えられたキャプションを読んだとたん
「ン!!」と固まった。
『ご存知カルヤランピーラッカも勿論はずせません』とあった。

d0007653_12432126.jpg
「あ た し が 見 て た の よ ~ ッ」
と騒ぎ立てる連れ合いの文句など、「聞く耳持つかあ」って感じである。
強引に椅子を奪い取ってパソコンを引き寄せると、はるばるフィンランドから送られてきているJoulupullaさんのBlogに、今度は私が見入ることとなった。
ページをめくって行くと、ありました。
もっとはっきり写っていたのがこれ(←)です。
しかも、な、な、なんと、図解入りのレシピまで添えられているではありませんか。
少々オーバーな表現を使うなら、「ウ、ウ、ウ、ウ・・・・」と嗚咽を漏らしそうになりましたね。
スカンジナビアにお米を使って作るお菓子があって、その名前を『カーリヤランピーラッカ』(カルヤランピーラッカをこの様に覚えていた)と言う
わずかというべきなのか、たったというべきなのか、『カルヤラン・・・』に関しては上の2行の知識が全てなのだけれど、この不思議な名前のお菓子の存在は、1980年に知った。
ラグビーのルーツ校・慶応が23年振りに関東学生の王座に返り咲いた年。
もっと判り易く言えば、モスクワ五輪のボイコットで、スポーツ界が揺れた年。
あるいはジョン・レノンが射殺され、音楽界が喪に服した年である。
ヒョットコお面に、尻端折り。
そんな囃子方の横笛が鎮守の森から聞こえて来そうな音象、語感、響き、ユーモア感・・・・・。
このお菓子のネーミングには、私の感性を刺激するものがあって、知識としては少ないものの、常に頭の中から事ある毎に顔を覗かせる存在となった。
例えば新宿の2丁目で、3年半ほど営業した飲み屋の名前である。
「スカンジナビア三国の大使館に電話すれば、スペリングぐらいすぐに判る」と、かなり真剣に屋号としての『カーリヤラン・・・』を考えた。
ブログや携帯のメール・アドレスを考えた時も、有力な候補として最終選考まで残った。
ただ、どんなお菓子なのかは想像出来なかった。
お米を使ったお菓子で私が知っているのは煎餅ぐらい。
この煎餅のイメージから抜け出ることが出来ないばかりか、スカンジナビアに多い(特にフィンランドに)関西系の人たち、アホネンさんやイレヘンさんの苗字だとか、カーリヤラン、ピーヒャララと、何処からか笛の音が聞こえてきて、邪魔をするのである。
結局、4半世紀を2行の知識だけで過ごして仕舞った。
とっても興味を持っているのに、見たこともなければ、食べたこともなし。
これって、ものぐさだとか、向上心の無さだとか、そうしたモノを通り越しているようにも思える。
そう、ほとんど、ア ホ で ん ネ ン !!

Joulupullaさんのblog 『TERVE!!』(やあ!!の意味)はこちら。写真使用も「どうぞ、どうぞ」と許可して戴きました。
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by molamola-manbow | 2005-09-16 13:14 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 15日

刺  客

消防署の女性救急隊員がインタネットで知り合った男性に、交際相手の妻の殺害を依頼して捕まった。
「殺して、お願い」とお金を支払ったのに、なかなか実行されないので、「騙されたのでは?」と、相談に行った先が警察だと言うから、素晴らしい。
d0007653_1425411.jpgこっちの方がニュースの項目としては先だったかも知れないけれど、経団連の奥田硯会長の"信長発言"以来、小泉純一郎は織田信長を気取っている、と、こちらもマンガチックに同じテレビが報じた。
空っぽの国庫も、年金の崩壊も、海外派兵も、拉致も、靖国も・・・・・
すべての問題を"郵政改革"の美名で覆い隠した欺瞞選挙の結果に、完全脱力中の連れ合いが、すでに話題は別の事柄に移って仕舞っている画面を眺めながら、つぶやいた。
「ガッツ石松さんに刺客を頼もうかしら」

「サル、草履をモテーッ!」と信長。
「それがヒトにモノを頼む態度なの」とガッツさん扮する日吉丸。
そして、斬りつけてきた信長の刃をかわした日吉丸のパンチ炸裂!
あったなあ、こんなコマーシャル。
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by molamola-manbow | 2005-09-15 10:27 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 13日

  何だろう??

d0007653_8313763.jpg日航ジャンボ機墜落事故の供養塔の製作者、彫刻家の半田富久(68)さんから、奇妙な干物(写真)を頂いた。
正体を尋ねるいとまも無く帰られたので、こちらで想像する以外ないのだけれど、どうもよく判らない。
形状を説明すると長く天日干しされていたために、肉片は草刈の鎌状に縮んでいて、長さは30センチほど。
身は鮭の肉に似た綺麗な赤茶色をし、鰹節のカビに似た白い粉を吹いていて、薄くて濃い褐色の皮が付いている。
吊り下げるために用いている紐は、棕櫚の樹皮か葉っぱを裂いたような植物質。
肉と皮の間に脂肪層が見当たらないので、猪だとか鹿などの獣の肉ではなさそう・・・・・といったところである。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
半田さんは屋久島の南に点在するトカラ(吐喝喇と吐火羅、二つの表示名がある)列島のひとつ、悪石島を訪れてきた。
1960年にこの島をルポし、『美女とネズミと神々の島』(河出文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した故秋吉茂さんを偲ぶ記念碑を手掛け、除幕式に参加したのである。
この、悪石島産という、最大のヒントを加えても、まだ"何だろう?"は解決しない。
悪石島は広さ4・49平方キロの小さな島だ。
d0007653_1522043.jpg島民85人は海に頼って生活せざるを得ないのだから、海産生物の肉に違いないのだけれど、それが鮫を含めた魚なのか、イルカやスナメリの類の小鯨(脂肪質は何処に消えたのだ?)なのか・・・・・。
こうなったら、舌で確かめる以外に手はないので、こういうモノを滅法興味を持つて食べて呉れる友人夫婦を呼び、試食に及ぼうと考えている。
酒のアテとしてのメザシなどを、手前火鉢で出して呉れる脱サラ蕎麦屋のご主人を巻き込み、蕎麦をすすりながらあぶるのもいいかも知れない。

そういえばヨット『Hinano』のオーナー夫妻は、沖縄クルーズの帰途、悪石島に立ち寄っている。
ひょっとすると、食しているのかも知れないぞ。
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by molamola-manbow | 2005-09-13 10:50 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(3)
2005年 09月 12日

  砧 打 ち

直径30センチほどの切り株の上に柿渋で染めた麻布を乗せ、そいつを打ち出の小槌の打面?に、柄を付けた形の木槌でリズミカルに叩き続ける。
「ドンツク ドンドン ツクツク」
と団扇太鼓を叩く、とっても煩い、奈良が本家の宗教も顔負けだ。
これを毎晩、連れ合いが「わたしの夜なべ仕事」と称してやり始めた。
「何だそれ?」と尋ねると
「これがキヌタ打ち。布に光沢が出てくるの」と得意げである。
「黙っていると、「成城のお隣り、砧の地名はこれが語源」と、追い討ちを掛けてきた。
多分、このときのわたしの顔が、「フーン」と感心しているように見えたのだろう、冗談じゃない。
「律令制度の租傭調よ。調布という町があるじゃない。あそこには布田とか、染地などという、布や染色に関係した地名がまだ残っている。砧で打って仕上げた布を、調布に納めたのじゃないかしら」
d0007653_11182448.jpgと更なる追い討ちである。
同じ手法で藁を打ち、柔らかくしてから縄を編んだり、ムシロも作る。
だから布だって手触りは好くなるのだろう。
とは思ったけれど、反撃は別の方角からすることにして
砧を成城のお隣りと言うのは砧に失礼だろう」と言ってやった。
連れ合いがキョトーンとしているから、薀蓄をたれてやる。
成城という地名は、砧村の大地主・鈴木久弥さんから土地1万坪と1万円(公務員の給与が75円だった時代です=値段の風俗史・朝日新聞編)の寄付を受けた成城学園(創設者・沢柳政太郎)が、大正14年に新宿から移転したのが始まりであること。
昭和2年の小田急線開通を見越した学園の主事・小原国芳が、学園周辺の土地2万坪を購入して宅地として売り出し、これを学園建設の資金にしたことで、荒野に忽然として町が出現するようになったこと。
小原国芳は同じ手法で小田急線の多摩川を渡った向こう側に、玉川学園(昭和4年の創立)も作ったこと。
昭和2年の小田急線開通まではスクールバスならぬスクール馬車が、カッパ、カッパと京王線の千歳烏山駅から成城まで、生徒たちを送り迎えしていたこと。
小田急線は部分開通を良しとせず、新宿ー小田原間の路線を一気に開通させて営業を始めた珍しい記録の持ち主であること。
「つまりだなあ、いまでこそ高級住宅地としてでっかい顔をしている成城も、元を質せば北多摩郡砧村の、そのまた片隅に位置する雑木林、狐や狸の棲家だったのさ。砧村の大地主・鈴木さんの太っ腹が無かったら、成城なんて町は存在もしていない。何が成城のお隣りの砧だ、どうだ、参ったか!」
小泉純一郎のような論旨の摩り替え、言いたいことだけを言う手法だ。
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by molamola-manbow | 2005-09-12 09:19 | ホビー | Trackback | Comments(2)
2005年 09月 10日

地 獄 耳

木更津のヨット『KoKoLo』が、この週末にヨット専門誌『KAZI(舵)』の取材を受けるらしい。
「北欧の船にこだわるオーナー」
取材の切り口、コンセプトは、このあたり。
こんな話しを聞き込んできた『ひなの』のスキッパーKちゃんが、「ニュース、ニュース!」と、"地獄耳め~る"でばらしてしまった。
d0007653_9502327.jpg
「何だよう、内緒にしてたのに」と、少々お冠なのは『KoKoLo』のスキッパーAちゃんである。
KAZI』の発売日(毎月5日)に、大勢のヨット仲間の「ヤヤヤッ!!」と仰天する顔を、ビールでも飲みながら想像する喜び。
KoKoLo』のAちゃんとしては、そうした大きな楽しみを、取材を受ける前に壊された訳だから、ムリもないところでしょう。
KoKoLo』と『ひなの』の関係は、といいますと、それはもう仲むつましいのひとことでした。
ことしの夏休みだって、手をつないで伊豆の稲取から千葉の富浦まで、相模湾を一緒に渡った仲なのです。
更に、さらにですよ。
KoKoLo』は富浦港の外側にアンカリングした『ひなの』の舷側に抱かれて、夏休み最後の夜をともにしたんですからね。
素敵なカップルだと思っていたのに、秋風とともに夏の恋は終わるのでしょうか・・・・・。
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
物言わば 唇寒し 秋の風
などと申しますが、どうやら、わたしもKちゃんと同じ穴の狢(ムジナ)。知ったことを仕舞っておくことが出来ない性分のようなので、こちらの"地獄耳"も、この際披露しちゃいます。
それは
『ひなの』の初島ダブルハンドレース(来年6月)出場!、です。
これ、まだだ~れも知らないニュースじゃないですか?
KちゃんとMさんのダブルハンドです。
二人のヒソヒソ計画を
「聞い~ちゃった、聞い~ちゃった」
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by molamola-manbow | 2005-09-10 02:14 | ヨット | Trackback | Comments(0)