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2008年 02月 29日

鍛冶屋の続きで包丁

d0007653_1258392.jpg久し振りに台所から包丁を引っ張り出して思わず唸っちゃいました。
「こいつはもう、manbow の手には負えそうもない」のです。
黒サビが浮き出ちゃったから、サビの根っ子は想像以上に深い筈。
そいつがすべての刃先に侵入しているのだから、例え研ぎ屋に出したとしも、かなりの部分が残るでしょう。
昨日、鍛冶屋のことに触れなければ、包丁のことも思い出さなかったのだから、これを不幸中の幸いなのかも知れないのだけれど・・・・・。
釣り上げた魚を捌くのはステンレス製のフイレナイフか、切り出し風の小刀。
こちらは良く利用するし、使ったら研ぐからピカピカだけど、包丁は宴会の料理を用意するときしか使わないからな~、などと言い訳。
いったい何時以来だろうと調べてみると、最後に使ったのは去年の三月十七日でした。
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ほぼ一年間、手に触れることもなく放置したのだから、仕方がない。
そう思って連れ合いが三十年間使い続け、小出刃の様に磨り減ってしまった一本を残して近所の金物屋に研ぎに出しすことにした。
新聞紙に包んで持って行き、そのままフラフラと駅まで歩むと、交差点の隅っこに道具一式をバイクに乗せた研ぎ屋さんが店開きしているではあ~りませんか。
「仕舞った~」と思いましたね~。
プロの研ぎ方なんぞを見学する絶好の機会、早々はないのにと。
手ぶらで覗き込んでもいいのだろうけど、残念ながら注文がないから暇そうに雑誌なんか読んでる。
やっぱ実物持って来てお願いしなきゃあね~。

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by molamola-manbow | 2008-02-29 13:12 | カテゴリー外
2008年 02月 28日

オ~イ、鍛冶屋さ~ん!!

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d0007653_17535223.jpg三十年、もっと前からかも知れない。
「街に鍛冶屋やんがあったらな~」と、何かにつけて思い続けている。
付き合ったのは小学校四年までの五年間ほどでしかない。
子供時代をすごした鹿児島の片田舎には、小さな町なのに二軒も野鍛冶があって、その一つが子供の注文にも応じて呉れていた。
独楽を改良して貰ったのが最初だったろう。
預けた独楽に鉄の輪を付ける補強と、軸の先を鋭い刃物に打ち直して武装することだった。
相手の独楽目掛けてぶっつけて太刀割って遊ぶ喧嘩独楽だから、いま考えると危険極まりない遊びだけど、怪我した記憶もさせた記憶も無い。
常に持ち歩いた折りたたみ式の『肥後の神』型小刀も、文房具屋さんでは買わずに加治屋さんに造って貰った。
潜れるようになってからは子供の身長を軽く越える長さの心棒に、鋭く研がれた銛先をはめ込むヤスもお願いした。
刃先の欠けた包丁を持ち込むし、子供用の鎌も造ってもらった。
小学校の四年になると、学校の演習林の下草刈り、ウサギを罠にを追い込んで貴重な蛋白質を得る学校行事に参加するのです。
飼っていた二匹のウサギにあたえる草刈も日課でした。
他にも鍛冶屋さんがあればすぐに造って貰える小物、たくさんあります。
こんなことを思い出したのは、塩野米松さんの本、『失われた手仕事の思想』(草思社)を読書中だからだろう。
数多くの消えてしまった職人さんが登場する中で、私にとって一番身近に残念なのは、やはり鍛冶屋さん。
d0007653_9461369.jpg全国の離島を旅して歩いていた時も、宿に着くと女将さんに「ここに鍛冶屋さんある」と尋ねるのが口癖になったけど、「ございますよ」の返事が来た事、一度もなかった。
しょうがないから炭火を熾し、鉄棒突っ込んで銛先造るのだけど、キチンと焼きなど入れられないからなまくら穂先。
市販の銛だってひどいものです(探すだけでも大変なのですが・・・・・)。
使い続けて穂先を研いでいると、すぐに右端のヤツ(↑↑)のように刃先は磨り減っちゃう。
刃先と返しがここまで近づいちゃうと、少し魚が暴れるだけで抜ける。
他にも鍛冶屋さんがあればな~と思う小物、折りにつけて出て参ります。
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by molamola-manbow | 2008-02-28 09:27 | 潜り・磯釣り・海
2008年 02月 27日

パンダの貯金箱はヤクルト・ファン

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沖縄・浦添市から小包が届いた。
プロ野球・スワローズのキャンプにへばり付いている某スポーツ紙のカメラマン氏からだ。
釣り、潜り、ゴルフ・・・・・。
アクティブな事柄にはほとんど興味のない男で、美ら海水族館にも「去年のキャンプで行ったからもういいや」と思っちゃう性格。
酒は飲むけど、泡盛と沖縄料理に舌鼓とは嗜好が違う。

贈り物を頂いたのにこんなことを書くのは失礼なのだけど、間もなく沖縄滞在一ヶ月になる長丁場に飽きがきてるんです。
毎日毎日、球場とホテルとの行き帰り。
練習内容も十年一日といえるほど変化には乏しくて刺激はないし・・・・・。
で、「そうだ、何か沖縄らしい名物を贈ってやるか~」と、manbowの顔を久し振りに思い出した訳です。
「ルーキー由規が154㌔を出して無失点練習試合とはいえ高田・スワローズ、野村・楽天を11対4で破り七連勝だよ~」。
な~んて手紙も入っていて、追伸に「この帽子は野球評論家、解説者用のヤツだから、これ被ってればオープン戦ロハだよ」
一瞬、沖縄かあ~と思ったものの、只見とはいえ野球のオープン戦に食指は湧かない。
私の沖縄のベストシーズン、海の暖かさと透明度を加味して、十ないし十一月だな~。
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by molamola-manbow | 2008-02-27 10:56 | カテゴリー外
2008年 02月 26日

何処かでこのフレーズ使ったかな? 「トシには勝てね~!」

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「オレ、ちょっとコーヒータイム」だと断わって、ゲレンデ中間のレストランに入ったのは、ノドに猛烈な渇きを覚えたこともさることながら、草臥れ果てた末の逃げ込み、要素としてはこちらの方が強かった。
居心地が良くて、眺めが良くて、コーヒー一杯では飽き足りずに生ビールを追加してゆっくりしていると、心配したみんなが様子を見に入ってきた。
昔だって今だって、スキー場で一番高いのはリフト代だと相場は決まっている。
だから、高い代金支払って一日券を買ったからには元を取って帰ろうと、リフト搭乗回数を競い合う。
d0007653_14111712.jpg驚きましたね~、シニア割引でリフト券が買える年齢になっても、このスキーヤー根性だけは一向に衰えていないようなのです。
「無料休憩所を利用することは何度かあったけど、レストランでゆっくり食事を取るなんて、今回が初めて」なのだと言う。
ここ岩鞍スキー場に通うようになって、かれこれ二十年になるのに、恐れ入谷の鬼子母神
manbowの疲労は、彼等彼女らに初体験の手助けをしたことになりました。
フラッシュが光らず、真っ暗な写真になってしまったけれど、歴史的な写真なのでとりあえず。
スキー場に金を落さぬ我々、招かれざる客なのでしょうかね~。
アハハ、随分散らかしてますけど、定宿にはそれなりに落としているようです。
スキーヤーにとって、命ほどにも大切なリフト券、manbowはソイツを紛失して買い直さねばならなかった。
つまり二度買い、しかも、買い直し券にも問題発生です。
六人乗りのゴンドラを一回利用しただけで天候急変による閉山となり、使えるのは一番下の家族リフトのみに。
合計すると二十機ほどあるゴンドラ、リフトが止まっちゃったのだから、泣くに泣けません。
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by molamola-manbow | 2008-02-26 07:59 | カテゴリー外
2008年 02月 25日

  恒例のチーズフォンデューは地吹雪の中で

d0007653_2152164.jpg日本列島を細く混んだ縦縞の等圧線がスッポリと覆い、各地で三十メートルを越える突風が吹き荒れた今週末、群馬の奥の岩鞍スキー場も正午(二十三日)を期して天候の急変となった。
Tシャツで滑り廻っていても、汗をかきそうな快晴無風の青空に小雪が舞い始めて、空を見上げて「オヤ?」と思ったのは一瞬のこと。 
見る見るうちに青空はねずみ色に駆逐され、突風交じりの地吹雪の始まりである。
ゲレンデ途中の林間部に、雪を踏み固めてテーブルを作り、ふたつのコッフェルでチーズフォンディユーとオデンを作る。
かれこれ二十年近いヨット仲間の群馬・岩鞍スキー行の、手馴れた恒例行事のお昼のご馳走作り。
その真っ最中の出来事でした。
彼方の林の梢どもを揺さぶり揺さぶり、唸りを上げて近づいてきた突風が、我々の輪にぶつかると、もう立っていられない。
うずくまってやり過ごし、突風が過ぎて顔を上げると、全員が雪ダルマ(→→)で御座います。
なだらかな林間コースをおよそ三キロ下る岩鞍の目玉コースなのに、上からだ~れも降りて来なくなった。
「はて」と感じ始めた頃になり、パトロールが救命橇を先頭に立てて降りてきて立ち寄った。
「ゴンドラならびにリフトはすでにストップしました。間もなく最後の見回りが降りてきますから、その時は指示に従って速やかな下山を。今日はもう閉山です」
突風の合間に急いで食べ、突風の合間に急いで片付け、突風の合間に急いで板を履き、総勢八人ボーゲン交じりの一列縦隊で、クネリくねりと降ったのでございます。

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                              午前中はこんなに素敵な青空の広がり(←← →→)と我等
                             独占のガラガラのゲレンデ。
d0007653_2283527.jpgお天気オトコ、お天気オンナを豪語するメンバーが揃い、何の危惧も持っていなかったのに、山の天気はままなりません。
明るいうちに宿屋に引き揚げましたが、ご覧の通りうたた寝を始めたり、腰に湿布を貼ってもらったり(↓↓)。
まだ夕食前で御座いますよ。
各言うmanbowも、前回と違ってすぐに勘は取り戻せたものの、体力の方が前回より急落しております。
初心者コースならどうにか、斜度かきつくなると踏ん張る力がより必要となり、一度下まで降りただけで力は尽きてしまう。
両太ももの張り、階段を下りるのも精一杯なのだから、トシには勝てない。

この一年、体力作りに専念できなかったら、「来年は辞退だな~」と、過去のモノに感じ始めたスキーで御座います。




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by molamola-manbow | 2008-02-25 08:58 | ヨット
2008年 02月 24日

海の仲間雪山へ

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d0007653_1752284.jpgd0007653_16584877.jpg福島県との県境でヒトミを輝かす尾瀬沼への玄関口だから、群馬県の最北部と言ってよいでしょう。
片品温泉を抜けたところ、二年振りの岩鞍スキー場である。
前回訪れた際は、事あるごとに「スキーは札幌五輪の前年以来だから、三十五年振り」だと強調した。
「だから腕はさび付いている」と予防線を張るための三十五年振りではなくて、「昔とった杵柄」だと、自慢たらたらのしゃべり
とにかく吹き捲って、「しょうがない、そこまで言うなら自慢の腕、拝見と行くか」となった、別のヨットからのお誘いだったのです。
言いましたね~。
曰く、冬季五輪初のアルペン三冠王(一九五六年、コルチナダンペッツォ)トニーザイラー(オーストラリアが主演映画『黒い稲妻』の宣伝のために来日した際には、「一緒に蔵王で滑ったんだぞ~」とか。
曰く、支笏湖を真下に見下ろす札幌五輪(一九七二年)の滑降コースを、「大会の前年に滑り降りんだぞ~」とか。
曰く、五輪終了と同時に滑降コースは閉鎖され、植林されてしまったから、「滑りたくとも滑れない幻のコースなんだぞ~」とか。
曰く、スタート地点の幅が狭過ぎて、FIS(国際スキー連盟)から「こんな危険なところでは滑らせない」とクレームが付いて、d0007653_173947.jpgd0007653_17404511.jpgコースは短縮されたお話しとか。
曰く、「おれはその、短くなる前のコースを試走したんだぞ~」などと。

でも、三十五年振りの実際の滑りは「コイツの言ってた今までの話は、何だったんだ?!」の連続で終わった。
ストックにも触れなかった三十五年の時間に、滑り方を忘れて、転ぶこと転ぶこと。
しかも転ぶと今度は起き上がるのに四苦八苦なのです。
「スキーは一度覚えりゃ自転車と同じ」な~んてこと、大間違い。
勘を取り戻すまでに半日を要して、へとへとになる初日だったのです。
三十五年間のブランクを、二年に短縮した今年、さて如何に!!
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by molamola-manbow | 2008-02-24 17:07 | ヨット
2008年 02月 21日

ひねもすのたり

d0007653_16595254.jpg川で泳ぎを覚えたガキが海の水のとんでもない塩辛さを初めて知ったのがここだから、安っぽいトタン屋根であっても、チャチな板切れにペンキを塗りたくっただけの壁であったも、ここ江ノ島の竜宮城、何度眺めても嬉しくなってしまうのです。
初めての時にそうしたように、駅舎を出て少し歩いて立ち止まると、振り返って心の中でつぶやきます。
「いいなあ」。
江ノ島に渡るには、藤沢で降りて駅前からバスで島の中まで連れてって貰うのが便利なのだけど、竜宮城を見たいがために小田急線の片瀬江ノ島駅まで。
これはもう、習い性といってよいのです。

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江ノ島海水浴場の水、海底の砂紋を眺められる時期、残念なことだけど早春のこの一時だけ。
残りの九ヶ月とか十ヶ月は・・・・・。
江ノ島に渡る弁天橋の橋上から、底が見通せると、やっぱり嬉しくなりますけど、アウトリガー・カヌーの下る境川は、どんなに優雅に、美しくきらめいて映っても悪名を拭い去ることは出来ない。
藤沢市民四十万の雑排水を一手に引き受けて流れるのです。
d0007653_1732499.jpg陽気に誘われて、江ノ島まで出掛けた目的、それは裏磯のアオサ海苔などいただくつもりだったのですが、これは空振りです。
同じ青色はしていても、アオサ海苔は他の藻類に入り混じってほんの少しといった外様状態。
それでも一人だけ、アオサを選り分け選り分け、摘んでおいででしたけど、こちらはサッサとあきらめて、島の散策へと方向転換です。
ひねもすのたりの親戚ぐらいには優しかった春の海、ウイークディーの江ノ島は丁度いい静けさです。

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by molamola-manbow | 2008-02-21 14:44 | 潜り・磯釣り・海
2008年 02月 20日

♪ラグビー応援歌

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本の隙間から古い古い手書きの五線譜が出てきた。
「日本のスポーツには応援歌の様なものがひとつもないこと知ってるかい
フアンが気楽に口ずさめる歌、作ってみろよ」とかなんとか。
飲み仲間の間で盛り上がって、亡き友の甥っ子にタタキ台を作らせたのがこれ、『ラグビー応援歌』である。
曲の最後に「Three Cheers HIRAO HIRAO HIRAO」と三連呼する仮の歌詞が入っているから、平尾誠二が日本代表の監督に就任した九十七年のことだったろう。
悲しいかな、音楽などという高尚な素養を持つ呑み助は周りにひとりも居ない。
タタキ台は出来たものの、だ~れも曲に合わせた歌詩を書けない。
曲の上がる前は「そんなものすぐさ」と豪語する男女多々だったのにな~と、少し残念な譜面なのである。

そうこうする内に日本ラグビー協会が『威風堂々』(ゆず・岩沢厚冶作詞作曲)を発表した。

     勇気一つ夢遥かに その地踏み締める威風堂々
      胸震わせ心高く 桜集いし威風堂々
      輝き射す方へ 新たに続く道

二〇〇三年秋の発表だから、平尾から監督を引き継いだ向井尚吾はこの曲に送られてワールドカップ豪州大会を戦ったことになる。
でも、曲を浸透させ、ファンに定着させるなどと言う気持ち、ラグビー協会にはさらさらないのだとお見受けした。
ことある毎に耳に触れさせる。
こうした努力、少なくとも、パソコンをつなげば曲が流れてくる。
これぐらいの努力はしなきゃあね~。

我慢できないファンの間から、その後自然発生的に新しい応援歌も生まれたらしい。

     情熱は易く語るな 男なら瞳を燃やせ
      苦悩の日を その瞼の奥に 青春の日を その熱き胸に
      栄光は夢に見るな 男ならその手で掴め
      孤独な道 今は暗闇でも……あと一歩
      ラグビーの知よ 勇者の志よ
      響け我らの孤高の空
      ラグビーの知よ 勇者の志よも
      叶えよ祈り 15の戦士
      情熱の炎を 燃やせ We love Rugby

誰の曲かは知らないけれど、多分、自発的に生まれた曲の方が、広がる確率は大きいだろう。
ただし、私的にはもっと牧歌的な歌詩を付けた方がいいんだと。
ここまで大上段に振りかぶられると・・・・・。
歌う側の人間、気恥ずかしいと思うんだけど。
威風堂々も情熱燃やす15の戦士も、気張ったところはフィールドに任せて、こっちはこっちのような曲。
それでいてフィールドとスタンドが一体になれる曲・・・・・。
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by molamola-manbow | 2008-02-20 08:48 | ラグビー
2008年 02月 19日

八幡山の大石内蔵助?

d0007653_13195468.jpgお店が綺麗になるのはいいことだな~と思います。
でも、看板は「昔の方が数段よかったのに~」と残念です。
京王線の八幡山駅を出てすぐの甲州街道沿いにある照明器具屋さん。
店の間口一杯を使った看板に、大きくて立派な字でHIRUMA電機』とあったのです。
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沖縄に多い苗字『比留間』のローマ字表示だとは思わないから、初めて観たときは「ドヒャ~、昼間電氣(機)かよ~。現代版の昼行灯だな~」などと。
電機の二字取っちゃったら、急に普通の電機屋さんになっちゃた。
頭にすぐ定着してしまう屋号と、半世紀を過した街でも、「ええっと~」になっちゃあう屋号。
この点で、平々凡々になったのは、ちょっと残念
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by molamola-manbow | 2008-02-19 14:21 | カテゴリー外
2008年 02月 18日

残 雪

d0007653_9212597.jpg最近のこどもは塾だとかTVゲームだとか。
滅多なことでは外で遊ばないから、居るのか居ないのかサッパリなのだけど、この前の雪ではほっとさせられました。
近所の路地に出現した、赤い南天の眼など付けた数個の雪ダルマや雪ウサギです。
雪ダルマでしかこどもを確認できない。
裏返してみれば、これも寂しい限りですけど・・・・・。

そのダルマもウサギも、ヘタレて、崩れて、最後は一筋のミズ跡を残して消えてしまったのに、我が家の裏路地の一角では、いまだ白い塊、必死の頑張りを続けています。
地所が北北東を向いていて、この時期は太陽が一日中当らない。
冬特有の北風がT字路の縦棒となってまともにぶつかってくる。
字の横棒は吹き抜けて行く西風。
そんな位置関係が関係しているのでしょうか。

陽気地上に発し、雪溶け出す頃
明日は、その二十四節気のひとつ『雨水』(うすい)だそうです。
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by molamola-manbow | 2008-02-18 10:52 | カテゴリー外