Hey! Manbow

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2008年 11月 30日

  晩秋の積乱雲、そして虹、そして・・・・・

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房総半島の突端部、洲崎沖で湧き上がった季節外れの積乱雲は、小春日和を通り越す暖かな南風に乗って、ドンドンドンドン北に流れていた。
断続的に湧き上がっては上空で冷やされて黒雲に変わり、雨を降らせ虹を掛け、一息つくとまたひとつ盛り上がって雨を降らせて虹がくる。
そうやって雨と虹をワンセットに、積乱は鎖となってつながり、北方にかたまる大きな白い雲に飲み込まれて行く。

その晩秋の積乱雲が湧く近くで二十九日早朝、、親しい友が逝った。
クルージングヨット『Hinano』のオーナースキッパー・コウちゃん。
思い出の詰まった『Hinano』を眺めながらの死だった。
長く躁鬱病に悩まされ、「すまん、ゲームオーバーだ」とひとこと。
急報を受けて房総の先端部へと急ぐmanbow の頭は、『積乱雲、雨、虹』のセットだけを気にしていた。
「雲を読め」は、それはもう、ウンザリするほどのコーちゃんの口癖だった。
そのコーちゃんに「こんな虹の鎖は観た事あるめ~」と言い続けている。
そして「バカヤロウ」のつぶやきが出た。
穏やかな顔だったのが唯一の救い。

     ▼通 式 12月2日午後7時から 
     ▼告別式    3日午前10時半から、出棺12時
     ▼場 所 国分寺市西恋ヶ窪1-39-5 『東福寺』
                      (JR西国分寺駅下車徒歩5分) 
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by molamola-manbow | 2008-11-30 20:19 | ヨット | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 28日

吊るし過ぎた

d0007653_8591993.jpg食べ頃ベストの時期に差し上げたらしい。
同じ渋柿を同じ時期に干し柿にしたヨット仲間からのmail
「とってもおいしいと喜ばれました」と。
こちらは干し過ぎ。
吊るしてから四、五日でフニョフニョに変わり、渋は抜けた感触に変わったけれど、干しっ放しでこんにちまで。
随分カラッカラになっちゃって、試食してみると表面が硬い。
こんな干し柿もある。
硬くても旨いんだからと、配って歩く。
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by molamola-manbow | 2008-11-28 08:41 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 28日

  恍惚のブルース

d0007653_10525937.jpgハースキーな声がとっても魅力的だった青江三奈さんだってこんな顔では歌いませんでしたね~。
      あ~あ~ 今宵また~忍び寄る~恍惚~のブル~スよ~

国費留学を勝ち取り、上海で学んだ才女
何を学んで来たのか、上海蟹なんですね~。
で、絶品の上海蟹を頂くと、このような顔になるらしい。
manbow とて、おいしいことに変わりはないのだけど、面倒臭さの方が先に立って、とてもこの様な顔にはなりません。
味噌食って、脚の先も関節のところに鋏を入れて、チュチュッと機用にすすりだしちゃう。
その度に  恍惚~のブル~スよ~
どれほど大味でも、manbow はでっかいタラバの脚一本でいい。
関節折って、箸突っ込みさえすりゃあ、スーッと身が抜けて口の中に放り込めるんだもんね。
と思いつつ、ついつい見とれてしまいました。
上海蟹、酔っ払い蟹、蟹味噌チャーハン、蟹味噌の小包子・・・・・。
小雨の幡ヶ谷・『名菜館』で上海蟹を喰らい尽くす会、新メニューに判りやすい説明を加えるための試食会。
▼前菜の三種盛りからデザートまで十品が出て三千五百円、などという忘年会・新年会特別メニューも(飲み物別、三名以上)。京王新線・幡ヶ谷駅の改札を右に降りて、甲州街道を新宿方向に五分(03-6383-3053)。

                                                                                                                     
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      上海蟹             酔っ払い蟹           チャーハンの蟹味噌ソース
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    蟹味噌小籠包         白身魚のピリカラ炒め       百合根と貝柱の里芋バスケット
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     芹のおひたし          赤鯛の香味揚げ           烏賊の高菜和え
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by molamola-manbow | 2008-11-28 08:39 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(2)
2008年 11月 27日

林賢之輔さんを囲む

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「レースの時に顔を合わせるだけだって~のでは、少し寂し過ぎるんじゃあね~かい」
忘年会にしてしまうには少し時期が早いから、多分そんなこと。
昨夜は横浜駅東口前のスカイビル二十七階、『Cruise Cruise』まで飲みに出掛けた。
ヨット設計家・林賢之輔さんの造る艇と人柄を慕い、毎年五月に『Kennosuke Cup』を開いているオーナー衆の揃い踏み。
三十数艇、五十余人で林さんを囲んだ。
一九八七年のアメリカズカップに初挑戦した『ニッポン・チャレンジ』艇のチーフデザイナー、シングルハンドの無寄港世界一周を成し遂げた一九七四年の堀江謙一・『マーメイドⅢ世』艇の設計者、そして呑み助・・・・・。
立食ならもっと親しく様々な方と、と思いつつ楽しく飲んでまいりました。

横浜は最初の就職先、八ヶ月ほど住んだことがあるのに今浦島です。
東口の目の前のビルだとタカをくくって、表に出ずに地下から入ろうとしたのが悪かった。
すっかり変わり、広々とした地下のコンコースをうろつくこと十五分。
百貨店や高層ビルが建ち、昔はな~にもなくて倉庫街のような東口だったのに・・・・・。
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by molamola-manbow | 2008-11-27 09:12 | ヨット | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 26日

  海とコラボの天体ショウ

普段はさして関心など払わずに、真夏などは腕をかざしてウンザリした顔で仰ぎ見ちゃったりもする。
宇宙学的には折り返し点を回った時期にあるらしい。
ウンザリとした顔で仰ぎ見ても地球と彼女(彼かな?)は運命共同体だから、彼女が死ぬ時は地球も一緒に消滅する。
視線の先には、何ひとつ代償を求めずに毎分5.600兆カロリーの1兆倍というエネルギーを放出し続けて、命の折り返し点を回った太陽がある。
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不遜、かつガサツな人類の最大公約数的人間・manbowでさえ、この瞬間には多少なりとも気持ちが変わる。
明るくなる一方の日の出と違って、化け物、魔物の活動する世界へと変わる逢魔が時。
闇を怖がったいにしえ人の遺伝子は、まだまだ根強く息づいているようです。
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感嘆の声は次第に収まり、人は無言で眺める姿勢に変わる。
トワイライト・クルージング(二十三日)の圧巻は、厳粛な気持ちの底にある迫り来る闇への恐怖かも。
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by molamola-manbow | 2008-11-26 13:54 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 25日

  H i n a n o とKoKoLoの海上ミート

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JRの駅にして三つ東京寄り。
保田漁協自慢の『ばんやの湯』を目指すセーリング・クルーザー『Hinano』が富浦漁港のもやいを解いたのは、十一時に極めて近い時間だった。
舳先は目的地とはほとんど逆の対岸・城ヶ島に向け、北風をアビームに受ける快走
帆走しばし、城ヶ島東端の安房崎沖にポツーンと豆粒のような白帆が浮かんだ。
d0007653_69540.jpgすぐにもう一艇、更に・・・・・。
城ヶ島を回った都合四艇は、レースでもしているかのように揃って北への回頭である。
小さ過ぎて確認はできないけれど、ウチ一艇は油壺での船底掃除を終えて本拠地・木更津に帰る途中に「保田でミート」を約束した『KoKoLo』の筈、『Hinano』もすぐに北へとラットを回した。
勤労感謝の日を使った三連休初日の東京湾クルーズは、船良し、天気良し、久々のミート良し
唯一の計算違いは目的地から吹いてくる真登りの北風。
都合八度、舟をジグザグに進めるタックを繰り返し、真冬の海上で背筋にスーッと汗する四時間弱、機走の四艇とほぼ変わらぬ時間に保田漁港に雪崩れ込んだ。
ヨットの並列駐車、横抱きが起こるほど保田ポンツーンは大賑わい。
d0007653_627226.jpgKoKoLo』との「ヤアヤアヤア」の挨拶は、カワハギ五枚、小型のヒラメ一匹と一緒にやってきた。
皮を剥ぎ、五枚に下しても俎板から跳ね落ちるほどの生きの良いヤツが、ポンツーンにもやうと同時に甲板に放り込まれるのだから、保田での主役は『Hinano』ではなくて『KoKoLo』。
しょっちゅう本拠地・木更津から遠征してきていて、漁師さんとはじっこんの仲となり、『ばんやの湯』もオーナー・アキちゃんのひとことをきっかけに生まれたんですね~。
アキちゃんは気軽に包丁人も買って出て、ヒラメは五枚下しにして刺身、カワハギはぶつ切りの味噌汁に、肝は湯通し。
そうそう、福島は小名浜産のでっかい真蛸一匹をぶら下げてきた男も居て、二艇合計六人で喰らうには
                         充分の海鮮宴会
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by molamola-manbow | 2008-11-25 06:56 | ヨット | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 24日

富士に見入る

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横浜港に係留保存されている『氷川丸』が、餓死寸前に追い込まれていたマーシャル環礁・ミレ島から兵軍属五千人を浦賀に運んだのは、昭和二十年十月八日だったという。
富士を仰ぎ観て、美しさに感嘆の声を上げるのもよし。
でも、甲板に鈴なりとなって、流れるに任せた復員船上の涙、やせ細った人々が無言で流した涙の前には、もっともっと万感迫る姿があった筈だ。
manbowが小学校に上がるのは終戦の翌年、北九州の工業地帯を空襲したB29が、弾倉に引っ掛かっていた爆弾一個を町外れに落っことして行っただけの戦争経験だけど、海を隔てて富士を観ると物思う。
外地に取り残された日本人は六百三十万人にものぼった。
現在のニュージーランド国民のほぼ二倍という数字。
忘れてはならないことのひとつ。

二十二~二十三日、外房突端部からの三枚。                                           富浦沖       
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by molamola-manbow | 2008-11-24 20:27 | ヨット | Trackback | Comments(3)
2008年 11月 22日

快晴の終わり

東西南北雲ひとつない初冬の一日の終わり。
西空を染めて落ちて行く茜色にも暗さが加わり、時はいま逢魔が時・・・・・。
といっても、魑魅魍魎の大空からの進入はムリでしょう。
こんなに電線は必要なのでしょうか?
住まいからは折角の夕焼けもこんな光景にしか見えない。
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by molamola-manbow | 2008-11-22 20:16 | 地元・経堂 | Trackback | Comments(2)
2008年 11月 21日

豪徳寺の『Hey Manbow』

d0007653_810197.jpg小田急線・豪徳寺の駅前をダラダラと下って行く一方通行の道を、標識に従って歩いて行くと、左手にお気に入りのお蕎麦屋さん『あめこや』。
昨夜はもう少し先まで歩いて夕闇に薄ぼんやりと浮かぶ黄色い小さな看板を目指した。
縦長の看板に一番でっかい字で書かれているのは『定食屋』、次に大きいのは『旬菜魚』、屋号の『イナダ』は隅っこに見落とすほどの小さな文字。
そして『旬菜魚』の下にはマンボウのイラスト(→→)を入れてある。

「覗いてみたい飲み屋があるから、今度は豪徳寺で飲もう」と、先日成城の"ウナギの寝床"で飲んだ際に次の機会を約束したのは、このイラストに惹かれてのこと。
まさか一番でかい『定食屋』を見落としていたとは気付かなかった。
「お酒だけ?構いませんよ、ツマミにして飲んでください」と愛想の良いご主人。
お言葉に甘えて連れと三人、カウンターの隅っこに陣取って長っ尻。
この間に勤め帰りの若い独身(多分)男女、入れ替わり立ち代り入ってきて子持ちカレイの煮付け定食だとか、牡蠣フライ定食だとか、ビールの中ビン頼んで静かに飲んで帰って行く。
ご飯抜きのイロイロ頼んで「これ旨いぞ」な~んて皿を回し合って飲んでるのはオイラ達三人だけだけど、居心地はいたっていい。
一息ついた頃合を見計らい、カウンターの若者に質問すると、厨房に向かって「お父さん」と呼んでくれた。
「最初は出世魚のイナダのイラスト描いたんですけどね、どうもインパクトがない。で、マンボウに書き直した」
「オイラもマンボウ」な~んてこと言わなかったけど、少なくともマンボウに惹かれて入ったのだから、イラスト変更は成功ですね~。
『あめこや』についで、豪徳寺に二軒目の拠点ができました。
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by molamola-manbow | 2008-11-21 09:05 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 20日

オイラ達は経堂牧場と呼んでいた

環状七号線から西に折れて、赤堤通りが北沢川緑道と交差する『経堂赤堤団地』辺り。
マンションと駐車場に囲まれた一角に、家一軒が建ちそうなコの字型の緑のスペースを見つけた。
奥に石碑がひとつ、『牛魂碑』とある。
                                              記憶は牧場の文字でただちに甦った。
d0007653_17303637.jpg小学校の図画の時間、画板ぶらさげ牛を描きに連れてこられた。
随分下った青年期、住宅の波が押し寄せて牧場は縮小され、換わって端っこに肉専門のレストランがオープンした。
医者から「肉はまかりならん」とストップを掛けられたオヤジ、散歩と称してはウチを抜け出し、内緒でステーキ食っていた。
知らぬはお袋だけだったろう。

今は暗渠の北沢川へとダラダラ下る広い丘陵に、ホルスタインがのんびり寝そべる神宮球場(一万二千平方m)ほどの乳牛牧場でした。
川の対岸も広々としたザリガニワンサの葦原湿地、夏休みなど一日遊んでも飽きない自然の宝庫だったのに・・・・・。
丘は削られ、湿地に放り込まれ、マンションが建ち、住宅が建ち、スーパーが建ち、臭いとか汚いとか。
そうやって水が消え、自然がなくなり、子供の遊び場は失われ、何の石碑だか判らない人たちの町ひとつが生まれた。
「明治時代から続いた由緒ある牧場」とは物知りの話、昭和の六十年辺りまでは牛が草食んでいたとか。
日本に牛乳飲む習慣のない時代にできたとは、全国的にみてもハシリのような牧場だったと思うんだけど、二十三区に牧場はムリなんだろうな~。
『四谷軒』の名前は初めて知った。
オイラ達の中では『経堂牧場』
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by molamola-manbow | 2008-11-20 07:16 | 地元・経堂 | Trackback | Comments(0)