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2009年 08月 31日

HINANOの旅 嫁入りクルーズ⑦  『台風から逃げた』

神奈川の三崎を発って三日目(九日)、和歌山の田辺港・綱不知(つなしらず)浦までたどり付き、ホット一息のはずの『HINANOo』では、慌しい作業が続いていた。
ヤリ着けしていた船のヘッドを逆向きに停泊し直し、増しロープを取り、もう一度モヤイも結び直す。
台風養生に訪れた地元のヨットマンから、「直撃の恐れ」との情報が届き、大忙しのその手当て。
「情報量が少ない時」、あるいは「錯綜して判断のつきかねる時」は、その場で出来る最善を尽くしてじっと待つ。
d0007653_1018327.jpg船長の判断である。
夜になって「明朝五時出港」と判断は覆った。
高知の室戸岬辺りを向いてゆっくり北上していた中心が、偏西風に押されて急角度で東に向きを変え始めた。
こんな情報が船長の留守宅長崎から届き、九時のニュースと天気予報でもう一度確かめて貰った上で「明日早朝(十日午前五時)逃げ出そう」。
雨とカミナリ、「待て~」ってんで追い掛けてきましたけど、強風に翻弄されることなく、台風からはずぶ濡れの被害だけで逃げのびた。


HINANO』には港々の"陸ご飯"に精通している御仁の同行があった。
初日(七日)の行程三崎~下田を、三崎~稲取へと変更したのは「稲取には秀逸のキンメがある」。
下田での船泊まりで終わるハズの初日のレグは、これで変更になった。
風呂入って、キンメ食って、午後十一時に稲取港を離岸して、初日の内に第二レグの始まりはじまり。
d0007653_1702054.jpg爪木、石廊崎を真夜中に越え、一気に遠州灘、熊野灘を突っ走って和歌山・田辺港まで脚伸ばそうと距離は235海里と伸びた。
出だしナイトクルーズで始まるから、連続二日のオーバーナイトになる。
しかし、黒潮反転流を掴まえるコース取りの的確さと、『HINANO』の頑張りで船足は伸び、遠州灘の西端・大王崎(三重)の波切漁港に寄港できる余裕を生む。
ここでの狙いは貝づくし。
風呂にも入るから、十七時着、二十時離岸(八日)の貝づくし夕食は味をあまり覚えていない。

そんなこんなで、連夜のオーバーナイトから続くこの三日間、一番疲れるクルーズでした。
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by molamola-manbow | 2009-08-31 00:21 | ヨット
2009年 08月 30日

HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く⑥ 『海の色は移りにけりな』 

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                          黒潮分流に浮かぶ玄界灘は壱岐・五島の海
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         相模湾の伊豆半島東海岸                             遠州灘・大王崎は潮がぶつかる
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      紀伊水道を抜け、鳴門大橋を望む海                                  瀬戸の日の出
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          島々結ぶ瀬戸のフェリー                                  尾道の海は緑だった
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  限りなく美しく天の色を映し、潮は流れ、魚が躍る                      コチラ同じく潮止りの五島・若松の瀬
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    佐世保湾(左)から狭く、潮流激しい針尾の瀬を抜けると大村湾。オランダ村の廃墟は美しく、ハウステンボスは・・・・・
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                             周防灘は唯一荒れた。八時間も叩かれた
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by molamola-manbow | 2009-08-30 05:32 | ヨット
2009年 08月 29日

HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く⑤ 『波間を青い火が飛んだ』

d0007653_15104618.jpg午前零時の出航を一時間早め、『HINANO』は稲取港を七日午後十一時に離岸した。
佐和ちゃんと『Jacky』の助っ人冨岡さんが下船して、同じ『Jacky』から若い大和田さんが乗り込んで、船は総勢九人。
ワッチを四時間交代の▼一直=岡元、村松、宮沢、大和田▼ニ直=九里、峰島、伊藤、manbowで組んで、ナイト・クルーズへ。
00;30分爪木崎、01;55分石廊崎通過は白川夜船で過ぎて行き、波勝崎沖まで伊豆半島西岸を南進、駿河湾の西端・御前崎にコースを転進させるところ(03;15分)で揺り起こされた。
今度も反時計回りの黒潮反転流に『HINANO』を乗せるコース取り。
対地スピードはメーターより2~2.5ノット速い。
このノット強が反転流の力。
マグロ母船『TUNA PRINCESS』(7,000トン)の船長さんならではのコース指示、黒潮反転流が何処を強く流れているのか、事前の情報収集力はヨット乗りとは桁違い
Manbowのナイト・クルーズは一昨年の同じ頃、『HINANO』の舳先を真南に向けた八丈島以来になる。
名前度忘れの流星群がピークを迎えた時で、満天星の中、糸引いて落ちる星々は乗員四人の口から言葉を奪う魔力があった。
比べて今回、水蒸気を含んだ空気によって、星の輝きは今ひとつ。
その代わり、舳先が分かつ白波を、幻想の光が満たす夜光虫の青白い輝きに酔った。
眠りを妨げられたトビウオ一匹、青い火放って水面を飛び、青いしずくしたたり落としながら暗闇へ・・・・・。
チクショウ
「ウワ~ッ!!」と感嘆の声揚げてユビを指し、飛びっ切りのシーンを眺められたのは"ワッチニ直"の中の『あうん』のスキッパー九里(くのり)のやっちゃんだけ。
『神は不公平』だとは聴いていたけど・・・・・。
目指すは紀伊水道の入口、和歌山の田辺港。
                           岡元船長、俊ちゃんと呼び分けたけど、どちらも『俊ちゃん』のワッチ・コンビ
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by molamola-manbow | 2009-08-29 05:28 | ヨット
2009年 08月 28日

  HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く④ 『二度目のエイヤッ』

Hinano』の出航前日(六日)、三崎港『うらり』に見送りにきた女性がいる。
夜の出陣祝いに参加して「いいな~、いいな~」を連発するので皆さん異口同音に「このまま乗っちゃえ
「ウ~ン」と腕組みしばし、「誰か着るモノ貸して~」
ラットを握ってる佐和ちゃん、翌朝七時からの第一レグ、伊豆半島東岸・稲取までの相模湾横断七時間弱(午後一時四十分稲取入港)を楽しんだ。
直接稲取を狙わずに、伊東の南・川奈崎を目指して、沖の大手石、小手石島が見える辺りで南への転進。
相模湾に入って来る反時計回りの黒潮反転流に乗っかるコース取りです。
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佐和嬢については一度書いたことがある。
ヨットでもやろうかいな~と思って、「クルー募集」の船を訪ねたら、そいつがハワイ経由バンクーバー行き。
「えいやッ」と乗っちゃって、そのまま太平洋を横断しちゃったのがヨット事始めだという女傑である。
何処か"事始め"と似てるな~と思いつつ、ポロシャツ渡して「これ着てな」
稲取に寄港して、葉山の帆走クルーザー『Jacky』の村松哲太郎グルメ・スキッパーご推薦の糀屋旅館で風呂頂いて、一押しのキンメの煮付けで夕食食って、同日(七日)午後十一時に再び「元気でね~」と彼女の声援受けて、真夜中の爪木、石廊崎越え。
本当は全行程を乗りたかった筈なんだけど、漁業資源調査船で北太平洋ウロウロの仕事が迫っているらしい。
そう、乗船は昨日写真載せた『閑洋丸』だったかもの~女性です。
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by molamola-manbow | 2009-08-28 03:27 | ヨット
2009年 08月 27日

HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く③ 『 舟・フネ・船』

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HINANO』は回航初日、相模湾を同じ方向に向かう数多くのヨットと出合った。
下田沖から石廊崎を回る『静岡県知事杯』(九日)と、『駿河湾横断レース』(十四日)。
二つのどちらかに、あるいは双方に参加する湘南根城の艇達です。
小網代のシーボニアからは、三本マストの遊覧スクーナー『シナーラ』の特別参加もあったらしい。
出会えていたらな~。
d0007653_1054054.jpg瀬戸内の漁船はすべてこのスタイル。
大きいのも小さいのも、天幕張って、日陰作って
瀬戸は~ 日暮れて~ 夕波小波・・・・・
穏やかな海だからこその屋形船スタイルなのでしょう。
貴方の島にお嫁に行ったおかみさん従えて、主に夫婦船頭で一本釣りとか、蛸壺投げ込んで・・・・・。
それはそれは長閑(のどか)な風景が広がる。
かつての漁村の原風景そこここの海


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長閑な瀬戸内の海には、 かつての軍港・呉があり、江田島がある。
で、日章旗ひるがえした、こんな黒い物体にも出くわします。
艦後方、スクリュウの近くには、V 字形をしたでっかいスタビライザー状のモノが突き出していて、『Hinano』の舳先でグル~ンと方向転換しましたから、真近で全貌眺めることができました。
これがクジラだったらな~
小型のクジラ、スナメリあたりは瀬戸内でも見掛けることがあるんだそうです。

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尾道で見た二隻(⇦ ⇨)は水産庁の海洋資源調査船。
左の『日新丸』は、世界中探しても、もう、たったこれだけしか存在しないという貴重な船。
南氷洋を活躍の場にしていた捕鯨の母船です。
赤錆びてしまっている船体が物悲しい。
再び華々しく活躍する機会は出てくるのでしょうか・・・・・。

右はマグロ資源の調査などで活躍している『関洋丸』
Hinano』の仲間に五ヶ月掛けて紅海の入口ドーハまで往復してきた女傑がいます。
ひょっとすると、乗船はこの船だったかも知れません。

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飛鳥のようですが自信はありません。
関門海峡に南から入って、『Hinano』とは対岸の門司港に入りました。
早鞆の瀬に架かる関門大橋を潜るところ、コンテナ船の位置に飛鳥を据えてパチリとしたかったけど、思うようには行きません。
土砂降りの雨突いた下関入港も、すぐに上って夜は海上花火大会。
飛鳥の寄港は、コイツが目当てだったようです。  
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by molamola-manbow | 2009-08-27 00:30 | ヨット
2009年 08月 26日

HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く② 『手製の日除け』

               遠州灘を行くHINANO(八日午後)、ラットは宮沢俊
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「もう少しデカクすべきだった」と、船長こと岡元スキッパーは悔やみましたけど、コノ黒い日除けには助けられました。
お百姓さんの使うビニロン製の遮蔽膜と棒っ切れ三本をホームセンターで買い求め、船長が手製してきた日除けです。
後方に架かる菱型の白いヤツは『HINANO』が元から持っていた日除け。
これはラット握る操縦者にしか恩恵が及ばない。
d0007653_10214277.jpgmanbowは「コイツも下されてしまっていたら」と考えて、スタンにひるがえる『琉球独立旗』の鳩目を増やして持ち込んだ。
な~にもなかったら日除けはコイツ、と思って。
快晴の日よりも曇天の多い回航でしたけど、何たって真夏の十二日間です。
遮蔽幕製日除けには大助かり

一昨年八月の八丈島クルーズでは、久我耕一がキャビンに潜ってゴソゴソやって、こんなの(↓↓)作って広げました。
船長と前スキッパー耕ちゃんを「よく似てるな~」と感じるのはこんなところ。
ふたりとも、有り合せで何でも作っちゃう。
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by molamola-manbow | 2009-08-26 09:23 | ヨット
2009年 08月 25日

HINANOの旅 嫁入りクルーズはまだ続く① 『船長VSボースン』

横須賀・平成港のステップマリンに上架されていた『HINANO』が海に浮かんだのは今月六日、長崎回航の前日でしたから、およそ二ヶ月半も陸で無聊(ぶりょう)をかこっていました。
d0007653_20511857.jpg船腹を撫でているように見える白シャツに白帽姿(→→)の男性、新しいオーナー岡元俊一さんです。
マグロ母船『TUNA PRINCESS』(7,000トン)の船長としてスペインから帰国したのが先月の終わり。
売買契約のほとんどを友人に代行させていましたから、新オーナーと『Hinano』の出会い、出発前日のこの日が「初タイメ~ン」だったと言えるのです。
海に下された『HINANO』は、上架しっ放しだった船体のテストを兼ねて、三浦半島の先端三崎へと運ばれて翌早朝の出発に備えることになります。
横須賀・平成港から三崎港へ。
この間の短い機帆走を、野次馬・manbowは極めて興味深く眺めることになりました。
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長崎回航の出発点へ、『Hinano』は生え抜きのボースン・峰島新太(赤帽)の手で舳先を向けました。
ラットの脇には新オーナー(白帽)が立ちます。
「ミネさんよ、この船のオーナーは代わったんだぜ」と言いたくなるほど、長い間二人の体勢は変わりません。
とうとう新オーナーは痺れを切らします。
「ラット、替わろう」
でも、ボースンの言葉は予想に反して「もう少し握らせて欲しい」。

日本のアメリカズ・カップ挑戦艇Nippon Challengeのチーフデザイナー林賢之輔先生設計による 『HINANO』は、新オーナーにとって「是非乗ってみたい」ヨットでした。
憧れのヨットじゃなくたって、自転車であれ、釣竿であれ、スキーの板であれ、持ち主は一番最初に確かめたい、試したい気持ちを起こします。
まして、長崎まで回航する総責任者は新オーナーですから、「いつまでラット握ってんだ、寄越せ!」と命じることだって出来る立場でした。

「アッ、失礼しました」とは違った言葉がボースンから返ってきた一瞬は、二人が互いを認め合う最初の一歩だったでしょう。
エンジンの音を聞き、振動を感じ、冷却水の出の良し悪しを見極め・・・・・。
全て異常なしと確かめてから、ボースンは『HINANO』を新オーナーに引継ぎたかったんです。

オーナーもこのことが理解できたようで、「ではお願いします」とラットを渡されるまで『HINANO』はボースンの手に任された。
変わって三崎港、ラットを交代した新オーナーは見事なラット捌き、大層嬉しそうに自らの手で接舷です。
「ウ~ン、いい船だ~」

以後の二人、日を追う毎に理解を深め、気心の通い合った長年の友人同士の雰囲気を漂わせる仲になって行きます。
玄界灘に入った最初の日(十四日)、コンパスに注入されているアルコールが細かく振動して波打つのを見て、「これ」とユビ指した新オーナーに、ボースンは「いかん」とひとこと。
すぐに二人してコンパニオンウェイを降りてエンジンカバーを開けた途端に「プス~ン」
そんなアクシデントもあって、互いが力量を認め、理解を深めてゴールです。
きっと近い将来、九州のレースに二人で参加する日も出来(しゅったい)するでしょう。
                             第一レグは総勢十人で三崎から伊豆半島東岸の稲取へ(七日↓↓) 
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by molamola-manbow | 2009-08-25 08:30 | ヨット
2009年 08月 24日

  新宿魚連の下田・田牛例会

d0007653_1758818.jpg写真に写る沖の島は左・神子元島、右・横根。
他にも石取根、トヨ根、平根、石廊崎寄りにはカツオ、大根・・・・・。
伊豆半島・下田の沖は、激しい潮流と隠れ根や沈船が数多く関東屈指の船の難所の反面、磯釣り師垂涎の釣り場でもある。
そんな沖根を遠望する小さな漁村・田牛(とうじ)に通って四半世紀を越える時間が過ぎている。
一緒に海を楽しんだボウズやガキgallたち、今じゃ立派な社会人になって、煩い高齢熟年のオイラたちと遊ぶことを敬遠するようになった。
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泳ぎ教え、魚と遊ぶことを教え、銛で突いた獲り立ての魚を浜で喰らう美味しさ、ちゃ~んと教えた筈なのに・・・・・。
で、丸々一軒、民宿を借り切って、二間続きの八畳間を宴会場に、残る全部屋、合わせると五十畳がゼ~ンブ雑魚寝で埋まった全盛期はいまはむかし。
気が付くと六十五歳に極めて近い平均年齢のオバンとオジンが合計十一人、賑やかな昔を偲んでオダ揚げる毎日(二十一日~二十四日)になりました。
「蓋が三センチ以上のサザエなら獲っていいよ~。ワタシの漁業権返さずにいるのはそのためだからね~」
八十三歳の民宿のオバチャンは、下田一と謳われた海女の名手
サザエ拾いなんて、子供達には夏一番の楽しみになるはずなのにな~と、残念無念!!
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by molamola-manbow | 2009-08-24 18:23 | 潜り・磯釣り・海
2009年 08月 21日

HINANOの旅 嫁入りクルーズを終えて ③『本マグロだぜい!』

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帰宅してバッグを開けると、袖を通さないまま持ち帰ったTシャツ数枚と長ズボン一枚が出てきた。
「チクショウ!」と、更なる後悔がつのります。
壱岐・五島の島々でお目に掛った釣人に、「島に来るのに何故竿を持ってこない」と異口同音で蔑すまれた。
「このスペースがあれば、釣り道具入れられたんだよな~」。
大きなダンボールヒト箱ぐらいは積んでいた釣りの道具、『HINANO 』はゼ~ンブ下して岡元船長に引き渡された。
d0007653_815418.jpgこのために出航に当って用意されたのは18号ほどの糸と引き釣り用のフックと蛸の格好したバケ数個に木製の糸巻きだけ。
でも、これだけの道具で、獲物は掛りましたね~。
縒り戻しだけはキーホルダーぶっ壊して付いてた"もどき"で代用しましたけど、玄界灘水域に入った途端、昇降板なしの流しで、面白いように掛って呉れました。
ハイライトは十六日、五島列島最北端の島・宇久を出航し、住民が鹿に追い出された無人島・野崎を回って中通島と若松島を分けるヨットマン憧れの海峡、若松の瀬戸に北側から入り込もうとした祝島沖でのことでした。
メジです
マグロの王様、丸々と太った体長50センチほどの本マグロの王子様を掛けたんです。

d0007653_947433.jpg疑似餌流していても昇降板が無いからサカナへのアピール度が低い。
そこで、何時もよりは短めに糸を出し、スターン(船尾)の最上段から糸を張るようにして疑似餌が時折り水面を跳ねるようにしたら、シイラ、イナダが食うようになって、十七日のハイライトに繋がりました。
シイラもメジも、それぞれおいしく頂きましたけど、漁師風にザックリ切って、山葵醤油で喰らった釣り立ての本マグロの味、忘れられないモノになってます。

瀬戸内の海、ことしは蛸がタイル並べたようにギッシリ湧いているんだと聞いてました。
一個だけでいいから、タコテンヤ持ってくればよかったな~と。
スレッカラシの多い相模湾以降、前半は一匹も釣れませんでしたけど、後半は毎日食卓にはシイラの漬けが上がってました。
数は・・・・・、メジ1、イナダ1、頭落として皮剥こうとしていたらスルリと逃げた一匹を含めシイラ無数。
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by molamola-manbow | 2009-08-21 08:27 | ヨット
2009年 08月 20日

  HINANOの旅 嫁入りクルーズを終えて ②『赤い糸』

西伊豆・安良里のヨット『あうん』(Hayashi35ft)のオーナーやっちゃんがコメントを入れて呉れてます(十八日の項)。
「こんな嫁入りはニ度と体験できないと思う」と。

写真右手、ラット(舵)の後に立っている九里(くのり)保彦さんのメッセージである。
この言葉には少し説明が要る。
スタボー・サイドに腰掛けてラットを握る神奈川は葉山のヨット『Jacky』(Hayashi39ft Custom)のスキッパー村松哲太郎 さんと、その後方に立つ新オーナー岡元俊一さんと、『HInano』(Hayashi42ft Custom)とを結ぶ不思議な糸のことだ。
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                        小豆島を経て因島へ、瀬戸内の島々を縫う(十一日)
ニュージーランド・マオリが『白く長い雲の流れる地』と名付けたAotearoaのリガード造船所(オークランド)で『HINANO』は一九九六年三月に産声をあげた。
誕生三年後にはグアム・レースにエントリーして、『あうん』のやっちゃんはクルーとして乗り込み、同じく助っ人役を買って出た『HINANO』の生みの親・林賢之輔先生の薫陶を受けてヨットに取り付かれて行く。
それが乗艇『あうん』、林先生の作である。

この当時、遠く離れた長崎・大村湾には、船長・岡元さんと村松さんが居た。
ヨットレースの国際審判資格を持つ村松さん、赴任先で行われている出鱈目レースを見かねて口を挟んだのが切っ掛けで、深く結びつく仲になります。
やっちゃんとHinano対岡元船長と村松さん間の接点は、この時点ではまだゼロに等しい。

太いパイプが繋がるのは今年の五月二十九日。
三ヶ月を掛けたシングルハンドの九州一周に出たやっちゃん、予定外の挙に出て大村湾に『あうん』を乗り入れた。
コイツを目敏く見付けた岡元船長、「きっと林艇に違いない」と、遠くに浮かぶシルエットを見て、桟橋に出迎えることになる。
ここでの立ち話の中で『HINANO』が嫁入り先を探している事を初めて知ります。
でも、急遽スペインへと飛ばねばならない指令がでて、岡元船長は詳しい話を聞けぬまま機上の人へ。


実物を一度も見ないで心動かされた岡元船長、以後の交渉を親友・村松さんに任せて大西洋からパナマ運河に入り、韓国・釜山を経て帰国する本船の航行業務に入ります。
帰国するのは先月の下旬。

「桟橋で立ち話をした程度でしたけど、久里さんが乗り心地の良さを称えてました。村松さんも"買え"のひとこと」
で、「買っちゃって呉れ~」と村松さんに打電することになる。
HINANO』のことはヨット専門誌『舵』で紹介されたので進水当時から知っていて「いい船だな~、こんな舟を持ちたいものだ」と考えていたと言うから、隠れ林ファン、ここにも居たことになりますね~。

絶海の孤島、北緯294735秒、東経1402007秒の南海上に浮かぶ『孀婦岩』(そうふいわ)まで、三人のアルピニストを運んだニ〇〇三年春の『Hinano』の冒険行のことも知っていて、回航が終わって岡元邸に招待された時には、応接間のテーブルの上に『舵』誌の掲載号が乗っかっていましたもの・・・・・。

42ft艇といえば、日本ではデカイ部類に入るヨットです。
d0007653_119029.jpgそいつを一見もしないで、買っちまうとは、大層な太っ腹だし、信用仕切って交渉を任せた親友の存在にも、舌巻く思いになります。
「怖い怖い大蔵大臣がそんなに惚れた船なら買っちゃいなさい。この一言がなければ買えませんよ!」

トンボ帰りの様な強行軍にもかかわらず西国回航に付き合った久里さんと交渉を買って出た村松さん。
二人は安心仕切って尾道で下船して行きました。
赤い糸で結ばれた可愛い娘『HINANO』と、岡元船長と、久里さんと、村松さん。
船の上ではかつての『HINANO』のボースン峰島を交え、それはもう和気藹々の丁々発止が続いてました。                 
ドラマチックな嫁入りです
末永く可愛がって貰える嫁入りです                          

                                                                         鳴門橋の橋桁・大毛島の海の駅(十日)
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by molamola-manbow | 2009-08-20 11:08 | ヨット