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2010年 04月 30日

オマエじゃない!

d0007653_895732.jpg「オオッ」と声だして近づいた。
見誤りました。
某新興宗教の門前でひるがえっていたのは、単なる吹流しです。
奥からはドンドンドンと、太鼓の音も聞こえている。
若葉が一斉に吹き出し、薫風薫る気持ちのいい季節がやってきたのに、悠然と泳ぐ青空バックのこいのぼりに、まで出合って居ない。
原因は住宅形態の様変わりですね~。
集合住宅のベランダから垂らしたら下に住む人に迷惑かかるし、割り箸にくっ付けられそうな小さなヤツではサマにならないし・・・・・。
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by molamola-manbow | 2010-04-30 08:48 | 地元・経堂
2010年 04月 29日

リベンジの島

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伊豆七島を北から順に数えると、大島、利島、新島、式根、神津、三宅、御蔵、八丈と、有人島が八つ並ぶ。
「七つじゃなくて八つあるじゃん」の問い、度々受けるらしく、東海汽船の皆さんはスラスラッと説明してくれる。
「昔々はひとつだった新島と式根島が地震による陥没で二つに分かれたためです。行政区分では、いまでも"東京都新島村式根"となっています。式根島は新島の属島なのです」

地続きだったとされる新島と式根島、地質学的には陥没で分かれたことなど一度も無くて、有史以前から別々の島だったってことは証明されている。
では何故・・・・・?
『伊豆八島』であったって末広がり、ラッキーセブンに劣らず縁起はいいし・・・・・。

式根島丸ごと一島を、「買いたい」と明治政府に申し出た人がいました。
ドサクサまぎれに大もうけした某財閥の前身だったのかもしれません。
明治政府もアメリカにアラスカを売っちゃったロシアと余り考えは変わらなかった。
いまでも新島から海底伝って水を引いている島です。
これが致命傷の無人島だったから、「売っちゃえ、売っちゃえ」に傾いた。

何度となく入植を試みながら、飲み水に窮して退却を余儀なくされ続けていた島ですが、新島の漁師さんたちは猛反対のムシロ旗を振った。
島周辺の海を魚の『養殖場』として大切に扱い、入れる漁場を季節ごとに決めたりして守っていたから「余所者に荒らされてはたまらね~」。
そんな歴史から知恵を絞ってでっちあげたのが、『昔は地続きの属島説』です。
「あそこにはご先祖さんも眠ってる。お盆にはジッちゃん、バッちゃん、苦労して船で渡って供養してるんだ」と、嘆願し続けることになるのです。
先祖代々には、まだ弱い時代です。
「そうか~、お墓のある属島だったのか~」と、島の売却話は沙汰止みとなった。
「ひとつの島で御座いましたので、伊豆八島とは言わずに伊豆七島と申すのであって、私たち新島村の持ち物なので御座ります」が、効いたのでしょうね~。

「売られなくてよかった~、頭のいい漁師さんに感謝だ~」の伊豆七島の属島に、昨夜は釣具一式を送り出した。
島の目の前まで行きながら、接岸出来ずに引き返した正月元旦の初釣行のリベンジです。
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by molamola-manbow | 2010-04-29 09:46 | 潜り・磯釣り・海
2010年 04月 28日

  インドネシアの古代カヌー

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d0007653_7592766.jpg復元古代カヌーでインドネシアのジャワ島から、上海万博経由日本まで。
古代民族の拡散ルートを往く"海の道"クルーズがこの夏に計画されていて、女性限定で日本人クルーを探しているお話、以前にほんの数行載せた
その復元カヌーの完成予定日、来月十日だといいますから、お尻に火が付いている時期ですが、ジャワの船大工さんは実にノ~ンビリと仕事をしているようです。
女性クルーを募集中なのが「間に合うのかな~」と、少し心配なこのカヌー、北京では中日両国で同時建造された遣唐使船と合同で、セレモニーを行うことにもなっている。
十三~十五世紀にジャワで栄え、マラッカ海峡、スンダ海峡をも支配した『マジャパヒト王国』の交易カヌーを復元した船だといいます。
完成図をみると、船体の両舷に竹竿の束で作ったアウトリガーを突き出した全長二十メートル、幅四メートルのダブル・アウトリガー。
大きさは一昨年、ハワイから帆走してきたダブルカヌー『Hokule'a』に匹敵する。

全長八メートルのシングルカヌーを駆り、六名の勇士がミクロネシア連邦・サタワル島から沖縄に乗り込んできたのは、一九七五年の沖縄万博の時でした。
世界を仰天させた四十七日間、三千キロのクルーズです。
「オマエさんの知り合いに誰かいないかい?」と、声を掛けられても積極的になれなかったのは、沖縄万博に乗り込んできたこのカヌー、『チェチェメニ号』(↓↓)の小さな姿が頭をよぎったから。

比べるとちょっと安心の大きさですが、二本マストの帆の形では風上には進めそうもないし、極めて扱いにくそうな形のカヌーです。
インドネシアと日本マジャパヒト協会のプロジェクト。
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by molamola-manbow | 2010-04-28 06:46 | ヨット
2010年 04月 25日

  昭和の釣り 戦前の釣り

「新聞が人気をあふり、ラヂオ迄がヂっとしてをれぬ程の人気を集める鮎の解禁とはどんなものか、解禁日の賑はひを眼のあたりに見た人は・・・・・」。
昭和十三(一九三八)年六月一日の鮎解禁日の写真(↓↓)に添えられた文章だ。
レンズは上流を向いているのか、逆方向なのかは定かじゃないが、小田急線鉄橋下の賑わいだそうです。
友釣りはまだポピュラーじゃなくて、ドブ釣り主流の鮎釣り。
昭和十四年に三省堂から出版された写真解説による我が国初の釣り本・『日本の釣』。
前年にロングセラーを記録することになる『釣り百科』を出した松崎明治の著書で、戦前・昭和の釣りはこの二冊で網羅される仕組みの本だ。
著者は朝日新聞で釣り欄を担当した人です。

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東京湾から昭和三十年代に姿を消したアオギスの下駄釣りと脚立釣り(↓↓)。
水の抵抗と泥砂の粘着力で、「習練なくして、こんなに颯爽とは歩けるものじゃないよ」とある。
下駄の高さは五十センチほどもあった。

右は下駄釣りから」発展した脚立釣り。
歩かずとも船が渡してくれ、お弁当も届けた。
アオギスは船影恐れて、コレじゃないと数釣りは出来なかった、といいます。

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砂浜に突き刺した釣竿の他にもう一本、夏のキス釣には棒っ切れが必要だった。
ドーナツ型のオモリをスルスルっと棒っ切れに通して、棒を振り抜く勢い使って遠くのキスの所まで仕掛けを届けた。
d0007653_811287.jpg当たりがあったら、糸を巻き取るのではなくて、釣竿担いで砂浜を駆け上がっていた。
『車』と呼んだ巻き取り専用の太鼓リールも考案されていたが、高価だったこともあってまだ高嶺の花。
スピニングリール登場前は、こんな方法でキスやイシモチを狙っていました。
「投げ釣の珍技法」とあるから、千葉・九十九里で始まった地域限定の釣りだったようだ。
五十メートル近くまで飛ばしていたらしい。
資料的価値満載の本、写真も著者自らの手になる。

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by molamola-manbow | 2010-04-25 08:19 | 潜り・磯釣り・海
2010年 04月 24日

すがた消す歌舞伎座に思う

サヨナラの迫った歌舞伎座の反対側を勝鬨橋に歩みながら、「街に溶け込めね~建物だ」と、昨日も違和感感じて通り過ぎた。
歩道からいきなりの、とってつけた重厚さと、ゴテゴテし過ぎを狭苦しく感じて、周辺を圧している建物なのに逆に「息も出来ずに縮込まってやがる」と思ってしまう。
熱烈な和製アールデコ・ファンには失礼だけど、どう考えても装飾過多の醜い建物だと・・・・・。

d0007653_5584726.jpg焼け野原の戦後、町名まで変更して「おいで、オイデ」してる新宿を袖に、なぜ窮屈な東銀座にしがみついたのでしょう?
新宿に移転してたら、歌舞伎町もいまのような有様にはならなかったろうし、ゆったりとした前庭を持つ歌舞伎座に生まれ変わっていたかもしれないと思うのです。
戦後六十余年、前庭の木々は緑を大きくして、"とってつけた重厚さ"を感じずに済んだはずだと、コレ、勝手な想像ですが・・・・・。

新しい歌舞伎座、街並みにマッチした建物になるのでしょうか。
新橋演舞場は建て替えて落ち着いたビルに変わった。
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by molamola-manbow | 2010-04-24 10:32 | カテゴリー外
2010年 04月 23日

初めての街・祖師谷

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いままでただの一度も降りたことのない小田急線・祖師谷大蔵駅の改札口で待ち合わせて、ショボ降る雨の相合傘は三十秒ほどで途切れた。
賑やかな商店街からス~ツと一歩路地を入って、「ここよ」と案内されたのはサカナ専用の居酒屋さん。
周辺真っ暗闇の中の一軒です。
デ~ンと一本、白木のカウンターが奥に向かって走っていて、自信がないとこんな店構えにはできません。
客席より広い厨房丸見えのお店、女性の従業員は置いていなくて、無口な板さん五人で切り盛りしてます。d0007653_6433066.jpgd0007653_6434756.jpg
入ってすぐ、「寿司屋の作りだな~」と思ったのも当らずとも遠からず。
連れてきてくれたヒト、最初に注文してパクついたのはお寿司でした。
水曜日定休のお店『魚店きなり』(いをだなきなり)。
唯一の欠点は、店の前の道路との落差、およそ五センチでしょうか。
いい気持ちになって、少しふら付いて、周辺暗闇なので、カラ足踏んじゃいましたもの。
定休日挟んで昨夜もお邪魔
昨夜はカウンターに置き忘れたカードカメラ受け取るついでの一杯でした。 
口開けだからガラ~ンとしてますけど、すぐに埋まります。
予約(03-3484-0095)の必要なお店です。
manbowの住まう駅ふたつ違いの経堂には、いい魚屋(魚真)はあっても、いい飲み屋がない。
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by molamola-manbow | 2010-04-23 08:07 | 酒・宴会・料理
2010年 04月 22日

間が悪い

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相模湾に突き出した神奈川県の西端、真鶴半島に向かう途中だ。
海を眺めてお茶飲んだドライブインの一角で、朽ちるにまかせる廃車(フェアレディZ)を見つけた。
特徴的なフロントノーズだから、何であるかは遠くからでもよく判る。
友人の一人にサラリー貰うようになってすぐ、免許も取り立てのクセにコイツ買ったのが居た。
「オマエなあ、ニッポンの道路にスポーツカーは要らね~んだよ。だいいち、オレが彼女連れてきたらどうする?、一緒にドライブには行けね~よ。オマエは留守番するしかなくなるよ」な~んて。
仲間内でのイの一番の車オーナーに、ケチを付けたのは、きっとやっかみだったのでしょう。

d0007653_7385937.jpg懐かしく思い出して、すぐに電信柱こすったことなど連れに教えて、「色も同じだ。アイツ、こんなところに捨てやがったんだ~」と悪口の蒸し返し。

アハハ、天罰覿面でした。
目指した先に到着すると、『第三水曜日閉館』の張り札です。
真鶴半島の突端へは四半世紀ほども通っていながら、何時も釣り師同行なので立ち寄ったことのなかった『中川一政美術館』。
ここを目的にきたのに・・・・・。
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by molamola-manbow | 2010-04-22 05:38 | カテゴリー外
2010年 04月 21日

おニュー

「ご希望の機種はございますか?」
「できるだけ操作が簡単で、送受話とmailが出来て、カメラ機能と防水であればいい」
な~んて会話して、「いまお使いの機種の発展型はいかがでしょう?」
「オウ、それなら操作方法は似通っているに違いない」と思ってソイツに決めた。
d0007653_816022.jpg何処に置いたかのか、しょっちゅう探し回っているから左端の赤いヤツ、目立つ色を選ぶことに。

同じ機種でも、操作法は難度を高めております。
厚さ、ゆうに一センチはある操作マニュアルと、きょう一日は首っ引きだ。
なんでこんなに沢山の機能をつけたがるのでしょう?
made in Japanの携帯電話、取り扱いが複雑過ぎて敬遠され、世界シェアから眺めると、どれもこれも微々たるランクであるらしい。
持ち主が要らない機能を次々に外して行けるモノを作ればいいのに・・・・・。
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by molamola-manbow | 2010-04-21 09:06 | カテゴリー外
2010年 04月 20日

ダブルハンドの邪魔者に

飛沫からコックピットをガードするキャノピーの形態が特徴的です。
アメリカ大陸発見(一四九二年)のコロンブスに先立つことおよそ五百年、十一世紀の頭にはカナダに達していたヴァイキングのセガレたち御愛用のヨット、『Hallbery Rassy』のスターン(左)とバウ(右)です。
d0007653_12113044.jpgd0007653_12115858.jpg
「アキはどうした?、アイツにも声掛けろ」
KENNOSUKE CUP(来月十五日、城ヶ島沖)の大元締め、林賢之輔先生から声が掛かって、丁度一杯呑む約束のあったmanbowがそのむねを伝えたところ、「もう実行委員に参加を申し込んだよ」と、答えが返ってきた。
バウ・サイドのヨット『KoKoLo』のオーナー、アキちゃんのことです。
MR.YOKOのニックネームをもつ奥さんとの「ダブルハンドで参加」を申し込んだそうですが、使者にたった?オイラに「おまえさんも一緒に乗れ」と。
そんな展開から、『KoKoRo』に乗って、レースでは二人の仲を邪魔することになりました。

d0007653_8552116.jpg賢之輔先生から『アイツ』とか、『アキ』とか呼び捨てに・・・・・。
これには理由があります。
Hinano』に乗って太平洋を二千四百キロ、一緒に九十九年のグアムレースに参加した仲なのです。
もうひとり、『Hinano』には西伊豆・安良里のヨット『あうん』のスキッパーやっちゃんも乗っていた・・・・・。

つまり、『Hinano』のスキッパー故・久我耕一は、林先生ら三人のオーソリテーを擁してレースに参加した訳ですが、グアムを目の前にしてエンジンを掛けちゃいました。
頼りとする肝心の帆が、シバー(shiber)さえもしてくれない無風の海
各艇ともに四苦八苦のレースにあって、中でもサラリーマン・クルー大勢の『Hinano』は休暇切れが相次ぎ、やむ終えずのDNFDid Not Finish)通告だったのです。
「リタイア宣告のとたんだ~、風が吹き始めたのは」と、何年も久我耕一が悔やんだレースです。
年休の残りを持っていたとしても、休暇の延長には昔も今も、冷たい社会ですからね~。
この年のグアムレースは、三日とか四日とか、全艇が大きく予定をオーバーするゴールでした。
賢之輔先生もアキちゃんも、そして『あうん』のやっちゃんも、その『Hinano Crew』の仲なのです。

初夏の風かおる相模湾レースへ、北海の寒風ものかわのヨットの初挑戦です。
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by molamola-manbow | 2010-04-20 09:49 | ヨット
2010年 04月 19日

駅前ティッシュ

連れ合いから厳命がくだった。
「断わったりしないで、必ず貰うようにしてくださいね」。
「ウム~、しばらくおとなしくしておったのに、またよからぬことを企ておるに違いない」
d0007653_6281324.jpgと思いつつ、厳命守った"駅前ティッシュ"を手渡すと案の定だ。
「ゴールデンウイークにちょっくら行ってくるワ」と、久しぶりの中国旅行を打ち明けられた。
重慶の奥、四川の成都辺りまで入るらしい。
 
「あんなところにカネは落とさん」と決めているから、返還後は『香港セブン』の観戦さえピタリと止めているmanbowと違って、連れ合いは大の中国好き。
"駅前ティッシュ"は、その中国旅行とイコール関係にある『欠く事あたわず』の必需品らしい。

中国嫌っても、台湾は別だし、中国人が嫌いな訳ではありません。
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by molamola-manbow | 2010-04-19 07:18 | カテゴリー外