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2010年 09月 30日

白いギョサン

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白い方はことしの夏に頂いた。
ピンクのヤツも同じヒトからの贈り物、色を除けばサイズも作りも同じメーカーのギョサン、漁業関係に従事する人たちのサンダルである。
古タイヤの再利用から始まったとされてるビーチサンダル、名前に反して濡れた場所ではツルツル滑っていけないのに、コイツは滑らない。
魚の脂でギトギトした漁協の仕分け場などで、漁師さんが愛用してるのもうなずける優れものなのです。
一般にも去年あたりからジワジワ浸透しつつあるんですよね~。

「滑らないから」って~んで、調理場で中華料理のシェフ殿などが履いてる真っ白な半長靴を買ってきたヨットのスキッパーがいた。
長く磯釣りなどしてたので、落水するとチットやソットじゃあ脱げなくなる長靴の欠点を知っている。
水圧に押されてペタ~ンと張り付いちゃうんだ、とっても泳ぎ辛いんだ。
そんなこと話したら、短靴のように上チョチョ切って履いていた。

ピンクの方のギョサン、一度このスキッパーさんに救助されたことがあった。
片っぽ海に落としちゃって、「アアア~ッ、おろしたばかりなのに~」と騒いだ途端です。
グイ~ンとラット回して、Uターンしてくれたんだ。
サンダル救助のためにヨット回頭したスキッパー、「ほかには居ないだろうな~」と思い出すのは、上ぶった切った長靴と頂いたギョサンの色が同じだからに違いない。
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by molamola-manbow | 2010-09-30 06:56 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 29日

HINANOに想う

d0007653_85282.jpg「ほかに例をみない稀有(けう)なケース」のお付き合いをしているらしい。
42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』と、新旧両クルーのお付き合い。
売りに出されたヨットに買い手がついて、新しいオーナーが決まったら、艇もクルーもこの時点から新しい道を歩みはじめます。
己のヨットで何をしたいかは、オーナーによって決まるから、これは当然の成り行きでしょう。
集まるクルーの質も、オーナーの理想像にそって集められるからガラリと変わる。
レース派の艇にはレース要員が集まるし、ブルーウォーター派には釣り好きであったり、ダイビングが趣味だったり、ヨット・クルーとは別種の人種が集まったりもする。
狭い空間で長い時間を過すのだから、楽しくなければならないし・・・・・。

ヨットを持ったら名付けたい艇名、百人が百人頭の中に描いているから、コイツも変わる。
manbowならば『Don Buraco』。
ゴッド・ファーザーのマーロン・ブランドじゃあ、ありません。
「お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に」の"どんぶらこ"。
艇名が持ち主の理想を具現化していることが多いから、コイツは目的もレース志向の船とは違う。

房総の海から、遥か長崎・大村湾に嫁いだ『INANO』も名前を変えて、新しい道を歩んでゆくものだと考えていました。
「オオッ、Hinanoだ、塗装も艇名も変わったけど、あのフォルムは間違いなくHINANO
と気が付いて、懐かしく思うぐらいの付き合いになるのだろうと・・・・・。

「オ~イ、また五島列島クルーズだよ~。希望者はこのユビと~まれ」
新オーナーからが届いたmailで、「ワタシも」、「ボクも」と、来月は七人もの旧クルーが長崎に駆けつけます。
「稀有なことだ」と驚くのは、いまだ親しい付き合いが続いている、このこと。
HINANO』の旧名もそのままに、大村湾に浮かんでいること自体も、ヨット仲間には考えられないことだと映るようです。
クルーが不足してる訳じゃあない。
大村湾最大のイベント、百余艇で争われたハウステンボス・レースに、オーナーは、『APHRODITEⅡ』とともにニ艇出しで参加しているんです。
日本一海岸線が長い県、島の多い県、離島ファンには堪えられない海に嫁いで、Hinano』は幸せに暮らしている

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by molamola-manbow | 2010-09-29 06:14 | 長崎・HINANO | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 28日

スゲ~ッ!

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「ドヒャ~ッ」と云うぐらい派手に、水跳ね飛ばした帰って行った。
南西に開いた居間を囲むウッドデッキに置かれた大皿二枚。
メジロが来たので座を立ってカメラを取りに行って構えていると、やってくれました。
二メートルほど離れた窓にまで飛沫が飛び散る始末です。
「不思議ヨ、左側ばかりで湯浴みするの」
外来種のタイワンリス、ハクビシン、それと地付きのタヌキも訪れる。

多摩川越えただけで自然はまだ豊かだ。
開発の波に押された多摩丘陵のタヌキ、どっと多摩川に逃げ込んで「中洲は住宅難になっている」な~んて記事を随分昔に読んだけど、水飲みに来る野生の個体も健在です。
ケモノ偏に里、もともと身近な生き物だったんですよね。
狸穴、狸坂、狸橋(港区)、やかん坂(薬缶に化けるから=文京区)・・・・・。

小田急線の『読売ランド前』から、腹たてて登った(前日)多摩丘陵の家。

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by molamola-manbow | 2010-09-28 06:34 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 27日

こりゃあ詐欺だぜ!

久しぶりに多摩丘陵を歩いた。
駅前通る旧の津久井街道渡ってヒョイと脇道にそれると、すぐに登り坂になって人家の屋根すら消える。
『スズメバチに注意』などという看板がでてきたりもする。
猛暑がいきなり去り、涼しさ覚える某日の午後、このステキな道をプンプンと腹たてながら登っていた。d0007653_1191149.jpgd0007653_3561083.jpg
下車した駅は小田急線の『読売ランド前』。
歩むうちに腹がたったのは「何が近道だ、何が読売ランド前なんだ」。
十分歩いても、十五分歩いても、『読売ランド』は、周り囲む塀さえも現れないのです。
目的の家にたどり着いてオンナ主人に問うてみると、「ア~ラ、まだ十分ぐらい歩かなきゃあ到着しないわヨ」
小田急電鉄さん、誇大広告どころか詐欺働いてます。
真っ赤な偽りじゃあないですか。
『西生田』なる立派な駅名が有ったのに、十五分歩いてもまだ到着しない遊園地の名前に変更しちゃって、ご丁寧に『前』の字まで入れちゃった。
腹たてて登った丘陵の天辺にある家からの眺め、「い~景色でしたけど」、遊園地は歓声すら聞こえないまだ遠方らしい。
騙されて下車しちゃった遊園地のお客さん、大勢おいででしょう。
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by molamola-manbow | 2010-09-27 07:03 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 26日

恋人たちの月

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月の形、様々に変わる訳だけど、こんな形は初めてみたぞ
大好きなアノ子も、見ていてくれたかな~。

ことしの仲秋の名月(二十二日)は「満月じゃあなかった」こと知った。
「ウソだ~い。お月見は十五夜と決まってら~い」と思って調べてみると、満月はその翌日、「よくある話」なんだそうだ。
「フ~ン」と思って指折り数え、確かめて仰ぎ見た満月から二日後の立待月(二十五日)。
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by molamola-manbow | 2010-09-26 06:13 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(4)
2010年 09月 25日

早熟な一個

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スーパーの果物売り場にも、まだ登場していない。
晩秋から冬にかけてだけ姿をみせる、いまでは貴重な季節限定の果物が、何故か一個だけ色づきはじめた。
渋柿だから、赤くなったからといっても食えないのだけど・・・・・。

高さ三メートルほど。
小さな小さな柿の木に、ことしは二、三百ほども実をつけた中の一個。
ナニが起きたのだろう・・・・・。

『雷、声を収む』の日(秋分)に、外房・大原では落雷によって多数の負傷者。
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by molamola-manbow | 2010-09-25 08:31 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 24日

必見! ヨットのオブジェ

神戸のヨットマンIn the pontoon brigeさんのblogにギョッとする写真が載っていたので、グループメールでヨット仲間に御注進に及んだ。
「コワイよ~、笑えるよ~、こんなことになりたくない写真だよ~」
すぐに返信mailが来て、読み進んでまたビックリです。
きわめて身近に、同じ経験をした御仁がおりました。 d0007653_12211236.jpg

四十五年前です。
三浦半島のとある小さな入り江にアンカリングして一夜を過ごし、いい気持ちの目覚めを迎えてキャビンから抜け出そうとした途端です。
グラリとヨットが揺れて、一気に三十度も傾いたんだといいます。
寝ているうちに潮が引き、ヨットはバラストを海底の泥濘に突き刺してかろうじてバランスを保っていたことになります。
そのバランスがクルーが起き出したことで崩れて横倒し・・・・・。

バラストを岩の隙間に突き刺して宙ぶらりんになっちゃうほど日本の海は干満の差が大きくないけど、水深の他にも要注意事項はあります。
艇をもやう際のロープの"あそび"が少な過ぎたために、岸壁に宙吊り状態になっちゃったビジターヨットを助け、一升瓶をせしめたことがあるんです。
民宿に泊まってたクルー探し当てて「すぐに港に戻れ
「コレ、まずいよな~」と、もやいを緩めてやったこともある。
干満の差考慮に入れる必要の無い、浮き桟橋ご愛用の方なのでしょう。

ロープの"あそび"、この程度で満潮時に係留すると、干潮を迎えて宙吊りになっちゃう可能性がでてくる(↑↑)。
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by molamola-manbow | 2010-09-24 06:45 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 23日

秋の空?

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「夏は、夜。月の頃は更なり」と、清少納言さんはおっしゃった。
確かに、と思ったのは中学生の頃だったでしょう。
d0007653_2025819.jpgいまはホタルなんて、見たくても見られない世の中になって、天の川も薄ぼんやりとも見えない。
でも、海から涼しい風は入ったりして、ホッと一息つけるのは陽が落ちてからでした。

ことしは夜の方が、なおつらかった。
クーラーな~んて、文明の利器は出来たけど、ジットリとまつわりついてくる暑苦しさ、たまらない不快を味わう時間となった。

「秋は、夕暮れ」
こちらの方も立秋だというのにスズムシの声聞くのもまれ。
庭は重苦しい地虫の鳴き声の支配下にあり、夏は依然として続いていて、空には元気いっぱいの入道雲(江の島)です。
不遜な言い方するなら、列島上空の大気、続けざまに台風がやってきて、ニ、三回かき回してくれないと秋はこない気がする。

そして熱帯夜の仲秋の名月でした。
ここまで海水温のあがった年(↓↓)、過去にあったのだろうか・・・・・。
沖縄、小笠原沖で台風が生まれてもおかしくない海水温、列島上空が大陸性の高気圧と入れ替わる気配は極めて薄い。

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by molamola-manbow | 2010-09-23 06:09 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 22日

  クルー逃亡、航海頓挫!

d0007653_16294467.jpgチョット心配、かなり心配」だと思っていたインドネシアの復元古代カヌー『マジャパヒト・スピリッツ』号、とんでもないことになっていた。
日本目指す帆走クルーズの出発式(ジャカルタ=七月四日)のあと、ブルネイ経由でマニラ(八月四日)に入港するまではとりあえず順調だった。
性能未知の復元古代帆船操って、一ヶ月でおよそ三千キロ走破です。
ところが、マニラからピクリとも動かなくなった。
モタモタしてたら、台風シーズンに入っちゃいます。
「チョット心配、かなり心配」だと停船の理由を調べてみると・・・・・。
いまでも疑問が多くてよく判らないのだけど、結論言うと「日本までのクルーズは来春に延期」です。
「どうして?」の訳は「インドネシア・クルーが全員逃げちゃったから」。
スキッパー(海軍大尉)含めて消えたのです。

「翌日は沖縄への旅立ち」(八月十三日予定)と決まったその前日、船はモヌケのカラになっていたんだといいます。
日本人クルーのひとり、海洋冒険家見習いさんblogを読んでも、モヌケのカラになった理由は判らない。
在フィリピンのインドネシア大使館がクルー全員(海洋民族バショー族)を本国に帰国させちゃった理由も判らない。

バスコダガマ、コロンブスが活躍した大航海時代のクルーは無頼集団、逃亡は日常茶飯事でした。
今回の『マジャパヒト・スピリット』は、曲りなりにも日本とインドネシアの二国プロジェクト・・・・・。
日本側の窓口が口閉ざしたままなのもおかしい。
地球温暖化が航海中止の理由とはね~。

どのような展開たどるのでしょう?
十三世紀から三百年近くも栄え、倭寇の来襲を撃退したともいわれる王国の古代船を復元し、東南アジア諸国を回る意義・・・・・。
根本理由が理解されていないクルーズに前途はない、と思える逃亡劇です。
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by molamola-manbow | 2010-09-22 06:27 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 21日

こゆるぎ弁当

小田原の先まで足延ばす際、あまり浮気しないでコノ弁当を買い求める。
一緒にお茶も頼んで、幾らかお釣りがもらえたのに、いつの間にか値上げしてて、千円プラスをつけなくてはならなくなっていた。
むかしは『こゆるぎ茶飯』の名前だったんだけど。

高校時代、大磯で初めて投げ釣りの竿を振るったのが『こゆるぎの浜』、碁石の那智黒に良く似た真っ黒な小石で覆われた美しい浜、小田原リールと呼ばれる骨董的リールで面白い様にキスがヒットした。
大釣りの記憶、そしていい思い出が、数あるお弁当の中からコイツを選ばせるのでしょう。
『こゆるぎ』、漢字表記は『小動』だと思ってました。
江の島の脇、腰越漁港の守り神が『小動神社』でもあったし・・・・・。
違いましたね。
       相模路の『余呂儀』の浜の真砂なす児らは悲しくおもはるるもの
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詠み人しらずのこの和歌の、『余呂儀』が「よろぎ→ゆるぎ→こゆるぎ」と変化したらしい。
むかしは大磯から小田原に続く広い浜を総称し、『余呂儀』といったようだ。
大磯の旧吉田茂邸近くの浜、現在は『小淘綾』(こゆるぎ)の漢字を充てている。
『余(淘)綾』(よろぎ)の古名が元らしいのですが、昨今は『小由留木』の漢字も充てるらしい。

そんなの関係ネ~という説もある。
「目の前の海はフィリピン・プレートのもぐり込む地震の巣窟、"揺れる土地"の意味なんだ」
これだと、小動も正しい
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by molamola-manbow | 2010-09-21 06:20 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)