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2011年 01月 31日

一羽珍入

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一度blogに登場してます、ツグミかなあなどと。
大間違いでした。
飛来する小鳥の名前、スズメとツバメ程度ぐらいしか見分けられないので姿と名前の合致を企て、古本屋をあさった。
でも、求めた四冊には載っかっていない。
日本の古来種じゃなくて、外来種だってことでしょう。
d0007653_8345111.jpgそれも平成の世に入って日本列島で繁殖を始めたnewcomerかも知れません。
小鳥図鑑の発行年度からの推理ですけど・・・・・。
漢字表記で『画眉』、中国東南部では非常にポピュラーな小鳥だそうで、日本名『ガビチョウ』と名付けられたようです。
「描(画)いたようなマユを特徴とする小鳥」ということなのでしょう。
物真似を得意とするので、軒端の鳥篭で飼う人が多い小鳥だといいますから、逃げ出したペットが野生化したのでしょう。
得意のノド、まだ一度も披露してもらってません。
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by molamola-manbow | 2011-01-31 08:42 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 30日

出アフリカ

われわれヒト(現生人類)は今から12万年前にアフリカからアラビア半島に渡ったことが分かった。
英国やアラブ首長国連邦など5カ国の研究者による合同調査で突きとめた。
28日米科学誌サイエンス電子版で発表する。
これまで現生人類はアフリカで誕生し、二つのルートで勢力を広げたことが分かっている。
ナイル周辺を通ってヨーロッパへ移動した北ルートとアラビア半島を経て東南アジアへと広がるルートだ。
南ルートの移動がいつごろから始まったのか、これははっきりしなかった。
調査チームはアラブ首長国連邦のジュベル・ファヤ遺跡で2003年から10年にかけて調べた。
出土した石器の特徴や地層を分析した結果、アフリカで出現した現生人類の遺跡と似ており、約12年前にアフリカから南ルートのアラビア半島に渡った、と結論づけた。
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朝日新聞の夕刊(二十七日)に載った記事の全文(↑ ↑)です。
興味ある記事なので、不親切極まりない内容にイチャモンを付けときます。
サイエンス誌の発表のポイント、"アフリカの角"などと表現する現在のソマリア辺りから、紅海を舟で漕ぎ渡ったことなんだ。
丸木舟だったのか、筏だったのか、動物の皮膨らませた浮き袋だったのか、どんな手段を用いたのかは不明だけど・・・・・。
十二万年前に、紅海を渡る手段を持ってたってことがニュースなんだ。
当時の地球、今よりは海面は低かったけど、やはりアラビア半島は紅海の対岸にあった。
そこを舟で渡ったことがニュースなんだから、ひと言"舟らしきもの"ぐらい入れろよ
ソイツが一行もない、「渡った」だけで片付けちゃあいかんのです。
トコトコと、十二万年前に歩いて渡ったんじゃあない、とサイエンス誌は云うとるのですよ。

あちこち読み比べると、他紙は"舟の字"入れてるし、出土した石器も石斧だと記している。
これも舟作りの傍証になりますね。
斧がありゃあ、丸太をくり抜ける。
そうやって丸木舟作ってる人たちはいまもいる。
石斧は鉄器に代わったけど・・・・・。

地中海を渡って、マルタ島経由、イタリア半島からヨーロッパへ。
出アフリカのルートには、海の道もあるようです。
時代は大分下がるようですが・・・・・。
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by molamola-manbow | 2011-01-30 08:48 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 29日

盛り塩

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掃き清められ、打ち水などされたお店の入口に鎮座する盛り塩、見掛けると悪くない気分になる。
格子戸ガラガラッと開けたり、暖簾を片手で押し別けたり、そんな気持ちサラサラないのに、何故か清清しい気持ちになるから、お清めだと考えたって一向に構わないんだけど、気分ムシャクシャしてる時は逆の気分になっちゃう。
「客を牛、馬扱いしてやがる」

d0007653_17564959.jpgそれにしてもアタマのいい女性がいたもんです。
後宮三千人などと豪語されてる中国皇帝のお妾さんたち、牛車で通ってた帝王のお泊りを、黙って待っていたんじゃあ、次に来るのは十年後になっちゃう。
「そんなに長い時間待てないワ」て~んで、車を曳く牛を門の前で動かなくしちゃえ、と考えたお妾さんが現れたんですよね。
生き物はミネラルが必要だ、ミネラルたっぷりな塩置いとこう。
狙い通りに牛は塩なめるためにくだんのお妾さんの家の前に止まっちゃって、叩けど、引けど動かない。
動物行動学は、この古事から始まったに違いない。
盛り塩は動物行動学の父だ
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by molamola-manbow | 2011-01-29 10:30 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(2)
2011年 01月 28日

大理石化石

d0007653_12594238.jpg日本橋の三越には、「ファッションモデルじゃあね~んだ、あんなところ登れるかよ」みたいな階段があります。
パイプオルガンの置かれてる吹き抜けホールからの、アレです。
登る気など、サラサラ起こらない気持ちを押さえて階段に向かったヒトには、ご褒美が待っている。
ステンレスの額縁で囲った大理石、アンモナイトの化石です。
大理石になっちゃった化石は、それはもうあちこちにあって、地下鉄銀座線の銀座三越側券売機近くにも化石珊瑚の群像をみることはできるが、これほどみごとなのはそうそうないから眺めてみる価値ありでしょう。
日本にも、大理石の産地は有るんだそうです。
四国の中央部、横倉山から切り出され、『土佐桜』の商品名まで付いているんだと。
古生代中期、シルル紀に生きたクサリサンゴの化石から出来た大理石だ。
当時の日本列島、四億三千年ほど前は、まだ海面に顔を出してなくて、グレイトバリアリーフにも匹敵する浅海の大珊瑚礁だった名残だりなんだと。

どうもよく判らない。
地球物理学者・故竹内均博士の書物で、「日本列島は現在のシベリアの辺り、北緯六十度線の内側にあった」と書かれていた。
陸地はなくて、海だったと。
珊瑚が生きるには、寒過ぎるんと違うかな~。

とは思いつつも、「地球の歴史は四十五億年だ~、これだけありゃあ、何だって起こら~」と、あまり詳しく知ろうとはしない。
独楽の軸のような北極と南極は今の位置にジッとしてた訳ではないし、大陸だってフラフラ動いたし、人間が植物の栽培を覚えて定着生活を送るようになるの、人類誕生七百万年のウチのたった一万年前からだ。
判らないことはイロイロあら~な。
最近は昨日あったことさえも覚えていない、良く判らんもの。
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by molamola-manbow | 2011-01-28 08:21 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 27日

  バレンタインデーの次にくるモノ

月にボトルを三本空けると、ママさんがNIKKAのニューボトル、ヒゲの角をプレゼントしてくれるお店があった。  
サッポロの繁華街でのお話です。
帰京後のホームグラウンド・新宿でもこのことをさりげなく話して、二匹目のドジョウを狙ったのだけど、乗ってきては呉れなかった。
ウヰスキーじゃあ胃が持ちそうもなくなってきたので、酒を焼酎へと替えた時「勝手に持ち込む分には構わないわヨ」と、妥協はしてくれたけど。

こんな思い出に耽ったのは、近づいてきたバレンタインデーの狂乱が何時頃から始まったんだろうと考えたから。
帰京したのはサッポロ五輪の直後、丁度バレンタインデーの辺りだったのに、ママさんその他、だ~れからもチョコレートは貰えなかった。
d0007653_923666.jpg新宿で呑んだくれるようになったその後だって、昼間の会社でも、夜の新宿でも、チョコレートとは無縁です。
「ハイ」などと義理チョコ手渡されるようになったの、八十年代の半ばを過ぎてからではなかったでしょうか。
モテナカッタこともあるけど、義理チョコが一般化するの、その辺りからだったような気がする。

アッと云う間に全国区のイベントになった、と思っていたのに「結構長い時間が掛っていたんだ~」が印象です。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この時間の半分もありゃあ、似たようなイベントを秋にもうひとつ、展開できるかも知れない。
恵方巻きみたいな、ミットモナくて、格好悪いものにだってドドドッとくるんだもの、女性週刊誌一、二誌に耳打ちすればすぐに動きはじめる。
と思えるイベントがいまアメリカで密かに進行しているんだそうですよ。
Sadie Howkins Day
十一月の十一日以降の最初の土曜日がその日だといいますから、ことしは十一月十二日にあたります。
どんな日なのかと云いますと、
女の子が結婚相手の男の子を捕まえようと追い掛けまわす日、追い掛けまわしてもいい日。
大学生の間で、深く静かに進行中のイベントなんだそうです。d0007653_9302568.jpg

ケンタッキー州アパラチア山脈の片田舎で起こるドタバタ劇を描いた日曜版の新聞漫画『リル・アブナ』の登場人物達がそもそもの仕掛け人。
サディー・ホーキン嬢らその他、漫画の登場人物の行動を、女子大生が真似し始めて十一月の一日を騒ぎます。
若者文化は、すぐに真似しちゃう日本で、いまだに何処も手をつけないのは不思議だな~。
1934年に始まったという長寿漫画、『スーパートレビア事典』(研究社)で紹介されていました。
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by molamola-manbow | 2011-01-27 10:05 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 26日

All American Soup Box Derby

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そもそもの始まり、販路拡張を考えた石鹸屋さんの、小さくて可愛い地域イベントであったに違いない。
もう、だいぶ前から見掛けることは珍しくなりました。
リンゴとかミカンがオガクズと一緒にはいってた木箱。
アメリカでは豆腐とかレンガのように四角く切った石鹸を、同じような木箱で雑貨屋さんとか薬屋さんに届けていたようなのです。
そんな木箱を譲ってもらったオハイオ州デイトンの腕白坊主たち、町の坂道使って面白い遊びをしていたのでしょう。
木箱の底に雨戸などに付いてた車輪なんか付けて、坂の上からゴロゴロゴロ。d0007653_8361832.jpg
重力カーレース、『All American Soup Box Derby』。
始まったのは昭和も一桁代の1934年から。
以後、延々と続けられ(翌年から同じ州のアクロン市開催となりましたけど)、今日に到る歴史を持っている。
時代と共にsoup boxは様相を変えてった(→ →)。
車輪は大きくなったし、車体だって流線型になり、かっての木箱は何処へやら。
35キロものスピードが出るようです。
フォーミュラカーの車体検査さながらに、車軸の長さとか、径の大きさとか、細かい基準が設けられるようになりましたが、変わらないのは出場選手。
十一才から十五才までの男女にのみ出場資格があたえられます。
女の子の優勝者も出ている。
1975年のカレンちゃん十一歳、右手怪我してて、「左手一本の優勝」な~んて称えられたようです。

「いいな~」と思います。
レースが始まった当初の"木箱レース"が続けられていたら、もっと拍手喝さいなんだけど、自動車だって改良に改良重ねてきたんだから、目をつぶります。
日本だったらPTA、父兄、こぞって「危険だ~」の大合唱が起こって、小さな町のお祭りの余興だとしても開催まかりならんだと思うもの。

チョット乱暴なこじつけだけど、小学生のポケットから肥後の神が消えて、鉛筆削れなくなって、平気で人刺す大人が増えたと思っているんだ。
一、二度指切って、血が出ること、痛いこと、刃物がとっても危ないってことを知らなきゃあ。
喧嘩に棒っ切れ使ったり、石コロ投げちゃあ大怪我することを覚えて、素手で殴り合うのが喧嘩だってことを小学生時代に知らなきゃあ。
餓鬼の時代に取っ組み合い、しとかなきゃあね。
イロイロ問題抱えるアメリカ社会ではあるけど、Soup Box Derbyに関しちゃあ健全だな~と感心する。
きっとパパも夢中になって、車体作りを手伝ったりするのでしょう。
それでもよし、親子の絆つくりは出来るし、道具箱ひっくり返す事が大切なんだ。
隣りに怪我するかもしれない危険があるって遊びも、餓鬼には大事なんだ。
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by molamola-manbow | 2011-01-26 08:37 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 25日

大朝日新聞への反発

昨今の珈琲にイチャモンから間もなくです。
朝日新聞夕刊の二面に、八段もの"大反発記事"(十七日)が掲載されたので熱心に読んだ。
記事はお店を訪れた主婦同士の会話から始まります。
「イロイロ飲み比べたけど、ココの珈琲が一番よ」みたいな。
大量抽出機械(プレミアムローストコーヒー機)を開発してファーストフード店に引き抜かれた技術者、主婦の言葉聞いて涙を流し、開発苦心談が語られます。
d0007653_1043287.jpg「オイオイ、大朝日さんまでヨイショ記事、提灯記事を書くに到ったのかよ」みたいな印象持っちゃった内容です。
焙煎から抽出までを、一つでこなしちゃう機械の開発に携わり、二十年間に合計千台ものソイツを、作っては壊し、壊しては作ったオトコが、ようやく理想の機械を作り出したんだと綴ります。
「一杯百円にまで値を落としても、おいしい珈琲が抽出できるようになったのは2008年だった」。
ブラジルなど三種類、高級アラビカなど五種類を、豆の等級、産地にこだわってブレンドし、焙煎方法にも試行錯誤を繰り返して「理想の珈琲を設計した」とありました。

数ある嗜好品の中でも、独特の苦味と酸味、香りを持つ珈琲は、嗜好品の頂点に立ってるようなモノだと思っている。
だから、好き嫌いは千差万別でしょう。
好きな珈琲、嫌いな珈琲は、人それぞれ違ってて、飲ませるお店も人それぞれ違うのこそが、正しい飲み物、飲み方じゃあないの?、ぐらいまで考えちゃう。
もちろん万人向けのコーヒーだって無い訳じゃないけど・・・・・。
生豆の段階で買ったとしても、百円じゃあムリだから、どんな豆買ってるんだとも首ひねる。
記事の主は全国展開してるファーストフード店の最大手の技術者です。
大量に豆を仕入れることが出来るから、価格も下がるのだろうけど、おいしい珈琲、薫り高い珈琲を飲ませるにはブレンドや焙煎にどんなに力入れても、それだけじゃあ不可能な作業がある。
未熟なままで成長を止めちゃったヤツ、果肉が付着して醗酵を始めたヤツ、虫の幼虫が巣食っちゃったヤツなど、まとめて死豆(しいな)と呼ばれてるクズを除去しないと、おいしい珈琲にはなりません。
大量購入でこんな面倒なことできるかよ
ブレンドの数を多くすれば、美味しい珈琲になるかとなると、こいつも首ひねりたくなります。
ベースとなる中性のブラジルに、苦味のモカなどアラビカ系、酸味のコロンビア系、香りの東南アジア系のマンデリンとか丸っこいロブスター。
簡単に言えば四種類のブレンドで美味しい珈琲は造れるんだ。
独自のコクを出すために、もう一種類豆を加えたとしても五種類で済む。
沢山加えすぎると、全ての特徴が消えたり、味の殺し合いが始まって、訳の判らない飲み物になります。
これは珈琲の真実だと思っているんですけど。
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by molamola-manbow | 2011-01-25 08:26 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(2)
2011年 01月 24日

吾ときて・・・・・ 、居ません

小田急線で西に走って国分寺崖線(がいせん)を下ると、関東平野の中でも「コレほどまでは」みたいな真っ平な広がりに出る。
多摩川が暴れて作った、いわば河川敷き。
国分寺のさらに先から東京湾までの崖の連なりは、古多摩川に削り取られた名残り、川岸だったことになる。
中学時代に教わった手近な地理・・・・・、車窓から飛び込んでくる風景は、川の凄さに唸った思いにつながります。
その多摩川を越えて、左右台地の狭間へと鉄路が入ってすぐ、生田台地の天辺で中学時代の「そうなんだ~」とは、チョットばかり趣は違うけど、やはり「そうなんだ~」を味わった。
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d0007653_1362134.jpgドングリ宿すクヌギを主体に、極小イガイガの野生栗、柿好きには勿体な~い小粒な真っ赤はいまだ鈴なり。
赤、青、紫の名前知らずの粒々も垂れ下がっていて、小鳥たちには申し分なしの環境です。
それなのに列島で一番ポピュラーな小鳥が居ません。
メジロ、シジュウカラ、キジバト、ヒヨドリ(← ←)などはウッドデッキの常連だし、ギョッとするほどカラスは群れるし、小型の猛禽さえカメラに収められた。
でも、石器、縄文の時代から人間の真近で付かず離れずの生活をしてきたはずのスズメの姿が見えない。
「何故だ」の問いに、生田の住まいの設計者、答えは簡潔でした。
「屋根だね、瓦だね」

な~るほど、云われてみて「そうなんだ~」。
どこのテレビ局でしたか、都会のスズメ、最近は「奇妙なところに巣作りするんだ」と、イロイロな画像を見せてたことを思い出したのです。
交差点の信号の上とか、公園の銅像のカブトの蔭とか、コンクリート壁の水抜きの穴とか、スズメの集合団地・瓦の隙間が消えて、住宅難に苦心しているんだと語っていました。
台地の天辺から見下ろすと、東京の新住宅地として開発されたこの辺り、見渡す限り屋根はスレートだとかトタンだとか、低層のマンションで埋まってて、瓦屋根が見えません。
食べ物には困らなくても、子育てが出来ない環境の広がり・・・・・。
言い換えるなら、人造物以外の場所での巣作りを忘れちゃうぐらい、長い時間を我々と一緒に過してきた生き物だってことです。
出でよ、スズメ界の自然派、野生児よ、ですね。
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by molamola-manbow | 2011-01-24 08:00 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 23日

ことりの嗜好

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週のうち四日ほどを神奈川・生田台地の天辺で過すようになり、小鳥の餌台を次々に増築している。
退屈しのぎの最初は、干し柿吊し。
吊した時点ですでに相当固かったためか、コレには未だ、だ~れも喰らいつかずにぶら下がったままになっている。
裂け目を入れて、喰い易くはしたのだけど・・・・・。
蜜好きのメジロに用意したのは二種類の柑橘系、パイナップルの切れ端、熟し柿。
すぐに飛来して夢中だったのは、ポピュラーな静岡ミカン。
d0007653_1035623.jpg食べ終わると、次は熟し柿を選びましたが、ダイダイの方には見向きもしない。
パイナップルもミカン喰う為の足台でしかなかった。

東大大学院で動物行動学を専攻し、作家に転じた竹内久美子の著書に、動物の味覚、臭覚を記した随筆があったことを思い出して引っ張り出した。
目の前のメジロには、少しも参考にならなかったものの、意外なことが書いてある。
利口者だとされてるカラス、コヤツの味蕾はたった二百個程しかなくて、ニワトリ、ハトの三分の一なのだと。
味覚を司る味蕾の数、我ら人間は九千個ぐらい。
比べてウシ二万五千、ウサギ一万七千個。
人間の倍も味にうるさいのがウサギだなんてね~。
昔々、庭で放し飼いにしてた茅色のウサギ、パンダみたいに笹を好物にしてた。
と云うより、餌の草刈りが面倒になって、簡単な笹刈りで誤魔化してたためかも知れない。
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by molamola-manbow | 2011-01-23 07:22 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 22日

継子の尻拭い

可憐な花です。
レンゲ草に似てなくもないけど、あれほどうるさくないし、厚ぼったそうな花弁に紅が溶け出して行くぼかしは、可愛い和菓子を思わせます。
意表を突かれるネーミングも、茶席に供するに値する。
「きょうの主菓子(おもがし)は、ママコノシリヌグイにいたしました」
「それはそれは可憐なモノを。きょうのご婦人方にはこの上なしですナ、いや~風流、風流」
テレビのヒマネタなんかに、いいと思うんだけどな~。
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野草の名前、名前とはかけ離れて可憐なのが多い。
イヌノフグリ、でっかいイヌの方もしかり。
トイレ近辺の常連だったドクダミだって、可憐な白さにハツとさせられることありますもの。
きっと、ママコノシリヌグイと名付けたヒト、相当の風流人、しゃれっ気たっぷりのお人だったと想像します。
ちょっと調べてみると
紙が高価で今の様に自由に使用出来なかった時代は、植物の葉っぱなどを使っていた。
主君の命令や家柄の上下で、実子ではないママコ(継子)を育てなければならないケースも多かった。
他人の子供など嫌なママハハ(継母)は、厠に置く葉っぱをコレと摩り替えてママコ苛めをしていたので名前が付いた。

陰湿なイジメが原因の野草ね~。
違うんじゃないかとおもいますね~。
葉っぱの裏とか、茎の部分に並んでる逆さ向きのトゲ見て、こんなのでお尻拭いたらたまらね~、とは思ったでしょう。
「子供なら、きっと飛び上がって泣き叫ぶに違いない」と。
それで風流人は考えた。
洒落ですよね、洒落、と思うのですがどうでしょう?

ママコノシリヌグイ、葉っぱにはイソクエルシトリンなる成分が豊富なんだそうです。
煎じて飲むと、痒みや血行促進に効果がありますが、忘れてならあないのは痔病に効くってこと。
昔々の風流人、このことも知ってて、名前付けたに違いない。
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by molamola-manbow | 2011-01-22 08:49 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(2)