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2011年 03月 31日

西国行脚 その1 春の主役たち

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満開のしだれ桜は肥前・彼杵(そのぎ)一帯を治めたキリシタン大名・大村藩の菩提寺、国定史跡本経寺の老木。
南日本新聞の一面コラム『南風録』(二十九日)
いつの間にか、野山の桜がずいぶんほころんできた。
例えば鹿児島市・姶良市境の国道10号沿いの山には、桜のまだら模様ができている。
毎年のことながら、こんなにたくさんあったのかと思う・・・・・
そんな書き出しが、まだるっこいほどにすでに見頃を迎えてる。

郷里の伊佐(旧大口)市など、鹿児島に用事が出来たついで、その行きしなに長崎空港が浮かぶ大村湾まで足をのばして42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』をチラ見、お忍びだからすぐに引き揚げるつもりだったのですが・・・・・。
d0007653_749091.jpgアチラの機関長にバレて、お触れが回って、市内観光と夜の宴会を設定される大歓迎を受けちゃいました。
機関長も最初はmanbowだとは気付かずにいたらしい。
しばらく経ってから「ヒョットしたら」。
で、お触れが出てオーナー夫人やボースンに逮捕された。
「回航業務まで手伝わされるとは、思わなかったでしょうね~」の機関長と二人で、空港対岸の水主(かこ)町・杭出津(くいでつ)ヨットハーバーから、『HINANO』をもやってる黒丸(八幡漁港)まで海に出る機会までできた。

大村の街は丁度、旧の雛祭り中、薄ら寒い三月三日より空気も華やいでる。

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by molamola-manbow | 2011-03-31 08:13 | 長崎・HINANO | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 30日

点きっ放し

週に四日間ほど厄介になっている神奈川・生田大地の家、年寄りのひとり住まいだからSECOM に加入している。
その機械が「テストします。チェックボタンを押して下さい」と云ってきた。
指示に従ってしばし、また機械が申します。
「有難う御座いました。システムは正常です」

d0007653_2011770.jpg一夜が明けた薄暮時です。
駐車場の上の防犯灯の黄色光線がチカチカしてるのに気付いた。
侵入を試みれた御仁がおいでかもしれない。
そう思って家中を調べて、異常なしは判ったものの、すぐに駆け付けて来なきゃあならないSECOM からはなしのつぶて。
コッチから連絡して、チェック機械の異常だと判った。
機械の取り替え工事の人が来るまでに周囲は真っ暗になって、チカチカ黄色の目立つこと、目立つこと

「何とも頼りにならね~防犯設備よな~」と、ひとりごちましたけど・・・・・。
それよりも何よりも、あきれて開いた口どうやって閉じたものなのかが、もうひとつ。
顔合わせりゃあ、ニコニコッと笑い掛けて来たりもするご近所のことです。
目立つチカチカにも関わらず、何処からも「大丈夫ですか」のひとこともなしです。
ひょっとすると「チェックしてください」の前夜から、チカチカしてた可能性まであるのにですよ。

津波の災害地ではご近所を気遣ったり、「アソコのご老人助けなければ」と駆け回ってて、逃げ遅れて一命失ったヒト、大勢いらっしゃると思っている。

比べて関東、オイラを含めて地方出身集合体の雑多人だ。
連携感はほとんどゼロに等しいから、今度のような災害の当事者となると怖ろしい。
このこと改めて思い知らされた出来事です。

全世界から讃えられ、敬愛を抱かせた暴動なし、略奪なしの国。
もしも勃発するとするなら、「関東だ、東京だ」
でっかい杞憂が広がってしまいます。
人間、ひとりじゃ生きられね~癖に、やたらプライバシーにウルサくて、流言飛語には敏感なんだ。
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by molamola-manbow | 2011-03-30 20:12 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 28日

ニッポンのお米、中国を席巻

日本のブランド米NO1、生産高も日本一のコシヒカリは、農林22号と農林号の交配で誕生した。
オヤ米の農林号は陸羽132号と森田早生の交配、もう一方のオヤ・農林22号は近畿号と同15号の交配から出来た。
その前の親、更にもうひとつ前の親は・・・・・。
交配は倍々ゲームで進んで歴史を遡って行く。

d0007653_12124790.jpg中国から直接、或いは朝鮮半島経由で日本に伝わった稲作の歴史、最も古いモノ(岡山・朝寝花遺跡)は、縄文時代前期の約6000年前まで遡れるらしい。
青森・三内丸山遺跡の年代測定が約5000年前。
出てきた稲籾(いなもみ)化石を調べると、この一千年間に籾のDNAも変化している事が解って、縄文人もまた、より生産性が高く、旨しいお米を目指して改良を加えていた可能性まで考えられるらしい。
学校の教科書で習った日本の稲作、縄文以後からと教わった。
お米の伝承、水耕以前に焼き畑の形の前段階が有ったことになる。

お米のルーツ国・中国の稲作遺跡は7000年前まで遡れて、12000年前の地層からはジャポニカ米の元種も見付かっている。
そんな稲の歴史の様々を記した『イネが語る日本と中国』(佐藤洋一郎著・農文協刊)を拾い読みしている。

お米のルーツ国・中国の現在のブランド米、名前は農墾58号と云うようです。
品種のアタマに、この『農墾』の二文字が入ってる品種の全て、実は日本産の種籾から生まれたお米なんだそうですよ。
しかも、今では生産高のほぼ全てを『農墾』の名のイロイロでもって占められている。
つまり、ニッポン米が中国全土を席巻しちまってるってことなのです。
Made in Japan製品、中国に限らず、世界を席巻してら~な。
自動車だって、電気製品だってそうだ。
と云えばそうですけど、ちょっとした驚きです。
ルーツ国の全土の稲を変えちゃった訳ですから。
『農墾58号』、日本名は『世界』と云った。
名前通り世界に飛び出して行ったことになります。
一方通行の交流じゃないんだ~、と考えていたら、日本の稲作文化は「渡来人によってもたらされたのじゃなくて、倭人が持ち帰ったのじゃなかろうか」(樋口隆康、日本文化の原郷をさぐる=東アジア古代文化誌)などと云う説と出合った。

古代の船がますます気になってくる説だ。
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by molamola-manbow | 2011-03-28 08:28 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 27日

manbowの肖像画

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manbow さん、これ持ってって」と、八丈島の絵描きさん『Bird's Cafe 』のママさんはカウンター席正面に飾られていた一枚の油絵・『背番号4 』をはずした。

確かに去年の夏はコイツ着込んで八丈の海を楽しんだ。
ママさんのふたりの餓鬼、小学校三年の 也兄ちゃんと三歳児アビで花火を楽しみ、テントに泊まり、目の前の海でチャプチャプやった。
「すぐに送ろうと思ったんだけどね、お客さんがお店にピッタリだと、それで今まで飾ってた」

肖像画を頂くのは二度目、前回は正面向いたヤツだったから、これで裏っ側も描かれちゃったことになる。
宝物だね

色使いの変わってるジャージーは、筑波大のコーチをしてた英国のグリーンウッドさんが指導してる女子ラグビーWOLVERHANPTON 大の巨大ロックから頂戴した正衣、標準体のmanbow にもデカイんだ。
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by molamola-manbow | 2011-03-27 07:45 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 26日

八丈島のアオサ

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八丈島の磯にへばりついてるアオサです。
どうもよく判らない。
三月の頭に房総の海に出掛け、「遅すぎたか」を痛感して帰ってきたのに、すでに盛りは過ぎているとはいえ、遥か南でまだ青々としてるなんて・・・・・。
こんなチャンスはないから、打ち寄せる波を避けつつ手持ちの小さなビニール袋に詰め込んで帰ってきた。
周辺の岩肌はアオサしゃあなくてシロサに変色したのがびっしり。
なぜかこの岩だけが青かった。

葉っぱはかなり硬いから、おいしいかどうかは判らないけど、天日干ししてアオサノリ(↓ ↓)に仕立てます。
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by molamola-manbow | 2011-03-26 08:30 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 25日

八丈島の隠れ家 NO1 『Bird’s Cafe』が消える・・・・・

入口の引き戸から中を覗くと、四キロ、五キロの大鯛だって御頭付きで丸ごと焼けるデカ~イ囲炉裏を切ったテーブル席が五つ。
席はすべて埋まっているか、予約の名札、奥にある個室の椅子席にも人影が見えた。
戸を開けると、チッチャイ、もみじ状の手が目ざとく見つけておいでおいで。
「マンボウさん、こっち、まってたよ~。ココ、ココ、アビのとなり
天然巻き毛の三歳児ホステス、アビの隣りには、小学校三年ホスト 也お兄ちゃんも居て、この店紹介してくれた b l o g bの友・ミントさんまで来てた。
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お店を経営してるのはアビと 也の両親、パパは充電中のコピーライター、ママは島の絵描きさん。
このお店『 Bird’s Cafe 』がまた、ひどいんだ。
昨日の『のんぶらり』は曲がりなりにも、お店の近所に道案内の看板をひとつ出しているけど、ココは何ひとつ出ていない、出していない。

d0007653_14195511.jpg建ってるところだってこんな場所(←←)。
海からは丸見えだから、東海汽船の『さるびあ丸』で底土港に入ればよ~く見えますけど、例え丸見えでも工事現場の飯場みたいですもの。
観光客は来ませんし、島の人たちだって二の足踏みかねない立地にあるんです。
コイツが m a n b o w の途轍もないお気に入り。
「もっと足繁くくるんだった」と悔やんでも、今月いっぱい(二十六日)で閉店になっちゃう隠れ家なのです(だったかな)。
充電期間を終えて、イザ出陣と、居を東京都内に移すための店仕舞いです。
「閉店します」聞いてギリギリ間に合った。
お店は惜しむ客で連日の大入り。
居酒屋には珍しく、小さな子供連れのご飯目当てのお客さんも多くって、 m a n b o w のアビ・ホステスもお隣りのガキんチョ客にすぐ奪われた。

このお店を知ったのは、ペルセウス流星群直下の風良し、波良し、オトコだらけ四人だけが不満の、やはり H i n a n o によるナイトクルーズ(二〇〇七年夏)が最初だったから、まだ五年も経ってやしない。
アビ・ホステスよ、オマエさんはまだお腹の中だったんだぜ
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こちらは神湊漁港(↓ ↓)、写真のダイブ船(第五つる丸)の辺りに H i n a n o は係留して、孀婦岩登頂を遂げたロッククライマー三人は、船の向こうの休憩所(ベンチ、トイレ、水道付き)で骨を休めた。
山のオトコは船よりも陸地の方が「ゆっくりやすめる」
そんな理由で船停まりから逃げて、往路の八重根港でもテントを張ってた。
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by molamola-manbow | 2011-03-25 07:11 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 24日

八丈島の隠れ家  『のんぶらり』 

宿も飛行機も、客船も、島はキャンセルが相次いでいた。
潮位の変動はあったものの、最南・末吉地区で漁船同士が数席、舷側をぶつけ合って痛んだ程度で済んだ。
その八丈島空港のターミナルを出てすぐ左へ。
棕櫚並木が気持ち良い緩やかな道が海へと下る。
真正面は突き出た磯の長崎の鼻辺り。
道路からすぐさま磯に降りられる交通の便と、黒潮が真正面からぶつかる地の利が重なるので、竿を出した回遊魚狙いの磯釣り師も多いに違いない。
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下り切ってまた左折すると西海岸一の八丈島の良港・八重根への道。
ロッククライマー三人を孀婦岩(そうふいわ) まで送り届ける際に、Hinanoがほうほうのていで逃げ込んだのが八重根港でした。
d0007653_10204867.jpg小笠原航路の客船・小笠原丸までが避難投錨した夜は、荒れる海、砕ける白波が月光に照らし出されて、緊張感よりもただただ美しさに酔いしれたナイトクルーズだった。
あの荒れる海の月光を越える美、まだ見ていない。

写真の信号(西見)は島に十四箇所設置されている最初のひとつ。
この信号を更に、ニ、三百メートルほど下ると、見落としそうな、遠慮勝ちな小さな看板がひとつ、棕櫚の葉っぱに隠れるようにして立っている。
火山岩を丁寧に積み上げて壁を作った温室には八丈島の植物がぎっしり。
諸国雑貨も所狭しの『のんぶらり』は、この黄色い看板の案内にしたがわない限り行き着けません。
島の紹介パンフレットには、ただの一行だって触れられていないのです。
「何だろう?」と、小さな黄色い看板に興味を抱いて訪れた人だけが幸運を味わうことになる、お店へのこれっきゃない標(しるべ)です。

42フィートのセーリングクルーザーHinanoによるmanbowのロングは、東京湾から真南に六百六十キロ、絶海の只中にニョキっと屹立する高さ九十九メートルの孤岩・孀婦までのクルーズが最初だった。
風待ちで数日滞在の八重根港を回って『のんぶらり』へ出掛けた。
「気楽にこられなくなるかもしれない」ための思い出の地巡り。
港の中は、嵐のあの日と同じように静かでした。
入口が狭くって、港への航路は途中でUターンなど出来ないほど狭く、へ字状に続いて外洋の波は入ってこない。
静かな静かなたたずまい、アウトリガー付の漁船、少しも変わっていなかった。
「ウム~、右舷着け専門ね」
船舶用語のPoat・said(左舷)、Starboard・said(右舷)の通用しない船です。
ここの漁船には被害は出ていない。
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by molamola-manbow | 2011-03-24 06:43 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 23日

  情報交換

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テーブルを囲んだ三人、つまらなそうな顔に映っているけれど、こうやって酒の飲める幸せを噛み締めて杯を傾けた。
震度五は、関東大震災以降一番の揺れ。
津波の追い討ち、更なる原発・・・・・、東北の惨状には及ぶべくもないけれど、各家庭、それなりに被害は出て「東北と関東、順番が逆だったとしてもおかしくない」
「大惨事となった場合の集合場所、オマエのところにしていいか?」。
各テーブル、カウンター席、すべての話題は地震であったらしい。
それぞれ情報を交換するお客さんで、長いテーブルも個室のココも相席の客がきた。
知り合いで一番の被害がでたのは千葉・幕張に住まうヨットの友であるらしい。
あのあたり、埋立地だから結構な液化現象を起こして壁にひび割れが出来たり、陥没が起こったり・・・・・。

杯を重ねた三人のうち、一人は宮崎・都城に老いた両親が住んでいる。
地震で報道が止まった霧島連山・新燃岳の噴火、「風が南にシフトして、もう灰もふりよらん」
「バ~カ、オマエのところはいいとして、南側の被害はどうなんだ?」
「しらん」
降灰被害も辛かろうが、津波の影響に比べれば、「しらん」のランクでしかたがないのかも・・・・・。
                                             祖師谷大蔵 『魚店(うおだな)きなり』
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by molamola-manbow | 2011-03-23 14:21 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 22日

武蔵野国は・・・・・

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東京タワーのアンテナはひん曲がったらしい。
このニュースは報道されたけど、六百メートルを超えたばかりで震度 5 に遭遇した武蔵野国のこのノッポについては、何ひとつ聞かれない。
未曾有の惨事、伝えなければならない順位としてはほとんど最下位だけど、あの高さがどうであったかは地震学者ならずとも興味を持つ。
真昼間の震度 5 だ。
天辺には作業中の関係者も居ただろうし、多くの建設資材も野積み状態だったに違いない。
あの高さから滑り落ちたら、資材はどの辺りまで散らばるものなのか、はたまた揺れの振幅は・・・・・。

東京の観光名所に仲間入りした武蔵野国、総武線の車窓から初めて眺めやる機会があってシャッター押した。
錦糸町に電車が滑り込む辺りからのショットの印象は「低ッ
もう少し高さには驚きが含まれるだろうと思っていたのに、「オッ、あれだな」ぐらい。
見慣れてしまっているのでしょう、 m a n b o w 以外にカメラを向ける乗客もなく、指差すでもなく・・・・・。
怖かったでしょうね~、工事中の人たち。
横揺れの時間は長かったし、振幅の幅も大きかったもの。

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by molamola-manbow | 2011-03-22 07:21 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 21日

リトグラフ展

d0007653_1213286.jpg作品展を知らせる絵葉書の主はリトグラフ作家の久我通世・自称『三等クルー』殿からです。

42フィートのセーリング・クルーザー『Hinano 』を駆ってオークランド(ニュージーランド北島)から日本まで。
随分長く途絶えている最後のグアム・レースにも参加してる。
青ヶ島の彼方・孀婦岩(そうふいわ)まで、ロッククライマー三人を送り届ける変化球クルージングなどもしている。
トータルログにすれば、地球を優に一周しちゃってるかも知れないヨットウーマンなのです。
で、海好きとしては必見の作品展になるはず。
『海をこよなく愛した夫へのリクイエム』だから、“海”、“白い帆”の作品も会場を飾るでしょう。

▼銀座四丁目の『ギャラリー・オカベ』(03‐3561‐1740=山野楽器店裏)
▼今月28日~4月9日
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by molamola-manbow | 2011-03-21 17:32 | ヨット | Trackback | Comments(2)