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2011年 07月 31日

記録映画 『吼える40度線』

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「ミナミマグロ漁の記録映画だよ、観においで」
と来週の土曜日(六日)に中野の中央ZEROホールで上映される『吼える40度線』の案内状をいただいた。
アフリカの南端・ケープタウン沖の荒れる海で奮闘する土佐漁師二十七人を、漁師自身がフィルムに納めたヤラセのない真迫の記録です。
開映・午後七時半、料金・千円、会場は駅の南口を出て線路沿いに新宿方向に徒歩五分強といったところ。
お暇な人は是非どうぞ

「吼える40度線かあ」と、内容よりも題名の方に反応しちゃいました。
最近ではヨットの世界一周レース『Five Oceans』ぐらいでしか『吼える40度線』は話題になりません。
捕鯨五輪などという言葉があった時代には、『Whale海』などとモジったりもしてました。
各国が船団組んで出掛けて、捕獲頭数を競い合ってた海域です。
そのクジラの漁場がマグロの漁場でもあったとは・・・・・。
もっと温かい海に生息する魚だとばかりおもってましたから。        Five Oceansの白石康次郎艇(’06年 ↓ ↓)

d0007653_828833.jpg英語名を▼『Roaring Forties』(南緯40度~50度の間)と呼ぶ『吼える海』には兄弟分が存在する。
▼すぐ上の兄貴・50度~60度間は『Furious Fifties』(狂う海)、
▼長兄の60度~70間は『Screaming  sevens』(絶叫の海)と云い、南極(南緯90度)に近いヤツほど性格の悪くなる"暴風圏三兄弟"です。
中国の紅茶、豪州の羊毛運びを競い合い、一番茶、一番羊毛には望外な値段がついた十九世紀初頭の快速クリッパー・Cutty Sarkなどの帆船は吼える海の卓越風を活用して走ってた。
帆船には命懸けの厳しい海との戦いでしたけど。
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by molamola-manbow | 2011-07-31 06:44 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(2)
2011年 07月 30日

力作です

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d0007653_6485745.jpg亀の子束子(たわし)の愛用者、届かない背中はムリですが顔も頭もコイツでゴシゴシやってる。
その愛用の亀の子束子を格下げすることにして、数日前から写真の木箱を磨き始めている。
21cm、縦10,5cm、厚さ7cmの箱、蝶番だとか目釘の処理は結構雑だし、施された彫刻も仰々し過ぎますが、何処かに惹かれたのでしょう。
半世紀、あるいはもう少し長く、勉強机の上とか本箱の隅とかに鎮座してて、コインとか切手とか、ペーパーマッチの入れ物として使っていました。
ただし、置きっ放しでしたから彫刻の隙間の半世紀間のワタボコリ、掃除する前の写真を撮っておくべきだったと悔やむほどの積もりようでしたね。
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綺麗になって、鈍い光りまで放ち始めた木箱を観察しながら、「トウシロウの作だな~」
箱の作りは雑だけど、彫刻には誠実さみたいな奇妙な力を感じ始めている。
ひょっとすると戦前の作かもしれない。
この数年で相次いで亡くした長姉、或いは次姉の「ロマンスにつながる作かも知れないな~」
二人とも、ま~つたく関心を示さなかったので、manbowの勉強机の上に鎮座するようになって、埃にまみれてた箱ですけど・・・・・。

想像は広がって「可愛そうな箱だ~」。
  
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by molamola-manbow | 2011-07-30 08:28 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 29日

スペイン料理のお惣菜屋

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京王線の八幡山駅から甲州街道に出てすぐ右手、小さな洋食屋さんが出来ていた。
酔っ払った勢い、「なんじゃらほい?」と覗き込んだりしていると、ラテン系とおぼしきご主人が出てきた。
人懐こそうな笑顔で店名を綴った『La Cocina』なる看板を指し示し、流暢な日本語です。
「ダイドコロね、ダイドコロ、キッチンとも云う」。
ナナ、なんと、レストランじゃあなくってスペイン料理のお惣菜屋さん、タパスの専門店です。
カタロニア地方の郷土食・パエリアを忠実に再現し、コイツをメインにその他様々なカタロニア料理を小売りするテイクアウトのお店。

大層判り辛い写真ですがパエリア鍋が見えて、その奥には小さなショーケース。
中のお皿の全てはカラに近い時間帯でしたから、どんなものが並ぶのか、まったく不明ですが・・・・・。
きっと、スペインの『カレイの煮付け』とか、『キンピラゴボウ』とか、『揚げ出し豆腐』が並ぶのでしょう。
興味を惹かれるお店です。
チャリンコのパンクを直したら、すぐに出掛けなければなりません。
聞きませんよね~、外国料理のお惣菜屋さん。

「ワインも飲める」と云ってたような・・・・・。
二階にビュッフェ程度のスペースがあるのかも知れませんが階段が有った記憶はない。
間口一間程度の小さな店です。
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by molamola-manbow | 2011-07-29 08:20 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 28日

茂ってる

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小田急線の千歳船橋駅に程近い『一丁目公園』の梅の木です。
もともと、真っ直ぐ伸びるのを好まないようなひねくれたところを持ってて、空洞も出来やすい樹木ではあるけど、何とも痛々しい。
根元の部分、四分の三は腐っちゃって、薄っぺらな板みたいになってますが、それでも立派に葉を茂らせてます。
敬服を感じちゃう生命力です。
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こちらも猛烈な茂りようでした。
恵泉女学校のほとんど正門前、Y字路の中央にあるコノ小さな社は、目と鼻の先にある世田谷区立経堂小学校に通ってたmanbowにとっては餓鬼時分からの御馴染みでした。
世話するヒトが居なくなったのでしょうか・・・・・。
ここまで荒れた社は全国でも珍しいに違いない。
自動車には邪魔な存在の社ではあるけど、たたりを恐れて、なかなか撤去はしない、したがらないから、どうなって行くのか?
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by molamola-manbow | 2011-07-28 07:04 | 地元・経堂 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 27日

Beach Combing

ヨットのスターンなどから疑似餌を流すライトトローリング用の潜行板に、通称・ネズミなどと呼ばれてるヤツがある。
八丈島の居酒屋さん『BIRD'S CAFE』が閉じるって~んで出掛けた折だから今春の三月でした。
人っ子ひとり居ない早朝の底土海水浴場を散策し、時期はずれのアオサなどを摘んでた時です。
見覚えのあるソイツが流れてきた。
宿のサンダル履きだったのでズボンの裾などまくって、まだ冷たい海にジャブジャブジャブ。

ウェットスーツとかフィンだとか、夏遊び用の道具を一箇所にまとめておこうと準備してて、またソイツを掴み上げ、三月の際と同じ気持ちを抱きましたね。
何処を探しても傷やくぼみが無くて、塗装の剥げた場所も見当たりません。
使われた形跡、海の拾い物には何処かで見つかるものなのに、釣具屋さんから購入したばかりを手にしてるように見える。
道糸も、ハリスも付いてなくて、左右の縒り戻しまでがピッカピカだから、新しい道具に交換しようとした時に、舟の甲板から転がり落ちちゃったヤツかもしれませんね~。
長崎のヨット『HINANO』のお土産にしようと思ってます。
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甲烏賊は必ず持ってる舟形の骨みたいなの(← ←)も、飛行機とかトンボと呼ばれるヤツ(→ →)も用途はネズミと同じ。いずれも右側に疑似餌につながるハリスを付けて流します。波にあおられ左右に揺れて、疑似餌をアピールしてくれる。

十年ほど前に立ち上がった『日本漂流物会』も、横文字の『Beach Combing』も、「もっとステキなネーミングにした方がよかったんじゃないの?」と思ってしまう。

d0007653_11491964.jpg流木とかイルカの骨とか石コロとか、釣具のウキとかオモリとか、浜辺に打ち上げられた様々は釣りの度に拾っている。
そんな"浜辺乞食"の師匠格、那古船形『MARINE YASUDA』のご主人から頂いたクジラの骨はこんなのに変身(← ←)です。

そうそう、『日本漂流物会』でした。
直接的なネーミングよりは名曲『椰子の実』(島崎藤村)の一節から頂いて『八重の汐々会』とか、『浜辺乞食の会』だって悪くない。

          名も知らぬ 遠き島より
          流れ寄る 椰子の実一つ

          故郷(ふるさと)の岸を 離れて
          汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

          旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
          枝はなお 影をやなせる

          われもまた 渚(なぎさ)を枕
          孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

          実をとりて 胸にあつれば
          新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)

          海の日の 沈むを見れば
          激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙

          思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
          いずれの日にか 国に帰らん
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by molamola-manbow | 2011-07-27 06:52 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 26日

可愛そうな今季の二匹目

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d0007653_3193991.jpg生まれて何年目でしょうか、まだ餓鬼です。
裏道で拾い上げて、カメラ構えて気付いた。
可愛そうに右足首の先っぽ、水掻き部分を関節から落としちまってます。
通行量はいたって少ないけど自転車も通るし、乗用車は立ち止まってやり過ごさなければならない細い路地だ。
きっとどちらかにやられちゃったのでしょう。
すでに傷口は固まってて、化膿の形跡もいない。
でもね~、痛くって動けなかったためなのか、或いは思い通りの動作が出来なくて餌をとれない期間が続いたのか、とっても痩せてます。
両生類の痛点、有るのか無いのか知りませんけど。
「大丈夫だよ、オマエさん、トカゲの尻尾みたいな再生能力は持ち合わせちゃあいないようだけど、傷口は治ってる。チョウチョもくりゃあ蛾もくるよ、先日はショウリョウバッタも見たぜ」などと声掛けて庭の手水鉢へ。
久し振りの水辺だったのかも知れませんね、普通だったらすぐに飛び出すのに動こうとしません。

ことしの一匹目は丸々としてたのに。
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by molamola-manbow | 2011-07-26 04:00 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 25日

八幡山・名菜館

こんなお皿に料理が盛られて登場した。
お皿が空になると、しばらくテーブルから姿を消すものの、別の料理が盛られてまた登場する。
都合三度もこんなことがあったでしょうか・・・・・。
甲州街道沿いにある八幡山の上海料理店『名菜館』の丸テーブルには、終始このmanbow皿が登場してました。
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テーブルを囲んだ総勢六人のうち女性陣四人、時期はバラバラですけど中国に留学してた。
中のひとりは留学中に恋愛し、「年に二度の帰国」を条件に中国男性と国際結婚です。
間もなく一周忌を迎えるタマちゃんも同じ留学組でしたから、合わせるようにして帰国してくれたんです。
manbow皿もタマちゃんの遺品です。
その貰い受けたお皿でもって持て成してくれた訳ですから、名菜館は帰国歓迎会というよりも足早い一周忌法要だと受け止めてくれたのかもしれません。
カウンターだけだった名菜館が二号店(幡ヶ谷)を出すまでに大きくなったのは、タマちゃんが名目社長を引き受けて店舗契約などを一手に引き受けたおかげでもある。

タマちゃんのダンナさんも結婚を機に中国好きに変わって、あちこち歩き回るようになってるので会話は弾んでましたね~。
比べてわたくし、「この世で一番嫌いな国は中国」だと明言し、返還前の香港と台湾にしか足を踏み入れていません。
皆さんの中国語混じりの会話がさっぱり判らなくて・・・・・。
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by molamola-manbow | 2011-07-25 07:51 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 23日

ダイダラボッチと北沢川

d0007653_115169.jpg江戸中期の浮世絵師、勝川春章・春英の師弟が描いた『百鬼図』の中に登場する巨大妖怪・ダイダラボッチ図です。
民俗学者の柳田国男博士、ケツをまくって貴族院書記官長の座を去った大正八年(一九一九年)、「その足で」と云うような間髪を入れぬ素早さで、世田谷区を縦断して流れる北沢川流域の民話調査を行っている。
京王線が新宿に入ってくるのは大正四年(一九一五年)、小田急線の開通はその十二年後(昭和二年)だから、流域は世田谷村の後に字がつくような草深い里だった筈です。
京王線の『代田橋駅』は玉川用水路に架かる"代田の橋”が由来だそうです。
他にも小田急線には『世田谷代田駅』、井の頭線には『新代田駅』があり、地名にも『代沢』と『代田』が残ってる。
これらすべて、ダイダロボッチから来ているんだそうですよ。
今は埋め立てられて住宅が密集してるけど、柳田博士が訪れた時代にはダイダラボッチの足跡だとされてる湧く水池もあった。
北沢川には沢山の支流もあって、そのひとつは『ダイダラボッチ川』と呼ばれてた。
この種の民話、箱根の芦ノ湖もダイダラボッチの足跡だし、甲府盆地は富士山を高く盛り上げるためにダイダラボッチがすくった跡など、全国にあるんですけど・・・・・。

d0007653_846209.jpg北沢川流域の民話、伝説を調べた柳田博士はこれもダイダラボッチが架けたとされる玉川用水に架かる『代田の橋』を眺めて、「随分小さな仕事もしたんだ」みたいな感想を述べてますが、足跡伝説に関しては「つま先に力を入れ、西を向いてる(東だったかも)」などと。

面白い伝説は北沢川の水源(京王線・八幡山駅前の都立松沢病院内の将軍池)が地下で井の頭の池につながってるんだとする説です。
お百姓さんが北沢川の水辺で鎌を研いでいると、小さな蛇が泳いできた。
邪魔なので鎌の先で脇にどけると怒り狂って大蛇に変身して襲い掛かる。
井の頭の池に巣食う大蛇が小蛇に変身して地下水脈潜って遊びに来てたんですね~。
幸いにも夢中で振るった鎌が当って大蛇は退散しますが、北沢川は三日三晩真っ赤に染まる。
この時切り落とした尻尾の骨、何故か近くには保管されてなくて少々離れた中野坂上の宝泉寺にある。
d0007653_861717.jpg新宿・落合の浄水場で濾過した水をもう一度地下トンネルで引き戻して暗渠の上に流している北沢川の代田のせせらぎ。
落合の浄水場で染料を流せば伝説の再現は可能ですが、キット伝説が生まれるような赤く染まったこともあったのでしょう。
川の水が赤く染まること、海の赤潮同様にプランクトンが異常発生すると起こりうるんだそうですから。

北沢川の現在の主はコイツ(← ←)。
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by molamola-manbow | 2011-07-23 08:25 | 地元・経堂 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 22日

ラッキョウの天婦羅

天ツユの他に、ピンク色した岩塩も添えてくれた。
コノ形、ラッキョウです。
「メニューには眼を通すものだな~」と、心底感じた一品でしたね。
何時もの呑み仲間であったなら、キット喰いっぱぐれていたでしょう。
昨夜は丹念にメニューに眼を通して酒のお供を選び出す女性が加わってて、「アラ、こんなものがあるワ」
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ウ~ン、可もなく不可もなしの味、あのカリッと感が消えちゃうのは欠点ですね。
でも、話に夢中になってて、アツアツをご相伴できなかったのは失敗です。
だからと云って、次に訪れた時にはもう市場から消えているはずの極々限られた季節もの。
七月も半ばを過ぎたこの時期に喰えたのですら奇跡に近いから、アツアツを試すとなると来年まで待たなければならない。

祖師谷大蔵の『魚店(いおだな)きなり』は昨夜も盛況。
四人で訪れて一度は「ごめんなさい」と断わられそうになった席、詰めてもらいかろうじて座れたのがまだ薄暮の時間の七時です。
いいお店は皆さん知ってる
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by molamola-manbow | 2011-07-22 07:45 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 21日

紙バックCoffee

d0007653_21585165.jpgかれこれ二十年、使い詰めできた珈琲ミルが動かなくなって、現在はコイツを愛用している。
カップの縁に引っ掛けておいて上からお湯を注ぐ簡易ペーパードロップ式、地元のスーパーの品全てを試した末に「コイツにしよう」と決めました。
味が気に入ったのかと云うと、そうではない。
どのメーカーの品も似通ってて、苦味が勝ってる筈のマンダリンも、酸味が売りのコロンビアも、中性のブラジルも、全てを調和させた筈のブレンドも、み~んな同じ味です。
コレと決めたコイツだってその点は同じ。
六種類ほど種類があるんですが、利き酒方式で飲んだら当てられません。
「では、どうして」の理由はパッケージの袋がお気に入りなのです。
厚手の銀紙で裏打ちされてるコイツ、朝の一杯を飲んで用済みのパッケージはポケットへ。
丁度いい、携帯灰皿になるんですね~。
喫煙者に対する世間の風当りは強烈で、喫煙場所も灰皿も、いまじゃ探すのに苦労しますから

壊れた珈琲ミルの方、一度分解してどこがイカレタのかを確かめてから新調するかどうかを決めたいのに、お気に入りのおかげでなかなか手をつけられない。
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by molamola-manbow | 2011-07-21 06:26 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)