Hey! Manbow

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2011年 08月 31日

文数が知りたい

d0007653_781465.jpgd0007653_79955.jpg この娘っ子、八丈島に住まうガールフレンドなんだ。
物凄く愛嬌がよくて、それはそれは親しくしてくれるんだけど、別れる時は至って素っ気無い。
「また~ね~」と手は振ってくれます。
でも、すぐに関心は他に移って、熱い視線を送り続けてくれるとか、眼に涙浮かべて別れに耐えるとか、抱きついてくるなんてことはない。
眼は新しい関心の方へ。
母親が手をつないでなきゃあ、サッサとそちらの方に向かっちゃう素振り見せて、manbowへ関心は遠退いちゃうんだ。
小学生の兄貴のこと、召使いぐらいにしか思ってなくて、ほぼ全て、己の我を通すしな~。

ふたつの写真の間には三年間の時間の流れがある。
兄貴へのプレゼント、すぐに頭に浮かんできたのだけど、「コチラには何を」で迷ってたところ、可愛い靴を見つけたんだ。
ママさ~ん、blog見たら文数(センチ)教えてくれ~、パパが知らせてくれてもいいよ~
成長が早くって!!
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by molamola-manbow | 2011-08-31 07:53 | 潜り・磯釣り・海
2011年 08月 30日

成城学園前~サッポロ

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『札チョン族』などと云う言葉、今でもあるのかな~?
北の町・札幌に飛ばされたサラリーマン、独身だろうが単身赴任だろうが、こんな言葉で呼ばれてました。
プレプレ、プレ、そして本番と、冬季五輪を三回も開いたりして、札幌の歓楽街・ススキノが南に向かって拡張してった時代の前後、日本は高度成長期にありました。
その一番沢山飲めた年代に札幌に居て、足繁く通ってた飲み屋さんの雇われマスターが『とり長』なる焼き鳥屋を始めて十幾年。
「飲みにきて~」の要望にまだ一度も応じていないmanbowに比べ、昨夜の飲み友ふたりはともに顔を出して呉れている。
中でもひとりは札幌に出掛ける度に訪れて、キープボトルまで置く仲になった。

『氷下魚』と書いて『コマイ』と読ませるつまみなど注文したのがきっかけでした。
昨夜は三人ともサッポロづいちゃって、「よ~し、今冬はツアーを組んでサッポロで飲もう、とり長でオダ挙げよう!」
銀杏並木の正面に広がる学校法人の名前から付いた成城の街の飲み屋さん『わじゃらか』に居座って、まだ外の明るい時刻から駅のホームが寂しくなっちゃう終電近くまで。

       焼鳥『とり長』
札幌市中央区南六条西三丁目・『ニュー公楽会館1F』 電話011-562-4540
営業時間は夕刻6時~朝命尽きるまで(日曜休日)
ついでだから宣伝です。
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by molamola-manbow | 2011-08-30 07:31 | 酒・宴会・料理
2011年 08月 29日

新規参入の祭り

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路地の正面に写ってる社・花園神社の裏っ側、かすかに『ゴールデン街』の文字も見えます。
昨日は午後の三時過ぎから路地という路地がごった返して、以前は都電の線路跡の遊歩道にはバンドの舞台も設えられて、終日大賑わいでした。
確率二分の一、過去に二回も豪雨にたたられた『ゴールデン街祭り』、四回目のことしはいい具合に猛暑も一休みです。

かつては一癖も二癖もある飲み屋が並んで、常連同行でなきゃあ入れなかったお店の数々、バブル期にはビル建設話が源の立ち退き問題で放火事件が多発したり・・・・・。
一時は寂れたけど経営者の若返りなどでまたお客さんが戻ってきてます。
各お店、路地に屋台を出して、お店の内と外で「サアサア、食ってケ、飲んでケ
昼間は薄汚い路地、人通りもまれなネズミの通り道みたいな街だけど、これだけごった返すと違って見えてくる。

お邪魔したのは『吐夢』なるお店、赤い手拭い巻いた強面のお兄~さん(↑ ↑)のお母さんがママさん。
先日述べた下田郊外・田牛(とうじ)の民宿で夏を一緒に過す海の友ですから、強面の兄~さんでもmanbowたちには頭が上がらないんだ。
何しろ、小学生でしたもの。
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by molamola-manbow | 2011-08-29 06:38 | 酒・宴会・料理
2011年 08月 28日

名乗るほどのモノじゃあござんせん

「忘れ物、多分あそこの飲み屋さんだろうな~」と思って翌日、コースを逆にたどった一軒目、ありません。
「本命は次ぎなんだ」と自分自身に言い聞かせて更なる飲み屋さんへ。
やっぱり御座いません。
「こりゃあダメだ~」と諦めて、トコブシなど注文しつつ「長い間世話になった。アリガトよ」と、無くしたデジカメへの踏ん切り付けた。
その帰り道、「一応紛失届けだけは出しておこう」と、小田急線の遺失物係りに顔出すと・・・・・。
d0007653_7441113.jpg「それらしきモノ、届いていますね。明日改めておいでください。〇〇駅から取り寄せておきます」

奇跡です
「名乗るほどのモノではござらぬ。では失敬」と、駅員に手渡してサッサと帰られたお方がいらっしゃったらしい。
見知らぬヒトに感謝です。
携帯電話とデジカメ、買い換えずに済みました。
それよりも何よりもとっても気持ちがいい。
もう一度感謝をしなければ
戻った携帯電話を開いてみると、「ちゃ~んと帰宅なさったかしら?心配なのでメールしました」
アハハ、酔っ払ってたんだ。
                                    増水多摩川
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by molamola-manbow | 2011-08-28 07:49 | 酒・宴会・料理
2011年 08月 27日

プラス1カスタムの威力、そしてクルーの一員は・・・・・

セーリングクルーザーレースで一番有名なヨット、コレでしたね。
左右ともに三人目のご夫婦を中心に、三角コースだろうが、ソーセイジ・コースだろうが、はたまた三重の鳥羽から江ノ島を目指すロングランだろうが、ありとあらゆるレースの優勝をさらい続けてきた。
オーナーが変わっていま『あらいぶ』、クルーも一新されたので「活躍の場も終わったか~」と思いきや、今年五月の『KENNOSUKE CUP』、覇者となったのは『あらいぶ』でした。
レース直前にメインセールを破る"片肺飛行"での快挙、速い艇は速い!
オーナーの意向で土台艇(34フィート)のスタンを、1フィート長くして設計し直したので、Hayashi-34の後に『Plus1Custom』と付く。
ヨット設計の大御所・林賢之輔先生とオーナーの作った傑作艇、そいつがコレです。
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祖師谷大蔵の『魚店(うおだな))きなり』で、一昨日はその『第一花丸』の祐さんオーナーと飲んだ。
長い間manbowが世話になった42フィート艇『Hinano』と『第一花丸』の関係は、同じ林艇であるほか、オークランド(NZ)のリガード造船場で進水した姉妹艇、背丈はでかいけど『Hinano』の方が妹分と云う関係にある。
できのいい姉貴に比べ、妹は一度もKENNOSUKE CUPの優勝経験はないんだけど・・・・・。

祖師谷大蔵の夜はmanbow取って置きのガールフレンドが第一花丸のクルーの一人と結婚誓い合う仲になっちゃったので、「式は何処で挙げさせよう」とか、「二次会は・・・・・」とか。
飲んだ目的はコレだったのだけど、何ひとつ決まらない。
ガールフレンド掻っ攫っちゃう憎っくきヤロウだし、祐さんオーナーにとっても「知らない間にいい仲になっちゃった」ようだし。
挙式目標は今年中、「manbowさんも絶対会ってるヒト」とガールフレンドは云うんですけどね~、顔と名前が一致しない。
ヒョットすると「イナちゃん」なるお相手の男性、写真の中に居るかもしれないんだ。
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by molamola-manbow | 2011-08-27 07:44 | ヨット
2011年 08月 25日

伊豆半島との付き合い

車体の正面にぶら下がる伊豆急のワッペンが導火線となって思い出を甦らせた。
伊豆一番の美浜を広げる弓ヶ浜、田牛(とうじ)集落の西隣りに位置してて、浜の端っ子を流れる青野川を溯ると下加茂温泉に出ます。
そこの伊古奈ホテルに滞在して三日間ほど早朝の弓ヶ浜でアカエイを突きまくったのが初めての伊豆、初めての銛漁でした。
d0007653_20481184.jpg早朝に浜に出て、膝小僧辺りまで海に入って、浜辺の端から端までを静かに歩いて行く。
気配に驚いて沖へと逃げるアカエイに向けて、物干し竿クラスの長くて太い銛を放ちます。
畳み半畳ほどもあるドデカイのが、岸近くに眠りに来てて、四、五匹は刺せた。
所在なげな浜辺の我々三人組を見て、「滞在費の足しになるよ」と声を掛けて来たのはカマボコ屋さん。
銛も貸して呉れて、確か一匹に付き百円程度を頂きました。

伊豆急開業(昭和三十六年)の前年の夏休み、半島先端の弓ヶ浜に入るには、修善寺からのバス便が唯一の交通手段みたいな時代でしたから東京からほぼ一日掛かりの旅でした。
広々とした砂浜を松林が覆ってて、その根元には天然柴が長く続いて、当時は雑誌でもお目に掛るのが難しいビキニ姿(単なるセパレーツ水着だったかも)の青い眼の若夫婦が幼児と大型犬を連れて泳いでた。
あとは我々三人で独占の海と砂浜です。
伊豆急開業前の伊豆半島、何処もかしこも白砂青松を地で行ってて、弓ヶ浜はその中のNO1パラダイスでした。

今夏の伊豆急・下田駅劈頭では、コンなの( ↓ ↓ )が人気者になっていた。
円高、津波、他にも理由はあるのでしょうが、観光客は例年に比べて少ない感じ。
それでも人間は街を、海を、自然を汚します。
便利になって、ドドッと押し寄せるようになって、伊豆は変わった。
野良猫なんかは束になって住み着いても、公害撒き散らさないんだけど・・・・・。
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by molamola-manbow | 2011-08-25 08:01 | 潜り・磯釣り・海
2011年 08月 24日

田牛(とうじ)の海 その②

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伊豆半島の先端・下田市の西端に位置する田牛(とうじ)の民宿の女主人は、水揚げ量NO1を誇り続けた海女さんでした。
貝殻の大きさ25センチ程、「これ以上大きくはなるまい」と思える大アワビに、ワザワザ傷を付けて上ってきてた。
「こんなキズ物、売れね~でよ~、オメ~ラで食え~」と放って寄越すためなのです。
サザエだってしかり、両手で作ったゲンコツ・クラスが庭にゴロゴロしていた。
d0007653_9323753.jpg庭で育ててるナスビにトマトにオクラにキュウリも、「好きなだけもいでけ~。浜で食うとうめ~ど~」
そんな訳で遠慮しないmanbow、朝露に濡れたトマトを一個、起き抜けに喰らうのが滞在中の日課です。
もう海女は引退しちゃってますけど、「ババはまだ組合費払い続けて居るで~、サザエ幾らでも拾っていいよ~。そんための組合費だで~、ババの代わりしてるんじゃ」
こんな理屈が通るかどうかは別、居心地がいいんですよね~。
バッちゃんが放って寄越した今年は、手持ち推定3キロ程のイノシシ肉のブロックでした。
で、夏の田牛の海遊びは四半世紀も続いて、来年もお邪魔することになるのしょう。

d0007653_9371340.jpgただし、今夏の海は酷くって「海風の涼しさは格別だ~」などとのたまいつつ、先発組の隣りでピクリともしない"浮きが肴"の酒盛りを始たのですが・・・・・。
まさか、震え上がることになるとは思いませんでした。
俄かに天空がかき曇ったと思ったら、下がるは下がるグイグイ下がる。
新聞報道によると十七度も気温が急降下したといいます。
ゲリラ豪雨の東京と違って、下田に雨が来たのは翌二十日の真夜中から。
海遊びには支障なしだったものの、寒さは続いて日程一日繰り上げて帰京することになった。
潜った回数一度、所要時間たった三十分弱の海です。
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by molamola-manbow | 2011-08-24 01:09 | 潜り・磯釣り・海
2011年 08月 23日

  恒例の田牛(とうじ)の海 その①

                                                                                      調理中(↓ ↓)
d0007653_5585733.jpgお盆過ぎの土、日曜日を中心に三泊四日で海を楽しむ。
ターフを張る会場は三箇所あって、その日の気分で変えますが、それぞれ十センチと違わぬ場所に支柱を立てている。
顔触れだって違いませんよ。
去年だろうが、三年前だろうが、写した写真はほとんど同じで、「ことしの写真だよ~」どころか、「来年の写真できたよ~」と手渡しても、「アツ、ありがとう」の返事が返ってくるんじゃないかと・・・・・。
ソイツをほぼ四半世紀だ。
「タマには他の海に行かないか」、そんな声が出ても不思議じゃないのに、判で捺したような行動が繰り返されてる。

               完成途上(↓ ↓)                                                            完 成(↓ ↓)
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八畳二つと六畳が三つ(四畳半が混ざっているかな?)に三十余人がひしめき合って、廊下にまではみ出した盛期は終わって、現在の参加者は十人前後。
小、中学生に幼児までもが加わり、それはそれは賑やかだった彼ら、一人抜け、二人抜けして若手の補充がない。
生気はすっかり失われたけど続いている。
何がいいんでしょう?
昨今の民宿、給食センターが出来て、何処に泊まっても皆同じ、お仕着せの夕食食わされるんですよ。
海で喰らう昼食も「今日はカレーで、明日は焼き蕎麦」、毎年決まってコイツの繰り返しだし・・・・・。
しかも肝心の海、前夜の飲み疲れでこんな具合(↓ ↓)になっちゃうんだ。
馬鹿だよね~、manbowも含めて。
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by molamola-manbow | 2011-08-23 06:51 | 潜り・磯釣り・海
2011年 08月 22日

  下田の喫茶・『邪宗門』、行ってみやんせ!

「熱心に通って来るでよ~、オメ~さんにだけは釣らせてやりて~よ~」と、下田の沖根・神子元島に釣人を渡す船頭さんから同情されてた時代がある。
「いって~どんな仕掛け使ってるだ~?、見せてみろ~」。
と稲生沢川沿いの一角に佇む"なまこ塀"喫茶・『邪宗門』」に連れ出されて、お茶もご馳走になってる。
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「どんな釣り方してんだ~?」に応えると、「そりゃあ、釣れね~」と意見されて、「餌(冷凍イワシ)はの、棚に這わせろ~、ブラ~ンと水中にぶら下げてたって、魚は居ても食わね~よ~」と意見された。
そこで竿先を下げて、根際を狙い始めたら、きたんです、ガッツ~ンと当った。
オオカミの別名には届かないまでも、7 キロ強のシマアジを釣り上げた。
喜ばれましたね~、アノ時は
同船の釣人十人ほどの中で、獲物はmanbow のコノ一匹だけ。
「ワシの愛弟子」みたいな持ち上げ方されて、「見習え~

アノ船頭さんが亡くなって、二代目は店をつぶしちゃって、神子元島からは足が遠のいた。
『邪宗門』もまた忘却の彼方・・・・・。

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「今夜は下田泊まり、西伊豆・布良まで行くけど来るかい?」などと、十年ほど前にセーリングクルーザー『Hinano』から連絡があって、陸路下田入りした際も『邪宗門』のことは頭から飛んでた。
総勢四人で寿司つまんだ店、『邪宗門』とほとんど一筋違いだったし、スキッパーは酒を飲まなかったから、連れて行けば喜びそうなお店だったのに・・・・・。
それよりもなによりも、ほぼ三十年間近くも夏のコノ時期には欠かすことなく下田の郊外・田牛(とうじ)まで潜りに来てるのに、一度も『邪宗門』のことは頭に浮かんでこなかった。

伊豆急の下田駅から歩いて五分ほど。
ガラクタで埋まった店内は四十年振りに訪ねても魅力に満ちてました。
三畳ぐらいはありそうなトイレの中までガラクタで埋まってて、及第点の旨い珈琲が出て、店内どこもかしこもタバコがプカプカやれるんだ。
玉に瑕は作り付けの木製ベンチかな。
当時と違って上に薄ベリなどが敷かれていたけど、相変わらずお尻は痛くなってきた。

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                                                               店名は北原白秋の『邪宗門秘曲』から
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by molamola-manbow | 2011-08-22 08:12 | 酒・宴会・料理
2011年 08月 19日

アノ蝉?

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「ジジッ」と短く鳴いて、生涯を間もなく終えるセミが窓際に落っこちてきた。
「オイオイ、オマエかい?」。
羽化して地上生活を始めたセミの寿命は一週間から十日ほどと云われているけれど、稀に二週間生きるヤロウが出てきたって不思議はない。
人間の寿命だって伸びてるんだし、都会で天敵と云えばカラスぐらい。
そのカラスだってゴミ袋漁れば、セミを喰らうよりずっとおいしいものが手に入る。

そんな訳で羽化に立ち会ったアイツが別れの挨拶にきたんじゃあないかと。
連れ合いから「バカね~」などと一蹴されても、こんなのは思い込んだ方が勝ちだ。
接写を試みても逃げないから「絶対にアイツだよ」と云い張って・・・・・。
イロの違いを指摘されても、「ミンミンゼミもアブラゼミも羽化の直後は素人には判断できないほど似てて白いんだ」と突っぱねる。

で、「人間社会には満足に挨拶もできね~ヤロウが増えてるって~のにコイツは偉い、そっとして置こう」

五分ほど居て、最後の力振り絞って彼方へと飛んだ。
生き物の大半、人知れぬ場所で静かに息をひき取ります。

コンナのも珍しいかも(↓ ↓)
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by molamola-manbow | 2011-08-19 06:17 | 犬・猫・蛙に動植物