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2011年 10月 31日

雪虫の舞う二百万都市

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草を食む羊の他は、ナ~ニもないだだっ広い丘、それだけで充分だったのですけどね~。
Boys, Be ambitiousのクラーク博士像はともかく、石原裕次郎の碑だとか、雪祭り資料館とか、教会とか、オーストリア館とか、足湯とか・・・・・。
札幌郊外の羊ヶ丘、俗っぽくなっちゃってました。
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それでも、北の街は紅葉の季節の終盤です。
そこここで雪虫が飛び交い、明日にでも初雪を迎えそうな雰囲気の漂う中で美しく色づいてました。
降っては消えを繰り返して真っ白な絨毯へと変わる雪、今年は遅れています。
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赤レンガが美しい北海道庁の完成は明治二十一年(一八八八年)、いい都市を育てました。
広々とした歩道の贅沢さにうなります。
ナナカマド、アカシア、ポプラ、イチョウ、プラタナス、カエデ、アオダモ、サクラ、コブシ・・・・・。
札幌の歩道は、それはそれは様々な並木で飾られてて、リンゴの木が一キロも続く道まである。
二泊三日の札幌訪問、目的は観光じゃなくって、夜の薄野にあったのに、晩秋を堪能してきちゃいました。
葉っぱも実も真っ赤に色づくナナカマドの並木、見とれてシャッター押すのを忘れた。
札幌市の人口、まだ二百万には届いていないかも知れませんが、カントリーとアーバン、両方の楽しめる都市に惚れ直しです。
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by molamola-manbow | 2011-10-31 06:49 | カテゴリー外
2011年 10月 28日

コレ、な~んだ

顔そむけるとか、眉をひそめるとか、そんな物体に見えますけど、レッキとした食べ物です。
およそ一ヶ月掛けて完成させましたが、市販されてるヤツの姿も似たり寄ったり。
映像はほぼ実物大、市販品はもう少し乾燥を進めるからもっと小ぶりですが・・・・・。
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横文字で書くとFederation Internationale de Gymnastique、 国際体操連盟はコノ頭文字をとってFIGと呼ばれてる。
不思議物体の英語名もまたFIG、後にtreeと付けますけど。

日本名の漢字だって、『無花果』と難しい。
どう考えても、教わらなきゃあ読めない漢字、『むかか』でも間違いじゃあないけど。

ドライフルーツにしてみたらグーンと甘味が濃縮されて、その中に嫌じゃあない酸味が加わる。
コノ酸味、生では味わえません。

ハエ、特にコバエを寄せ付けない細かい目の網が必要ですが、天日干にして一ヶ月ほど置いておけば出来上がり。
薄い小さなダンボール箱に入って二箱も頂いたので作ってみた。
眉ひそめる姿形をしてるけど、おいしい。
干し葡萄、あんなの目じゃあない
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by molamola-manbow | 2011-10-28 08:29 | ホビー
2011年 10月 27日

眼からウロコ

d0007653_22343498.jpgソニー出版が1985年に出した『SMOKE COOKING』、manbowの燻製の先生です。
もう用済みとなって、書棚の隅で眠りこけていたその先生を、久し振りに抜き出して、様々な間違い犯してる事に気づかされた。
毎年、六十匹ほどに煙を掛けてる秋刀魚、はらわた抜いて、粗塩塗りたくって、すぐに天日干しに移ってましたが、先生は「冷蔵庫で一日寝かせろ」と云ってる。
流水にひたして「少なくとも二時間、塩抜きをしろ」とも書いてある。

塩は薄めに、出来るだけムラが出来ない様な心掛けはしていましたけど、天日干しに移る前の一工程、飛ばしちゃってましたね~。
もっと大胆に、塩漬け状で寝かせて、馴染んできてから流水で塩を抜く。
これって重要な一課程であるらしい。

他にも、「天日干しは三日間から一週間しなさい」とも述べてる。
一応、manbowも、三日ぐらいは干すよう心掛けているけれど、天気予報によっては一日で済ませたりしてた。
「もう少し時間をかけた方がおいしくできるのかも」と考えていましたので、「一週間かあ~」は実感です。
二度目は先生の教えを守って作らねば
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by molamola-manbow | 2011-10-27 07:59 | ホビー
2011年 10月 26日

関東大学ラグビー『ごろしち会』

d0007653_4201829.jpg「静かに寝せとけ」とか、「動かすな」とか・・・・・。
気づくと大勢のオジンたちが覗き込んでる顔、顔、顔の輪の中に居ました。
「救急車呼べ」の声を慌てて制して、起き上がろうとするのだけど力が抜けて立ち上がれない。
ご丁寧にも、同じこともう一度やって、車椅子など持ってこられてベッドが設えられてる看護室に寝かされちゃいました。

何故、こんな区切り方をしたのかは解りません。
昭和三十年代の五、六、七年度に関東の大学でプレーしてたラガーマン達が集う『ごろしち会』への出席呼びかけがあったので、顔を連ねた立食パーティー(青山学園アイビーホール)での出来事です。
深谷ネギで作った『ねぎらい』などと云う焼酎を見つけて、グビグビと度を過したのが悪かったのか。
久し振りに背広にネクタイで首を締め付けたのが悪かったのか。
だらしないW杯ラグビーのカーワン・ジャパンに、口角泡を飛ばし過ぎたためなのか。
貧血に襲われてブザマに倒れちゃいました。
そいつも念の入ったことに、パーティー中に二度もです。

d0007653_4203582.jpgこれって家系ですかね~、六歳違いの弟も同じように大勢が聞き耳立ててる講演会の最中に、朽木が倒れるように崩れ落ちたことがある。
カメラマンを命じられ、会場を撮影してる最中でした。
記憶を辿ると、manbowもまた、トイレでオシッコ中に倒れて気づくとキン隠しが目の上にあったことがある。
まだ中学時代のことだ。
入浴中の立ちくらみなどしょっちゅうだったのに、まったく気配を見せなくなったのでもう大丈夫と思っていたのですけど・・・・・。
「会話が弾む、かつてのライバル、居るかな~」と心配だった会、向こうから声掛けて来たりして呉れ、結構愉快にやってたのに残念
心配した一年先輩にタクシーで送られたりもしちゃいました。 
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by molamola-manbow | 2011-10-26 09:38 | ラグビー
2011年 10月 25日

水中考古学

鎌倉中期、北条時宗の時代に二度に渡って北九州西部への侵略を試みたモンゴル・高麗の連合艦隊、日本史の授業で教わった『元寇』の二回目は、4,500隻もの大群の来襲だったと云われてる。
まだ鉄砲も大砲も実用化されてはいなかった時代ですが、火薬を使った手投げ弾などは現れて、対馬、五島列島、壱岐島は一日で陥落した。
長崎、佐賀、福岡沖を埋め尽くしていたその大艦隊、たった一夜で掻き消えてしまう・・・・・。
弘安の役(一二八五一年)、大艦隊を撃退したのは『神風が吹いた』とされてる台風でした。
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先週末からテレビ、新聞紙上をにぎわしてる琉球大・池田栄史教授の『蒙古の軍船発見』、manbowの感覚からすると「遅いよ~、もっと早く見つけ出さんかい」ですね。
発見場所は深々と切れ込んだ伊万里湾の入口に浮かぶ鷹島沖、水深20メートルほどの海底です。
むき出しで海底に横たわっていた訳じゃありません。
ヘドロの中に眠ってた訳だけど、水深20メートルと云えば趣味の範囲を出ないmanbowでさえ素潜りで入って行ける。
内湾に等しい波静かな海底20メートル、そこに四千隻もの船が沈んだんだ。
今まで見つけられなかった方がおかしいと思っちゃいます。

宇宙開発には予算を付けるけど、考古学、中でも水中考古学には自由民主党も文部科学省も見向きもしませんでした。
ヘドロに覆われた無酸素状態の海中、保存環境は地中よりもベターだとさえ考えられているのだから、日本中の海には各地にタ~クサンの過去が埋まってるはずなんですよね~。
東北大震災が一段落したら予算つけて発掘調査に乗り出してもらいたいね。
古代から海の道として使われた瀬戸内海と日本海、貴重な発見は予算さえ付けばあちこちで発見され、歴史が変わるかも知れないんだ。
日本の水中考古学、門の前にようやく立ち止まったぐらいで、まだ扉をノックしてもいない段階ですね。

蒙古来襲図、フランスじゃあなくてアメリカに学んだ明治の画家、矢田一嘯(やだいっせい=1858~1913)の作です。
映画の看板画家的な評価しか受けていませんが、明治期にこんな油絵の描けた画家、居たんですね~。
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by molamola-manbow | 2011-10-25 08:49 | 潜り・磯釣り・海
2011年 10月 24日

幼児用、モミジの手に合う麻雀牌

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一見したところは何の変哲もない麻雀牌に見えます。
でも、萬子(マンズ)の上に転がってるサイコロが普通の大きさ。
デカ牌などと呼ばれてるヤツだと、大きさの比較、丁度四分の一程になる小っちゃな麻雀牌です。
古道具屋のウインドウで眼に止まった時は「面白っ」と、思ったんですけどね~。
d0007653_1755346.jpg旅館には正規の麻雀牌が常備されてる。
かつての様に時間持て余すようなことも無くなって、すぐ歌唄いに出掛けちゃったりする。
何よりも使い勝手が悪くって・・・・・。
そんな訳で、ほぼ四半世紀も経つのに使ったのは確か二回だけ。
旅行用の携帯牌は箪笥の肥しと化し、忘れられた存在になってた。
久し振りにそいつが出てきて思い出したのは、麻雀一年坊主の知り合いの奥方。
差し上げる約束をしてからかれこれ三年ほど。
もう一年坊主は卒業してるでしょうから、こんなモノでも無いよりはマシでしょう。
例えば・・・・・
「ネエネエ、奥さん、今夜は外でご飯食べましょうよ。ウチもダンナが留守なのよ」
な~んて話になった時、「アラ、四人居るわね~。じゃあ、一発勝負でビール代賭けない。こんなのがあるのよ」
「ワ~ッ、カワイ~、やりましょ、やりましょ!」
勝負事って、言いだしっぺが負けるケースが多いんだけど・・・・・。
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by molamola-manbow | 2011-10-24 07:42 | カテゴリー外
2011年 10月 23日

書棚からくすねた本

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コレ、姉貴の書棚からくすねてきたアーサー・ランダムの全十二巻からなる全集です。
イングランド北西部ノフォークの湖水地方・デストリック湖で、『ツバメ号』なるディンギーを乗り回し、叔父さんと海にまで出て行く少年少女達のお話し。
manbowは順序だっては読まずに、『ヤマネコ号の冒険』(三巻)~『ツバメ号とアマゾン号』(一巻)~『海へ出るつもりじゃなかった』(七巻)と読みましたが、記述がクドクドし過ぎてて「もういいや」となっちゃいました。
イギリスでは少年少女達がオトナになった行く過程で必ず目を通さなきゃあならない必読シリーズだと云います。
読書家なのかどうか、そこのところが判らないのだけど、居るんですよ、プレゼントしたい少年!

たった一人で十九世紀の海を旅した『スプレー号』の地球一周四万五千マイル、先日紹介したキャプテン・スローカムの一冊も、欧米の少年少女達の必読の書だとありました。

比べて、日本の少年少女達の本、我が国の児童書って何でしょう?
ガキ時代に読んだmanbowの本は『モンテクリスト伯』だったり、『ハックルベリーフィンの冒険』だったり、『宝島』だったり・・・・・。
劇画のハシリ・山川惣治の『少年王者』から、手塚治の『鉄腕アトム』へ。
漫画の類いはイッパイあるのだけど、書に思いつくモノがない。
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by molamola-manbow | 2011-10-23 08:00 | 読書
2011年 10月 21日

 ♪ ボロロ~ン

d0007653_1052158.jpg渋谷のライブハウス『CROCODILE』で来月六日の夕刻、このひと、津村泰彦のウクレレ・リサイタルがあるんだ。

本職はギターのスタジオ・ミュージシャン。
知る人ぞ知る名手だったのに、ある日ある時からギターをウクレレへと持ち替えた。
「とっても小さいし、弦も二本少ないし、こりゃあ扱い易い」とのたまったわけじゃあないのだけど、玩具の楽器的イメージの強いウクレレが、彼の手にかかると別の楽器に見えてくるからビックリ仰天なんだ。

ハワイアンの世界でウクレレ・ソロの名手と言えば『ウクレレの神様』などと呼ばれてるハワイの日系二世オオタサンことハーブ・オオタ。
確かにオオタサンも上手いんですけどね~、津村泰彦はその上を行っちゃってます。

六十超えた初老のオジンのボロロ~ン。
優しさこの上ないウクレレ演奏の背景をつとめるのは、チェロの元吉元子、ヴィオラの荒井朋子、フルートの近藤ひかり。
エレキとコンピユーター・サウンドのあふれかえる現代にあって、久し振りにこころやすまる宵になりそう。
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by molamola-manbow | 2011-10-21 04:06 | カテゴリー外
2011年 10月 20日

  鼻水垂らす象

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こんなもの、持ってた事さえ忘れてた錫製のスキットルが出てきた。
"インド洋の真珠"などと呼ばれてるシュミラン群島へのダイビング・ツアーが出ることを知り、同行の仲間をプーケットに置き去りにして参加しようとした団体行動違反、コレに天が罰を与えたスキットルだと思ってる。
「潜った後はラムかウイスキーだよな~」と思って、わざわざ土産物屋に飛び込んで買い求めた品、「ウソだろう~」みたいな欠陥品だったのです。
トクトクトクと中身注いで、蓋を閉めた途端です。
スキットルに彫られた中央の象、そいつの鼻先がプック~ンとふくらみ始めたではないですか。
そして、ふくらんではタラリ、またふくらんではタラリと、まるで鼻風邪ひいてる象です。
彫り方が深すぎて穴が開いちゃっていたんですね~。
購入したお店、ビーチサイドとは反対側のプーケットタウン、品物突っ返しに行くには小一時間掛るし、遊びのスケジュールはギッシリだし・・・・・。
欠陥品と解っていながら持ち帰り、錫を溶かして「一滴たらしてもらえばすぐ直る」と考えたまま、四半世紀越え。
戸棚の奥から出てくるまで、存在することさえ忘れてました。

手元にいくらでもあるオモリを溶かし込めば塞がりますが、鉛じゃまずい。
修理に出すのも面倒だし、「ここんとこ、直せば使えるよ」断わって、どなたかに差し上げるしかない。
物好き、居るかな~?。
まだ、一度も使っていない新品です。
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by molamola-manbow | 2011-10-20 07:05 | カテゴリー外
2011年 10月 19日

  『スプレー号』、十九世紀に単独で世界を回ったヨット

両舷に水車をくっ付けたような外輪船がハドソン河に浮かぶのは1807年です。
ほぼ三十年遅れてスクリュー船の登場となる。
この両者、1850年にどちらが優れているか、綱引きやヨーイドンで性能を競い合います。
浦賀に来航した1853年(嘉永六年)の黒舟、ペリー提督率いる四隻は、外輪船とスクリュー船の混成艦隊だったこと、浮世絵を眺めると判ります。
勝海舟が船酔いという大弱点を暴露することになっちゃう咸臨丸の太平洋横断は黒船来航の七年後、外洋航海時にはプロペラを喫水線上に引き揚げる"船外機的"スクリューを付けた帆船でした。
十九世紀の海、こんな船舶が外洋を行き来してて、エンジンを持たない帆船も互角か、まだまだ帆船の方が幅をきかせて航海していた時代です。
大勢の当時の水夫の役目、三本とか四本のマストにぶら下がった帆を、揚げたり、下ろしたりが仕事でした。

そんな時代に西回りの『ALOUND ALONE』を成し遂げた男がいたんですね~。
                                                                                      スプレー号
d0007653_129899.jpg先月半ばに古本屋の棚で見つけた『スプレー号世界周航記』(草思社、1977年発行)。
この著者・ジョシア・スローカムこそが37フィートのケッチで世界最初の単独世界一周を成し遂げたヨットマンです。
知りませんでしたが著書はパブリックスクールの必読書、欧米では『キャプテン・スローカム』の名はジェームズ・クックに匹敵するほど知られているんだそうです。

単独での世界一周クルーズ達成の七年後、同じスプレー号で大西洋を南下して消息を絶つ。
スプレー号とともに忽然と海に消えるのです。
スローカムは何処に消えたのか、だ~れも知りません。

1895424日の正午過ぎ、スローカムとスプレー号はボストン港を抜錨して外洋に出る。
てらいもなければ意気込みもなしに、「気持ちのよい順風が吹いてたので」世界最初のシングルハンドの世界一周に出掛けて行く。
ボストン出航から三年後、1898620日にロードアイランドのニューポートに姿を現すまでの、四万五千マイルのクルーズは、すべてこの調子で推移する。
吼える40度線でもみくちゃになろうが、飄々と、淡淡と、何ひとつ苦労がないように操船し、状況に応じてたった一人で少なく見積もっても四枚はある帆を出したり、畳んだり・・・・・。
積荷を狙って出没する海賊との命を掛けた攻防も、巧まぬユーモアを交えて書き綴ります。
今でも船の墓場みたいに云われる南米大陸の最南端、マゼラン海峡をほぼ二度みたいな回り方するんです。
行く先々での自然、人物描写にも長けて、大冒険が大叙事詩となって広がって、単独でヨットを操り、大海を渡って行くことがどのような行為なのかをサラッとした筆で語ります。

船の性能もナビゲータ器材も格段の成長を遂げた現代でさえなお、小さなヨットを操って単独で世界を回る行為は、尊敬の一語に尽きるのだけど、スローカムは十九世紀にコレをやった。
当然のことながら何処に寄港してもスローカムはもみくちゃの大歓迎を受けるのだけど、ここら辺は隣りの港からお茶を飲みに寄っただけ、みたいに簡単に述べて流しちゃいます。
           ケッチ型
d0007653_742731.pngヨットによる世界一周クルーズ、現在は周遊よりも単独無寄航が主流になって、スピード競ったり、最年少記録の保持者になろうしたり・・・・・。
スローカムの世界一周記を読むと、こんなのがバカみたいに見えてくる。
ゆっくりと世界を回って、出来うる限りあちこちの港に立ち寄って、土地それぞれと交流を深め、見聞を広げる。
ヨットはそのためにあるんだと、ハッキリ書かれているわけじゃあないけど、行間のすべてが語ってる。
購入からほぼ一ヶ月、時間を掛けて読みました。
ヨットマンのバイブル的本です。
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by molamola-manbow | 2011-10-19 16:18 | ヨット