<   2014年 02月 ( 25 )   > この月の画像一覧


2014年 02月 28日

『 日本 神々の記憶 』  江戸雄介著

d0007653_10361570.png高校時代にこんな出来事があったので世界地図を手渡されればすぐにユビ指せる国・ヴァヌアツ共和国、そこのエファテ島で見つかった14片の縄文土器片、土の成分の分析とか、熱ルミネッッセンス法等々の科学分析を経て、「約5000 年前に日本で作られた土器である」との結論が、1990 年代に出されました。
青森・三内丸山遺跡の出土土器と、極めて似ているんだと言います。

縄文模様の土器は南アメリカ・エクアドルのバルビデオ遺跡からも出土していて、まだ結論は導き出されていないものの、縄文人が太平洋を越えて新大陸に渡った可能性を示唆しているとも受け取れる。
d0007653_10545516.jpgこのふたつ、太平洋の左端と右端で見つかった‶縄文土器″を最大の援軍に、江戸雄介著の『日本 神々の記憶』(WAV 出版)は、①三内人は太平洋を頻繁に行き来していた②縄文日本は太平洋文化の中枢だった、と書き進めます。

作者は考古学者じゃあありません。
四十年ほども主に海外で仕事をしていたビジネスマンから作家に転身した、古代史ファン半世紀の故人です。
この事を頭に置いて読まなければいけないのですが、大層面白い。
①と②に絞って筆を猛進させますから・・・・・。
ヘドロに保護されて、原型を保った大型の外洋カヌーが何処かの海に沈んでいないかな~と、遥か昔に想像が飛んで行っちゃう書でした。
太平洋を行き来したカヌーの発掘はソサエティー諸島・ファヒネ島で篠遠喜彦博士が掘り出した一艘だけ。
北欧・バイキングの船はほぼ原形のままの発掘が御座いますが・・・・・。
三内丸山遺跡には船着き場跡も見つかっているのだと言います。
太平洋をほぼ自由に行き来し、ハワイ~ニュージーランドを往復できたポリネシアンの船と航海技術は、どうやって6000キロも離れたヴァヌアツまで土器を運んだのかに通じて行く疑問です。
コイツが判ればな~。
空気を遮断するヘドロ、いい保護膜なのですが・・・・・。

ポリネシアン考古学の篠遠喜彦博士が特別寄稿でサラリと流して、完成の書でもある。
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-28 11:04 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 27日

  目線の先・・・・・

                                          まだ多大な未練は残して居るようです。
                             真剣に凝視していた対象から目を離していませんし、緊張も抜け切ってはいない。
                              でも、もう少しマシな場所へと位置取りを変えたオイラに感づいちゃったんです。
                                       匍匐前進を止めちゃって、立ち上がっちゃいましたもの。
                                     この姿勢で、カメラを構えるオイラに、すでに気づいています。
d0007653_2041292.jpg
                          「チッ」なんて舌打ちして、忌々しそうにこちらに視線を送ってきたのはその直後でした。
                                          あまり、忌々しそうには見えませんね。
                       「何一つ悪さはしてね~よ、ジロジロ見るんじゃあね~」みたいな顔、もう緊張感は抜けています。
d0007653_2392914.jpg
                 お腹が少々、ダブついていますから、純粋野良では無いようですが、枯れすすきの中を抜き足差し足は格好良かった。
                               彼だか彼女が狙っていたのは、野鳩をひと回り程大きくしたコイツらです。
                                      ハンターには気づいて居なかったと思います。
                                 周囲を警戒するでもなく、ヨチヨチと陸に上がってきましたもの。
                                           もう少し粘って呉れていたら・・・・・。
                             「またとないショットが撮れる」と、あせちゃったオイラが一番悪いのですが・・・・・。
d0007653_205930.jpgd0007653_2062916.jpg
                                   獲物に飛び掛かる距離はどのくらい詰めてからなのでしょう?
                              匍匐前進、抜き足差し足でその距離10 メートルほどの処まで詰めたと感じています。
                            真鶴半島の西側、湯河原の吉浜海岸から相模湾に落ちる小流・新崎川の対岸でのひとこま。
                                    クロだったら、もっと絵になったのにと、反省忘れて勝手な思い。
d0007653_23355611.jpg

[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-27 08:30 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 26日

  桃の節句

小田原駅の東口、お城のある御幸の浜側の商店街で、三十店ほどが店頭に雛人形を飾っている。
三月三日までの期間、ブラリ街歩きをしながら、様々なお雛様を鑑賞して貰おうと言う企画。
『おひなさまのひなたぼっこ』とか、『おだわらの雛の道中』と名付けられ、三十店舗超えのお店が参加しているらしい。
フラリと入った古い木造建築が印象的なお蕎麦屋さん・『橋本』(⇩ ⇩ = 建物はココに))でパンフレットを頂きましたので、帰り道の数店を覗きました。
d0007653_10532190.jpg
駅ビル一階のお菓子屋さん・『夢屋・菜の花』(⇩ ⇩)さんは、ショウケースに入っちゃう小さな段飾り。
奈良の有名木工師の作だと申します。
d0007653_6544499.jpg
アジアン雑貨のお店・『山帰来』(⇩ ⇩)さんも、お店の一角で。
祖母が初孫のために揃えました。
d0007653_6554261.jpg
こちらはお馴染み、『籠清』(⇩ ⇩)さんの駅前店。
真打ちは御幸の浜の蒲鉾通りに重厚に佇む本店に飾られているらしい。
d0007653_6561744.jpg
ウインドーショッピングなど楽しんで銀座をブラブラ、な~んてケースに用いられる‶銀ブラ″の意味、もともとは違うんだと。
でも、誰一人元の意味では使って居ないから、箱根からの帰り道に‶小田ブラ″などしてみては?
小田原城への往復だけで十数店の雛飾りと出合えます。
漁師言葉の「やろう」を意味する『小田原やんべえ倶楽部』の町興し企画。
神奈川の西の玄関口はいま、ピンチに立たされていますから、宣伝に努めねば
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-26 10:01 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 25日

  初  音

d0007653_96322.jpg鹿児島で過ごした小学校時代、盛んに歌わされた唱歌がある。
  梅の小枝でウグイスが 春が来たよと歌います ホーホーホケキョ ホーホケキョ~
ウイーン少年合唱団もかくやの美声を買われて、学芸会でコイツを独唱までさせられました。
熊本との県境の山に囲まれた小さな町では、小学校の学芸会は秋の運動会に次ぐ二大イベントです。
一躍有名人になりました~、な~んちゃってね。


そんなことを思い出したのは昨日、初音を聞いたから。
なかなか姿を確認させてくれない小鳥ですから写真(⇦ ⇦)も借り物です。
でも、声だけで十分、外は歌の文句通りに「春が来たな~」の陽気に変わってきました。

d0007653_9192680.jpg
コチラ(⇨ ⇨)は昨秋、カメラに収めることが出来た秋の小鳥・センダイムシクイ
鹿児島人に一番愛されている小鳥かも知れない、と思っている。
姿だけじゃあ、十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)の小鳥にすぎませんけど、鳴き声が特徴的です。
『焼酎一杯(いっぺ)いこ
鹿児島人にはこのように聞こえるらしいんですよね~。

アルコールの年間消費量は、全国的にはビールがダントツの N O 1 を占めておりますが、九州の二県、鹿児島と宮崎では近年、焼酎がビールを追い抜いた。
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-25 09:44 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 24日

  釣り針つくりの筈でしたが・・・・

d0007653_7164998.jpg夏も近づく八十八夜はおろか、春分の日もまだだと言うのに釣り針つくりに精を出すことに決めた。
切っ掛けは先日の読書でした。
大きいのはクジラでその他は象牙の端材、手元に簡単なドリルやヤスリは一式揃えたありますから、釣り針一本程度なら一日で完成です。
陽射も穏やかになって、ベランダまで延長コードを引っ張ってくれば・・・・・。
完成どころか、切り目ひとつ出来ませんでしたね。
ポリネシアン考古学を語らせたら右に出る者が居ない篠遠喜彦博士の著書など持ち出して、パラパラッとめくったのがいけなかった。
モデルの一本を著書の中の収録写真から選び出すつもりでいたのに脇道へと。
タ~クサンの釣り針と一緒に写っている骨角具の中に、ヤジリが一個もないのです。
他の著者の書を開いてみても、槍や銛(もり)先の写真はあるのですが・・・・・。

ハワイ島・ケアラケクア湾が終焉の地となった1779 年のキャプテン・クックは、棍棒と槍で殺された。
「神は海の向こうから白い帆とともにやってくる」の伝説通りの到来となった際は大歓迎を受けながら、数か月後に再び島を訪れて悲劇は起きる。
「何故?」の疑問や原因は様々ですが、ハワイアンが鉄砲に対抗した飛び道具は投石と投げ槍であり、弓矢は用いていません。
人口増加が引き金となって太平洋に散らばる島々を次々に発見、移住して行ったその過程には、数多くの部族間闘争があったし、たどり着いた島にはすでに先着組、な~んてケースだってあったでしょう。
しかし、争い事に弓矢は登場していない。
島対船の戦い、飛び道具が一番効果が有る筈なのに、投げるのは石ころであり槍です。
ある種の投石具は有ったらしい。

「ひょっとして、弓矢を知らなかったのか~?」の疑問、「発達しなかった」と見るべきなのが正しいようです。
ニュージーランドに生息した身長4メートル超えの飛べない鳥、ジャイアントモアがポリネシア唯一の弓矢の対象動物です。
豚も犬もニワトリも、ポリネシアに拡散して行く出発点の東南アジアから船で運んで太平洋に散った。
d0007653_11451416.jpgd0007653_11474399.jpg
島には狩るべき動物が居なかったから、弓矢は長い間に儀式の時に使われる神聖な道具へと変わったらしい。
「人殺しに使うなんて、末代まで祟る」とか、「一族郎党に害を及ぼす」とか。
ジャイアントモアを絶滅させたニュージーランド・マオリも、狩には主に槍と罠を用いたらしい。
ブーラメンを考案したオーストラリアの先住民・アボリジニ以外に、弓矢を知らなかった民族は居ない、と言うのが学説です。

「飛び道具とは卑怯千万(死語だね)なり~」みたいな血が民族に流れているのかも?
みたいな発想を持ったのは、フィジー、トンガ、ウエスタンサモア、そしてにあのオールブラックス。
勇猛果敢なポリネシアン・ラブビーからの連想でしたけど・・・・・。

的の中心を射抜く技よりも、矢を出来るだけ遠くまで飛ばす。
その三十三間堂の遺跡は、多くの島に残っているようです。
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-24 11:54 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 22日

  穏やかな陽気の土曜日

d0007653_7515754.jpgd0007653_7523632.jpg
水平線から顔を現して、山並みの向こへと消える日々変わぬお天道さん。
冬至から二か月ほどが経って、軌道を南から北へと修正してきました。
方向的には昇るポイントを真東に向かって修正中なのですが、「随分北に上がってきたな~」と感じちゃいます。
d0007653_7365733.jpg
その「暖かくなったな~」と感じた金曜日、真鶴半島の東側付け根を岩漁港から真鶴漁港へと岩場伝いに歩いた。
磯にへばりついているアオサ(⇧ ⇧)をムシリ、打ち上げられたワカメ(⇩ ⇩)を拾う。
岩漁港のダイビングスクールに、『今日の海水温 13 度』の表示。
海が一番冷えるのは春分の日辺り。
海藻はその厳冬の最中に伸びます。
海辺の町に引っ越したのだから、来月一杯は愉しまなきゃあね。
d0007653_744367.jpg

[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-22 09:11 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 21日

  小田原市、窮地に立ってます

d0007653_8113614.jpg
キョロキョロと辺りを見回して「コノ角だったよな~」の喫茶店、地魚料理の『板前』に変わっておりました。
夕刻六時頃、お客さんが入るのはこれからの時間なのでしょうが、一人も居ないのは心配です。
開店してまだ日が浅そうなのに・・・・・。
小田原駅前の商店街、どこもかしこもこんな調子のピンチなんです。
駅の真正面にあった『箱根登山鉄道デパート』も廃業に追い込まれて、今は白い幕に覆われちゃっていますし・・・・・。
駅前ロータリーの地下街、シャッター商店街を通り越した廃墟のその後の様子がコチラ(⇩ ⇩)
再々開発に乗り出すことになって、今、店舗改修の真っ最中の様でした。
過去に二度、破たんをきたしていて、キス釣りの後で一杯飲んだのは再デビュー一年目の記念セールの際であったらしい。
線路をまたぐ跨線橋駅の改札口から、直接地下へと降りるエレベーターで導線を設けるのが再々開発の目玉。
1976 年のスタート時、66 店舗が入っていたと申しますが、今回の顔ぶれは・・・・・・。
東京の奥座敷、箱根への玄関口だから、魅力的な店舗を揃えれば行楽客の財布の口も開くでしょう。
でも、16億円を投じる再々開発の行方、再々破たんだってあり得るんですよね~。
どの様な商店街にしたいのか、そいつが伝わってこなんだもの。
d0007653_8175584.jpgd0007653_823244.jpg
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-21 09:15 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 20日

  コイツから連想するモノは?

d0007653_914335.jpg潮の引いた磯際を散策していると、まだまだそこここで良く見掛けます。
台風の大波が襲い掛かってもビクともしそうもないほど、シッカリと岩にへばりついているツブツブのヤツ。
真鶴町のガイドブックをめっていて、初めて名前を知りました。
ナント、神奈川県の天然記念物指定を受けている生き物なんだそうです。
薄気味悪いので決して手出しは致しませんが、国の天然記念物・カモシカ同様に、獲っちゃあならね~生物、と言うことになる。

「ウム~、確かに、そう見えなくもない」と思える名前を付けられています。
皆さんはコノ姿から何を連想するでしょう?
付けられた名前は食い物、食する時に口をすぼめちゃったりしますね。
d0007653_9554023.jpg潮が満ちてくると触手を伸ばして鮮やかに変身しますが、名前の由来はコノ姿からじゃあない。
空気を好むイソギンチャクの仲間で、干潮線と満潮線の間でしか生きられない。
このために関東大震災で大地が隆起した相模湾一円、及び千葉県南部では一度絶滅の危機に見舞われた。
わずかに生き残った真鶴半島の西部海岸から徐々に勢力を伸ばして今日へ。

海から陸へと生き物は進化した。
となると、次に陸の生き物へと進化するのはコイツかもしれません。
「早く満ち潮になってくれ~」みたいな恰好で、干からびるのを必死で防いでいるみたいに見えるのに、空気が好きだったとは・・・・・。
体内でコドモを育て、同じ形に育ててから放出するんだそうです。
連想ゲーム「ピンポーン」のウメボシイソギンチャクさん、変わった生態もお持ちです。
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-20 10:40 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 19日

  久我耕一七回忌展

                掲げた二枚は、42フィートのセーリングクルーザー・『Hinano 』のオーナースキッパー久我耕一がシャッターを押した。
                                            本職はフリーのカメラマン。
                    あえて作品と銘打たなかったのは、コイツで商売をする気などサラサラ無い、遊びの最中のショットですので。
                            左は東京から真南に下ること650kmの絶海に、ポツーンと佇む孀婦(そうふ)岩
                            右は千葉・大房岬の天辺から、館山湾に浮かぶ『Hinano 』を望遠で切り取った。

d0007653_915476.jpgd0007653_915267.jpg
                                        彼、久我耕一とはトコトン、海を愉しんだ。
                                         いや、「愉しませて貰った」が正しい。
                               街中に掲げられた風景写真を指差して、「コレ、オレが撮ったヤツ」などと。
                                 その回数が結構多いので、「本当にホントのカメラマンなんだ~」と。
                          そんな訳で七回忌に開く、『 風景の狩人 久我耕一 足跡展 』を誰よりも注目している。
                            北極には足を踏み入れて居ないと思いますが、その反対側には出掛けている。
                              海外渡航が自由化される以前から、世界中を旅して回ったオトコの写真展。
                                      日替わりで展示作品を変えるから、日参せねば
d0007653_759532.jpg             ◆  第一週  ◆
324日(月)  [祈り・朝昼夜]  NY ツインタワー、砂
                        漠、岩山、教会、他
325日(火)  [チューリップ]  オランダ
326日(水)    [海]       南太平洋、南極
327日(木)  [1本木、木々]  欧州、U.S.A
328日(金)    [山々]      チベット、北アメリカ、
                        欧州、他
329日(土)   [岩・砂]      U.S.A ナショナル
                        パ ーク中心
             ◆  第二週  ◆
331日(月)    [道]       北アメリカ、欧州、他
41日(火)   [ヒマワリ畑]    スペイン
42日(水)   [滝・河・湖]    ブラジル、北アメリカ、
                        チベット、欧州
43日(木)    [並木]      欧州、ニュージーラン
                        ド
44日(金)    [花々]      欧州、U.S.A ,ギリ
                        シャ
                    
45日(土)    [砂・岩]     サハラ砂漠、オースト
                        ラ リア、トルコ、他
d0007653_1165226.gif

[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-19 11:26 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2014年 02月 17日

  古代の釣り針

d0007653_9234268.jpg象牙の端材などを材料に、自家製の釣り針を作っていた時代があります。
石器時代に戻って、骨角器で獲物を釣り上げたい
そんな願望は後付け理由だった様な気もしますが、とにかく、釣り針作りに精を出しておりました。
ヨットのトモ(船尾)から仕掛けを流し、表層魚を釣り上げるライトトローリング(通称・ケンケン釣り)。
コイツ用の疑似餌作りです。
「シロサバフグの皮を使うといい」などという情報を仕入れて、河豚の皮剥きもしましたっけ。
努力はまだ実っておりませんけど・・・・・。

法政大学出版の『ものと人間の文化史』シリーズ』の中に、直良信夫著の『釣針』があるのを見つけたのは、先日読んだ『和船』の後付など捲っていてのこと。
「コイツは読まねば!」を、さらに後押ししたのは『直良』の著者名でした。
ネアンデルタール、北京原人、ジャワ原人、そして日本には明石原人が居た
その明石原人の腰骨の一部を発見したのが直良某であったような・・・・・。
P C で調べてみたら、珍しい苗字なので覚えていた直良さん、その明石原人の発見者じゃあないですか。
趣味の古本屋通いなど飛ばして取り寄せましたが、総花的な内容の著書でしかなかった。
d0007653_11291872.jpgそもそも結論がおかしい。
人類が釣り針を考案して一万有余年、著者は骨角→銅→青銅→鉄と材料は変わっても、形態や機能には何ら変化がないと。
つまり、「進化性の乏しい器具だ」と結論します。
人類が考案した器具は暮らしの中でもまれて形態に、機能に、大きな発展を見せるのに、釣り針にはそれが無いと。
釣りは骨を『し』の字とか、『レ』の字に削って、コイツを魚の口に引っ掛けて捕らえる。
掛けた魚を抜け難くするために、次に針にアゴ(カエシ)を考案した時点で、もう改良の余地は無い器具が釣り針じゃあないですか。
イカリ型の三本針も考案したし、折れやすさを改良するために少々不恰好にはなるけど軸と針先を別々に作る結合型も作っているし、餌なしの擬餌針さえも考案した。
「著者は釣りをしらね~な」の本、石器人はとっても頭が働いたんですよね~。

昭和5 1 年の発刊当時とは学問も進んで、明石原人は縄文時代以降の旧人の骨と結論付けられている。
ただし骨は戦災で消失されていて、石膏で作った標本からの結論ですので、真実は闇の中ですが・・・・・。
                                                                       結合型釣り針(ポリネシア)
d0007653_11465816.jpgd0007653_1147152.jpg
[PR]

by molamola-manbow | 2014-02-17 12:02 | 読書 | Trackback | Comments(0)