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2016年 05月 17日

  いい風が吹いた

2 0 と 1 回目の K E N N O S U K E  C U P が 1 4 日、城ケ島沖で開かれた。
レースを終えて三崎港の『観光桟橋』に帰って来た参加艇を、うらりの二階屋上から撮った、 2 時半を回った辺りのショットです。
終日、ステキな風が吹いたって~ことです。
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2 0 年間の『 K E N N O S U K E C U P 』で、ただの一度もなかったこと、それは"雪中レースでしょうか。
日本列島にはまだ何処にも梅雨前線が乗っかっていない、薫風かおる季節の開催です。
雪に見舞われるなどと言うことは考えなくてよろしいのかも知れない。
しかし、良い風と良い浪に恵まれてレースが盛り上がることも数えるほどでしかなかったのが『 K E N N O S U K E C U P 』です。
レース中に風がやみまして参加艇すべてが波間を漂い始める。
ソンナ波間に、親しい付き合いを続けるスキッパー同士の携帯電話が流れ始めます。
「〇〇艇はリタイア電話を入れるらしい。そっちはどうする~?」
「アト1マイル陸に近づけさえすれば吹きおろしの風を捕まえられる。もう少し我慢してみるよ」な~んて会話が流れる。
表彰式を兼ねたアフターファンクションの時刻は決まっている。
だから我慢にもタイムリミットがあって、「ヨ~シ、エンジン始動!」となっちゃうケースが多いのですが・・・・・。


下田湾口をスタートに、神子元島~豊根を回る三角コースで争われた2009年のレース以来だと言えそうな素敵な風が吹いたようです。
「吹いたよ~、10ノットは常時出ていたね」とは、『ジャッキー』の村松哲太郎 スキッパー(⇩ ⇩)。
「去年のレースでコノ風が吹いて呉れれば・・・・・・」と、長崎の海に浮かぶ『 H I N A N O 』の事が頭をよぎった。

「間に合わないと思ったらサッサとエンジン掛けて帰ってこい。『 K E N N O S U K E C U P 』はこれからが本番、そいつに遅れてどうする!」とか、「レースは一年中何処かでやってる。いつでも出られるんだ。年に一回のアフターレースファンクションに遅れてどうする!」などと・・・・・。
林賢之輔御大の暴言に等しい言葉に接する機会は減ったけど、レースだけでは艇と艇、クルーとクルーの潮っぽい関係は育たない。

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by molamola-manbow | 2016-05-17 10:51 | ヨット | Trackback | Comments(1)
2016年 05月 13日

  73フィートのヨットは陸に上がって消えた

d0007653_6313751.jpg熱海の西の端、初島への定期船が発着する桟橋よりも更に奥に立つ後楽園ホテルを覗いてきた。
『はきなれたデッキシューズ』(田辺英蔵著)を読んで、森繁久彌のヨット・『富士山(ふじやま)丸』(➡ ➡)がホテルの庭に上架展示されていることを知り、一度見て置こう思ったのがきっかけ。
でも、周囲を探して見付けた上架ヨットはコレ( ⇩ ⇩ )だけ。
『富士山丸』は 7 3 フィートもある巨大ヨットで、 2 本マストのケッチだと言うことは知っていた。
三浦半島の佐島湾を出港し、『富士山丸』が相模湾横断の最後のクルージングに出たのは 1 9 7 8 年の 8 月、熱海到着後、時間を置かずにケッチは永遠の眠りにつくべく上架台に登った。
後楽園ホテルの社長を務める田辺さんと森繁さんは親密な間柄のヨット仲間、これに N O R C (日本外洋帆走協会)も一枚加わった『富士山丸』の上架展示ですので、跡形も無く消えちゃうとは思っていなかったのですけど・・・・・。
7 3 フィートの巨大ケッチは消えていました。
ホテルのリニューアルオープンの際に邪魔になったらしいんだ。
で、撤去!

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四方を海に囲まれた"海国日本"の精神構造はコレだね。
陸上展示のヨット、小樽の石原裕次郎記念館の『コンテッサⅢ』と、アメリカズカップ初挑戦艇・林賢之輔設計の『ニッポンチャレンジ号』が訓練海域の愛知・蒲郡市に飾られて居るぐらい。
ディンギーに簡易キャビンを付けた程度の大きさの小型クルーザーで、 太平洋を渡った堀江健一さんの『マーメイド』(全長 1 9 フィート)ぐらいは、「何処かに飾られなければならない」と思っている。
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by molamola-manbow | 2016-05-13 08:53 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 11日

  心残りはコイツ

大粒のブドウ、巨峰の実をひと回り、イヤイヤ、二回りほどデカクした大きさ。
こんな樹木が道端のあちこちのに立っていて、重そうに垂れ下がっています。
コイツが庭に三本も植わっていて、いずれもたわわに実を付けているお家の玄関からおかみさんが顔を覗かせたので尋ねてみた。
「厄介者なのよ、放置すると地面に落ちて腐るでしょ、猛烈な悪臭を放つの」
「食べられるのか?」の答えがコレ。

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島崎藤村の詩
♪ 名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の實一つ
のデッカイ実とは違いますが、同じ椰子科の植物であろうとは、葉っぱや幹から推察できる。
椰子科の植物、 2 0 0 とも 3 0 0 種とも言われていて、人間はほぼ全種類を生活に役立ててきた。
甘い果汁だけではなくて、デンプン、油、 e t c ・・・・・。
本当に悪臭を放つに任せているのでしょうか?
薄い皮に包まれているだけだとしたら中身はナッツ状の種で悪臭は放たないし、果肉ギッシリだったら美味しく食えそうだし・・・・・。
次回は是非もぎ取って試さねば!

東京から 3 0 0 キロも離れて居ないのに、トロピカル・ムードいっぱいの八丈島は、『東京熱帯区』の愛称で呼ばれ始めた。

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by molamola-manbow | 2016-05-11 08:50 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 09日

  間もなくKENNOSUKE CUP・・・・・  

d0007653_612184.jpg住み慣れた街、小田急線・経堂の目抜き通りに店を構える古本屋さんが確保しておいてくれました(⇦ ⇦)。
著者名を告げて、「手に入ったら頼む」とお願いしたのは、氏の『きゃびん夜話』だったのですがね、コチラの方がより懐かしい。
潮っぽいエッセイスト田辺英蔵の名を知ったのはスキューバダイビングの専門誌上でした。
タンクを背負って潜る遊びが日本に入って来た黎明期に、潜り専用のヨットを造っちゃったオトコなのです。
スキューバダイバー専用ヨットねえ?
キャビンを持つクルーザータイプのヨットでさえもまだ珍しかった時代( 1 9 7 0 年代)に、潜り専用のヨットを造って、日本国中の海を盛るり始めたのです。
潜り専用のヨット・・・・・、
直ぐに想像するのは船体ごと潜れる潜水艦タイプですが、『蒼龍』と名付けたスキューバ・ヨットの特徴は、ボンベに圧縮空気を充填できるコンプレッサーを備えていたことでした。
d0007653_6134044.jpgヨット専門誌・『 K a z i 』誌上で、いま、ヨットデザイナーの大御所、林賢之輔さんの連載・『ヨットデザイナーの履歴書』が始まっている。
コイツを読むために久し振りに購入した 3 月号が田辺英蔵の名前を思い出すきっかけでした。
ソノ林御大の連載も、まだ初回( 3 月号)しか読んでいない。
本屋さんゼロの土地、小田原の本屋さんも在庫数が少ないのでしょう。
四軒も本屋さんが有るのに、何処を尋ねても何時も売り切れなのです。
『 K a j i 』 3 月号には田辺英蔵も取り上げられていまして、古い記憶の蘇りとなった。

林御大もヨット界の草分けです。
学生時代にはひと夏に海水パンツのお尻を三枚も擂り切らしちゃうほどディンギーに乗り捲くった。
その当時の面白いお話が満載のはずなのに・・・・・。

『 K E N N O S U K E   C U P 』は今週末の城ケ島沖で開催です。
御大の艇作りに対するポリシーに賛同する"林ファン"の集まりが母体となったヨットマンの集いも今回が 20 と 1 回目。
新しい歴史のスタートで御座います。
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by molamola-manbow | 2016-05-09 09:45 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 08日

  演奏会

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d0007653_8184687.jpg上智大学マンドリン・クラブ(ソフィア・マンドリーナ)の定期演奏会(台東文化会館)があって、GWの最後はコイツでつぶれた。
長男の孫が所属するクラブ、「暇だったら来い」と誘われまして、「時間はあるな~」とナマ返事をしておりましたところ、すぐさま入場券が送られてきた。
そんな訳で行かざるを得なくなった演奏会、マンドリンの音色も、黒装束に身をかためた軍団の演奏も、初めての体験でした。

五人兄弟が住まったうちの中に、楽器が転がっていたのは長姉のバイオリンとオイラのウクレレだけ。
長姉が奏でる姿を見たことはなかったし、オイラのウクレレだって弾けた曲は数えるほどでしかない。
つまり、音楽的素養はゼロの一家でしたので、「こんな所で演奏するコイツの音感は誰譲りなのだろう?」と思いつつ聞き入った。
合奏ですので、一個人の旨いヘタなどはわかりませんけど、マンドリンを目指すなんて・・・・・。
「若者だったら、ギターだろう!」なのですよ。
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by molamola-manbow | 2016-05-08 08:25 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 06日

  「接岸すれば良いのに~」のコイツ

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八丈島の海の玄関口、東岸・底土港沖にイカリを下ろしておりました。
東海汽船と青が島への定期船が着く港、岸壁には余裕があるので、「その内接岸してくるのだろう」と踏んでおりましたが、丸一日沖泊まりをしていただけで夜陰に紛れて姿を消した。
d0007653_852723.jpg横浜のみらい地区に接岸展示されているのが一世で、コイツは 1 9 8 4 年に進水した二世号、全長が 1 1 0 メートルを越える練習帆船・『日本丸』です。
竿を下ろせば巨魚が食らいつく豊漁であったとしても、釣りなどやめて眺めやる美しさでしょ。
だからサッサと竿を畳んで、記念写真など写した後で磯から脱出した。
釣り座は一番眺めがよさそうな底土港の防波堤突端部分へ・・・・・。
接岸して来た際のことも考えましてね。

何故接岸しなかったのでしょう?
『日本丸』と底土港の位置関係はコンナ(⇩ ⇩)。
目と鼻の距離にイカリを打ったっきりで、余裕のある岸壁には接岸しなかった。
手前の船は青が島から戻った定期船の『あおがしま丸』、港にはコノ一隻しか入港していなくって、入港予定も翌日のお昼近くに入ってくる竹芝と八丈島を結ぶ東海汽船の『橘丸』しか無いのに・・・・・。
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                      湾内でカッター訓練だけをして帰って行っちゃいました~。
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by molamola-manbow | 2016-05-06 09:36 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 05日

  G W の八丈島釣行

大したシナリ具合じゃあないですけどね。
G W を利用した『新宿魚連』の今回の八丈島釣行で竿がしなったのは、コノ一回( ⇩ ⇩ )きりでした。
四人で四日間、磯から竿を出した、その合計がです。
d0007653_9321435.jpg釣れ上がったのは 3 0 センチにも満たない小型のトラウツボ、鼻っ先にニョッと二本の角が天を突いているヤツだけ。

『 島で N O 1の 釣り座は港の突端 』だとする格言がある。
磯から外洋へと防波堤を突き出した、極めて釣り易い場所ですし、水深もありますので・・・・・。
そんな訳で磯を諦めて防波堤からも竿を出しましたが、コマセを撒いても木っ端メジナはおろか、普段なら海面を賑わす小魚さえも出て来ません。
スクーバダイバーのタマリまで出掛けて水温を尋ねますと、「 1 7 度」との答え。
これがウツボを釣り上げた日で、その前日までは 1 6 度しかなかった。
帰宅後に調べてみると、黒潮は八丈島の沖 6 5 キロほどに浮かぶ青ヶ島辺りを北の端に流れているらしい。
「ハルトビの入荷は今月の中旬」とは"島寿司"の店主の答え。
G W の八丈島は魚種が一番少ないシーズンであるらしい。
「フ~ン、知らなかった~」なのですよ。
以上は貧漁を通り越した『新宿魚連』の漁業報告です。
バケツに汲み上げた海水に手を突っ込んでも、左程のヒンヤリ感はなかったのですが・・・・・。

そんな訳で、サッサと釣竿を投げ出して八丈富士(標高 8 4 5 m )の頂上を目指したオトコも出た。
しかし、こちらもかんばしくない。
独立峰だから八丈島の隅から隅までを眺めてきたかといいますと、「眼下に広がるのは雲ばかり」で、「稜線に立つと吹き飛ばされそうな経験をしてきた」だけであったらしい。
爆弾低気圧が列島を襲った前日( 3 日)の山歩き。
海も山も散々な G W で御座いました。
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by molamola-manbow | 2016-05-05 10:11 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)