Hey! Manbow

heymanbow.exblog.jp
ブログトップ
2017年 04月 10日

  凄 っげ~!、そしてンン?

d0007653_854663.jpgd0007653_8543833.jpg
東海道線の車内を切り取って、コンナ b l o g に仕上げたことがありましたので、ドッカと座った目の前の編棚( ⇧ ⇧ )に目を見張った。
「これ以上を望むのはムリ」と思えるほどの整然さを保って手荷物が並んでいるではないですか。
「使わない」、「使ったことが無い」のが昨今の網棚でしょ。
データもコレを示してる
いまじゃ読み終わった新聞、週刊誌の捨て場だもの。

正しく使いこなしておいでの方々が左の四人連れ。
足元に目を転じて、もう一度「ンンッ?」となった。
膝小僧を抱えて眠りこけてる坊やの真っ赤な靴、♪ 異人さんに連れられて行っちゃった~を持ち出すまでもなく、赤い靴は女の子の専用でしょう。
その専用を男子児童が堂々と履きこなしてる。
チョットしたドキッの光景だったので車内を見回しますと、高校生の集集団にも赤いスニーカーを見~つけ。
他にも赤色系のデイパックとか、ソコに繋がっている定期入れの色とか、男女の別なく赤が使われている"世相"に気付かされた。

そういえば川上哲治は赤バットの人気者だったし、男っぽいスポーツの代表格、ラグビーの日本選手権で七連覇した新日鉄釜石のジャージーも赤だった。
戦国時代の武将が好んだ鎧や兜も赤縅(あかおどし)・・・・・。

つまり、赤色を女子の専用と決めつける方が誤りだと、己の気持ちに決着をつけることにした。
結構、己に無理を強いた決着なので、魏志倭人伝いわくの「倭人は赤い顔料で顔を染めていた」ことも付け加えておかねば。
d0007653_993395.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-04-10 09:10
2017年 04月 09日

   久 々 に H i n a n o 回想 ・・・・・

d0007653_739505.jpg

’ 9 9 年 1 2 月 2 6 日、三浦半島西岸・油壷湾沖のスタートラインに並んだ H i n a n o は、コンナ(⇧ ⇧)であったろうと想像している。
通常のレースに見られる「イの一番に飛び出してやる」みたいな緊迫感も、権利を主張する「スタボー(スターボード)」の怒声も響かない。
どんなに見事なスタートを切ったとしてもだ。
ゴールは遥か 1, 400 マイルも彼方なんだもの。
ナガ~イ、スタートラインに参加艇はたった三隻、何処からでも、争うことなくスタートできる。
それよりも何よりも、無風に近いコンデション下のヨーイドンだったんだ。
観覧艇に取材陣、見送りヨット多数からは歓声と声援が飛び交いましたが・・・・・。

レース中に二艇が遭難して死者 1 4 人を出す大惨事が起きたのは ' 9 1 年( 第 9 回 )。
開催時期はコレでいいか?、参加クルーの技量、資格を、『シッカリ調査や審査をしていたか?』の批判が巻き起こって、ナガ~イ中断を余儀なくされていた『ジャパンーグアム・レース』の再スタート、それが ’ 9 9 年 1 2 月 2 6 日でした。

H i n a n o のデッキ上ではケンちゃんがロープをさばいておりました。
H i n a n o の生みの親であられるヨットデザイナーの大御所、林賢之輔さん、それがケンちゃんです。
他にもコウちゃん、カツちゃん、ヨツちゃん、フウちゃん、アキちゃん、ヤっちゃん、ツウセの合計八人。
そんなクルー仲間の一人が世を去りまして、先週の水曜日は大勢の仲間が集まった。
『カツちゃんこと清水勝彦を偲ぶ会』、と言うよりお互いの悪口の言い合い・・・・・?

当時の我が国最長の外洋レース、それが『グアムレース』の愛称で呼ばれた 2 , 5 0 0 k mの 争いです。
スキッパー・コウちゃん( 久 我 畊 一 )は、ケンちゃんの名を持ち出すまでもなく、ベストクルーを選んで挑んだ。
それなのにです。
荷造りを奥さんに任せたために何処に仕舞ったのかが判らなくなって、海上からの長距離電話となったヨッちゃんなるクルーのお話。
ニュージーランドでの進水式、舵の利き具合を確かめようと、身を乗り出してバウから真下を覗き込んだ途端にジャボーンとなった H i n a n o の落水者第一号がナナナント!!
m a n b o w もコノ言い合いには身を乗り出して参加した。
「荷物運びはオレに任せろ」と、クルーの手荷物を山と積んでテンダーを漕ぎだしたフウちゃんの悪口です。
「アアア~ッ」と叫んで落水したのですがね。
荷物の天辺に置いていたオイラのバックを意図的につかんで落ちたんだ。
しかもです。
すぐさまテンダーにバッグを戻さずに、ズブズブッと水面下に押し込む格好でナガ~イ時間突っ立っていやがった。
気まずそうに照れ笑いを見せてたのも意図的だね。
「荷物の天辺にオイラのバッグを置いた時に何やら不穏な空気を感じたんだ」と暴露した。

肝心の再開グアムレースでの H i n a n o の成績は・・・・・DNF ( D o  N o t   F i n i s h )。
クルーにはサラリーマンが三人居ました。
無風のスタートはそのままレースを物語っていて、「三日経っても三宅島が視認できた」ほど風がなかった。
八丈島を抜け、青ヶ島~ベヨネーズ列岩~須美寿島~青島~孀 婦 岩を横目に南下して、小笠原諸島を左舷にするまでになっても、依然として微風しか吹きません。
サラリーマン三人の冬季休暇内にゴール出来るか、出来ないかの・・・・・・。
とうとう、その制限時間が迫って、スキッパーは判断を下した。
大会本部への 途中棄権通告。
「エンジンを回した途端に風が吹き出した」レースだったのです。
「棄権して呉れ」とはダ~レも言い出しませんでしたが・・・・・、解るんですよね~。
m a n b o w だって荷物の天辺にオイラのバックを発見して、「何かある!」と感じたほどだもの。

『カッちゃんを偲ぶ会』、長崎に嫁いだ H i n a n o の新オーナーも電話参加して、にぎやかに罵詈雑言を浴びせ合って更けました。

                                                  神田駅南口の『 葡 萄 舎 』での一夜。

                          コンナ風が吹いて呉れていたら・・・・・( ⇩ ⇩ )
d0007653_9131555.jpg
d0007653_9131555.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-04-09 09:09 | ヨット
2017年 04月 04日

  雑 巾 作 り 以 来 の 運 針

d0007653_10334450.jpg

1 円玉専用のポケットを持つ小銭入れ。
この程度の工夫をした小銭入れは、探せばお目に掛かれるのでしょう。
1 0 円や 1 0 0 円玉の中から一円玉を探し出すのって、イライラ感がつのる作業ですし、後ろに並んだりされると、或る筈の 1 円玉を使わずに 1 0 円玉を一枚余計に出しちゃう。
そんなこんなで「専用の有ればな~」と思ってた1円玉ポッケを持つ小銭入れ、造っちゃいました。
箪笥の隅に手織りの布切れを見つけたのが切っ掛け。
「コイツは使える」となって、ファスナーを買いに走り、中学の家庭科の時間に縫わされた雑巾以来の運針となった。
足踏みミシンはあるのですが、ぶっ壊れたままですので・・・・・。

手織りの布も、ファスナーも、あと一個残っております。
次には「もっと出来栄えのいいヤツが作れる」自信もできた
但し、糸を針に通す苦労、縫い目の蛇行等々を考えると今は躊躇が先に立ちます。
何時になるかは分かりませんが、高い確率でその内二個目に挑戦!、となるのでしょうが・・・・・。
d0007653_1122773.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-04-04 10:36 | ホビー
2017年 04月 03日

  H a p p y B e r s d e y ・ ・ ・ ・ ・ , &  

d0007653_846230.jpgd0007653_8463724.jpg
宴の連荘でした。
甲州街道沿いの幡ヶ谷に店を構えるチャイニーズ料理のお店・『名菜館』に、一昨日集まったのは"誕生日仲間"(左側)だね。
B u r t h d a y は 1 、 4 、6 、 9 、 1 2 月とバラバラなのだけど、これは集まる口実、 m a n b o w と誕生日が一緒の女性がいて、「それなら合同で祝おう」となったのがそもそもの始まりで、祝って呉れるその他も加えるようになって、かれこれ四半世紀は集まっている。
「おめでとう~」より、「カンパ~イ」の集い。

満開の桜を愛でる?宴が右側、何処を探したって一輪の花びらも御座いませんが~、チャ~ンと花見はしたんですよ。
尾張徳川家の下屋敷跡、新宿区戸山公園の築山だった箱根山(標高45mほど)で花見をして、花見のメイン会場へとさっさと移ったのです。
近場にお住いの個人宅へ。
m a n b o w が本物の箱根の外輪山直下(真鶴)から 駆けつけた時には、もう第一会場はもぬけの殻の素早さ。
コチラの宴は伊豆半島の突端、下田郊外の田牛(とうじ)に集った海仲間です。
どちらも知り合ったきっかけは新宿のスナック、左が『スガンさん』、右は『銚盛館』の仲間です。
花見をした証拠として、今が見頃の櫻を一枚だけ切り取ったのが精いっぱい!!
d0007653_11122314.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-04-03 11:17 | 酒・宴会・料理
2017年 04月 01日

  伝 書 鳩

コノ鳩たち、つい最近まで飼育下にあった者どもだと見た。
噴水さながらの登場の仕方、ほぼ真下からデカイ羽音とともに舞い上がってきて、躊躇することなく目の前で羽を休めた。
m a n b o w との距離 1 m 少々といったところ。
恐れる様子など少しも見せずに、「何にもネ~のかよ、ビスケットぐらいはあるだろう」みたいな顔で止まり続けるんだもの。
お陰でシャッターを切ることもできた。
手摺りに止まらずに更に上をめざした個体も居たので、合計は 6 ~ 7 羽の群れだったでしょう。

腰を振り振りホーム上を彷徨って、ベンチで弁当など開いているのを見つけると「少し寄越せ」と近寄ってくるヤカラたち。
鳩と接する機会、ホーム上で見掛けるアノ薄汚い野郎たちだけですが、コノ三羽は体型から黄色い足先まで身綺麗なんだ。
野性よりも飼育下にあった者どもを綺麗、と言い張るのはおかしいのですが・・・・・。

ベランダの鳩たちには「ホーム鳩みて~にはなるなよ」と諭した。
この近辺の海にはミドリハトなる珍種がおいで。
岩場に通って打ち寄せる波と戯れながら、驚いたことにショッパイ海水を飲むのです。
我々人間は一定の距離までしか近づけさせない。
で、「ヤツラを見習え」と。

初対面の m a n b o w を警戒するでもなく、「何か呉れ」の態度では無理でしょうね。
犬に猫に、魚類に、爬虫類・・・・・、飼育に飽きてみ~んな野外にポイ。
いずれはホーム鳩の仲間入りをするのでしょう。
d0007653_10281136.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-04-01 11:03
2017年 03月 30日

  教 育 勅 語

日々話題になっているのに、「紙面に登場しないな~」と思っておりました文章( ⇩ ⇩ )とようやく出あえた。
パソコンに四文字ほどを打ち込めば、すぐ画面に登場する文章ながら、「コンナ騒ぎになっているのだから掲載すべき」と、考えていたのに掲載紙と出くわさない。
朝日、毎日、サンケイ、東京などなど、全紙を観てはおりませんので、もっと早く掲載した新聞もあったのかも知れませんが、m a n b o w の初見は 2 8 日の毎日新聞夕刊でした。

耳に残る教育勅語は出だしの部分 チン オモウニ ワガ コウソコウソだけ。
「フ~ン、皇宗( こうそう )であったのか~」を今回初めて知った。

                        1 8 9 0 年( 明治 2 3 年 )発布の教育勅語

朕(ちん)惟(おも)うに 我が皇祖( こうそ )皇宗( こうそう ) 国を肇( はじ )むること宏遠( こうえん )に 徳を樹( た )つること深厚( しんこう )なり

我が臣民 克( よく )忠に 克く孝に 億兆( おくちょう )こころ を一( いつ ) にして 世々( よよ ) 厥( そ ) の美を済( な )せるは 此れ我が国体の精華にして 教育の淵源 亦( また )実( じつ )に此( ここ )に存( そん )す

爾( なんじ ) 臣民  父母に孝に 兄弟に友( ゆう ) に 夫婦 相( あい )和 (わ )し 朋友( ほうゆう )相( あい )信( しん )じ 恭倹 (きょうけん )己( おの )れを持( じ )し 博愛( はくあい ) 衆( しゅう ) に及( およ ) ぼし 学( がく ) を修( おさ )め 業( ぎょう )を習( なら )い 以( もっ )て智能( ちのう )を啓発( けいはつ )し 徳器( とくき )を成就 し 進んで公益 を広 め 世務 を開 き 常に 国憲を重じ  国法に遵( したが )い 一旦緩急あれば義勇 公( こう ) に奉( ほう ) じ 以( もっ )て天壤( てんじょう) 無窮( むきゅう ) の皇運( こううん )を扶翼( ふよく )すべし
 
是( かく )の如( ごと )きは 独( ひと )り朕( ちん )が忠良( ちゅうりょう )の臣民( しんみん )たるのみならず 又( また )以( もっ )て爾( なんじ )祖先の遺風( いふう )を顕彰( けんしょう )するに足( た )らん

斯( こ )の道は 実に我が皇祖 皇宗の遺訓にして 子孫 臣民の倶( とも )に遵守( じゅんしゅ )すべき所( ところ ) 之( これ )を古今に通( つうじ )て謬( あやま ) らず 之( これ ) を中外( ちゅうがい )に施( ほどこ )して悖( もと )らず 朕( ちん ) 爾( なんじ )臣民と倶( とも )に 拳々( けんけん )  服膺( ふくよう ) して 咸( みな ) 其( その )徳 を一( いつ) にせんことを庶( こい ) 幾( ねが ) う

                         「何しに来たんだい?」の『さんふらわあ』
d0007653_10311419.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-03-30 10:45 | カテゴリー外
2017年 03月 29日

  ヤ ス リ 細 工

d0007653_955754.jpgd0007653_962415.jpg

ヨットデザイナー林賢之輔氏の設計艇をこよなく愛するヨット仲間の集い『 K E N N O S U K E   C U P 』の 5 月 1 3 日開催 ( 三浦半島・小網代沖 )が早々と決まって、参加艇が続々と名乗りを上げ始めた。
5 月 5 日開催のアリランレース( 福岡~釜山 )に熱海から参加して、急ぎ取って返す艇( S o n of B a c c h u s )まで現れております。

写真のウッド艇二隻は館山湾の北をガードする大房岬の根っ子辺り、那古船形・崖観音下にある不思議空間『 M a r i n e Y a s u d a 』のご主人の作。
クルーの居ない無聊の日々が続いておりました木造艇を見て、象牙の端材を削り込んで二人の乗員に仕立てました。
フラダンサーの腰簔を、最初はヒラヒラとなびかせるつもりでいたのですが、腰簔作りが上手く行かない。
そんな訳で簔は削り取っちゃいました。
クルー二人にもう少し丸みをおびさせれば出来上がり。
骨角針作りの余暇の手慰みです。
市販が禁止される前に求めた象牙の端材で、クルー不足に悩むヨットへの乗員貸し出し業でも始め様かな~。
端材はまだタ~クサンあるのです。

房総半島の先っぽにおいでの節は『 M a r i n e Y a s u d a 』( 館山市船形 8 3 8 、 0 4 7 0 - 2 7 - 2 1 1 9 )にお立ち寄りを!
ステキな空間です。
           最近『 M a r i n e Y a s u d a 』にお出掛けしたのはコチラ(⇩ ⇩)で個展を開催中の久我通世女史です。                       
d0007653_12143727.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-03-29 12:13
2017年 03月 28日

  絵画展のオープニング

d0007653_956850.jpg
リトグラファー久我通世展( 4 / 8 日まで、銀座・和光裏のギャラリー・オカベで開催 )に出掛けてきた。
神奈川県の外れから参加のオイラよりも遠方、山梨は長野との県境からも。
そしてもっと遠くからはピカソ、ダリ、ミロさんの後輩たちとみたスペイン系の人たちも入ってインターナショナルです。
チラリ横見で済ませて通り過ぎてったのは銀ブラ中の中国系の皆さん。
キャリーバックと会場の狭さを鑑みた配慮であろうと見てやろう。
「ウ~ン、絵画鑑賞とでっかいキャリーバックは合わない」と。

d0007653_7542136.jpgd0007653_7544069.jpg
絵画を見に行って一番のお気に入りが『 帯 』だなんて、笑い話にしかなりませんが、コイツには惹かれました。
作者不明の鳥獣戯画、描かれた年代に関しても複数の説が存在する"国宝で飾った帯"、「マ~ステキ~ッ!』と、久我女史までが感嘆しておいでだったのだからしょうがない。
「日本最古の漫画」などと言われてますが、コレ、漫画でしょうか ?
動かないのに生き生きと躍動している様を、一本の線だけで描き切る。
動画を筆一本だものね!

久我女史の今回のテーマはヨーロッパ各地の古都市、石積の市街に運河に石畳の世界を切り取った。コチラな静の世界。
d0007653_1101326.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-03-28 11:11 | ヨット
2017年 03月 27日

  次 姉 ( じ し )の 七 回 忌 法 要

d0007653_22211815.jpg
東北大震災の三か月後に逝った次姉の七回忌法要を行った。
両親でさえ「ハテ、何年であったか?」と首を傾げなければならない親不孝者です。
被災者の皆さんには失礼この上ないことながら、「アノ三か月後であった」とすぐに頭に蘇る。
2 0 1 1 . 3 . 1 1 の数字は、頭にフカ~ク刻み込まれたもの。

亡くした二人の姉貴、長姉の際にはコンナ事を記した。
次姉の場合のこき下ろしはコチラの中の悪口です。
年の順だと今度は兄貴の番だけど、コチラだって悪口は書ける。
順番が狂って弟が先に逝っちゃったとしてもです。
そう、オイラは五人兄弟の一番の悪ガキ!

d0007653_10075.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-03-27 10:10 | カテゴリー外
2017年 03月 26日

  和 光 裏 の ギ ャ ラ リ ー で 

d0007653_8364214.jpg

リトグラファー久我通世女史の個展が明 2 7 日から銀座・和光裏の『 ギャラリー・オカベ 』( 4 / 8 日まで)で始まります。
初めて女史の作品に接したのはこの時
それまでは 4 2 f t クルーザー『 H I N A N O 』のギャレーを一手に取り仕切る自称・"三等クルー"の顔しか知りませんでした。
驚くと同時に、「仕事場はギャレーとギャラリー、ま、似てないこともないか~」と、訳の分からない納得をしたりして・・・・・。
ヨットからは足が遠のきましたが、白州郷・ V u n v a l l e y 小屋の宿主でもあられる。
『来る者は拒まず』の小屋の忙しさと言ったら!、なのですよ。
味噌だ、染物だ、銀杏拾いだ、小屋作りだと、大勢で一年中何かをやってる。
そんな騒々しさの中で二年に一度の個展だもの。
今回のテーマはヨーロッパの都です。
d0007653_10151860.jpg

[PR]

# by molamola-manbow | 2017-03-26 09:09