2017年 02月 27日

  看 得 到 海 的 地 方 の 日 の 出

                        中国語で『 看 得 到 海 的 地 方 』と言うらしい。
          日本語訳は『海の見える場所』、なにしろそこら中に C h i n e s e が溢れかえっておりますもので・・・・・。
             こんなに早く目覚めるようになったのは『 看 得 到 海 的 地 方 』に引っ越して来たからじゃあない。
                   なにしろ、後期高齢者、日の出の時刻に目が覚める様になちゃいました。
               太陽と一緒に目覚めていると夏至(梅雨の季節)の頃には 4 時台の起床になっちゃう。
                気象庁データによると 5 日は 0 6 : 4 0 分で、 2 6 日は 0 6 : 1 5 分の日の出。
                       東へと夏至( 6 月 2 1 日)の日までドンドン移動です。

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                        今月の 5 日(⇧ ⇧)と 2 6日 (⇩ ⇩)の日の出
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# by molamola-manbow | 2017-02-27 08:50 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 26日

  真鶴港で勉強会

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油壷湾をホームポートとするクルーザー、 3 9ft 艇『 L E A T I C I A Ⅲ』が、昨日は真鶴港に入港しました。
春分は過ぎたとはいえ海路 3 5 マイルです。
震え上がって到着だろうと想像しておりましたが、セイルメーカーの社長さんを下船させるとすぐさま離岸、真鶴半島の突端部をトレーニング海域と定めてクルーをみっちり絞り上げてからの再入港であった。
メインセールを新調したらしい。 
セールメーカーの社長さんはこのための乗艇であった様ですが、学習会は上陸後も続きました。

d0007653_1044870.jpg陸上で待ち構えていたのは気象予報士の前田光枝さん。
女史を講師とする気象学の勉強会は、風速 2 0 メートル越えの強風が吹き荒れた今年の春一番( 2 0 日)など、身近な"今の気象"が取り上げられた。
"天下御免の晴れオトコ"を自称するだけの m a n b o w には難しい。
基礎知識がどれだけ欠けているかを思い知らされた二時間です。
日本の四季に影響する四つの高気圧、黒潮と親潮に地球の自転が加わる影響を説き、お天気が変わる仕組を解説します。
気象の基礎をみっちり教え込まれた。
女史は会社をリタイア後に中学数学から勉強し直して、今年の気象予報士試験に合格したばかりなのだと言います。
受験者 1 3 0 人中合格者 3 0 人、その中の「最年長者気象予報士」であるらしい。
女史もヨット乗りのひとり、「気象は皆さんに必要でしょ」が講師を引き受けた理由らしい。

「お前も来い」の誘いに m a n b o w が応じたのは、「鍋パーティーをする」と言われていたのですよ。
レースに強いヨットは、アカデミックでもありました。
K E N N O S U K E  C U P の優勝争いに、何時も顔を出します。
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# by molamola-manbow | 2017-02-26 10:53 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 25日

  に わ か 盆 栽 師

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                    拾い上げたきっかけは、性格の悪いひねくれ者に見えたからだったでしょう。
                          どの様な植物なのかは名前すら見当がつかない。
                    クネクネと曲がっているところが「ンンッ?」となって道端から持ち帰った
                               あれから 2 週間です。
                       無風、快晴の今朝はそのひねくれ者を植え替えることにした。
                       このまま一カ月ほど捨て置いて、周辺を苔で覆えば出来上がり。
                     上手く根付きましたら、枯らしてしまった松の代わりにコイツでお返し。
                           m a n bow と誕生日が同じ女史なのです。
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# by molamola-manbow | 2017-02-25 10:24 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 24日

  今度は真鶴、またも駅

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東海道線の真鶴駅は、上空をホームの中央部を跨いで町の歩道橋が走っている。
4 本の線路と 2 車線の国道を跨ぐのでかなり長い。
駅に辿り着くまでに大層な遠回りをしなければなかった山側住人のために、有志が設置に携わった跨線橋、町も J R もな~にも対策を打たなかった。
その山側部分で今、階段のひとつをエレベーターに変える工事を行っている。
2020年には7000人を割り込むだろうと予想される中で、更に比率を高めるのはお年寄り。
自治体も今度は重い腰を挙げたことになります。
但し、エレベーターは山側だけの一か所で終わっちゃうらしい。
タクシーの運転手さん曰く、「山側は町の土地ですが、海側は J R の持ち物ですので」と。
つまり、エレベーターの設置を J R は許可しないってことらしい。
「ホントですかね~?」のお話です。
山側の階段20数段に比べて、海側は65段を数えます。
設置すべきなのは山側じゃなくって海側の方なのですよ。
手摺りに捉まって途中で一休みしてるお年寄りを良く見掛けるのは海側だもの。
意地を張って m a n b o w は上まで登り切ることにしておりますが、何時も上まで登り切った途端にホッ、角度もかなりきつい。

海側にこそ必要なエレベーター、スペースだって障害など起きそうにないのに・・・・・。
地下通路を延長し、山側にも改札口が有って良い筈の駅なのに・・・・・。











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# by molamola-manbow | 2017-02-24 08:50 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 22日

  海の上に建つ駅

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相模湾に向かって真っすぐ伸びる跨線橋は、昨日の根府川駅です。
真下の海は釣りの同好会『新宿魚連』の主要漁場のひとつでした。
チョコンと突き出した岩場の先、漁場の両サイドに定置網が入ってお魚の影が潜んじゃうまでは、毎週のように通ってた。
夏場は主に銛漁、4キロ級のコショウダイとかクチジロをゲットできる好漁場だったのです。
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そんな、ナガ~イ付き合いの駅なのに気付かなかったこと。
「ンンッ?」は画像をパソコンに取り込んだ昨日ですので、ロクなショットしかありませんが、線路に一番線は無くて 2⃣ ~ 3⃣ ~ 4⃣ 番線の三本表示だけだなんて何故?、なのですよ。
跨線橋の階段表示(⇨ ⇨)も同じです。
「そういえば 2⃣ ~ 3⃣ ~ 4⃣ 番表示も反対側から数えてる」と気付いた。
下りの方を若くして「 1⃣ ~ 2⃣ ~ 3⃣ と下りから数えるのじゃあなかったっけ・・・・・?」
真鶴も小田原も、かつての住まい小田急沿線も、皆そうでしたもの。

d0007653_11435329.jpgテツちゃんに変身して調べますと『 1 番線は海の中』(⇦ ⇦)とする記述が多かった。
関東大震災( 1 9 2 3 年=大正 1 2 年)は駅舎もろとも 停車中の車両を土石流とともに海へと引きずり込んで 1 0 0 人越えの犠牲者を出した。
その鎮魂の意味を込めて 1 番線は設置しないんだと。
「フ~ン」と納得しちゃいそうな記述ですが、コレって後付けの創作ですね。
1 番線は貨物専用のプラットホームとして 1 9 7 0 年代までは存在してた。
おかめ桜の幼木が植えられている右っ側が そのホーム跡、高低差は左っ側とピッタリ合います。

東海道線唯一の無人駅、駅員さんに尋ねる訳には行かない。
線路番号を逆打ちする理由?、コイツは謎のままです。

         コチラ(⇧ ⇧)ダイバーの設置
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# by molamola-manbow | 2017-02-22 11:32 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 21日

  根 府 川 の 海

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20メートル越の烈風が吹き荒れた昨日の春の嵐にも耐えた。
同じ角度からの十日前のショットと、ほとんど変わらないんだもの(⇧ ⇧)。
東伊豆河津では桜祭りの真っ最中です。
その河津桜の亜種であろう熱海桜は葉桜期に入っちゃったに違いない。
散り始めていた箱根は・・・・・?
と、周辺の早咲き桜を心配しちゃう。

全国の山野を席捲したソメイヨシノは、おばあちゃんの原宿こと、巣鴨・染井村の植木職人さんがつくり出した園芸種ですよね。
今やポトマック河畔にまで勢力を広げちゃいました。
周辺の早咲きサクラで素性が割れているのは大島桜と彼岸桜を掛け合わせた河津桜だけ。
日本一の早咲き記録( 1 2 月 2 6 日に開花)を持つ熱海も、早川沿いの箱根も、地名を名前にして呼んでいるに過ぎない。
そんな中で独自の名前を付けたのは根府川だ。
どの様な経緯かは知りませんが街をサクラで埋め尽くして『おかめ桜の里』のしようと奮闘努力中なのです。
名前のおかめ桜は①熱海②箱根③河津ときて④、⑤が無くて⑥根府川と、早咲き桜の中での順番はゆっくりですが、満開期に周辺はミ~ンナ葉桜期に入る。
そこんところを狙ったのかもしれない。
周辺を流れているのは白糸川で、根府川などと言う川は無い土地なのに、その無い川を駅名にしちゃった土地です。
『おかめ桜』だって変わってますね~。

2 0 0 0 年代に入って亡くなった茨木のり子がナガ~イ詩を残している。
車窓からの根府川の光景と己の青春時代を奪った太平洋戦争を重ねて詠んだ、『根府川の海』です。

                                根府川
                               東海道の小駅
                            赤いカンナの咲いている駅
                              たっぷり栄養のある
                              大きな花の向こうに
                          いつもまっさおな海がひろがっていた

                                        と詠んでゆきます。
                                        赤いカンナの駅だったのに・・・・・
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# by molamola-manbow | 2017-02-21 11:22 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 19日

  口 開 け 客として

d0007653_911564.jpg「どうお?」の誘いに乗って小田急線祖師ヶ谷大蔵の『魚店(いおだな)きなり』に着いたのは開店の 1 0 分前辺り。
禁煙居酒屋ですので、お店の前の喫煙所で一本吸ってから中に入った。
「ハヤッ」が入り混じった表情で従業員が出迎えてくれたのは 1 6 : 5 5 分と言ったところだったでしょう。
陽が伸びて、夕焼け空さえもがまだ先の時刻からの飲み始め。
神奈川県の西の端っこに引っ越してから、呑むのは何時もコノ時間から。
鈍行しか停車しない駅ですので特急、急行への乗り換えをプラスすると、揺られること 2 時間に二度の乗り換え。
そんなこんなで飲み始めは何時もコノ時間から。
サラリーマンは休日をつぶして付き合ってくれなければなりません。

窓から差し込む昼間の日光とダ~レモお客さんの居ないカウンターの端っこで、口開けの客は飲み始めました。
誘ってくれた張本人の到着、口開け m a n b o w から数えて五番目の客であったような・・・・・。
もう一人、「到着は 6 時頃」と打電してきた男が加わるまでの一時間程の間のこと。
入り口のドアが細目に開いて「アラ、空いてる」の女性の声がしてマスターと交渉を始めたお客さんがいらっしゃった。

直ぐに何をしにやって来た客であるかが判っちゃうましたね。
障子で仕切られた小別間じゃあ御座いませんが、降り口の横に目の高さを板壁で隠した小部屋が有って、掘りごたつ式の細長いテーブルを囲んで十数人が一緒に飲める場所があるのです。
そこに六人ほどの団体客が入りました。
入ると同時に漏れてくるのは場違いな若い嬌声です。
どれほど若い声なのか、小、中学生の"ツマミ"選びの声なのですよ。
「わたし〇〇」とか、「僕〇×」などと。

屋台を含めた居酒屋さんの定義、詳しいことは存じ上げませんが、手軽にお酒が飲めてついでに食事もできるところとして江戸時代に定着したようです。
呑み助の独占場となったのは昭和もかなり下ってから。
それまではファーストフード店の様に子連れで訪れるケースも多かったらしい。
忙しくって夕食を作る暇がなかった時などに、夜泣き蕎麦的居酒屋で食事を済ませてオヤジは一杯やって帰る。
コノお店、カウンターでお寿司を握ってもらうこともできるから、お茶と握りだけで呑み助の相手をすることだって可能なのです。
そんな訳で子連れ客はよく見掛けます。
大勢で訪れて"目隠し小部屋"を占拠しちゃったこともあるけど、あそこは遠慮しなきゃあならない専用部屋だね。
                           魚店・きなりのご主人(⇩ ⇩)です
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# by molamola-manbow | 2017-02-19 09:57 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 17日

  「ウ ソ つ け ~」 は正しかった

d0007653_8584949.jpg箱根湯本の町役場を訪れた時に、正面玄関横の『早雲寺近道』という小さな標識を見つけた。
小田原城の初代城主は北条早雲です。
「キット関係のあるお寺に違いない」と考えて、役場で用事を済ませて道順に従った。
階段115段(⇨ ⇨)を上らされました。
それから急坂(⇩ ⇩)の下り。
箱根登山鉄道の湯本駅から昇り始めた事を考えるとひと山越えたことになる。
片道 2 0 分弱の上り下り。

d0007653_9513883.jpg小田原駅前の路地裏・『おしゃれ横丁』にちっちゃな墓地があります。
小田原を納めて五代 1 0 0 年、というよりも関東一円を支配した武蔵・相模の国の大大名・北条家の氏康、氏政( 3 、4 代目)の墓だと看板ではうたっております。
お墓は小田原城の天守閣からの直線距離で 8 0 0 メートルほどの近距離です。
城主であればお城の庭先にだってお墓は建てられますけど~。
ココはお掘の掘削土砂を捨てた『揚土(あげつち)町』、職人が集まった『大工町』などの近場でして、「お殿様がこんな所に建てるか~?」の疑問を捨てきれません。
山越えまでした探求心には、そんな動機も潜んでおりました。

結論は墓地の奥、階段 2 0 数段を上った上座に鎮座なさっておりました。
左から早雲、氏綱、氏政、氏直、氏盛と、北条家五代の当主の墓が立っていて、墓前には真新しい花が飾られていた。
早雲寺は北条早雲が建立して北条家の菩提寺としたお寺ですが、豊臣秀吉はココ早雲寺に本陣を置いて小田原城を攻め、天正18年(1590年)の一夜城(石垣山城)完成と同時に寺を焼き払って本陣を移した。
再建されて早雲寺の名前が復活するのは徳川三代将軍家光の時代だとされますので、半世紀以上お寺も墓も荒れ放題であったらしい。
戦国時代の敗将は敗れただけでは済まなかったようです。

そんな訳で小田原駅前のお墓は、やっぱり「何なんだ?」
商店街の小知恵の利く誰かさんの発案で設けた客寄せパンダと言うことになります。
但し、どちらが幸せかどうかは判らない。
駅前墓地には観光客が引っ切り無しですので北条さんは退屈しないで過ごせそう。
本当の墓地は~、山越えをしなければ到着できません。
写真を撮って小一時間、この間ダ~レとも出会わなかった寂しい所にあるんだもの。
「こりゃ、手持ち無沙汰だわ」なのですよ。

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        苔むした萱葺き屋根の鐘楼に吊るされている梵鐘は、豊臣秀吉が小田原城を包囲した際に一夜城で使ったモノであるらしい。
                         敵も、味方も一緒の菩提寺、「ウム~、珍しい」
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             コチラは早川沿いを彩る箱根湯本のサクラ、憶えてきたはずの擬宝珠で飾られは橋の名は・・・・・?
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# by molamola-manbow | 2017-02-17 07:42 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 16日

  真 鶴 の K e n n y s  P i z z a

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お蕎麦屋さんの隠れ家・『宇奈根の中村』の近くから、ピザを喰らいに G F が訪れた。
ピザなんて電話一本で届く食い物でしょ、そいつを喰らいに1時間半をかけてわざわざだなんて、凄いでしょ!
そんなに旨いピザなのか?
d0007653_9381740.jpg東京の三鷹市から移住してきた若者が真鶴で始めたお店、オープンして二か月少々の『 K e n n y s P i z z a 』、小さな小さなピザ屋さんです。

ピザを喰らった記憶、オイラの一番の近場はコレですので、お店の1、2、3と順位をつける知識も、喰らった回数もないのですが、街には大歓迎されて受け入れられてます。
閑古鳥の鳴く駅前のイタリアン食堂とは大違い。
十数人しか入れないお店がオープンと同時に満席となって、それが閉店まで続くんだもの。

ケンちゃんとニチカちゃん、若い二人はたった二か月で『うずわ』使いの"真鶴ピザ"を創作しました。
うずわって何だ~?」なんて質問は、先輩移住者としてシャクでしょ。
だから、うずわは次の機会にとっておいて、馴染みのピザを頼み「うわず使いとは珍しい」などとつぶやきます。
知ってましたか?
伊豆地方の言葉でソーダカツオを指すらしい。

新しいお店がオープンすると覗いてみるのが世の習い。
そんなお店はそこら中に有りまして、すぐにポシャッちゃいますが、『Kennys』は人口8000人の街には受け入れられましたね。
サイドメニューが旨いんだもの。
焼酎を置くようになったら、もっと良いのですが・・・・・。
                                             T E L  0 4 6 5 - 6 8 - 3 3 8 8      
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# by molamola-manbow | 2017-02-16 10:14 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 14日

  お う い 雲 よ

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時折り頭に浮かんでくる詩がある。
ポッカリと空に浮かんだ雲に向かって「 お ~ い 」と呼びかけた山村暮鳥のあれ。
草原にゴロ~ンと横になって空を見上げていたに違いない。
初夏であったろうか、晩夏だろうか?、な~んて季節も考えちゃう。

伊豆半島の付け根部分、函南の空に浮かんだ今朝の雲( ⇧ ⇧ )も暮鳥の「 お ~ い 」とつながった。
と言っても、「浮かんでいたのは二つじゃなかった筈だ」とか、「雲はもう少しデカかったに違いない」・・・・・。
と、頭の中では否定的に考えて「コチラの方が合ってるかも」と、数日前にカメラを向けた同じ函南の雲を考えた。
ただし、コチラ(⇩ ⇩)だってポッカリ浮いてるとは言えません。
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                          おうい雲よ
                           ゆうゆうと
                          馬鹿にのんきそうぢゃないか
                           どこまでゆくんだ
                          ずっと磐城平の方まで行くんか


「オイ、コラ雲よ」と呼び掛けたくなるコチラ(⇩ ⇩)はドンドン広がって 神奈川県足柄下郡真鶴町に 2 0 1 7 年度の初雨をもたらした 1 月 8 日の雲。
函南の空に浮かぶ雲の形で天気が判る様になれば、『天下御免の晴れオトコ』の株は天井知らずとなるのだが・・・・・。

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# by molamola-manbow | 2017-02-14 10:14 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)