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2005年 07月 07日

Seaman-ship

レーダーに映る小さな影の不自然な動きに異常を感じ、忙しい操業の手を休めて確認に向かう。
MIYA』号で起こった畑下栄さん(81)の異変は、第十八常磐丸の皆さんによる心遣いなくして発見はなかった。
この、出来そうで出来ないことを、躊躇せずにやってのけた第十八常磐丸のSeaman-shipには、畑下さんと関わりの深い今給黎教子さん、ABSの日高女史のお二人が心からの感謝を述べられておられますが、船名は私の胸にも深く刻み込まれました。
何処かの海で出会えるだろうか、出会えたら、是非、心からの【U W 旗】を揚げて安航を祈りたいと願っています。
悲しみの中での唯一の救いでした。

以下は畑下さんの悲報とは関係のないことですが、他人への気遣い、思いやりという点で、触れておきます。
熱海沖に浮かぶ初島の潜り漁の漁師さんが、千葉の館山沖まで流されて、翌日、東海汽船に救助される事件がありました。
「潮に流されて漁師不明」のニュースを知った東海汽船の船長が、「もしや」を信じ、見張りを増やす処置を執った。
これが奇跡のような発見につながったと聞いています。

海を愛するみなさん、Seaman-shipは生きています!
元気を出しましょう。


▼第十八常磐丸は静岡・焼津漁港の船です。
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# by molamola-manbow | 2005-07-07 07:37 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2005年 07月 05日

畑下さんとMIYAの悲報

早朝のmailで畑下栄さんの悲報(一報の段階ですが・・・)を知った。
すぐに検索してみる。
本当だった。

第二管区海上保安本部(塩釜)に入った連絡によると、宮城県石巻市の金華山から東南東約1400㌔の太平洋上で、漁船が漂流しているヨットを発見した。
ヨットは長さ約7㍍。『MIYA』の船名が読み取れ、マストが折れていて船上に人が一人倒れていた。漁船員の呼びかけには、全く応答がないという。
d0007653_2035240.jpg第二管区海上保安本部では、船名から、6月15日に神奈川県三崎市のシーボ二ア・マリーナを単独で出港した後、連絡が取れない日系アメリカ人の畑下栄さん(81)のヨットの可能性があるとみている。
巡視船『ざおう』の現場到着は6日未明の予定。

先月15日の畑下さんのシーボ二ア出港の模様は、同日付けの日高女史の投稿
http://aburatsubo.com/cgi/keijiban.cgi?ryear=05&rmon=06
に詳しく、他に付け足す言葉も見つけられません。

ただ、ただ、合掌するのみです。
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# by molamola-manbow | 2005-07-05 11:24 | ヨット | Trackback | Comments(2)
2005年 07月 02日

Tour de France

d0007653_9501573.jpg小田急線の某経堂駅近くの住まいから間道伝いに多摩川に出て、川崎市側の土手を河口の浮島まで、自転車を飛ばした。
往復するとフルマラソンを走った距離ぐらいになるのだろうか。時間もちょうど2時間ほどだ。
シャワーで汗を流しながら、今日の深夜から始まるツールの期間中、この調子で自転車に乗り続けたならば、多少はお腹も減っ込むかも、などと考えて、せり出したお腹を撫でなでだ。
更にお腹を撫ぜなぜしながら、大胆なことも考えた。
ツールの第1ステージは19㌔の個人タイムトライアル(TT)だ。となると、少なくとも初日だけは「ツールの倍の距離を走ったことになるんだ」と。
3週間を掛けてフランス全土を走破するツールの総延長距離は、アルプス、ピレネー、中央山塊の山岳ステージを含めて3600㌔。一日平均170㌔を走らなければならないのだから、多摩川の土手を川風と走るわたしなどとは、比較してほしくないだろうけれど・・・・。
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今年のツールで特徴的なのは、個人TTがたったひとつしか組み込まれていないことだろう。
それも19㌔の高低差の少ない平坦コース。これって、結構露骨なLanceのV7潰しじゃないの?と感じたのは私だけだろうか。
短距離の平坦コースでは、タイムに差が出にくい。つまりLanceは稼ぎ場をひとつ、失うことになる、と考えたわけです。
しかし、その短距離TTで始まった初日、Lance Armstrong(アメリカ)は飛び出しました。
1分前にスタートしたライバル一番手のJan Ullrich(ドイツ)を、レース途中で抜き去るという、信じ難い場面をテレビ上で演出したんです。
Lance潰しを画策した組織委員会の方々、と言うよりも、アメリカ嫌いを気質の中に持っているフランス全土でため息がもれた、と思う瞬間でしたね。
次のヤマ場は第4ステージ(5日)のチームTTLanceの所属チームは、U・S・Post ServiceからDiscovery Chanelへと変わったけれど、この日辺りで黄色いリーダージャージー姿に変わりそうな好スタートを切った、と言えるだろう。
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多摩川土手で、私の第2ステージ目(3日)も無事終了です。寝不足と降雨、多摩川ツールの私のライバルはこの二つ。つまり、梅雨では、すぐに終わるということ。
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# by molamola-manbow | 2005-07-02 10:36 | 自転車 | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 28日

♪シャバ 娑婆 ラ シャバ ララ に脱帽!

d0007653_1075100.jpg楽日の幕は静かに下りて行きました。
拍手が鳴り止みません。その鳴り止まぬ拍手の中で、また幕が上がりました。
出演者勢ぞろいの舞台挨拶です。
役者デビューを果たしたヨット仲間の我らが徳さんは、舞台の右ソデに居ました。
立ち位置は、回を重ね、経験を積んで、しだい、次第に中央へと、昇るのでしょうが、何たって初舞台です。今は贅沢は言っていられません。
でも、見ちゃいました。
アゴを心持ち上げ気味にして、視線の先を天空で止めます。
そうして置いて、おもむろに深々と頭を下げて行くあれです。最初は客席正面に。それからもう一度、この動作を繰り返しつつ左と右の客席にもゆっくりと頭を下げます。
松健サンバのお兄さんとか、その他モロモロ
d0007653_9505697.jpgの役者さんがフィナーレの舞台で同じ顔を見せるじゃないですか。
得意さと面映さを半々にしたような・・・・。
徳さんの顔は、まさにその、主演クラスの役者の顔と同じ。
ピクピクと得意そうに動く鼻までは確かめられませんでしたが、とっても高揚していて、気持ち良さそうでした。
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我々に送りつけてきた観劇を強要するmailに、次のような文章がありました。
『前回公演時、新人会員として舞台上からお客様1500人の前で紹介されました。舞台の上でライトを浴びるということは、こういうことなのだと。これはやめられない、と』
ただ単に、紹介されただけで、これですからね。
出番が二度あり、台詞、それも結構な長台詞があって、トチルことなくしゃべれたとあっちゃあ、
雲の上を歩いているようでも、仕方の無いことなのでしょう。
エッ、徳さんの演技ですか?
そりゃあもう、初演で存在感をアピールしたんだから凄いです。
もっと棒読みの台詞となるんじゃないかと心配してたのに、堂々としたものです。上背にハンディがなければ、メジャーデビューだって・・・・。
嘘だと思うなら自分の目で確かめて下さい。
次回公演は11月12~14日だそうですから。
劇のスジですか?
そんなもの、徳さん応援団の我々には関係ないですよ。
徳さんを観に行ったんですから!
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# by molamola-manbow | 2005-06-28 10:09 | ヨット | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 26日

カツオの烏帽子

「オイ、オイ、まだ6月だぞ!」と、パソコンの画面に向かって毒突いてしまった。
芋洗い状態の片瀬海岸にやって来て、うら若い女性の太ももなんかに悪さをするヤツ。
その何時もは盆過ぎにやって来る招かれざる客が、ことしはもう姿を見せたようなのである。
クダクラゲ目ヒドロ虫類の、カツオの烏帽子なのか、はたまたカツオの冠なのか、素人の私には見分けることが出来ないけれど、総称して『デンキクラゲ』と呼ばれているヤツです。
d0007653_8584320.jpg海が好きだから、その好きな海に生息する生き物は、多少薄っ気味悪くてもほとんど受け入れてしまうのだけれど、烏帽子のたぐいだけはいけません。
あのヒモ状の触手に巻かれて刺胞に刺されると、激しい痛みがいつまでも続くばかりか、痕が醜く残りますものね。
伊豆七島の南端をかすめて行った、先日の台風4号の置き土産でしょうか。それにしても早過ぎる。まだ一度も海に入っていないのに、クラゲの心配をしなければならないなんて。
浜に打ち上げられたクダクラゲ目ヒドロ虫類の死骸を見たのは、鎌倉・七里ガ浜の海を一年365日、欠かさずに撮り続けているカメラマンのこちらのサイト
25日の一枚に写っておりました。
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世の中おかしいですよ。26日には東京・大手町の気象庁でアブラゼミの声を観測したそうです。
これは観測史上最速なんだそうで、平年に比べて31日早く、今までの記録(1955年7月10日)を2週間も短縮したことになるらしい。
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# by molamola-manbow | 2005-06-26 16:37 | 潜り・磯釣り・海 | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 25日

UkuleleのStradivari

d0007653_1046121.jpg
アロハに着替え、気分を出して写したウクレレは、丁度十年前、癌のために他界した親友の遺品、 K a m a k a です。
狸穴の B a r に呼び出され、私の膝の上にケースごとポーンと投げて寄越して、「いいモノだから大切に使って呉れ」と託された。
死ぬ五、六年ほども前だったから、遺品分けをしたのだとは思っていないが、呉れた真意は未だによく判らない。
モノは K a m a k a の先代(ひょっとすると、先々代になるのかも知れない。
言い換えれば創業者、名工として知られた S a m u e l の作品である。
胴の響孔(サウンドホール)から覗いているラベルに S a m の自筆のサインがしてあり、【 e s p e c i a l l y (特注の) f o r M r 〇〇】の文字と【 1 9 7 0 日】の日付が添付されている。
これは名工 S a m がひとつひとつをコツコツと、ハンドメイドで製作していた受注生産時代の作品だという証明、ラベルの付加価値が非常に高いウクレレだ。
ヴァイオリンの名器、 S t r a d i v a r i  に今年春、二百万ドル(約二億一千万円)の値が付いた時、ニュースを報じるテレビに向かって「オレもウクレレのストラディバリウスを持ってるぞ~ッ」と叫んで連れ合いの失笑を買いましたが、逸品だということは間違いない。
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最近、このウクレレを親友の身内に返そうと思い始めた。
ウクレレを爪弾く機会もなくなって、ケースの中で眠ったままでは、名器としても寂しかろう、と考えたこと。
二月三日の友の命日を、完全に忘れて仕舞っていたことも、返す気持ちを後ろから押した。
返すなら、奴が C O C O と呼んで可愛がっていた姪っ子にするつもりである。
もう随分 C O C O にも逢っていない。
お兄さんと仕事を始めて、「今度は死ぬ気で掛かれ!な~んて言われてるのよ」と、明るい m a i l を貰ったけど、何をしているのかも見てみたい。
ウクレレ・ケースをぶら下げて、かつての青春の海、湘南まで、近々訪ねて行くとしよう。
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# by molamola-manbow | 2005-06-25 10:47 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 22日

♪Changing Partners♪

d0007653_10105010.jpg
               偉い坊さんなどに、こんなことが起こったら
               きっと
               『天の啓示だ~!』
               となって大騒ぎになるのだろう。
               ーーーなどと書くと
               随分大仰な物言いに聞こえるだろうけど
               今朝起きて
               起きたとたんの、起き抜けのアタマに
               な~んの脈略も無しに
               答えがポーンと浮かび上がってきて
               悩み事が解決してしまったとしたなら・・・・・。
              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
付けっ放しにしているテレビから流れてきたコマーシャル・ソングに記憶の糸が引っ掛かり、思わず「・・・・ン?」と振り返って仕舞ったのは10日ほど前のことだった。
画面には某有名酒造の烏龍茶のコマーシャルが映っていて、女性シンガーの中国語の歌が、絞り込んだ音量で流れていた。
どこかで聴いたことが有るような、無いような・・・・。
耳慣れない中国語のイントネーションが邪魔をして、記憶の糸は手繰り寄せられそうでいて、また伸びてゆくのがもどかしい。
コマーシャルに力を入れるメーカーだから、曲は日に何度も流れてくる。
その都度耳をそばだてて聞き入るのだから、気になるってことも厄介だ。
そうだ、歌詞から曲名を探り出す手立てが掴めるかも知れない。
そう思って、北京に留学していたことがあって、少々中国語の出来る連れ合いに「訳してみろ」と頼んでもみたが、ほんの少し聴いただけで「ムリ、ムリ」と素気無い。
某有名酒造のホームページにもアクセスし、隅々まで捜しても曲名も歌手の名も記載なし。
「宣伝上手で名を売る会社がこの程度のホームページしか作れないとは・・・」などと、変なところに八つ当たりしてパソコンのスイッチを切ったのが前夜のこと。
ところがでした。また日が昇った今朝のことです。 Tennessee waltzで一世を風靡したPatti Pageの名前が脈絡も無しにポーンとアタマに浮かんで、「そうなんだよ、あの曲は彼女が歌う"Canging Partners"さ」と、起き抜けのアタマが答えたんです。
曲名と歌い手さんが判ったあとは、記憶の壁は一気に崩れた。
中学時代(昭和20年代後半)によく聴いた曲で、Tennessee Waltzの大当たりに味を占め、二匹目のドジョウを狙った、やはり失恋の曲であること。
江利チエミがカバーしている筈だということ。
ひょっとすると、昔持っていたレコードの裏面の曲だったかも知れないことなどが、次々に思い浮かんだのである。
人間のアタマのなか、どうなっているんでしょうねえ。
               ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エジプトから脱出する時、紅海を割る奇跡を起こしたとされるモーゼさん。
彼のお墓が石川県に有るってこと、知ってました?
羽咋郡押水町にあるんですよ。
ついでだから、青森県三戸郡新郷戸来(へらいと読みます。ヘブライではありません)には、キリストさんのお墓もあるらしい。
奇跡仲間として、先輩二人の情報も加えておきます。
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# by molamola-manbow | 2005-06-22 10:52 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 21日

不快指数100%Rugby

このクソ暑い最中にラグビーでもあるまい、と思いつつも、東京・青山の秩父宮ラグビー場まで自転車を飛ばし、日本代表 vs Ireland戦(6月19日)を観に行ってきた。
世田谷の住まいから青山に出るには、三軒茶屋を経由してR246を東上するコースが一番だけど、三宿の先の池尻大坂と、渋谷の宮益坂の二つの坂を越えなければならない。
登りは大の苦手だから、最短ルートは敬遠し、甲州街道を東上して新宿経由で神宮に出るコースを選んだ。
走り出してすぐに、「シマッタ」と後悔が出た。
からだの両脇を流れて行く風に、まるで爽快感が無い。
むしろ、ジトッとまとわり付く感じで、「電車にすべきだった」と反省しつつのペタリングとなった。
秩父宮に到着した時にも、流れ出る汗にサラッと感は無く、何やらねっとりと油っぽい。
キックオフは、そうした不快感を払拭出来ないままで迎えることとなった。
d0007653_8161367.jpg観戦体勢に入って不快指数は、いや増した。
何をしたいのか、日本代表の戦い方に、戦略、戦法が見えて来ないのが腹立しい。
過激な物言いをするなら、かれこれ10年、小藪修ー平尾誠二ーそして現在の萩本光威監督(揃って同志社OBだなあ)と、強化責任者の顔は変われども、ラグビーのスタイルに納得できる変化どころか、兆しさえ見えないのである。
サッカーでこんなことをしていたら、ファンは暴動を起こすだろう、と静かな周囲のラグビーファンを見回して仕舞った。
今回のIrishは世界ランク7位の触れ込みである。しかし、主要な選手はNewZealand遠征のBritish Lions(11人が参加)に加わっていて来日していない。
全ての公式戦を終えて2ヶ月、精神的にも肉体的にも、緊張感から開放され、弛緩し切った状態での来日だという背景もある。
つまり、腑抜けなのである。そんな相手に大阪の12vs44に次いで18vs47ときては、不快指数はウナギのぼりだ。
伝統の紅白縞のジャージーを、無断で変えた(と思っていて、新しいジャージーには何時まで経っても馴染めない)ことまでが腹立たしくなり、ノーサイドの笛を待たずに席を立ってしまった。
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不快感を倍増させながらの帰路、重いペダルを踏みつつも、信号待ちの横断歩道の人垣の前を通過する時だけは、7連覇を目指すTour De FranceArmstrongになりきる己に気づいた。
そんな自分が可笑しくて、微笑みがほんの少しだけ戻った。
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▼コーナーフラッグを利用した写真の寄せ書きは、1983年の松尾雄治ジャパン(監督・日比野弘)。アームズパークでWalesと対戦し、24vs29と競り合った。
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# by molamola-manbow | 2005-06-21 01:07 | ラグビー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 18日

4年と98日目

去年の暮れ、家中を引っ繰り返して捜したのに見つけられなかった失せ物が、ヒョンなところから出て来た。
ソファーの背のクッションの隙間に挟まっていた2001年度のポケットダイアリーである。
パラパラッとめくると、暮れに必要としたメモ書きは、3月12日(月)のところで見つかった。
わざわざ袋文字を用い、色鉛筆で着色までしてある次の一行
禁煙start 3度目】。
d0007653_10551244.jpg

煙草を止めようと決意した友人のHPに、驚くような数字が載り始めたのは、去年の暮れのことだった。
  20~30歳  20本×365日×10年・・・・・73.000本
  30~40歳  40本×356日×10年・・・146.000本
  40~50歳  80本×365日×10年・・・・292.000本
  50~54歳 100本×365日× 4年・・・・146.000本
  55~56歳  30本×730日-227日・・・・15.090本 
                                  トータル 67万2千とんで90本
55歳の時の7ヶ月と17日間(227日)の禁煙期間を、几帳面に引いた上で、「今までに67万2千本を灰にした」、と弾き出したのである。
禁煙6日目には、この62万2千本を金額に直した。
20歳の誕生日に吸い出した当時の煙草は一箱70円。以後120円、170円、220円・・・と値上げを繰り返し、現在の一箱270円に至る煙草代の歴史もキッチリ盛り込んだ上で、「私がこれまでに灰にしたお金は、535万とんで215円也」。
煙草を求めるイライラ感を、数字に置き換える友人の作業は更に続き、今度は1本を吸う為に要す時間を平均3分40秒と弾き出す。
そして、これまでの人生の中で、4年と247日と6時間と28分間は、「煙を吐き続けて生活していたことになり、この時間を他に転用してたら、何が出来ただろう」と考え込んだのである。
吸殻についても計算している。
フィルターの直径を8ミリ、吸殻の長さ約4㌢として計算し、捨てた吸殻が13.495立方。
ドラム缶7本半の吸殻になる」。
(ちなみに、ヨットHINANOでは吸殻を海にポイと捨てると、罰金千円を取られる)
数字を眺めて、私も考え込んで仕舞った。
禁煙を繰り返す度に喫煙数は増え、最終的には一日に2箱半ほど(約50本)を吸っていた。
計算は苦手だから、私が弾き出した数字は単純に『彼の半分』。それでもギョッとする数字に変わりはない。
同時にイライラを沈め、励ましてやらねば、と思ったのが暮れの手帳捜し騒動なのである。
しかし、何処を捜しても見つからないために、薄情にも応援mail は書かず仕舞い。
そうこうするうちに、友の禁煙は挫折し、「手帳が無ければ応援mail は書けなかったのか?」の後悔だけを残して終わることとなった。
いまだに言う言葉は見つからないが
『禁煙は喫煙者だけに許された特権だから、どんどん駆使しなければ』ぐらいしか浮かばない。
健康にも悪いんだよなあ。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 写真は香港で買った三千円ぐらいの安物パイプ。
 火持ちがよいので、"将来"を考えて残した。
 もう一本、お気に入りもあるはずだけど、みつからない。
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# by molamola-manbow | 2005-06-18 11:13 | カテゴリー外 | Trackback | Comments(4)
2005年 06月 12日

  MIYA号と酒呑童子Ⅱ

d0007653_2153051.jpgアメリカ国籍の日本人老セーラー、畑下栄さん(81歳)に会いに、三崎市のSeabornia Marinaまで出掛けてきた。
ベネトウ39・『MIYA』号(写真上)を駆って、畑下さんがサンディアゴからOcean-Aloneの航海に出たのは、亡妻静子さんの「両親のそばで眠りたい」遺志を叶えるため。
そのフィニッシュ目前の昨年12月12日、御蔵島沖で漁船と衝突し、船は大破、畑下さんも大怪我を負い、治療と船体修理のために、三崎に滞在中だった。
遠洋マグロ漁船に乗っていた頃の元上司〔三崎市在住)と談笑中の畑下さんのテーブルに、図々しくもお邪魔する。
畑下さんは「船の修理も済みました。明日明後日にも帰りたいんですがねえ」と、いたって元気。
あれや、これやの保険問題が解決し次第、舳先を出発港のサンディアゴに向けたいという。
この言葉通り、『MIYA』号には、すでに燃料と清水のタンクが積み込まれていて、ライフラインにガッチリと固定されている。
あわてているのは、今給黎(いまきいれ)教子さんなどの支援組だ。
「元気そうに見えても、まだ操船できるからだじゃない」と引き留めに躍起で、元上司さんも「帰りは飛行機にしろ!と言いにきたんだよ」と、説得に必死だった。
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海図一枚を、ドーンと広げられる超特大のチャートテーブルに度肝を抜かれた畑下さんの『MIYA』号を見学し、帰り際にふと視線を巡らすと、
d0007653_21512275.jpg 人だかりの中に古武士の風格漂う船一隻(写真下)。
「何処から来たのかしら?」と、同行のKちゃん(ヨットの先輩ウィーマン)。
「荒波に、かなり叩かれ、揉まれたみたい」と、こちらはKちゃんへの返答。
さらに、人だかりの中に首を突っ込んで、馬鹿さ加減の上乗せだ。
「何処から来たんですか?」
古武士の風格漂う船上で、忙しく立ち働くボランティアのひとりが、「冗談かい?」という顔をして応えて呉れました。
「世界をまわってきたんだけど」
シ、シ、シマッタ!『酒呑童子』だア!!
シングルハンドでの無寄港世界一周の最年長世界記録を打ち立てた斉藤実さん(71歳)もまた、Seaborniaに入港(6月6日)したんだった。
バカ、バカ、トンマ!!!!!!
アホ、アホ、間抜け!!!!!!!
ずっと、ずっと、斉藤さんの航跡は、追い続けていたのに・・・・。

▼斉藤   実(71歳) 2004年10月16日小網代出発~2005年6月6日帰国(234日)
▼堀江  謙一(66歳) 2004年10月 1日西ノ宮出発~2005年6月7日帰国〔250日)
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# by molamola-manbow | 2005-06-12 22:29 | ヨット | Trackback | Comments(0)