2017年 01月 31日

  4 月上旬の陽気

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暖気の塊が列島を覆って、四月上旬の陽気に包まれた昨日、毎日新聞の夕刊は文京区の湯島天神の梅で季節外れの温かさを表した。
その生地を読んで日本語のニュアンスって難しいな~。
『 梅ほころぶ 』の見出しと写真を見比べた時の感想です。
「どうして桜は咲くで、梅はほころぶと表現するの?」
こんな疑問をパソコン上で読んだ記憶もあって、「そうかな~?、何方にも両方を使うだろう」と考えたことが頭にあったに違いない。
固い表情を見せてギュッと結ばれていた蕾が緩んで、淡いピンク色をかすかにのぞかせた状態、コイツが『ほころぶ』だろう、などと考えちゃって。
つまり、写真はほころんでから「何日経ってんだい?」の状態、本文にはほころぶなんて表現は使っていない記事ですけど・・・・・。

こちら( ⇩ ⇩ )は成人の日( 9 日)の直後に撮った真鶴の梅林( ⇩ ⇩ )、季節は 2 週間ほど早く巡って来るね。
以下の記事も何処かで読んだ。
今年の桜前線は目立たなくて、九州、四国、関西、東海、それに南関東の桜が、一斉に咲き出す( 3 / 3 1 )予想であるらしいこと。
地球の温暖化が進んで、四季の区分は乱れ始めてます。
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# by molamola-manbow | 2017-01-31 10:15 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 30日

  木製キノコ

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芝生からニョッキニョキと生えて来てるのではございません。
何時も机の上に転がっていて、「何処かに行きやがったか~」と考えておりますと、また新しいのがゴロゴロし始める。
そんな事が繰り返されてる代物、D a r n i n g   M u s h r o o m と言うらしい。
北欧であるとか、英国など、毛編み物が盛んであった国には一家に一個は有った様です。
爪で破れた靴下や肘に開いた摺り切れ穴を繕う時に大層便利な道具、コイツで開いた穴をハッキリさせて補修に掛かる。
我が国では代用品としてコケシが使われていたと申しますが、専用の道具は無かった。
それが『 D a r n i n g 女子』などと言う言葉が生まれるほどにブームを呼んで、「何処で買えるの?」と引く手あまた。
そんな訳で「ひとつオネガ~イ」と注文がある度に買い求めておく様です。
刺繍をする場合も便利であるらしい。

壁にハンガーとか帽子を掛けて置くためのフックは、形も種類も様々だけど、キノコ型って~のは御座いませんよね~。
マッシュルーム形なんかが壁からニョキニョキッと生えて居たら、ギョツとさせる効果もあるのにな~。
一本だけじゃあつまらないから、フックには一本に付きアイツ三本、なんて~のが・・・・・。
こちらの器( ⇩ ⇩ )も重ねるとキノコ、いま木製品はブームですね。

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# by molamola-manbow | 2017-01-30 10:40 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 29日

  ひな人形

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お店の入り口、ドアの外っ側に置かれた手作り雛です。
この時期、小田原市では『ひなにんぎょうのひなたぼっこ』と称して雛飾りを店頭に配してお客さんの目を楽しませておりますので、コチラさんも始めたのだろうと。
帰宅して写した写真を調べましたところ、これらの手作り雛は『一体 5 0 0 円』也の売り物でした。
売り物であったとしても、ひなたぼっこ行事に支障は何一つ御座いませんが・・・・・。
交差点の向こう側から眺めても、一番目を惹いたのはコイツだったもの。

d0007653_10353765.jpg他のお店には豪華な五段飾り( ⇨ ⇨ )も飾られておりましたが、手作り雛は目立つたな~。
「男雛と女雛の、配置はこれで良かったけ?」( ⇩ ⇩ )などと考えたりもして・・・・・。
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# by molamola-manbow | 2017-01-29 10:43 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 28日

  漁船ゼロの相模湾

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2 0 1 1 、 3 、 1 1 ・・・・・、我々の頭に深く刻み込まれた数字じゃあないでしょうか。
コノ数字以降、釣りの同好会・新宿魚連の釣り宿の標高は高くなって、神津島も八丈島も、遥か上まで登らなければならなりました。
街中に『この辺りの標高』看板があふれましたし。
J R の小田原駅は10 メートル少々で、真鶴駅は 5 4 メートル、「フ~ン、三駅の間に40メートルも登ってるんだ」などがすぐに判っちゃうほど。
2 0 メートル越えの南西風が吹き荒れた昨日の相模湾、標高 6 0 メートルからの眺め(⇧ ⇧)、我が家の海抜も判っている。
漁を休んだのは正月三が日だけ、常時 4 、5 隻の漁船が浮かぶ相模湾から船影が消えて、普段とは異なる白波に覆いつくされておりました。

「兎が跳ぶ」などと表現する白波の表情が、何時もと少し違うのでカメラに収めたのは何時( ⇩ ⇩ )だったでしょう?
こちらだって海面を跳ぶのはじゃなくてですが、昨日の白波は明らかに違った。
気持ちの悪い三角波、それのデッカイやつ!
写真の上下を反転させれば、空に浮かぶ鰯雲さながらでも、小舟だと複雑に揺れて、横波を喰らうと転覆したりする。
しかも風速は「 2 0 メートル越えだ~」の相模湾、台風通過時もこれほどは荒れなかった。
遥か沖の通過、でしたが・・・・・。
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# by molamola-manbow | 2017-01-28 10:47 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 27日

  残りわずかを嘆いちゃう  

「一日一個」と定めていても、なかなかコイツを守れずに、たったこれだけになっちゃいました。
口を付けなければ、数日程度の我慢は可能なのに、ガブリとやっちゃったら、もういけません。
もう一個、もう一個と続いて、一度に五個も喰らっちゃいましたもの。
とろける時代も、カチンカチンまでもう少しの現在も、幾つでもコイツだけは食える。
甲州・白州郷の道の駅で買い求めたダンボール二箱分の甲州百目、たった二か月間の命でした。

ニュージーランドからの輸入が増えて K A K I は晩秋だけの果物じゃあなくなりましたが、渋柿を美味しく加工するのは東アジアだけ。
「干し柿が何時でも喰らえたらな~」などと、ガキ時代に考えてた夢を実現させるには、
一日一個を厳守したとしても、膨大な皮むき作業を克服しなければなりません。
少なくともダンボールで 1 2 個、それになが~い三つ綯いロープと、干場の確保も。
あるいはニュージーランドに渋柿の苗を持ち込んで、干し柿作りに乗り出す奇特な人を探し出すか・・・・・。
奇特人を探し出せたとしても、桃栗三年、柿八年です。
実現するまでに十年間は待たなければなりません。
そんな夢物語を考えるほどに干し柿は旨い。
見た目は醜くくっても、ドライフルーツの王様だね。
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# by molamola-manbow | 2017-01-27 10:41 | ホビー | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 26日

  お猿さんだけじゃなかった

真鶴町の図書館、壁際の新聞綴じをパラパラッとめくっていて知らなかったニュースと出会った。
小田原城内で起こった射殺騒動( 9 日)、新年早々、市のど真ん中で起こった物騒な事件です。
全国ニュースとしても取り上げられたのではないでしょうか?
「君らも気をつけろ」と、コノ b l o g も趣旨を替えねばならない。
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写真は大磯町のミカン農園で撮られたショットです。
「こんな光景は日常茶飯事」の言葉を裏付ける様に、のんびりムードで落ちた果実を喰らっておいで。

チョコツと調べたら出て来た平塚市での27年度のイノシシ捕獲数は 2 7 頭にものぼる。
2 8 年度はこの数字を 1 2 月の時点で上回り、被害など一度も出たことのない三浦市でも田畑が荒らされる回数が増加しているようだ。
環境庁が『丹沢山塊のツキノワグマの生息数は 3 0 頭以上』とはじき出したのは何時だったでしょう?
神奈川県の屋根・丹沢は、日本列島が一番太くなる日本アルプスの庇だ。
サルもイノシシも、ツキノワグマだって生存していても不思議じゃあない。
このことを肝に命じて、目の前の相模湾ばかりに目をやっていてはいけませんね。
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# by molamola-manbow | 2017-01-26 10:09 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 25日

  似た駅ばかりの東海道線に、またひとつ

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小田原から西 、早川~根府川~真鶴~熱海と続く J R の路線は、昭和 9 年( 1 9 3 4 年)の丹那トンネル開通以降に出来た。
コンナのが走ってた時代もありましたが・・・・・。
その"人車鉄道"の終点が一新された(⇧ ⇧)というので見に行ってきた。
晴れ渡った陽光に、駅舎は光り輝いてはおりました。
ただし、茅ヶ崎、平塚、小田原と、東海道線の駅舎を席捲中の L u s c a が、「またひとつ目映い駅舎を建てやがった」と言うのが印象です。
陽光にキラメク姿に、少しの変わりもないんだもの。
外見だけじゃあ御座いませんでした。
駅前のお土産屋さんに、食い物店さんが、駅舎の中に勢揃いです。

坂道だらけの街で、お宮の松まで歩こうものなら帰路がタ~イヘン、フウフウ言いながら急坂を登らなければならなくなるのが熱海です。
新婚旅行のメッカと言われた時代は遥か向こうに行っちゃって、熱海銀座はシャッター商店街化し、駅前の一角だけが賑わう町に変わった理由、そいつはコノ急坂でしょう。
現代人は歩くことをやめちゃいましたもの。
そんな訳でお客さんは更に先鋭化して、「駅の中だけに留まっちゃうかも」と心配しちゃう駅舎でした。

お土産は駅舎で買えて、小腹も満たせる熱海駅、外に出る必要がないのです。
これでいいもでしょうか?
新婚旅行の思い出の地へと、再び足を運んだジッちゃん、バッちゃんは新しい駅舎にどの様な言葉を残すのでしょう?
先にあげた三都市(茅ヶ崎、平塚、小田原)と同じ姿の駅舎なのです。
そして、賑わう駅舎から一歩外に出ると、人通りもまばらな街の広がり・・・・・。
そんな危惧だけを抱いて帰ってきました。
                                旧の駅舎( ⇩ ⇩ )
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# by molamola-manbow | 2017-01-25 11:17 | 今度は地元真鶴 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 24日

    醉 々 独 歩  

地下の飲み屋さんへと降りる狭い階段の途中ですれ違った時であったと記憶している。
連れの飲み友達が「小西さんじゃあないですか」と呼び止めて立ち話を始めた。
「同じ飲み屋さんに通ってたとは・・・・・」であったのか、「今度はご一緒しましょう」だったのか?
そんなことが複数回続きましたが、何時も目礼を交わす程度、会話は一度もない。

真鶴まで帰れなくなって一夜の宿を求めた飲み仲間の本棚からくすねて来た『 昭和の歌 1 0 0 』の著者・小西良太郎さんとは、そんな微々たる繋がりでしかない。
サイン入りの著書を頂いた飲み友だって、当時はスポーツ紙のペイペイの 1 写真記者でした。
比べて小西さんはそのスポーツ紙の編集局長であったのか、常務取り締まりであったのか?
気安く声など掛けられない、掛けてはならない遠い存在であったはずなのに、そうした上下関係には無頓着で、顔を知ってりゃミ~ンナ知人の輪の中に入れちゃう男、著書が出版されたのを知って、「私にも下さいよ」と、何のためらいもなく言い放ってせしめたのだろうと想像してる。
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ご存知でしょうか?、著者の小西良太郎さん?
高校卒業後にスポーツニッポン新聞に入社した音楽担当の"ボーヤ出身記者"。
ボーヤとは編集部内でお茶汲みなどをやらされる雑用係り。
そこから這い上がってスクープ連発の音楽記者となり、"芸能のスポニチ"と呼ばれる看板記者になって晩年は常務取締役へ。
退職後の今は音楽プロデューサー、役者として活躍しておいで。
彼の世話にならないミュージシャンを探すことの方が難しいほどの活躍を続けています。
「カウンター席のお隣りに座れたら、素敵な一日になるだろうな~」と思わずにはいられないオジン( 8 0 歳)、凄腕は風貌からは微塵も感じられません。

大好きなお酒を傍に、心地よいリズムを耳に昭和を歩んだ小西さんが、その曲の誕生に至る裏話やエピソードを歌い手を軸に綴った歌謡史、「そうだったのだ~」の連続です。
役者としての小西さんも見て見たくなります。










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# by molamola-manbow | 2017-01-24 09:07 | 読書 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 22日

  小田原城のお猿さん

「オマエラは名前も知らずに同じことやってたのか、バカじゃね~の」とやりこめました。
やり込めた方は眠そうな目を薄っすらと開いた"猿団子"の中の一匹で、やり込められたのは 小田原市内を荒らし始めた野性猿、最近は T V 画面にさえ登場するようになってますので、檻の内と外とのゴタイメ~ンが起こったとしても不思議じゃあないのですよ。
コチラ、真鶴側のお猿さんの物静かな単独行と違って、小田原のお猿さんは 2 0 匹ほどの集団行動をとっていて物議を呼んでる。
東海道線をまたいで海側にまで出没してるのは真鶴のお猿さん。
単独でさえコノ行動力でしょ!、数の力をもってすれば小田原のお猿さんのお城征服など時間の問題でしょう。

サルと呼ばれた豊臣秀吉が小田原城を攻めたのは天正 18 年( 1 6 9 0 年)で、時の城主北条氏直は秀吉の建てた一夜城に仰天して敗れた。
北条氏直も"小田原のサル"などと呼ばれていたらな~。
四百ン十年振りのゴタニメ~ンとなるのに!
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# by molamola-manbow | 2017-01-22 10:35 | 犬・猫・蛙に動植物 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 21日

  隠れ家蕎麦屋

多摩川を渡る小田急線と田園都市線の中間辺りに宇奈根と言う地区がある。
多摩川の水を都心部に送るための巨大な水道管を真っ直ぐ通した水道道路の出発点が宇奈根の辺り。
暴れ川だったためでしょう、対岸の川崎市側にも同じ名前が存在するし、明治期までは『宇奈根の渡し』で知られた。
現在は東名高速が渡しの代わりに走ってる周辺、コレが世田谷区宇奈根です。

ココにお蕎麦屋さんの隠れ家がありました。
屋号は『宇奈根の山中』、引き戸をガラッと開けたらコンナ(⇨ ⇨)、お店に入るにはもうひとつ左側に扉がある。
成城学園前や調布から、頻繁に二子玉川行きのバスが行き来する多摩堤通りが通っているのが宇奈根d0007653_1057294.jpg
ですので、交通の便が悪い訳じゃあないのですがね。
この多摩堤通りからも引っ込むことと言ったらの場所にあるのです。
1 8 時と言えば外は真っ暗でしょ、列島は寒気にスッポリでしたし・・・・・。
昨夜ほどスマホの地図ナビをありがたく思ったことは無かった。
お店の目の前に立っても、お店なのか、一般住居なのかが分からない程地味でしたし・・・・・。

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美味しいお蕎麦でした。
カウンター席が五つだけ。
不満は「お酒を飲むには倍の椅子席が必要だな~」ぐらいで、ココを紹介してくれた女性は「天婦羅が絶品」と言うことでしたが、ツマミも美味しく。

「随分引っ込んだ場所にお店を構えましたね~」の問いに、ニコニコ顔を崩さないご主人とおかみさん。
「蕎麦なら任せろ!」の気負いも衒いも感じさせない自然体が更にいい。
問題はコチラ(⇩ ⇩)、目の前に立ってもお蕎麦屋さんとは思わなかったもの。
                              ▼ 宇 奈 根 3 - 7 - 1 5   T e l  0 3 - 3 4 1 6 - 6 6 0 2
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# by molamola-manbow | 2017-01-21 11:34 | 酒・宴会・料理 | Trackback | Comments(0)