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2010年 07月 13日

ことしもトラガリ

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ワン公もニャン公も、バツの悪そうな顔することがあるじゃないですか。
悪戯見つかった時とか、昼寝の台の上から落っこちそうになった時とか、「チクショウ、見てやがったか~」みたいな顔を。

那智黒の碁石並べたみたいな玄関の敷石の上で、気持ち良さそうに昼寝してたコイツ、ご近所の雑種犬がそうでした。
「オ~イ、トラ」って声掛けると、ガバッと顔上げてこっち見た顔がまさにソレ、決まり悪そうでした~。
普段は全身長毛で覆われたスピッツの様なこんな顔
そいつを、去年からのことですが「オマエも夏は大変だろう。涼しくしてやる」と、ご主人がバリカン入れ始めたのです。
バリカンじゃあなくて、植木ハサミとか、裁ちハサミの荒仕事かも知れません。

キット涼しくはなったに違いないんですけどネ~。
見た目ブザマなんですよネ~。
「オ~イ、トラ」って、その虎ガリ姿からmanbowが勝手に付けた名前で呼ぶと、格好悪いこと、自覚しています。
「見るんじゃあネ~」みたい顔、一瞬だけこっちに向けて、すぐに前足の上に顔載せて、向こう向きで不貞寝をはじめましたもの。
アハハ、肩のあたりに緊張感を残してやがる、みたいな姿勢
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by molamola-manbow | 2010-07-13 09:45 | 犬・猫・蛙に動植物
2009年 09月 09日

虎刈りワン公

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何時もの様に寝そべったままで、物憂そうに尻尾二度ほどペッタンペッタン。
ガキの頃から知ってるので、コイツ、最近は前を通るとオイラに義理で尻尾振るようになっている。
その義理で尻尾振るワン公を眺めて、「ムム~ッ?」。
d0007653_072148.jpgスピッツまがいの長い毛してるのに、そいつをジョキジョキとハサミで刈り上げられちゃった。
そのバツの悪さが垣間見てとれる。
『夏バージョンの毛皮』、と言えば聞こえはいいんだけど、なにやらみすぼらしくって、おまけに虎刈りで、思わず「プフッ」とふいちゃう滑稽さ。
本人、この場合本犬ですけど、吹き出したオイラ見て気分害した。
ピョコンと立ち上がると、「ウ~ワン!」と、抗議の一吼えです。
動物って、ヘタな人間よりも、ズ~ッと正確に空気読めるんだ。
「済まね~、とっても涼しく見えるゼ。ご主人に感謝したかい?」
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by molamola-manbow | 2009-09-09 00:11 | 犬・猫・蛙に動植物
2009年 05月 19日

付き合い方が変わりそうだ

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「ゥ~ワン」と、とっても穏やかに一声吼えた。
「オウオウ、オメエとオイラの仲、今日から一歩前進かい!?」と、その一声に豊かな気持ちになっちゃいました。
「元気かい?」とか、こちら側のニュアンスの方が多かったのだけど「タマには愛想見せやがれ」とか。
前通る時には声掛けるようにしていた近所の老犬、昨日は向こうっ側から声掛けてきた。
blogに登場するのは確か三度目のワン公、その二回目に散々悪口書いたから抗議だった可能性も僅かに残るけど、とにかく初めて向こうっ側から話し掛けてきた。
「オイオイ、今日は完全無視かァ?、そいつはね~だろう、何時もの様に声掛けろや」
そんな態度。
脇の下に小包抱え、伝票など確かめつつ、声掛けるの忘れて完全無視でスタスタスタと表通りのコンビにへ。
そんなオイラに逆に向こうが驚いて、「どうしたんだい?、馴染みのオッサン!」
であったかも知れない。

「待ってろ、用事済ませたら写真とってやる」と声掛けて、カメラ取りに戻るまで五分ほど。
この間、「ゥ~ワン」の一声と、同じところで待ってやがった。
関係、一歩前進である。
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by molamola-manbow | 2009-05-19 08:36 | 犬・猫・蛙に動植物
2009年 03月 05日

近所の老犬

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「オメ~さんも随分老いたな~」などと声掛けて、前に屈んでポケットからカメラ取り出すと、物憂そうにパタンパタンと尻尾振りやがった。
「オイオイ、そんなオベンチャラ何処で覚えた、おかしいじゃね~か」。
オメ~さんとオイラは十年以上の付き合いだ。
甲高い声でキャンキャン泣きやがるチビ公の頃から知っている。
壮年になると鼻の横にいっぱしのシワなんぞ寄せて「ウ~」なんて威嚇しながら垣根伝いに付いて歩いてたじゃね~か。
「何時までも馴れね~ヤロウだ~」とあきれたもんだ。
その半面で、好ましくも思っていたんだぜ。
それがどうだ、前足の上に鼻面乗せて、上目使いの目玉だけでオイラを追うようになった。
そん時言って聞かせたろう。
「以前の様に鼻にシワ寄せて威嚇せんかい。いつまでも覇気を失くすんじゃね~ぞ~」と。
尻尾振るとはどんな了見だ。
「悪者じゃあね~ことにようやく気付いた」とは言わせね~。
犬には恩義感じてるから、悪さはしないと子供の頃に決めたんだ。
犬ッコロならそのくらいのこと、朝飯前で感づくだろう。
毎度毎度の威嚇が面倒になったのなら、ま、いいさ。
でもよう、尻尾まで振られる付き合い方はしてね~よ。
しょっちゅう顔合わせていても、オイラはオメ~さんの名前を知らない。
オメ~さんだってオイラの素性知らね~はずだ。
前の様に、少し緊張感持った付き合い方に戻らね~か。
上目使いでもいいから、胡散臭そうにオイラを追え、尻尾振るのはご法度だ
ご主人以外には無愛想、無関心な犬、好きなんだよ。
家族以外の人間に目の前にこられたら、尻尾伸ばして身構えるんだ。
老いたりとはいえ番犬だ、決して尻尾巻き込んだりなんかするんじゃね~ぞ~。

コイツとは長い付き合い。
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by molamola-manbow | 2009-03-05 08:18 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 15日

『カル』というイヌの話   その完

悪い大人にさらわれないために、わたしを校門まで送り迎えしていた『カル』の姿が消えても、最初はまったく気に留めませんでした。
数日間、家を空けては真っ黒に汚れて帰ってきて、お祖母ちゃんに首根っこを掴まえられながら、井戸水をバシャバシャ掛けられているのを、何度となく目撃していましたから、「また家出癖が出た」程度にしか考えていなかったのです。
一週間経っても、十日経っても姿を見せないので、ようやく心配になりました。
最初に『カル』と出会ったのは、わたしが四歳の時です。
d0007653_16124222.jpgその時すでに、『カル』は壮年期を過ぎていましたから、相当の高齢になっています。
だから、両親は"死"を口にしましたが、そんなことは、とても認められません。
病気になって床下あたりで苦しんでいるのでは・・・・・・。
オヤジの生家は、八畳間が田の字型に並んでいて、その真ん中を一間幅のタタミ廊下が通っている部屋がありました。
襖を取り払うと四十畳の大広間に化けるんです。
こども心にも「無駄」と感じるほどだだっ広い家でしたから、床下も広大です。
その床下を隈なく探しました。
近所の人達が入るために掘られ、そのまま放置されていた傾斜地の林の中の防空壕を探し、よく遊びに行って潜り込んでいた友達の家のお寺の本堂の床下を探し、もしやと思ってわたしが溺れた水遊びの川辺を探し・・・・・。
見つかりません。
初秋の朝、わたしを小学校の校門の前まで送り届けて、そのまま掻き消えたのです。
お祖母ちゃんは「ジイチャンを追って、山にへエッタルゴザッナア(入ったようだ)」
と言いました。
『カル』とはそれきりです。
お祖母ちゃんのことばは、妙にわたしを納得させました。
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by molamola-manbow | 2005-12-15 13:02 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 14日

『カル』というイヌの話    その5

ある筈の地球が足元から消え、パニクってしまったわたしを置き去りに、一斉に岸に這い上がったこどもたちの整列状態で固まっている姿と、飛び出してきた『カル』、そして、意を決したジャンプ・・・・・。
更には飛び込んだ『カル』が、わたしに向かって泳ぎ寄るひとコマ、ひとコマは、いまでも鮮明に頭に描くことができる。
わたしたちが遊んでいた川は、アルファベットの小文字の『b』のような形をしており、『b』の字の縦線が川の流れ、曲線の部分は小さなワンドになっていて、ワンドの中は川の流れとは逆方向に、緩やかな渦を巻いて流れていました。
溺れた場所がもう少し流れの中心に近かったら、そのまま流されて生涯を終えていたかも知れませんが、わたしはワンドの中の渦に乗って流され、『カル』に首根っこを摘み上げられる前に、自力で岸辺に辿り着けました。
精魂尽き果てた形で岸に這いずり上がり、ゲーゲーと水を吐くわたしの顔を、『カル』は千切れんばかりに尻尾を振りながら、何時までも、いつまでもべろべろ、べろべろと舐めあげました。
気が付くと消えていた音は戻っていて、周囲にはせみの声、『カル』の嬉しそうな鳴き声、そしてびっくりしたことに、何事も無かったかのように再び水遊びを始めたこどもたちの歓声が、ドッとばかりに両耳から流れ込んで来たのでした。
「大丈夫かい?」と尋ねるとか、覗き込みにくるとか、そうしたことは一切無しですから、こどもの世界は残酷というか、どうもよく判らないというか・・・・・。
判らないのは『カル』も同じです。
偶然通り掛って、わたしが溺れていることに気づいたのか、それとも何時も隠れて付いてきていたのか・・・・・。
まったく懐こうとせずに、牙を向いたこともあったわたしを、助けようとしたこともいまだに解けない謎になっています。
d0007653_1257861.jpgただ、この夏を境に、というか事件を境に、わたしに対する『カル』の姿勢は変わりました。
何処へ行くにも付いて来るようになります。
二学期が始まると、学校の校門の前まで付い来ます。
付いてきて、わたしが校門を入るのを見届けると、クルリと背を向けて帰るんです。
退け時も知っていて、校門の前で待っています。
完全にわたしの保護者ですよね。
「オレが付いていないと、アイツは生きて行けないようだ」とでも思い込んでいたに違いありません。
纏わり付いて来るような馴れ馴れしさは、依然として示しませんでしたが、何処へ行くにも一緒となりました。
小学校の三年生の初秋でした。
三つある小学校の出入り口の、何処から抜け出しても必ず嗅ぎ付けて後から付いて来ていた『カル』が、迎えに来ませんでした。
何時も付きまとう"保護者"を、結構煩く感じることもありましたから、そのときは「オヤ?」と感じただけだったのですが、一緒に通学したこの日の朝を境に、『カル』の姿は消えるのです。
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by molamola-manbow | 2005-12-14 14:19 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 13日

「カル』というイヌの話    その4

オヤジに泳ぎを教わってから一年が過ぎ、小学校が夏休みに入ると毎日川へ、憑かれたように川遊びに熱中しました。
前年の八月に戦争は終わっています。
ピッカピカに非らざる再入学の一年生の入学式では、校門の表札(校札?看板?)が真新しく書き換えられていて、『国民』の二字が消え、只の大口町立小学校になっていました。
(尋常から国民へ、そして只の小学校へと、二年間に三度、"肩書き"が変化したような気もするけど、これは記憶違いだろうなあ)。
校名に変化はあっても、中身が変わる訳じゃあ、ありません。
鹿児島は排他色の極めて強いお国柄です。
そこに、都会育ちが迷い込んで来たのですから、薩摩隼人は喜んだに違いありません。
しかも、しかもで御座いますヨ。
ターゲットには"落第坊主"の肩書きまで付いていたんですから。
ひょっとすると、竹ヤリ片手の首都圏防衛を放棄して故郷に逃げ帰った、オヤジの敵前逃亡罪まで背負わされていたのかも知れません。
わたしはクラス中、学年中を敵に回す四面楚歌を味わい、孤軍奮闘する毎日を一学期の半ばまで続けることになるのです。
夏休みがやってきて、ホッとしたのを覚えていますから、川遊びに熱中したのは、その反動だったのでしょう。
一向に『カル』の名前が出て来ずに、半生記を綴っているようで気が引けますが、近所のこども達ばかり十人ほどで川遊びに出掛けた時の事でした。
幅25mほどの川を楽々往復出来た私が溺れたことがあったんです。
「ここら辺りは、まだ背が立つ筈だ」
と、立ち泳ぎをしながら足の指先で地球を探って見たところ・・・・・・
足先に地球がありません。
途端に泳ぎを忘れてしまいました。
頭の中が真っ白になる、などと言いますが、パニックに陥り、泳ぎを忘れ、何かを叫び、沈み、もがき、必死で呼吸し、その度に水を飲み、手足をバチャバチャさせながらも、周囲はクッキリと見えているものだ、ということを知ります。
d0007653_18102927.jpg 川の中にいたこども達は一斉に川から岸へと上がりました。
上がって、目を真ん丸に見開いたままからだを硬直させ、十数人が等間隔で川岸に整列です。
おとなを呼びに行くとか、そこいらに幾らでも落ちている竹竿や棒切れを拾い上げて差し出すとかの知恵は回りません。
溺れているわたくし以上にパニクっている様子です。
そのパニクっている岸辺のこども達を見ながら、「早く誰か呼んでくれないと、オレ、死んじゃうじゃないか」と、"冷静に考える"もう一人のわたしがいました。
「ワンワン」吠える音の記憶はありませんが、突然草むらの陰から『カル』が飛び出して来て、茫然自失のこども達の回りを、訴え掛ける様子で駆け回り始めたのが見えました。
目を覚ませ!
だれかおとなを呼びに行け!
と、吠え掛け(もう一度書きますが音の記憶はまったくありません)、胸元に飛びついても、全員硬直からとけません。
『カル』は忙しく駆け回っていましたが、意を決したように、川の中へとジャンプしました。
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by molamola-manbow | 2005-12-13 14:13 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 10日

『カル』という犬の話   その3

昭和20年春、終戦の年にわたしは小学校に入学しました。
入学後、どのくらいの期間学校に通ったのか、一週間だったのか、一ヶ月だったのか・・・・・。
この間の記憶がわたくしには欠落しています。
入学して間もなく、高熱を発して寝込むことになり、そのまま休学してしまうのです。
本当のところを申しますと、病気は夏前に快癒したので復学は可能でした。
しかし、「一年間休ませろ。戦時教育などさせる必要はない」とオヤジが言い出し、昭和20年の半分を、わたしは遊び呆けて過ごすことになります。
休学はさせたものの、遊び相手が就学前のガキ(わたし自身ガキでしたが・・・)ばかりになってしまったのを、オヤジは不憫に思ったのでしょう。
d0007653_385491.jpg町の郊外を流れる川内(せんだい)川の支流にわたしを連れ出し、対岸(20~25mほど)に泳ぎ着けるようになるまで、泳ぎを教えて呉れました。
とっても恥ずかしい水練でした。
心象風景として描いた絵では、こどもたちに小洒落たセパレート水着などを着けさせましたが、当時のガキどもの水遊びは、一部の女の子がパンツを履いていたぐらいで真っ裸で泳ぐのが普通でした。
フンドシは中学生になって初めて六尺を付けたものだったのです。
オヤジは素っ裸で教えました。
両手を持たれて、バタ足の練習をさせられると目の前でブラブラするんですから、こどもといえども目のやり場に困ります。
対岸は隣町への街道でしたから、人も通れば荷馬車も通ります。
ブラブラさせながら対岸の知人と大声の会話を始めるに至っては・・・・・。
手綱事件以来、互いに没交渉となってしまっていた『カル』も、オヤジが出掛ける時には先になり、後ろになりして付き従います。
水練にも必ず付いてきて、川べりに寝そべって前足に鼻先を乗せ、その鼻先越しの上目遣いで私のバタ足練習を眺めていました。
わたしのことを小馬鹿にした顔に見えるんですよね~っ!
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by molamola-manbow | 2005-12-10 12:05 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 09日

『カル』という名の犬の話    その2

犬に付ける手綱のことを、最近はリードなんて洒落た名前で呼びますけど、10mほどにもスルスルッと伸びるあれって、自転車愛好家にはとっては怖いものです。
あの伸びたり、縮んだりするリードを持って、飼い主が犬とは反対側を歩いていたりするんですから。
犬の姿が見えているのなら兎も角、生垣にでも潜り込んでしまっていたら、スピードを落とすことなく通ってしまいます。
わたくしも何回か危ない思いをしてますから、あっちこっちで事故は起きてると思いますねえ。
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こども時代を過ごした鹿児島では、犬に手綱を付けて歩く姿を見ること自体がマレでした。
雉撃ちに出掛ける小父さんたちが、ハヤル猟犬を制御するために、止むを得ず荒縄で縛る。
こんな時ぐらいでしょうか。
犬たちは山野を駆け回って遊ぶこども以上に、自由気ままに過ごしていました。
『カル』なんて、数日間の家出はしょっちゅうでした。
町中の犬の序列も決まっていて、犬と犬が鉢合わせてしも、噛み合いの喧嘩となることはありません。
どちらかの犬が直ぐに腹を見せ、もう片方が上に乗って優位を示せば一幕目の終わりです。
角を回ると二幕目が始まり、今度は先ほどの上位犬がひれ伏します。
『カル』の仰向けにひっくり返った姿は見たことがありませんでしたから、犬社会では上位ランクにあったのだと。

待ちわびていた秋田犬の『トク』が、輸送の途中の行方不明、あるいは引越し屋の横領(両親は着物など、値の張る荷物だけが届かないのをみて、こちらだろうと推測しておりました)で到着しないと判った時、『トク』の手綱を持ち出しました。
鹿児島に引っ越してからも、同じように玄関の柱に吊るされた『トク』の手綱は、こどもの手には余るような太さです。
こいつを『カル』に付けて、町中を引き回して見よう!と考えたのです。
四歳(五歳になっていたかも・・・・)のガキでも、見栄を張りたいんですねえ。
吠え声を聞いたことのなかった『カル』が、このときばかりは毛を逆立ててうなりました。
わたしの泣き声に、オヤジが飛び出してきても、『カル』の鼻筋の皴は消えません。
オヤジは一応、厳しく『カル』を叱りましたが、私が持っている手綱を見て状況は理解したようです。
鼻筋の皴が消えると、そのまま家の中に引っ込んでしまいました。
わたしの泣き声は続いておりましたけれど、もう、家の中からは物音ひとつしません。
『カル』はクルリと背を向けて去って行きます。
犬に負けた惨めなわたしだけが取り残されました。
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by molamola-manbow | 2005-12-09 12:51 | 犬・猫・蛙に動植物
2005年 12月 06日

今度こそ偽りなく犬の話を   その1

こども時代に接した『カル』と言う名の犬の話を書こうと、心象風景を絵に仕上げたのは先月の24日のことでした。
そのまま、パソコンの不具合を口実にして放置しておりましたところ、ついに携帯mailに絶縁状を叩き込まれてしまいました。
「この時間ドロボーめっ!!お前のblogなんざあ、もう金輪際開いてやるものか!!」
・・・・・・と。
このまま放置していては、“金輪際開かない党”の総決起大会ともなり兼ねません。
それでは大変ですから、前にアップした心象風景に、花一輪と、トンボとメダカを描き加え、いかにも新しい話題が始まるんだと装った上で、『カル』の話を始めることにします。
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きょう12月8日は真珠湾攻撃による太平洋戦争の開戦日ですねえ。
わたしのオヤジは昭和18年の年明け早々、駒場・東大裏の住まいを引き払い、生まれ在所(鹿児島の現大口市)に引き篭もりました。
東京が、というよりも、日本中が滅茶苦茶になる前に、サッサと戦争に見切りをつけた敵前逃走的、非国民的、疎開です。
わたしが四歳の誕生日(1月28日)を迎える直前のこと。
落ち着き先のオヤジの生家には、お祖母ちゃんと、お祖母ちゃんの他界した連れ合い(つまりわたしのお祖父ちゃん)がイノシシ狩に使っていたという、そろそろ老年期に差し掛かった犬が居ました。
この犬が『カル』です。
徹底した無愛想さでした。
わたしの姿を見つけると、寝そべっていてもスーッと立ち上がり、あわてず、騒がず、用があるから床下に潜るんだ、といった雰囲気で消えるんです。
鹿児島の民家の床下は、風を通すために、広く、高く作られていますから、小さなこどもは背を屈めることなく中を走り回れます。
潜って行って追いかけるのですが、『カル』の方は潜る時のあわてず、騒がずがウソの様に、潜った途端に反対側目掛けて一目散ですから、とても追い付けません。
不意を突かれ、わたしに目の前に立たれて頭などを撫ぜられると、一応は尻尾を振ります。物憂げにパッタン、パッタンと二度ばかり。
そうして置いて、すぐに、隙を見つけて逃げ出すんです。
掴まえている限り、力ずくでわたしの手を振り切ろうなどとはしないのですが、やはり、あわてず、騒がず、スーッと離れて行きます。
「ナンちゅう犬だ」と、こども心にも思いました。
到着しなかった鹿児島への引越し荷物のひとつに、東京で飼っていた『トク』という名の秋田犬を入れた真新しい檻があります。
食パンの耳が大好きな犬で、小さかったわたしは、一日の大半を『トク』と一緒に過ごし、見栄えのする萱色の美しい秋田犬と、その“可愛いご主人”(わたしのことですよ!!)のペアーは、散歩先の東大キャンパス(校舎の裏に広々とした陸上、ラグビー、野球等のフィールドが有りました)では、ちょっとした有名人だったのです、な~んちゃって。
この『トク』の印象が強烈でしたし、まったく懐こうとしない『カル』の性格に業を煮やし、「お前なんか、トクが到着すれば食い殺されてしまうんだ」などと、よく毒突いていたものでした。
なにしろ、『カル』の方は顔こそ芝犬に似ていましたが、片耳は垂れ、尻尾も後方に真っ直ぐ流れる豪州の野犬・ディンゴ型、見栄えは月とスッポン程にも違いました。
すぐに一緒に遊ぼうという気持ちは薄れ、ひたすら『トク』の到着を待つようになりました。
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by molamola-manbow | 2005-12-06 18:22 | 犬・猫・蛙に動植物