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2006年 05月 28日

  祭りの後の虚脱感

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気象予報とは、どうしてこうも嘘つきなのでしょう。
レース二日前(25日)に出した決戦当日(27日)の予想気象図を右上に掲載して置きましたけど、縦縞の等圧線が込み合う谷間に日本列島は挟まれていて、確かに荒れ模様になりそうな雲行きだということを示しています。 この予想図から、次のような天気予想が出たのです。
相模湾は温暖前線の前面で、南東、ないし南風が徐々に強まり、Max15メートルの強風となる。天候は雨・・・・・と。

d0007653_2122349.jpgでも、ご覧下さい、三葉の写真を
①本部艇への出艇申告
②スタート直後
③スタート1時間後、『Hinano』と併走する『あうん』 (→ →)
Max15m/sの強風下のレースの筈が、湖面の様な静けさです。
ヨーイ、ドン!はしたものの、風速2メートルのスタート(午前930分)では、各艇停まったように見える迫力のなさ!! ではございませんか。
タイムリミット(午後5時)までに、ゴールまでたどり着けるだろうか、このことを真っ先に心配しなければならないレースになってしまいました。

残り16マイル(約30キロ)の地点で、『Hinano』はリタイアを申告しました。
時に1245分、ファーストリタイア賞を狙っての早期離脱でしたが、上には上が居りました。
参加艇の中で一番でかい60フィートの『翔鴎(かもめとぶ)』、1142分には機走に移りました。
42フィート、12トンのグラマラスな『Hinano』と、ほぼ同等の大きさの艇は全艇離脱し、総括としては軽量のレース艇の独壇場。
リタイア時の『Hinano』の位置は、先行艇6隻を視認下にする7番手、さほど悪い位置にいたとは思えませんが、トップグループは遥か彼方に霞んでいました。
ことしもまた、『Hinano』に風は吹きません。
と、技量の未熟さを棚に挙げた、これが結論!!!!!!!

Kennosuke Class
  優 勝 『ジャッキー』(HAYASHI395)  5時間4511
  2 位 『第一花丸』(HAYASHI34)     5時間4812
  3 位 『あうん』(HAYASHI990)     7時間2619

Fellow Class
  優 勝 『レティシアⅢ』(デュフォー39)   5時間1210
  2 位 『あいおい』(YAMAHA31)      5時間4647
  3 位 『San of Bucchus』(YANAHA33) 5時間5242
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        『レティシアⅢ 』 










             
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by molamola-manbow | 2006-05-28 21:03 | ヨット
2006年 05月 26日

出陣

久しぶりに青空が広がった昨25日、かち栗を求めて近辺のスーパーを駆けずり回った。
小田急系列のOX、旧伊勢丹系列のクインズシェフ、ライフ、地元発祥のオオゼキ、etc……。
ありません、ドッコにも無い。
何処にも売って無いようでは知らない人も多いに違いないから、ほんの少し説明を加えると、
茹でた栗の実を天日で乾燥させた保存食のこと。
かち栗の『かち』が『勝ち』に通じると言うことで、昔から縁起がいいものとされ、戦いに赴く際に武将が食したとされています。
明27日午前9時過ぎ、21艇が伊東沖に設定されたフィニッシュラインを目指すKENNOSUKE CUP。
出艇まえに『Hinano 』クルーにかち栗を食わせて勝負に臨もう!
そんな思いつきでかち栗を求めたものの、ものの見事に挫折し、栗は栗でも栗饅頭でお茶を濁すことになってしまった。
『Hinano 』は本日、千葉・富浦から油壺に回航、いよいよ明日の号砲を待つばかり!
今回、右から一、ニ、三と、三人も美女(昔の、又は昔は・・・)が乗っています。
ポセイドンが嫉妬しない限り、いい結果が付いてくるかも・・・・・!!
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by molamola-manbow | 2006-05-26 21:31 | ヨット
2006年 01月 09日

出初め式

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好きなことをして遊んでいる時の顔
みんな、とっても素敵だなあ!
新しい年の風をセールに入れる『Hinano』の出初め式に集まった
海好き
船好きの
とっておきの顔、顔、顔で御座います。
セールいっぱいに2006年の風を入れ
素晴らしい一年でありますように
海の神様と『Hinano』にCheers!!
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千葉・保田漁港は、漁協が運営する浮き桟橋・温泉・新鮮な魚が揃い、成人の日の連休は大入り満員でした。
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by molamola-manbow | 2006-01-09 18:36 | ヨット
2005年 12月 27日

『Hinano』のすす払い

d0007653_14133493.jpgお世話になったことし一年間の感謝を捧げ、年明け早々の初詣セーリング(新春8~9日を予定)で始まる"新年度も宜しく"お願い!!
26日はセーリングクルーザー『Hinano』のすす払いで過ごした。
参加メンバーはお隣に引っ越してきて日が浅く、まだ一度も『Hinano』には乗船したことのない『インフィニティー』のトドちゃんを含め、耕ちゃん、通世さん、一之瀬さん、峰さん、松ちゃん、そしてmanbowの総勢七人。
キャビンの内と外の二班に分かれ、床、壁、天井、甲板をピカピカになるまで磨き、拭き、そしてニス塗りと、忙しく立ち働く一日でした。

①←デッキ掃除のセニョール・峰

d0007653_14141338.jpg掃除というものが大嫌いで、我が家では散らかしっ放しが気にならないmanbowが、デッキブラシでゴシゴシ、ゴシゴシ。
からだがポカポカして来るにつれ、セーターを脱ぎ、腕まくりをして、またゴシゴシ、ゴシゴシ・・・・・。
その行為が、少しも苦にならないのですから、人間の不思議を感じます。

②デッキテーブルにニスを塗る楽しそうな一之瀬さん↑。


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③大掃除が終わったあとは、竹、松、万両(千両かな?)を使った峰さん特製の松飾を、何時ものようにラットの前に!!
これで新年は何時でも迎えられます。
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④坊主頭で最終点検中のスキッパー耕ちゃん→。
[バリカンじゃなくて、ちゃんと剃刀で剃った本物の坊主頭だぞーつ!」
と自慢するのだけれど、だ~れも興味を持ちません。
いまどき、坊主頭は流行らないし、とっても寒そうだも~ん。

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⑤少し遅めの昼食は、通世さん特製のカレーライスと熊本産の柿のデザート。
とっても美味しゅう御座いました。
そして隣組のトドちゃんには、特に「お手伝い、ご苦労さんでした」と申し上げなくては。
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by molamola-manbow | 2005-12-27 13:31 | ヨット
2005年 06月 03日

Non Whale Watching & Non Race

下に載せたクジラの尻っ尾は、『Hinano』自慢のスピンネーカー。
揚げたのはKENNOSUKE CUP528日)の前日です。
なんたって、今年は10回目の記念レースですからね。
クルーの気合の入れようも違います。
ホームポートの千葉・富浦港から船を回航し、係留地の油壷が近づくと、誰言うとなく声が上がりました。
「スピンを揚げよう!」と。
クジラも『Hinano』も、とっても嬉しそうでした。
スキッパーの「スピンシート引け!」の号令と同時です。
ハスのツボミの開く音に似て、パッカーンとスピンが開くやいなや、艇速を上げて飛び出しました。
d0007653_2222105.jpg レースのスタート海面・小網代沖から伊東港のゴールまで、26ml(約46km)を一気呵成に突っ走って行きかねない勢い。
そんな疾走でした。
Hinano』はレース志向のヨットではありません。
日頃はのんびりとCruseを楽しみます。
ことしだけは違いました。春先にはやはり相模湾まで出てきてタッキングの特訓までやりました。「Hinano史上初」(スキッパー)のことです。
それもこれも、10回目の記念レースに、名を残さんがため。
ホームポートで唯一仲良くしているモータークルーザー『Voice』に声を掛け、記録撮影艇として伴走することを了承させたのも、優勝艇『Hinano』の雄姿を未来永劫に刻み込む、壮大なたくらみが裏側に隠されていたのです。
時の利も有りました。
船底は定期健診で陸揚げしたばかりです。牡蠣殻ひとつ付いていません。
ピッカピカのツルツルです。
ジブセールも新調したばかりです。
風を捉えて、America's CupNewZealand艇のように、ピシッと決まります。
特訓でクルーの腕も上がった(かな?)
そうそう、Keali'i Reichel歌うところの応援歌(Pua Hinano)まで、レース直前に見つかったのですよ。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    
嗚呼 嗚呼 もうひとつ嗚呼!、参加24艇の先頭を切って、クジラのスピンが威風堂々、伊東港を目指すシーンは、肝心のレースでは一度も実現しませんでした。
天候は花曇り、暖かくて、わたしは半ズボンで過ごしました。
でも、ヨットは風で動く乗り物なんですよね。その肝心の風がさっぱりでした。
午前930分のスタート直後は、一回り小さいクルージングスピンを揚げる程度の風が吹いていたんですよ。
しかし、11トンのグラマーを、騙しダマシ進めたのも小田原沖辺りまで。風はピタッと止まってしまい、舳先に引っ掛かった流れ藻を振り払うことさえできません。
Hey Manbowのわたしにとって、プカプカ浮かぶマンボウの屍骸まで流れてきては、もういけません。
刻々と迫るタイムリミット(午後3時)に、すぐ前を行く仲良し艇、西伊豆・安良里から参加した『あうん』のスキッパーから打診の電話が入ります。
「どうしようかあ?」
「ウーン、3時までは走ってみようよ」
この日、波静かな無風の海を楽しんだのは、撮影艇のモータークルーザー「『Voiceクルー』と、『Hinano』からスカウトされて乗り込んだムービーカメラのフーちゃんだけ。
撮影艇は伊東湾口で待つ本部艇に接近し、旗艦艦橋にたたずむ山本五十六元帥ならぬ、林賢之輔御大に声を掛けたそうです。
タイムリミット15分前のことです。
「ゴールした艇は?」
「来ねえよ、ッたく・・・・。バカヤロウ!」
かくして、10Th Anniversaryは全艇機走による帰港で終わりました。
レース前日は快風、レース翌日は最大15mの烈風。どちらが吹いても『HINANO』はカッ飛んだはずなのに・・・・・、と言っておきましょう。
             
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by molamola-manbow | 2005-06-03 22:24 | ヨット
2005年 03月 18日

  孀 婦 岩 ( そ う ふ い わ )

空と海が交ぐ合う、遥か彼方の水平線上に、気がつくと、それはひっそりと姿を現していた。
東京から真南に下ること 6 6 0 k m 。團伊玖磨が『九つの空』に記し、開高健が『完本私の釣魚大全』に書いている[孀婦岩]は、空と海が曖昧模糊となって溶け合うハザマの中に霞んでたたずみ、懸命に凝視していると現れ、目を離せば消える、モロくて危なげな幻であった。
地図を開くと八丈島の先に小島と岩礁の連なりがある。
北から順に青ヶ島、べヨネーズ列岩、明神礁、須美寿島、そして無人島となって久しい鳥島。
孀婦岩(北緯294738 秒、東経1402007 秒)は更にその先に位置するのだから、絶海のど真ん中である。
周囲は伊豆・小笠原海溝と駿河トラフのに挟まれた世界でも有数の深海。
その水深 2 , 0 0 0 m の海底から、垂直にグググーンと立ち上がって、頂上部分の 9 9 m を海面からのぞかせている奇岩、それが嫂婦岩だ。
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                                              [撮影/久我耕一]

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開高健は「突如として水平線上に小さな感嘆符がついているのを目撃することとなる」と記した。
氏のランドホールの瞬間は、こんな光景( ⇦ ⇦ )だったのだろうか。
4 2 f t のセーリングクルーザーHinano(久我耕一オーナー)を駆り、我々総勢 8 人が、はるばるここまでやってきた目的は、 3 人のロッククライマーを送り込み、奇岩への初登頂を目指すことにあった。
d0007653_031562.jpgつまり、ウミ屋とヤマ屋が手を組んだセールとザイルのコラボレーションだ。
2 0 0 3 4 2 1 日に油壺を出発して帰港したのが 5 2 日。
トータルログ 8 1 1 海里( 1 ,4 7 6 k m )の遠征でした。

 
高さ 9 9 m のポセイドンのオベリスク、その頂きへの初登頂
成否のカギを握るのはゴムテンダーで岩礁に取り付く渡礁作戦に懸かっていて、ヒーブツー(風の力を二枚の帆の操作で相殺し船を留め置く技術)で2日間、天候(うねり)の回復を待った。
飽きることなく周囲を回り、渡礁ポイントを探す。
東西 8 4 m 、南北 5 6 m の岩塊は、垂直に切り立つ西側など、何処も取り付くことは不可能なように見えた。
伊豆の下田から漁船をチャーターしてここまで来ると 2 0 0 万円也。
竿を出さない手はないと、大物仕掛けで糸もたらした。
だが、釣れてくるのは 1 m 強のサメばかり。
そういえば名人・開高健の釣果もサワラ一匹。
大きさは記していないから、リリースサイズだっに違いない。
ウフッである。

d0007653_0341317.jpg画面の中央、やや左に橙色の荷物が見える。
この小さなテラスが渡礁地点となった。
うねりの底と頂上の落差を、現地では 4~ 5 m と推視したが、写真で測るとその倍はあったようだ。
K A Z I 誌( 2 0 0 3 1 0 月号)に掲載された拙文を引用すると、渡礁作戦はこうだ。
うねりの頂点が磯際に近づく間合いを計ってテンダーを寄せ、引き波と同時に磯から逃げる。
跳び移るのは、打ち寄せるうねりの頂点にテンダーが乗り、なおかつ磯際まで寄った瞬間でなければならない。

ハッと思ったときに、ナンチャン(トップザイルの南裏健康)はテンダーの中にいなかった。
猿(マシラ)のような素早さだ。
1 回の動作で跳び移る~駆け上がるをやってのけ、孀婦岩の裾にスックと立つと、腰に巻いていたロープを手繰り寄せ始めてるではないか。

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コブシ大のフジツボでビッシリとガードされた磯は、ゴムのテンダーにとって天敵のようなものだ。
乗り上げれば ① ひっくり返る ② 空気が抜けて沈するーーの二者選択しかない。
3 人のクライマーと登頂機材一式を陸揚げする渡礁作戦は、 4 2 8 日の早朝 5 3 0 分から開始され、ハラハラドキドキの 1 時間 1 0 分となった(登頂記録は山と渓谷誌の 2 0 0 3 8 月号に掲載された)。
クルー 5 人の見守る中でのクライミング・ショーは、 3 時間 1 0 分でトップザイルのナンちゃんが頂上へ。
その 4 0 分後には全員が頂上に立ち、正午過ぎには無事下山、 1 5 時には全員帰艇して完了した。

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「国内に残された唯一の未踏峰の征服ダーッ!!」
である筈だったのですがね~。
頂上には錆びついてボロボロになったハーケンの残留物です。
後で調査したところ、早稲田の探検部が八丈島で漁船をチャーターして挑戦し、登頂していたことが判明した。
1 9 7 2 年であったと言います。

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孀婦岩頂上から持ち帰ったお土産の破岩。
コンクリートブロックのかけらに類似していて石としての魅了は無いが、極微細なガラス質が含まれていて、光にかざすとキラキラ光ります。

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山と渓谷の見出しは 絶海の孤島「孀婦岩」の登頂に成功!(孀婦岩洋上登山隊)
K A Z I 誌は セールとザイルのコラボレーション(ひなのの孀婦岩登頂クルージング)
それぞれ 4 ページを割いて掲載してくれた。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
双方の紙面で触れられていなかったことを一つ記すなら、頂上に生えていたイネ科植物のことだろう。
どのような経路で運ばれて根付いたのか・・・。
 ▼登 頂 隊  キャップ・藤原 一考 トップザイル・南裏 健康 ムービーカメラ・井納 吉一
 ▼支援クルー  スキッパー・久我 耕一 クルー 久我 通世 清水 勝彦 峰島 新太 末冨 鞆音
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by molamola-manbow | 2005-03-18 18:28 | ヨット