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2005年 07月 09日

伝説のママ

d0007653_1431291.jpg谷中生まれの谷中育ち。いや?お隣り、根津の権現さまのお膝元で生まれたのだったかな・・・・。
とにかく、チャキチャキの江戸っ子で、気風の良さと、毒舌と、面倒見の良さでもって、呑ん平どもを仕切り、なぐさめ、励まし、嚇してきた。
そのSnack-Bar『ゼエロン』の朋子ママを偲ぶ会(8日)があった。
大阪万博のコンパニオンから転じ、ちょっと変わった趣向を持った人々の集う町、新宿二丁目のど真ん中で、女手ひとつで店を張ること35年。誰だって、「エ、エ、エーッ」と驚くのは、この間、一滴も飲まず、一本も吸わずにカウンターの外の呑ん平どもを手玉にとってきたことである。
その日の店の客層、雰囲気に合わせ、烏龍茶を飲みながらトコトン大騒ぎも出来たし、シンミリも出来た。
「こんな店、二度とくるかーッ!!」と大見得を切って飛び出した客が、翌日には背を丸め、カウンターの隅っこで小さくなって呑んでいるような店だった。
直木賞の候補作家(芥川賞候補も居たかなあ・・・・?)が、雑誌編集者と一緒にいまや遅しと受賞連絡を待っていたり。
有名無名の役者さんや女優さんがカウンターに座っていたり。
はたまた、ラーメン屋さんが一杯ひっかけるために岡持ち片手に立ち寄ったりと、客層はそれこそ千差万別だったが、それぞれの客に朋子ママは分け隔てなく接した。
円やかで、とても張りのある艶やかな声の持ち主だった。
美空ひばり、都はるみを歌った。
競輪、競馬、麻雀、ポーカー、チンチロリンと、賭け事に手を出した。
強くはなかった。
若い頃にはオッパイを見せたがった。
「形がよくて、とっても綺麗だった」(観賞者談)。
店を閉じたのは2年前。「お客も私もくたびれてきたから」を閉店の理由とした。
しかし、からだに変調を感じたのが真の理由で、誰にも知らせることなく先月13日、ツッパリ通した61年の生涯を終えた。
偲ぶ会に集った老若男女は百ン十人。朋子ママを偲ぶ流れは、二次会、三次会と滔々として新宿二丁目に流れ出し、行く先々で合流してはまた散じ、散じてはまた合流して明け方まで続いた。

ありがとう!朋子さん。
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by molamola-manbow | 2005-07-09 01:46 | 酒・宴会・料理


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