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2011年 07月 14日

  二子玉川の二重堤防

田園都市線の二子玉川駅前にある赤煉瓦造りの狭間、昭和初期に完成した堤防の遺跡です。
防水門を通り抜け、細い道を百メートルほど進んだ突き当たりに現在の堤防は築かれていて、その下に河川敷の広がりと多摩川の流がある。
旧と新、二つの堤防を眺めて「高さは旧堤防の方に軍配が挙がるナ~」。
でも、川幅一杯に水嵩が増した場合の勢いを、こんなチャチな防水門や堤防で防げるかどうか、疑問が頭をもたげる。
小田急多摩川の堤防決壊(昭和四十九年)、TV放映されてリアルタイムで観てますから・・・・・。
旧堤と新堤、二つの堤防に挟まれた幅百メートルほどの細長い家並、「こんな町は他にもあるんだろうか?」とも思います。
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細長い街の誕生、一軒の川魚料理屋が発端だったようですよ。

旧堤防は昭和初期の完成ですから、当時のお役人は威張ってます。
「オマエの店は堤防建設の邪魔になる。即刻立ち去れ。立ち去らぬと川岸にポツ~ンと一軒、取り残されることになるぞ」
「冗談おっしゃっちゃあ困りまさ~。滔滔と流れる川を眺めてこその川魚料理屋だ。お客さんに堤防眺めさせて商売はできません。江戸からこちら、流されたらまた建てる。そうやって生きてきたんだ。大水なんざあ怖くね~、動きませんゼ!」
政治家あたりに贔屓筋が居たのかもしれませんね。
お店は例外的な営業が許されて堤防完成後も『献上鮎を食わせる店』として河川敷、いまの細長い街で営業をし続けた。
コイツが街の誕生の始まりなんだと。
題名も内容も頭から飛んでいますが、、何処かで昔読んでます。
それらしき川魚料理屋、探してみたけどいまはありません。
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by molamola-manbow | 2011-07-14 07:06 | 自転車


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