2006年 12月 03日
目指すは東京湾口の対岸、房総半島の富浦港です。 のんびり走って三時間ほど、風に恵まれれば二時間で着いてしまう距離です。 そのおよそ15海里を、『Hinano』は道草に道草を重ねて三日間を掛けるクルーズにしてしまいました。 林賢之輔さん設計による42フィートのセーリングクルーザー『Hinano』は、96年三月、オークランド(NZ)のリガード造船所で進水しました。 つまり、誕生して十一年目に入ったことになります。 齢を重ねますと不具合も出てきます。 特に電気系統に故障が生じ始めたのでドッグ入りし、今回はリハビリを終えて母港に帰るためのクルーズでした。 船底もついでに塗り直しましたからピッカピカ(←←)、滑るように走ります。 どうも、この滑るように走る気持のよさが良くなかったようなのです。 道草クルーズは、こんな風に進行して行きました。 乗員はたった二人、オーナースキッパーとmanbowです。 「走るね~。この走り、Hinanoもこのまま直接帰りたがっていないね」 「うん、もっと走りたいようだね」 「風も富浦には向いていないね~」 「うん、富浦には向いていない。保田方向を向いている」 で、『Hinano』は舳先の向きを保田へと修正。 夕日(→→)を保田のポンツーンで眺めることになっちゃったのです。 内緒話をしますとね。 「燃料満タン、清水満タン、このまま小笠原までだって走れる」 などとスキッパーは言い出したんですよ。 manbowが「外せない用事が二日にあるから」と言い出さなかったら・・・・・。 生憎従業員の慰安旅行にぶつかって温泉がお休みだったので、「湯につからぬまま帰れるか~!」と息巻いてもう一泊。 保田の初日はホウボウ鍋(↑↑)に舌鼓、二日目は漁師さんから太刀魚(←←)の差し入れを頂いて刺身と塩焼きに。 そのほか定置網で揚がったミミ烏賊?ダツ、マゴチ、小鯵(いずれも美味)などなどを、地付きのトンビ、カモメ、カラスと競争で拾い集めて食卓へ。 そうやって食い繋いだ三日間でもありました。 二十九日午前八時半に油壺を発ち、千葉・富浦港への回航を始めて、任務終了は師走初日の日の出直後(→→)。 直線距離15海里(1海里は1,852m)に、三日間を掛ける回航任務、無事終了で~す。 出港前夜、『Hinano』には美女の訪問もありました。 深夜の湘南シーサイドラインを突っ走り、足をなくしたmanbowを藤沢から送ってくれたY子ちゃんです。 彼女はmanbowの最も古いガールフレンド。 なにしろ、彼女が小学校に上る前からの知り合いですから、連れ合いよりも古いし、なが~い。 うーん、あの頃はmanbowもハナの青春二十代。 モテタな~、今でもだけど!! と言うことにしておこう。
by molamola-manbow
| 2006-12-03 10:58
| ヨット
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