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2009年 04月 09日

下北沢の富士塚

昔は富士山がよく見えたであろう世田谷・下北沢の街を見下ろす高台の一角に、一個の石碑を見つけた。
『補少講義 四代目先達鈴木金太郎』さんの『富士登山五十回』記念碑、文政四年(一八ニ一年)に達成したようです。
碑文を読んで、咄嗟に頭に浮かんだのは富士登山を指したことば遊び、『登らぬ阿呆に、二度登る馬鹿』(阿呆と馬鹿の使い方が逆かな・・・・・?)。
チャリンコの街乗りでさえ極力坂道を避けるオイラにとっては、「すげ~な~、五十回かよ~」と、舌巻く思い。
五合目辺りまで観光バスで行って、「じゃ~、登るかあ」じゃないんですよね。
富士講盛んなりし江戸~明治期の山登り、テクテクテクと歩いて行って、一合目に到着するまでだって大変なんだもの。
d0007653_10395395.jpg上には上がいらっしゃるようで、先達の中には四百回も登っているとか、強力の中には重い荷物千回も担ぎ上げたとか、豪の者は沢山いるらしいけど・・・・・。

馬鹿な和尚さんが平にしちゃった下北沢・森厳寺の富士塚と、鈴木金太郎さんのこの碑、距離にすると千メートルは離れているけど、密接に関係してるんじゃないでしょうか。
森厳寺は家康の弟・結城秀康の位牌所だから、井伊直弼の菩提寺・豪徳寺より格は上、たたずまいも見事なのに、寺の和尚さん、重文級の価値をもってた筈の境内の富士塚を平地にしちゃったんだ。
世田谷のタウン誌『世田谷百景』で読んだ昔の記憶では「世田谷は富士講が盛んな土地で、森厳寺の富士塚も富士山まで行けない江戸市民の代替富士として大賑わい」だった時代がある。
どんなに立派な代替施設作っても歴史には勝てね~んだから、いつの日にか森厳寺は臍を噛むことになるでしょう。
                    『目先の利益に踊るバカ、古いモノ皆壊すアホ
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by molamola-manbow | 2009-04-09 10:53 | 自転車


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